第二十六話 失踪と疾走
今日はちょっと長めです。
「どう思う?」
ハルガダ帝国帝都ハルディアの宮殿内に集められた面々に問う人物は皇帝バラク。集められたのは、第一皇女アンナ・ハルガダ、第一皇子バルト・ハルガダ、第二皇女カンナ・ハルガダ、将軍サイラス・カルフィード、筆頭魔法士ルーデンス・モークス、宰相フィル・ユーシアスだ。
「死んだんじゃないのか?」
多くの者が己の考えに沈む中で発言したのはバルト第一皇子だ。対ロゼッタ公国砦から戻って来たばかりの彼は旅装のままこの会議に参加していた。それ程の緊急招集だったのだ。
会議の話題は「黒」失踪だ。3時間前に届いたばかりのこの知らせはまずアンナ第一皇女に届けられ、すぐさま皇帝であり父でもあるバラクに伝えられた。バラク皇帝はすぐに慣例に従って6人を招集してこの会議が設けられている。冒頭、アンナから詳細な情報を聞かされた面々は様々な可能性を検討しているが、直接異世界人を見ていないバルトのみが「黒」の死亡を確信していた。確かに状況を考えれば一番可能性が高いと思われる。ただ、対象が異世界人であり、「黒」であることがバルト以外の6人の判断をグラつかせる。特にカンナは「黒」こと黒崎大輝をその程度の男と認識していなかった。再会の約束もある、生きているだろうという確信めいたものがあった。
「確かにその可能性は高いと思います。普通の人間ならば。」
考えが纏まったのか、アンナが発言する。
「まるで死んでいないかのような言い方だな、姉上。」
否定されたことに腹を立てたのか、バルトが噛みつく。
「可能性の問題です。報告によると、単独での野営中にCランク魔獣ウェイストパンテーラに襲撃をされています。それも複数頭によってです。通常であれば生存可能性は0に等しいでしょう。夜目の効くウェイストパンテーラが相手ではなおさらです。しかしながら、ウェイストパンテーラ3頭とEランク魔獣フォレストウルフ6頭の死体があったとの報告もあります。そこからいくつかの可能性が考えられます。」
皇帝の御前のためか、はたまた弟への牽制か丁寧な口調で語り掛けるアンナを受けて宰相フィルが引き継ぐ。
「まずはバルト皇子の仰った通り、9頭を倒した後に力尽き小川へ転落して流されたか沈んでいる可能性ですな。可能性としては高いと思いますが、相手は異世界人、確認できるまではその他の可能性を探るべきと言うことですな。」
「その通りだ。帝国にとって最もまずい展開は傷を負った「黒」を他国の手の者が保護した場合だ。」
ターミルと同じことを危惧するのは将軍サイラスだった。そして皇帝に向き直りその点についてすでに手を打っていることを報告する。
「第一報を受けてすぐに早馬を各地に出しております。報告によれば「黒」が生きていても重傷であることは間違いない様子。近隣の街はもちろん農村にまで触れを出しました。怪我人が現れれば騎士団へ連絡が入る手筈です。また、「黒」失踪地点を中心に巡回の兵の増員を指示してあります。」
サイラスの手際の良さに満足そうな皇帝バラク。それを見たバルトが対抗意識を燃やして発言する。将来の軍部責任者として軍関係で信頼を得なければ生きていけないのだ。
「父上、念のため国境の監視を強化すべきかと。特に自治領とロゼッタ公国方面は必須です!」
最初の軽い口調から敬語に変えて必死にアピールするバルト。
「バルトの案、採用する。認証プレートの確認を徹底させよ。また、国境の砦の人員も当分の間増員するように手配せよ。」
「はっ!」
畏まる息子バルトを見てさらに笑みを深める皇帝バラク。第一皇子であるバルトは個人の武勇はすでに帝国トップクラスなのだ。あとは思慮深さを身につけてくれればサイラスの後を任せられる、そう思っていたバラクは息子が有用な意見を出したことが素直に嬉しかった。「黒」は帝都から北上しており、国境に近いのは自治領か公国。どちらも帝国と現在進行形で対立している相手だ。その2点から考えてバルトの意見は正しいのだ。
「仮に、「黒」が生きていたとして、公国の手の者と一緒に国境を通過しようとしていた場合はどのように対応しますか?」
ここまで一切の発言をしなかった筆頭魔法士ルーデンスが確認する。ここまで監視のみで「黒」と敵対することを避けてきた皇帝だったが、この言葉には答えを用意してあった。
「他国の手の者と一緒にいること、「黒」が手傷を負っていること、他の異世界人に知られないこと。この3つの条件を満たした場合にのみ襲撃を許可する。それ以外は監視体制を強化して泳がせることとする。」
バラクにとって最も重要なのは手元にいる6人の異世界人との関係だ。彼らとの協力関係にヒビが入るようなことは絶対に避けるつもりだった。だから「黒」をすんなり旧壁や帝都から出したのだ。しかし、他国の手先となることが確実になり、かつ当人の戦闘力が落ちているなら話は別だった。ウェイストパンテーラを単独で3頭も倒せるなど完全に想定外だったが、怪我で動けないなら問題ないはず。そう考えた皇帝だった。
「かしこまりました。」
納得したのか、ルーデンスが畏まる。
こうして慣例に則った会議が終了した。彼らの予想に反した出来事が起こっていたことに気付かぬままに。いや、この会議で唯一発言をしなかった彼女だけは予想していた。それも確信に近い思いを持って。
ハルガダ帝国の皇帝執務室で会議が行われている頃、帝都ハルディアの西150キロ地点の湿地を南へ向かって疾走している者がいた。水気が多すぎて居住に向かないこの地は草が伸び放題であり、その足元はぬかるんでいる箇所も多い。しかし、疾走中の男はそれを物ともせずに南下を続けていた。黒崎大輝だった。会議で断定されていたような傷を負った様子はなく、また、帝国側が危惧していた同伴者もいない。ただ、人目を避けるように湿地帯を駆け抜けている。まるで追っ手を撒くように。
(そろそろ仮眠をとらないと身体がもたないな。)
休憩場所を近くに見える林に求めてやや進路を西へ変える大輝。そろそろ太陽が沈みはじめる時刻だったが大輝は薪を集めるようなことはしない。暗闇の中で火を焚けばそこに誰かがいることを周囲に知らせるようなものだからだ。監視を撒くことを主眼としたこの計画を台無しにするようなことはしない。
(もうちょいの辛抱だ・・・。)
器用に木を登った大輝が自身の乗る枝と近くの枝に板を通して簡単な寝床とする。この辺りに生息する魔獣や野生動物対策で木の上で寝るつもりなのだ。木に登れる魔獣等もいなくはないが、その絶対数は少ない。ウェイストパンテーラの様な魔獣は少ないのだ。
(ウェイストパンテーラか・・・あれは危なかったな。完全に予想外の相手だったし・・・。)
思い出して冷や汗を掻く大輝。マサラの街を出てすぐに計画を実行すべく動いていたのだが、その計画にウェイストパンテーラは入っていなかった。3日前のあの夜に遭遇したのは偶然だったのだ。それでもなんとか利用して今の大輝がいる。
(結果オーライで片づけるには危険すぎるな。反省しないと。)
保存食で食事を終えた大輝が反省モードに入る。これをしっかりやらないと人は成長しないからだ。そして意識をマサラの街を出た時のことに向けた。
マサラの街でエリスたちと別れた大輝はすぐに街道を北上するとともに計画をスタートさせる。そんな大した計画ではない。監視の目が鬱陶しいから撒く。それだけである。大輝が旧壁を出てからすでに3週間近くが経っており、何かしらの用があれば接触すればいいのにただひたすら監視されているのだ。気分が悪い。それが動機だった。とはいえ、お伽噺にもなっている異世界人を野放しに出来ないという気持ちも多少理解出来ていたので、こちらから喧嘩を売るつもりはなくちょっとした悪戯心を加えた失踪劇を演じることにしたのだ。それに、この世界では街に入る時には偽造不可能な認証プレートを提示しなければならないため、いつまでも身元が割れないということはない。一生街に入らないという訳にも行かないのだ。喧嘩を売らずにごく自然に追っ手を撒く。それでしばらくの間でもいいので自由を満喫する。それが目的だ。
マサラの街からは歩いて移動し、魔獣の気配を感じればそれを追って街道を離れて狩る。監視の目が届かない森で狩った場合はその死体を虚空に収納しながら徐々に北上して行く。
単独で野営をすること3日、この間も監視者たちからの接触がなかったことでいよいよ計画本番へと移行することにした大輝は、野営地に到着してから焚き火をおこし、テントを設営する。その後視力と気配察知を限界まで強化し、監視者の所在を探った。2グループはすぐに把握できたが、残り1グループは補足できず、薪を探すフリをして歩き回るはめになった。なんとかそれぞれの位置を確認した大輝は監視者の死角となる野営地の西側で虚空から道中に狩ったフォレストウルフの新鮮な死体を取り出して血抜きをする。怪しまれないように魔法を使って素早く血溜まりを作る大輝。魔獣を集める為の撒き餌だった。
下準備を終えた大輝は焚き火の元へと戻り、スープを作り始める。食べない可能性が高いんだけどね、と思いながらも背負い袋から干し肉に乾燥野菜、塩、コショウを鍋に入れてスープを作る。そして20分もしないうちに大輝の気配察知が魔獣の接近を知らせる。3頭のようだった。
(あんまり弱い相手だと計画に支障があるんだよな。相手次第では明日に延期かな。)
内心そんなことを考えながらも両手剣を手に立ち上がり、木柵の外へと向かう大輝。フォレストウルフが3頭程度では大輝が負ける可能性は限りなくゼロだ。それでは監視者たちに死んだと偽装するのは難しい。なにせ帝都では10頭相手に圧勝しているのだから。そう計算していた時点で大きな油断があった。慢心はダメだとあれほど自分に言い聞かせたはずなのに。
「っな!? なんだあいつら・・・」
大輝が気配を追って向かった先には暗闇で見にくいが、6つの目が金色に光っており2メートル近いと思われる淡褐色の身体が3つあることがわかる。フォレストウルフと同じ4足歩行の魔獣であることは確かだが、その躯体の大きさが段違いだった。
「ヒョウ? ウェイストパンテーラか!」
エリスたちとともに倒したフォレストベアーと同じCランク魔獣が3頭いた。
「お、おまえら群れないんじゃないのかよ!?」
大輝は焦った。サシの勝負なら負けるとは思わない。師匠との訓練でも何度か戦ったことがあるので注意すべき点も頭に入っている。だが、ウェイストパンテーラは単独で狩りをするはずなのだ。だから一対一でしか戦闘経験がない。しかも、相手は夜行性で夜目が効くのだ。思わず大輝が突っ込みを入れてしまうのも無理はなかった。
「クロヒョウじゃないだけマシか!」
強引に前向きに考えを持っていく大輝。ヒョウの突然変異体であるクロヒョウだった場合、毛衣が黒いために闇夜に紛れて捕捉しにくくなる。それでないだけマシとはかなり前向きな考えだ。Cランク魔獣3体を相手にするには相当手練れなBランクパーティー以上が必要な状況なのだから。
まずは不利を補うべく火球を自分の周囲に浮かべるとすぐに四方の木へ飛ばす。木を丸ごと松明代わりにするためだった。火球というには大きい炎の玉をぶつけられた木は細い枝と葉を中心に勢いよく燃え始める。大輝とウェイストパンテーラ3頭の1対3変則デスマッチのリングを成す燃えるコーナーポストのようだ。
瞬発力に優れるウェイストパンテーラに対し先制攻撃を仕掛ける大輝。燃えるコーナーポストに気を取られている今が魔法を当てるチャンスだったからだ。夜目の効く相手のため、視認しにくい風の刃を選択して立て続けに発射する大輝。目論み通りウェイストパンテーラの身体にいくつもの傷をつけるも大きなダメージにはなっていないようだった。イメージをカマイタチにしたため、原理を今一理解出来ていないのが原因だろう。なにせ真空によって切り裂くという説は俗説に過ぎず、科学的に立証されていないのだから。しかしそんな原因を追究している時間はなかった。ウェイストパンテーラが動き出したからだ。
「っち! 剣で斬るしかないか!」
そう言いながらも牽制のために火球を2頭に向けて発射し、3頭に連携を取らせないようにする大輝。火球で牽制しなかった1頭目から剣を振るおうとしたが、間合いに入ったと思った瞬間に身を翻す先頭のウェイストパンテーラ。囮だったのだ。タイミングをずらされた大輝が剣を止める。そのタイミングを見計らったかのように火球を左右に分かれて避けていた2頭が前足を振りかざして襲い掛かる。
「だからおまえら群れないんじゃないのかよ!?」
見事な連携を見せるウェイストパンテーラたちに文句を言いながらも身体強化を足に集中してバックステップで躱す大輝。しかし予想外の連携に僅かに反応が遅れたのか左肩の革鎧がインナーのシャツと共に千切れ飛んでいた。
ウェイストパンテーラは同じCランクのフォレストベアー程の一撃必殺の攻撃はない。しかし、その分俊敏性に優れており獲物を弱らせてから狩るのだ。今回はそれを3頭の連携で行うつもりらしい。大輝に体勢を整える時間を与えずに前後左右と動き回って徐々に追い込む。大輝も魔法の発動速度を活かして火や風の魔法で牽制を試みるがあっさりと躱されてしまい、攻撃を加える隙が見い出せなかった。
「3頭同時は無理か。」
10分以上は続いたであろうウェイストパンテーラの猛攻をなんとか凌いだところで3頭が一旦離れる。獲物の消耗具合を観察するかのようにウロウロと大輝の周囲を回っている。すでに大輝の革製の鎧はその役目を果たしておらず、長袖だったはずのシャツは半袖にされてしまっている。紙一重で回避できたために身体にこそ傷らしい傷はないが、ジリ貧なのは間違いなかった。
「各個撃破しかないよな。」
勝機を引き寄せる為に行動を開始する大輝。とはいってもウェイストパンテーラに攻撃を始めたわけではなく、周囲の木に向かって魔法と剣を叩きつけながら走る。それを追い始めた3頭から逃げながらも周囲の木へ向けて攻撃を繰り返し円を描くように走り続ける大輝。
「今度はこっちの番だ!」
木々の間を2周ほど同じルートで回った大輝が反撃に出る。大輝の攻撃で折れそうになっていた木々の根本へ向けて極大に風の刃を叩きつける。20メートルを超える木が数本軋み始め、大輝とウェイストパンテーラへ向かって倒れ始めた。
ドドーン! ドーン!
木々の倒壊を引き起こした大輝はもちろん、ウェイストパンテーラもその俊敏性を活かして倒れ来る木々を回避する。倒れた木によって巻き上げられた土埃と幹から延びる無数の枝と舞い散る葉によって急速に視界が悪化する。
ザシュッ! ザッ! ザシュ!
最も大輝に迫っていたウェイストパンテーラから血が噴き出す。倒れ来る木を回避する方向を見極めた大輝が視界の悪さを利用して奇襲を掛けたのだ。本来、ヒョウが得意とする気配を殺しての奇襲攻撃を大輝が試み、そして見事成功させた。さすがCランク魔獣だけあって魔力を纏わせた剣でも一刀両断とはいかなかったが、それでも1頭を絶命させていた。
ボボッ!
間を置かずに大輝が2番目に近くにいたウェイストパンテーラがいると思われる箇所に火球を放つ。視界が悪く正確な位置を掴めなかったからなのだが、火球に驚いた1頭が動く影が見えた。すかさず気配を殺して斬りかかる大輝。
ザシュッ!
目測が甘かったため致命傷には至らないものの、ある程度のダメージを与えたことを確信する大輝は残り1頭の気配を探る。
真後ろにいた。
「やばっ!」
咄嗟に前方へと身を投げ出す大輝。間一髪で3頭目の攻撃を躱して体勢を整える。
「気配の殺し方はさすが本家だわ。」
大輝の気配察知を越える隠密能力に敬意を示す大輝。実質1頭になったウェイストパンテーラにはもう脅威を感じないから出来たことかもしれない。実際、その後の戦いは余裕があったともいえる。もちろん防具が役に立たなくなっているため、防御に重点を置いて斬り倒したのだが。
その後瀕死の状態だった2頭目はそのままにし、西へと急いで移動を開始した。近くで様子をうかがうフォレストウルフ7頭を確認したからだ。最大の脅威であるウェイストパンテーラを倒した大輝はこれを絶好の機会だと考えていた。やや時間は掛かったが、これまで監視者は街の外ではかなりの距離を置いて追跡している。今なら、3頭のCランク魔獣ウェイストパンテーラを辛くも撃退するも、1頭にはトドメを指す余裕もなくフォレストウルフに襲われて食われたとのストーリーが成り立つのではないかと。
そしてそれを実行すべくフォレストウルフ6頭を切り倒して放置する。念を入れてすでにボロボロに刃こぼれしている剣を折ってその場に残して。その後監視者たちのいる南側と離れるように北へ足を引きずる痕跡を残しながら進み、虚空から先ほどのフォレストウルフの1頭を取り出して血をばら撒く。その時に耳に入った川のせせらぎの音で急遽川へ向けて血の足跡を残したのはアドリブだった。連戦によって疲れ、気分が高揚していたからとも言える。そしてそのまま川に飛び込んで姿を消したのだった。
まだ夜が明けきらない頃、木の上で大輝が目覚める。反省のために自分の行動を振り返っている間に寝てしまったようだ。
「3日間も少しの仮眠だけで走り続けだったからな。」
自分にそういい訳して保存食で朝食を済ます大輝。ウェイストパンテーラと戦闘になった地点からはすでに直線距離で250キロ以上南西に移動しているが、今は出来る限り南西へ進んでおきたかった。目指すのはハルガダ帝国の南に位置するハンザ王国。「魔職の匠」が居たことで有名な魔道具産業の発達した国である。コメもある国だ。ただし、両国の間は2000メートル級の山脈によって遮られており、通常の国境越えは帝都ハルディアから真っ直ぐ南に延びている街道がそのまま通る山の谷間しかない。その谷間にはそれぞれ帝国側のマラウィー砦、ハンザ側のノルト砦という一般の通行者にとっては関所、両国にとっては国境守備の役目を負っている軍事拠点がある。大輝が通るには相応しくない場所であり、通るつもりはなかった。そのため、最も標高の低くなる両国の国境線の西端を目指していたのだ。
「あと300キロくらいかなぁ~」
こうしてコメを目指して大輝は走り出すのであった。
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