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レゾナンス   作者: AQUINAS
第一章 ハルガダ帝国~召喚と脱出~
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第二十七話 小さな狩人たち

 街道から離れた林の中を直径30メートル程の円形の広場が広がっている。その広場の中心付近には小さな焚き火とテントが設置されており、1人の冒険者が野営の準備を行っている。その冒険者は草木で染められた薄緑色のシャツとズボンの上に魔獣の皮を幾重にも重ねて作られた革鎧を着ている。また、左右の腰には長さの違う剣がそれぞれ差されており冒険者が剣を主武装としていることを表している。


「うぅ~久々の温かい飯だ!」


 その冒険者、黒崎大輝は目頭が熱くなるのを感じていた。7日ぶりに火を起こし、まともな食事を取ることができるのだから。


 大輝は今日まで必死に我慢していた。追っ手の目につかないように火を起こさなかったのは当然必要な措置だ。そうなれば普通は温かい食事など摂れないのだが、大輝には虚空(アーカーシャ)がある。時の流れすら止めてしまう師匠からの褒美品を持っているのだ。中には帝都の屋台で買った芳醇なタレがたっぷり掛かった魔獣の肉の串焼きに、同じく屋台で仕入れたこれまた豊かな味わいを感じさせるタレの掛かったお好み焼き風の焼き物、他にも木製カップに入ったスープ等が熱々のまま収納されている。


「何度取り出そうとしたことか・・・。」


 一瞬で取り出せるこれらを我慢したのは主に匂いを漏らさないためだ。大輝の気配察知スキルが万能でないことを身を持って知ってしまった直後だったため、万一に備えて泣く泣く、本当に涙を流しながら我慢したのだ。 


 そして7日目の今日、ようやく帝都ハルディアから南西の港湾都市マカディへと延びる街道を越たところで追っ手を撒き、包囲網が敷かれていない事を確信したことで火を起こし、温かい食事をとることを解禁したのだった。


 そして、この感動をより深く味わうために敢えて虚空(アーカーシャ)内の食事を取りだすのではなく、焚き火の上へ鍋を吊るしてスープを煮込み、鉄板を敷いて肉と野菜を炒めている。作っている最中に漂うこの匂いが堪らない。餓えた身体が料理だけではなく匂いまでも食べつくそうとしていた。


「いただきます!」


 貪るように肉に食らいつく大輝。7日間も逃亡とサバイバル生活を続けてきただけあって身体が栄養を欲していた。いくら魔力によって身体強化を掛け続けたとはいえ走り続ければ体力は消耗するし、仮眠中も魔獣や追っ手のことを考えれば眠りはごく浅いものになってしまう。おまけに食事も干し肉と果物位しか口にしていない。身体が少しでも回復しようとするのは当然だった。そしてあっと言う間に全てを食べつくしてしまった。


「ふぅ。ご馳走さまでした。あとはそろそろゆっくり眠れる場所に行きたいな。」


 さくさくと片づけを行いながら次の欲求が首をもたげる。さすがに1人で野営しているのに熟睡するわけには行かないのだ。安全の確保された街への入場を考える大輝。


「認証プレートを出すのはハンザ王国に入ってからにしたいんだけどなぁ。」


 城壁のある街では必ず提示しなければならない認証プレート。ここまで街のないルートを通り、農村と思われる地点だけではなく人の手が入っていると思われる畑までも迂回して道なき道を進んできたのだ。折角監視の目を誤魔化したのに帝国内で街に入るのは本末転倒だった。


「仕方ない。もうちょい我慢だ。」


 自分に言い聞かせてから寝ることにする。木の上ではなく地面に寝るのは久しぶりだな、と考えながら眠りに落ちたのだった。




 

 焚き火と温かい食事を解禁して2日後、ハルガダ帝国とハンザ王国の国境を成す山々が間近に迫ってきたところまで来て大輝は警戒を強めていた。追っ手や帝国の国境警備隊への警戒だけではない。なにかがおかしいのだ。しかし気配察知スキルはなにも感知していないし、手近な木に登って周囲を見渡しても不審な様子はない。それでも強烈な違和感を感じていた。正体のわからない違和感は不快感と言った方がいいかもしれない。


「いったいなんだこの感覚。」


 強力な魔獣の縄張りにでも入ってしまったのかと一瞬考えが浮かんだが、このあたりには魔獣スポットはなかったはずだと考え直す。もちろん、魔獣は魔獣スポットから出てくることも多いのだが、強力な魔獣ほどその確率は低いと言われている。


「一応その可能性も考慮しとこう。」


 両腰の剣を鞘から引き抜き、奇襲に備えて体内を循環させていた魔力を体表に衣を纏うかのように展開させる大輝。その時、前方に気配を感じた。数は5つ。続いてその5つの気配に近寄る気配が2つ。それらの気配をより詳しく見極めようと視力と聴力を強化しながら歩みを進める大輝。本来なら接触を控えて山脈まで行くつもりだったのだが、違和感の正体がわかるかもしれないと確認しに行くことにしたのだ。


「早く掴まれ!」


「引き上げるよ!」


 100メートル程前方の獣道と思われる道の真ん中から5つ気配の主たちの声が聞こえてきた。しかし、姿が見えるのは10歳前後の4人の獣人と思われる子供たちだけだ。数が合わなかったが、彼らの会話と手に持つ木の蔦で状況がわかった。1人は落とし穴に落ちており、それを救出しようとしているようだった。


ブチッ


「痛いっ!」


 しかし、用意した蔦が細かったため途中で切れてしまったようだ。慌てた子供たちはお尻を突き出すようにして獣道の脇の穴を覗きながら声を掛けている。


「イーニャ大丈夫か!?」


「待っててね!すぐにもっと丈夫なの探してくるから!」


(なんか微笑ましいな。)


 ほんわかしてしまった大輝だったが、次の瞬間に残り2つの気配が獣道へ姿を見せたことで駆け出していた。


「きゃ! フォレストボア!」


 落とし穴に落ちた少女を引き上げる為の蔦を探しに行こうとした少女がその存在に気付いて仲間たちに危険を知らせる。しかし、落ちた少女を放って置けないこともありその場に留まる4人。狩りのためか一応弓やナイフは持っているようだが、Eランク魔獣であるフォレストボアの突進を受ければ子供の身体では吹き飛ばされることは目に見えていた。それでも勇気を振り絞って突進を開始した2頭のフォレストボアを迎撃すべく声を掛けあい始める子供たち。


 残り2つの気配を勝手に子供たちの仲間だと判断した大輝の油断だった。もっと集中していれば、人間と魔獣の区別は付くはずなのだ。女と子供に弱い大輝は後悔しながらも全速力で子供たちの元へと向かうが、子供たちと大輝の距離は100メートル。しかもその間は生い茂る草木がある。それに比べ、子供たちとフォレストボアの距離は50メートル。双方が獣道に出ているために障害がなかった。どちらが先に子供たちの元へ辿り着くかは明確だ。


(間に合わない!?)


 木々に阻まれ魔法を放つための射線もなく、焦燥感が湧き上がる。その間にも弓を持った少女が2射するもフォレストボアの突進を阻むことは出来ない。同じく少年が放つスリングショットの石も猪突猛進を名実ともに体現しているフォレストボアを止められなかった。


(ぶつかる!)


 2頭のフォレストボアが子供たちを吹き飛ばす光景を思い浮かべた大輝だが、その現実は訪れなかった。子供とはいえ、身体能力に優れる獣人。その本領を遺憾なく発揮していた。真っ直ぐに突進することしか能のないフォレストボアが相手だからこそ避けられたのだろうが、それでもその俊敏性は称賛に値する。一方、躱されたフォレストボアは反転して再度突撃の体勢に入っていた。


「ダメだよ!弓も投石も効かない!」


「でもイーニャを置いていけるわけないだろ!」


 弱気になるスリングショットを持つ少年と仲間思いの少年。残り2人の少女たちはそれぞれの武器を構えながらも魔獣2頭を前に表情が強張っている。そこに大輝が間に合った。


「よく突進を躱したね。あとは任せな!」


 4人を背に庇うような位置へ茂みから飛び出した大輝が声を掛け、そのままフォレストボアへ突撃する。突進の勢いが付く前に斬りかかるつもりだった。フォレストボアの攻撃手段はわずかに2つ。最大速度が時速50キロにもなる突進による体当たりと、極太の首をしゃくり上げるようにして繰り出すカチ上げ攻撃だけだからだ。


 少年少女たちが突如現れた大輝へ返事をする前に勝負が付く。フォレストボアに匹敵するスピードで突撃した大輝が激突の瞬間に左へワンステップしたかと思うと左の小剣で1頭の首を一刺し、そしてそのままスピードを殺さずに2頭目の眉間に右の小剣を突き立てたのだ。小剣2本が身に刺さったままの状態で数歩進んだ2頭のフォレストボアがゆっくりと倒れて行く。わずか数秒の戦闘だった。絶命しているのを確認した大輝が小剣を回収し、剣に水魔法で水流も纏わせて血糊を洗い流してから4人へと戻る。


「怪我はないようだね。まずは穴に落ちている子を助けようか。」


 茫然とする少年少女たちへ笑顔を見せながら言うとすぐに手近な木の蔦を数本切り落とし、強度を上げる為に簡単に編み始める。5分とかからずに完成した編みあげた蔦を使って少女を引き上げようとする大輝。


「「手伝います!」」


 こういう時、状況への適応力は女性の方が高い。少女2人の申し出を受けた大輝はそれを受け入れて一緒に引き上げを開始する。おそらく狩猟用の罠なのであろう。獣道の脇に人の手で掘ったであろう穴は思ったより深く、3,4メートル程あったが、無事引き上げに成功する。


「「「ありがとうございました!」」」


 一通り無事を確認し合った少女たちが大輝に向かって綺麗なお辞儀とともに礼を述べる。それを見た少年2人も慌てたように追従する。


「「ありがとうございました!」」


(随分と礼儀正しい子供たちだな。)


 そう思いながら大輝も子供たちに応える。


「うん。みんな無事だったみたいでよかったね。」


「ま、オレたちだけでも勝てたけどな!」


(前言撤回。やっぱり子供らしいな。)


 苦笑を浮かべる大輝だったが、別に悪い感情は抱かない。この小剣を持つ少年が穴に落ちた少女を守ろうとしたところを直接見ていたこともあるが、男の子として女の子の前でカッコつけたいと思うのは十分理解出来たからだ。


(ただ、この場合、それは悪手だぞ?)


「こらっイース!」


「お兄ちゃんダメでしょ!」


「私たちだけじゃ危なかったんだからそんなこと言わないの!」


 少女3人から窘められるイース少年。なんだか可哀想になったので助け舟を出すことにする大輝。


「確かに最初の突進を躱したことから君たちには追い払える力はあると思うよ。でも、魔獣相手に油断は禁物だよ?」


 力を認めつつも窘める大輝。最初の判断で油断をして見誤った自分への言葉でもあった。


「この兄ちゃんも言ってるじゃん。でも、今日はちょっと調子に乗り過ぎたから気を付けるよ。」


 どうやら、大人たちから行動の許可をもらっている比較的安全な狩場から外へ出ていたことが反省材料らしい。そこで大人たちが作成中の罠の存在に気付かずイーニャが落とし穴に嵌ってしまったところに大輝が偶然通りかかったようだった。


「兄ちゃん!2頭もフォレストボア仕留めたけど、これどうする?」


 イース少年が少女たちの小言から逃げるように大輝へ獲物について問いかける。その言葉に5人の少年少女たちから期待の視線が大輝に向けられる。


「君たちの獲物を横取りして仕留めた形になっちゃったからね。」


 そう言って5人の小さな狩人たちに獲物進呈を申し出る大輝。嬉しそうな少年少女たちに大輝の目じりも下がりっぱなしだった。見た目17歳でも精神的には10以上上なのだ。


 結局、自分たちだけでは100キロ程もあるフォレストボアを2頭も運べない事やお礼をしないと大人に怒られるということで彼らの村まで運搬要員兼客人兼護衛として向かうことになる大輝。護衛という言葉を彼らの前で言うつもりはなかったが。


 こうして彼らの村へと獣道を山脈方面へと歩き出した大輝は肩にフォレストボアを担いでいる。先導するのはフォレストボアを載せた大輝作の即席ソリを曳く小さな狩人5人組だ。小剣を持つ自称リーダーのイース少年12歳、イース少年の妹で落とし穴に落ちていたイーニャ10歳、スリングショットを持つ気弱なロイズ少年10歳、果敢に弓を射っていた少女クーナ12歳、背に籠を背負った少女コリン12歳の5人は意気揚々と歩いている。フォレストボア2頭というお土産を村の大人たちへ見せた時の驚きの様子を思い浮かべているのだろう。村までの1時間の間、楽しそうな彼らの会話に混ざっていた大輝はいつの間にか消えた違和感のことをすっかり忘れていた。






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