第二十四話 感謝の仕方
エリスたちが大輝への評価を互いに確認していたとき、当の大輝はマサラの街を出た後のことを考えていた。帝都からマサラの街への道中では確認出来なかったが、街中で監視が解けていないとこを確認していたからだ。おそらく、見通しのよい街道では見つかるリスクを減らしているのだろう。
(監視だけで接触する気がないのかもな。)
断定は出来ないが、ここまでの距離感からそのように思われた。
帝国はあっさりと宮廷から大輝を出したことから監視の意味合いが強いはず、もし接触してくるなら暗殺と考えて対応するつもりだった。また、各国の帝国内での接触可能性は低くなったと思っている。これまでに接触の機会を作ろうと思えば作れたはずなのだから。もしかしたら帝国側が大輝とともに一芝居打っている可能性を憂慮しているのかもしれないが。
(もうちょい試してから動こう。)
そう決めた大輝は今度は訓練の教官を務めているエリスたちのことを考える。
彼女たちの訓練を手伝うようになって3日。4人は乾いた大地が水を吸収するかのような勢いで成長し、魔力の扱いを覚えている。そのことに大輝は強烈な違和感を覚えていた。師匠の元でフィールドの恩恵を受けていた大輝と遜色ないスピードで上達しているのだから。ただ上達スピードについては説明がつかなくもない。最年少であるミリアですら10年以上も魔力を使う生活をしており、その存在を当然のものとしていたのだから、空想上のモノと認識していた大輝よりも扱いに慣れやすいという考えができるからだ。ただ、そのことに大輝は疑問を抱く。
「アメイジアでは魔力は誰もが持っていて、誰もが生活に使っている。なのになんで魔力についての知識が乏しく、魔法の応用力が低いんだ?」
日本ではその恩恵なしでは生活できないほど馴染んでいる科学。アメイジアではそれに当たるのが魔力であり魔法だ。帝都の迎賓館での勉強会や魔法隊の訓練では多少の研究が行われていることが見て取れたが、それでも大輝には不十分にみえた。
実際、数百年前の「魔職の匠」をはじめとした数人の異世界人によって考案された魔道具が現在でも最新技術なのだ。「救国の魔女」の魔法なども再現不可能の魔法、もしくは失われた魔法などと呼ばれている。大輝がミリアとロロに教えた魔法もそのカテゴリーに入ってしまうかもしれない程に知識と応用力がないのだ。
「なにか理由があるのかな?」
考えても答えが出るはずがない疑問が頭から離れない大輝だったが、なんとか時間を掛けてそれを振り払い、想像以上の成果を上げている弟子たちへの残り2日間の訓練内容を考えながら眠りに落ちるのだった。
「訓練終了を祝って乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
5日間の訓練を終えた5人は現在、「女神の雫亭」の特別室を借りて祝杯をあげていた。エリスの音頭にあるように5日間の訓練のご褒美的な意味もあり、また、大輝の送別会も兼ねている。
「いや、ほんとビックリだよ。たった5日でスキルレベルが上がるなんてね。」
「私も剣なんてほとんど練習したことなかったのにスキル習得しちゃったしね。」
「ですです!」
「早く実戦で試したい?」
4人が認証プレートを見ながらニマニマしている。エリスとカーラは身体強化と剣のスキルが、ロロとミリアは身体強化と魔法系のスキルを習得、もしくはレベルが上がっていたのだ。こうして目に見える形で成果が表れると嬉しいのは当然だ。
「慢心するなよ。前も言ったけど、スキルは使いこなしてこそなんだからな。」
一応窘める大輝の顔も綻んでいる。教官として実にうれしい光景なのだ。
「「「「はい!教官!」」」」
「もうそれいいから・・・。」
「女神の雫亭」の特別室にはいつも以上の豪華な食事が並んでいる。目玉は、大輝たちが持ち込んで料理してもらったフォレストベアーの肉料理だが、他にもグラタンにパスタ、サラダにスープとこれでもかという程の料理が大皿に並んでいる。毎日限界まで体力と魔力を使っていたエリスたちが毎日3人前を平らげていたからこその量かもしれない。
「これでコメがあったら最高なんだけどな。」
豪華な料理を前にしてもついつい日本人らしい愚痴をこぼしてしまう大輝。
「コメ?」
隣にいたミリアが小首を傾げていつもの疑問形で大輝に問いかける。
「うん。知らない?」
「食べ物?」
「そう。小麦と同じ穀物なんだけど、オレも昔は毎日食べてたんだよ。マデイラ王国を中心にハンザ王国やクルシュ都市連合でも作られてるらしいよ。」
「美味しいの?」
「コメ自体は少し甘みがある程度なんだけど、オレの出身地域では主食として食べてたし、他にも酒や調味料の材料になったりするものだよ。将来はコメが毎日食べられる生活がしたいね。もちろん、この料理も好きなんだけどさ。」
この世界にもコメがあってよかったと大輝は心底思っていた。和食中心の食生活を送っていた訳では全くないのだが、それでもコメは特別なのだ。南部三カ国ではコメは入手しやすいし、少量とはいえ醤油や味噌もあることを知っている大輝はその味を思い出して思わずニヤけてしまう。
「食べてみたいかも?」
大輝の表情を見て未知なるコメに興味を示すミリア。
「帝国にはほとんど入ってこないみたいだけどね。」
現在の旗色は悪いとはいえ以前からハルガダ帝国は覇権主義を掲げているために他国との貿易量は少ない。ハンザ王国の魔道具とマデイラ王国の鉱石を細々と輸入しているくらいだ。両国も決定的な溝を作らないために渋々許可しているのが現状なのだ。そこにコメを加える理由がなかった。
「大輝、飲んでる?」
早くも酔った声音でエリスが椅子ごと近寄ってくる。見れば頬だけではなく首筋まで赤く染まっている。
「エリス。ちょっとペース早くない?」
5人の中にお酒好きはいない。それでも今夜に限ってはシャンパンのような飲みやすいアルコールが用意されていた。祝いと送別会だからだ。
「大輝には感謝してるわ。」
そう言って至近距離で頭を下げるエリスの目は真剣だ。ちょっとお酒のせいで瞳孔が開いているが。
「最初の印象は悪かったはずなのに、野営地で他の冒険者やフォレストベアーから助けてくれたこと。訓練を付けてくれたこと。将来を考えるきっかけをくれたこと。感謝してもしきれない。」
そこで言葉を区切ると、カーラとロロも集まってくる。
「結局、街の案内すらもほとんど出来なくて、今の私たちには返せるものなんてない。だから、私たち4人はもっと力をつけて、いつか恩を返すわ。」
「そんなに畏まらないでいいって。そういう縁があったってことだよ。」
普段以上に距離の近いエリスに押され気味な大輝が気にするなと返す。
「ううん。そうはいかない。私たちが恩知らずじゃないことを示さないとね。というわけで、いつ返せるかわからないからこれから手付を支払います!」
そういうと悪戯っぽく笑って大輝の左腕を抱え込むエリス。それを見たミリアが右腕を取る。後ろからはカーラが首を抱える。最後にロロがおずおずと背中から前へ手を回して抱き着く。
「へ? えぇ!」
座ったまま4人に抱き着かれる大輝が激しく動揺する。さすがに4人同時に抱き着かれた経験などない。
固まっている大輝の右腕はエリスによって完全にロックされてれる。二の腕から肘に掛けてはワンピースの薄い生地越しに柔らかな胸の感触があり、手首はエリスの両膝に挟まれて動かすことが戸惑われる。
左腕は小柄なミリアがぶら下がるように抱き込んでいる。座高の違いから、大輝の二の腕に掴まるために無理に身体を伸ばしたのだろう。倒れないように必死に掴まっている姿は可愛い。
右斜め後方からはカーラが大輝の首に右手を巻き付けている。大輝の左肩に顎を乗せているため、左頬に接するかのような位置にカーラの顔がある。右を向いた瞬間にキスしてしまいそうな距離感だ。
最大の敵は後方だ。背もたれのないイスなのが最大の原因だった。後ろから体勢を低くしてまるでタックルしたかのような姿勢のロロ。大輝の腹に回された手にはかなりの力が入っており、意を決しての行動であることはわかるのだが、そのせいで対男性用最終兵器が大輝の背中を襲っていた。
「ふふ。さすがに4人同時攻撃には大輝もお手上げの様ね!」
「攻撃なのかい!」
してやったりというエリスに大輝が再起動して突っ込む。思考が復活したことで腕の、首の、そして背中に感じる幸せの気配をしっかりと感じてしまう大輝。
「大輝が可愛いって言ってくれた女の子の接待よ。喜んでくれてるようでうれしいわ。」
まるでミリアのような言い方だが、喜んでいるのは事実なので大輝は特に言い返さない。
「ま、これは感謝の印と思ってね。でも大輝は動いちゃだめよ? これでも私たちもかなり恥ずかしいんだから。それに、手を出したらきっちり責任取ってもらうからね。4人まとめて。」
大輝はエリスたちの好意を黙って受け取ることにした。実際、お酒の力を借りたとしても、かなり無理をして感謝を示していることに気付いたからだ。もちろん、うれしいことも否定はしないが。
結局、そこから先は、エリスのお酌で酒を飲み、ロロが大皿から料理を取り分けて持ってきたものを、カーラが耳元で「あ~ん」と囁くの合わせてミリアが食べさせてくれるという健全な接待で食事を終えて解散した。が、エリスたちは知らない。大輝が心の中で「これは試練。これは試練。・・・。」と100回以上繰り返していたことを。
翌朝、「女神の雫亭」のカウンターでは1泊分の宿泊料を支払い忘れていた大輝が精算していた。前払いが基本のこの世界の宿屋にしては珍しい光景だった。
「なんか、締まらない旅立ちになっちゃったな。」
苦笑顔の大輝だったが、執事たちはまるで気にしていないようだ。初顔の大輝ではなく、常連のエリスたちの信用が厚いのだろうと解釈して見送りに来てくれた4人へ向かう。
「見送りありがとう。短い間だったけど、楽しかったよ。」
短く挨拶をする大輝は、エリス、カーラ、ロロ、ミリアと順に握手を交わす。
「昨日も言ったけど、感謝するのは私たちの方よ。ありがとう。」
代表してエリスが答える。名残惜しいが全員が別れの挨拶が得意ではない。なので再会を誓って別れる。
「じゃあ、また会おう!」
「ええ。必ず!」
大輝は最後にもう一度全員の顔を見渡してから出発する。そしていつもの南門ではなく北門へ向けて歩き出す。目指すのは北ではないのだが、このあと予定している行動には一旦北へ向かう方が都合がいいのだ。
「行っちゃったわね。」
「そうね。でも、結局この後の行き先は聞けなかったわね。」
「理由があるって言ってたけど。」
涙を浮かべて大輝の小さくなる姿を見送っているミリアを除いた3人が話し始める。
「たぶんだけど、大輝はどこかの国か組織の重要人物なんだと思うわ。」
「どういうこと?」
カーラが思案顔で話し出す。
「私もたった今確信したんだけどね。ほら、私、初日に大輝に気配察知のやり方を教わったでしょ?で、一昨日くらいから妙な視線を感じられるようになったのよ。まだようやくスキルが習得できたばかりだから絶対とは言えないんだけどね。でも、今大輝が出発したらぱったりとその視線が感じられなくなったのよ。」
「大輝が追われてるってこと?」
「そう考えるのが自然かな、と。」
「犯罪者・・・って線はないわね。」
「「ないわね。」」
「どこかの御曹司を陰で隠れて護衛とか?」
「その線も薄いと思うわ。確かに知識量とか魔法適正を考えると、大貴族の子息の可能性が高いけど、戦闘の場馴れ感といい、私たち平民への態度といい、違和感あるでしょ? なにより、亜人の子たちにあんなに優しく接するなんて貴族や王族ではありえないわよ。」
訓練中にフォレストドックから逃げている亜人の子供たちを保護した大輝の姿を思い出して納得するエリスとロロ。食用の野草を取りに来ていた亜人の子供たちが運悪くフォレストドックに追われていたのだが、エリスたちが訓練に集中して気付かぬ間に大輝がフォレストドックをあっという間に斬り倒し、怪我をしていた少年を連れて来てミリアが治療したのだ。帝国はロゼッタ公国程亜人の扱いがひどいわけではないが、それでも平民の下として見られている。王侯貴族が亜人の子供を助けるなどあり得ないのだ。
「なぞね?」
「私としては、国がスカウトしようとして大輝を調査してる可能性が高いと思うけどね。」
「「あり得る!」」
同意を得られたことで少し得意げなカーラに大輝の姿が見えなくなったミリアが加わる。
「大輝は大輝。」
「それもそうね。私たちは恩を返すだけね。どこで会えるかはわからないのが悔しいけど。」
「ヒントはある?」
「ミリアなにか聞けたの?」
「行き先は教えてもらえなかったけど、考えればわかる。」
「む。ミリアにそんなこと言われるとは・・・。」
「とにかく!まずは訓練の継続とそろそろ依頼も受けましょ。まずはパーティー名を名乗れるCランク昇格が目標よ!」
エリスたちの目標。大輝への恩返しが出来る実力の目安としてパーティー名を名乗れるようになることを目標に掲げていた。パーティーメンバーの平均ランクがCランクになるとチーム名を登録できるようになるのだ。それを目標にエリスたちが走り始める。いつか大輝の隣に立てるように。




