第二十三話 訓練と思い
南門を抜け500メートル、さらに街道から西へ500メートルの荒地に大輝たち5人の姿があった。大輝が教官役を引き受けたことで元々予定していた訓練のバージョンアップ版を行うことになったため、周りに人のいない場所までやってきたのだ。
大輝は折角知り合った好感の持てる相手の願いを断るつもりはなかったし、異世界人である大輝と係ったことで今後面倒事に巻き込まれる恐れもある、そう考えて当初訓練を引き受けていたのだが、先ほどの真剣なエリスたちを見て本格的に鍛えることにしたのだ。
「まず、4人での普段の戦闘方法を教えてくれるかな?」
訓練に適した場所への道すがらエリスたちの戦闘経験を具体的に聞き出した大輝。
「エリス。ほんとにその場凌ぎでやってきたんだね。生きてることが不思議だよ。」
こうして荒地についた少女たちへの訓練はダメ出しから始まった。
「まず、全員に言えることだけど、継戦能力が低すぎる。この点はこの後の魔力の使い方で教えるわ。エリス、君はこのパーティーで唯一の前衛だろ? その君がフォレストドックの群れに突っ込んでどうするの? もしフォレストドックが複数同時に後衛に回り込んだらそれで終わりだよ。次にカーラ、弓術士なのはわかるけど、遠距離の先制攻撃だけじゃこの先やってけないよ? 弓の優位な距離を詰められたらまずいでしょ。で、ロロ、自分でも言ってたけど、魔法の精度が低い。魔力自体はかなり多いみたいだけど、固定砲台で数撃ちゃ当たるの精神を叩き直さないとね。友軍狙撃なんて洒落にならないよ?最後にミリア、回復魔法は素晴らしいけど唯一の攻撃手段の水魔法が足止め程度じゃ話にならないよ。」
ここまで一気にダメ出しされたエリスたちはすでに涙目だった。容赦なくやってくれと頼んだのはエリスたちなのだが。
「でも、生き残ってる以上は改善できるでしょ? まずは順番に行こうか。」
こうして大輝教官の講義が始まった。
「全身の身体強化って、どうやってる? エリス。」
「体内の魔力を身体全体に行き渡らせる感じ?」
自信がないのか、ミリアのように疑問形になっている。
「正確には、丹田という場所、つまりヘソの下辺りに溜め込まれてる魔力を操作して身体の内外を支えてるんだよ。」
「身体の中と外に分けてるの?」
「そう。殆どの人が意識しないでやってるみたいだけどね。イメージ的には、身体の中というのは血管に沿って魔力を循環させている感じ。外というのは、衣服を纏ってる感じだね。」
「それを意識すれば強化がスムーズにできるってこと?」
「それもあるね。内外の纏う魔力をコントロール出来れば強化幅を上げたり下げたり出来るようになるからね。それにこれが出来るようになると、魔力消費を抑えられて継戦能力が上がるんだよ。因みにエリスは全力の身体強化を何分くらい維持出来る?」
「全身強化だと、10分・・・ううん、もっと早くに魔力が尽きるかも。」
「オレは2時間くらいできるよ?」
「え!」
「正確にいえば2時間以上を試したことがない、かな?」
「そんな長時間なんて聞いたことないよ!」
「たぶん、魔力の操作に慣れればエリスの魔力量でも1時間くらいなら維持出来るようになると思うよ。さっき、強化は無意識に身体の内外に魔力を纏ってるって言ったでしょ? 殆どの人が内外で半々くらいに魔力を分けてるんだけど、血液のように体内を循環させてる魔力はほとんど減らないんだよ。つまり体外に纏う魔力量を減らせばその分魔力を消費しないことになる。」
「「「「 あっ! 」」」」
「もちろん、敵が魔法を撃ってきた場合、体外に魔力を纏ってない場合はモロにダメージを受けるリスクはある。だから魔力操作で瞬時に外に魔力を纏う訓練も必要だけどね。」
「「「「なるほど。」」」」
「ちなみに、この魔力操作は魔法主体のロロとミリアにも大きな力になるよ? 魔力の繊細な扱いが上手くなるし、今までよりも早い魔法発動にも繋がる。」
「「おぉ~~!」」
「というわけで、まずは魔力操作から訓練します!」
「「「「よろしくお願いします、教官!」」」」
こうして実際の訓練が始まった。今まで漠然としか魔力を感じていなかった4人に完全に知覚させることからスタートだ。方法は簡単。大輝がそれぞれの身体に触れ、直接魔力を流したのだ。触れた時に顔を赤く染めていたのはご愛嬌。
「あ!わかった!」
順番に少しづつ魔力を流したのだが、3巡目でミリアが反応をみせる。4巡目でロロが、6巡目でカーラが、最後のエリスが7巡目だった。もちろん、直接身体に触れて魔力を流しているので1巡目から全員が大輝の微量な魔力を感じてはいた。魔力は他人のものと反発する性質があるので当然だったが、この訓練で知覚しなければならないのは自分自身の魔力だ。大輝の魔力と反発する自身の魔力を知覚することが出来たのがその巡目ということになる。
「じゃあ、全員知覚した魔力をゆっくりとでいいから身体の中を回すように動かしてみようか。」
「お!さすが魔法士のロロとミリアだね。その調子でゆっくりとね。」
大輝も魔力を視覚的に見れるわけではない。ただ、ごく少量の魔力を自分の周囲に散布し、その反射で知覚しているのだ。ロロもミリアもまだ操作が未熟なために体外に漏れている箇所でおよその見当がつくのだ。
「エリスとカーラも焦らないで。最初は目を瞑って集中するのもありだよ。」
こうして2時間あまりをすごした大輝たちは「女神の雫亭」特製弁当で休息を取ることにする。
「思ったよりみんないい感じだよ。」
身体を動かしたわけでもないのに汗だくの4人に笑顔で声を掛ける大輝。そして汗の始末を終えた4人と共に冷えても美味しさの損なわれていない弁当を食べ始める。
「食べながらでいいから聞いてくれる?」
日本では寝食を惜しんで活動していた大輝は食べるのも早く、真っ先に弁当を片付けて語り掛ける。
「今やってもらった訓練はどこででもできるから、安全地帯にいるときは出来るだけやるようにすることをお勧めするよ。ちなみに、オレも宿に泊まってる時は出来るだけやるようにしてるしね。」
エリスたちにしてみれば、遥か高みにいる大輝すら日課にしていると聞いて俄然やる気になる。
「で、ここからは個人に沿った訓練もやろうと思う。あくまでオレから見てそれぞれに必要、もしくは適正があると思う方針ってだけだから、意見があったら言ってね。」
そう前置きしてからそれぞれの育成方針を話し始める。
「エリスには、スピード重視の剣技と、防御用の受け流しの技術を高めてもらう方がいいと思う。敵の注意を引くためのスピードと仲間を守る防御だね。」
異論はないようだった。唯一の前衛としての自覚があるのだ。
「カーラは矢に付加する魔法の使い方と、接近戦用の小剣の使い方を学ぶべきだと思う。先制攻撃だけではなく、エリスが防ぎきれなかった相手を魔法士に近づけさせない役目だね。」
慣れない剣の扱いに不安はあるようだが、カーラも真剣に頷いている。
「ロロは火と風の魔法の有効な使い方を覚えよう。バリエーションを増やす方向だね。あとは、魔力操作を他のメンバー以上に鍛える。そうすれば固定砲台にならずに済むようになるし、精度も上がるから。」
動き回れる魔法士。敵に取って厄介なこと間違いない。そしてそれを理解するロロに異論はない。
「ミリアはロロ以上に魔力操作が重要だよ。回復の担い手として戦場を動き回れる機動力を付けよう。あとは水魔法の強化だね。補助としても有用な魔法の使い方を教えるつもりだよ。」
回復魔法は直接触れて行使することで最も効果を発揮する。そのためにパーティーで最も機動力と状況判断能力を求められる。最年少のミリアの責任は重大なのだ。
「出来れば土魔法も教えて欲しい?」
ミリアはプラスアルファの要望を出す。
「私は土魔法の適正もある。これまで使ってこなかったけど、大輝のを見て使ってみたくなった?」
どうやら、野営地での大輝を見て有用性に気付いたらしい。おそらく、足止めや盾としての有効性にも気づいているのだろう。
「わかった。でも大変だぞ?」
「すぐに全部できるとは思ってない。努力次第?」
こうして各自の方向性が決まった。大輝が指導するのは5日間だけのため、知識の教授と実演を繰り返し、今後の訓練方法を教えることに重点を置いて進めることになった。
3日目の訓練が終わった夜、少女たちはリーダーであるエリスとミリアの部屋に集まっていた。初日と2日目は疲れのあまり食事と風呂を終えると倒れこむように眠ってしまったからだ。それだけ真剣に取り組んでいるとも言える。しかし、今夜は訓練が残り2日、つまり大輝との臨時パーティー期限が残り2日ということもあり、無理をしながら集まっていた。
「大輝の万能っぷりを正直侮ってたわ。」
「剣に魔法に知識、年下とは思えないね。」
「そのどれもが一流以上、まあ、ホントの一流っていうのがどの位か知らないけどね。」
「大輝はすごい?」
エリスの目には、大輝の剣技は一度見たBランク剣士のそれと遜色がないように見えた。しかも、両手剣は本来の得物ではないらしい。理由があって本来の戦い方は教えられないと言われてしまったが、動き方が双剣使いを名乗っていた冒険者に似ていたのである程度は予想が付いたのだが。
その剣よりも驚きなのが魔法についての知識だ。魔法は、術者が引き起こしたい現象をイメージし、それに必要な魔力を放出するとともにキーとなる文言を唱えることで発動する。そう教えられている。しかし、大輝は他にも色々と知っていた。例えば、火の魔法は焚き火や松明の火を利用すればより効率的に、より大規模に魔法を行使できること。例えば、キーとなる文言を頭の中で唱えるだけで発動できるようになること。また、魔法のバリエーションも豊富だった。ミリアが教えてもらった「ミスト」という水魔法は大気中の水分を使った目晦ましで初見で防ぐのは難しいだろうし、ロロが教えてもらった「火炎旋風」という火魔法と風魔法の複合魔法の威力は恐ろしい程だ。
「大輝が欲しいわね、本気で。」
エリスの目が妖しく光っている。
「エリス姉が夜這いする?」
「なんでそうなる!?」
声に出す気のなかったエリスが慌てて否定を込めてミリアを問いただす。
「エリスが行かないなら私が・・・」
「カーラ姉が珍しい?」
「カーラが行くなら私も・・・」
「ロロ姉はもっと珍しい? 男の人が苦手なの治った?」
「2人とも落ち着きなさい!」
きっと連日の疲れが気分をハイにしているのだろう。エリスが窘める。
「夜這いは冗談? きっと失敗するし?」
発端のはずのミリアが収束をはかる。
「夜這いは冗談としても、大輝も好意的に見てくれてると思うけど?」
それなりに自分たちの見た目が良いことを認識している姉貴分たちがミリアの失敗予測を訝しむ。
「ロロ姉の胸を見て1秒以内に視線を外した男の人は大輝くらいだから?」
男のチラ見は女のガン見。大輝はなんとかその格言から逃れていたようだ。
「「「ムムム・・・。」」」
4人の少女の共通認識である対男性用最終兵器が通用しない相手となると唸るしかなかった。実際は各国が強硬手段に出ないことがわかればあっさり通用したはずだが。
「それはそれで高ポイントなんだけどね。」
「確かにそうね。冒険者として一流の技量を持っていて女性に優しい性格。旦那として申し分ないね。」
「だから大輝さんなら恐くないのかも。」
「みんな好印象?」
「そりゃそうよねぇ。でも、大輝は3日後には1人で旅に出るでしょうね。」
「そうね。止められるとは思わないわね。彼の中では絶対的な理由があるみたいだし。」
「その理由がなくなるまで待つか追うか諦めるかですね。」
「今追うのは迷惑? 訓練頑張って力を付けてからに1票?」
「ミリアの言う通りかもね。どちらにしろ、私たちが今やらなきゃいけない事をやりましょう。」
ミリアの意見は、訓練で冒険者として大輝とパーティーを組める力を付けてから合流する、という意味だったのだが、エリスはそれを力を付けてから再度方向性を相談する、と取っていた。ここに明らかな行き違いがあったのだが、いずれにしても今の彼女たちは向上心に溢れていた。それは残り2日の訓練で目に見える結果を出したことで証明されるのだった。