第二十二話 査定と報酬
現在、マサラの街の冒険者ギルド査定場は熱気に包まれている。
通常、冒険者ギルドの査定場ではギルドに席を置く査定担当職員が対応する。そして冒険者によって持ち込まれた魔獣関連の品を即座に買い取っている。魔石以外は冒険者が直接店に持ち込むことも可能だが、海千山千の商売人相手に高値で引き取らせることは難しく、また面倒なことから仲介手数料を取られても冒険者ギルドの査定に出す者がほとんどだ。しかし例外もある。珍しいモノが持ち込まれたり、量が多い場合は直接商人ギルドや魔道具ギルド、薬師ギルドなどに所属する者たちが査定場に駆けつけてくる。今回がそうだ。
「なんか時間かかりそうだね。」
「そうね。量も多いし、珍しいからしかたないわね。」
「お腹すいた?」
一部はすでに大輝と少女たちのお腹に消化されてしまっているが、それでも肉は大量にあるし、毛皮に鉤爪といった部位は商人が期待の眼差しで見ているし、胆や心臓などを見る薬師の目は血走っている。何しろ、首から下にはほとんど傷のない完全体で持ち込まれているのだ。毛皮や内臓系は高値で売れることが予想される。
「時間かかるなら先に食事にでも行く?って、オレたちここ離れてもいいのかな?」
「ギルドも高値で売れた方が手数料上がるから任せちゃいましょうかね。」
「「賛成~~」」
「金より団子?」
大輝たちは査定場の責任者に認証プレートを見せ、明日の朝に売却益を受け取る手続きをしてギルドを後にした。大輝の配達依頼とエリスたちの受けた採取依頼の報告も明日に回したのだった。
「で、まずは宿の確保かな? どっかいいところ知ってたら教えてくれると助かるんだけど。」
「案内は任せて。というか臨時とはいえパーティー組んでるんだから一緒の宿ね。たぶんもう1部屋位とれるはずよ。」
「リーダーにお任せしますわ。」
「満室なら私の部屋でもOK?」
「ミリア・・・私と同室なの覚えてる?」
「エリス姉なら断らないはず?」
「さすがに女性と同室はこっちが反応に困るからやめて。」
そんなじゃれ合いをしながらエリスたち御用達の宿「女神の雫亭」に到着した。
「ここは女性同伴じゃないと泊まれない宿よ。大輝1人じゃ入口で追い返されるわね。」
そう言って口元に笑みを浮かべるエリス。よく見るとミリア、ロロ、カーラも同じ笑みを浮かべている。かなり気になる表情をしている4人だが、背中を押されて大輝が先頭となり扉を開ける。
「うぉ!」
思わず大輝が声を上げる。無理もなかった。2メートルはあろうかという筋骨隆々の大男2人が目の前にいた。その大男2人は髪を完全に剃り上げた坊主頭で、黒で統一されたその服装は正に執事そのもの。肩幅が異様に広いため、逆三角形のその体型がウエストを絞る形の上着に非常にマッチしている。
「お帰りなさいませ、お嬢様方。」
そう言って丁寧に挨拶する男たち、いや、もう執事たちでいいだろうか。そこに悪戯を成功させた表情で入ってきたエリスたちが笑いながら挨拶を返す。
「ただいま、ローゼスさん、バスクさん。こちらの大輝さんにもう1部屋お願いしたいのだけど大丈夫かしら?」
「かしこまりました。ご用意いたします。」
どうやら泊まれるようだが、なんだか居心地が悪いのは気のせいだろうか。
「ここはね。女性が安心して泊まれることを最優先にした宿で人気高いのよ? ローゼスさんとバスクさんは元Bランク冒険者の実力者だし、従業員全員がきちんと教育を受けた人たちだから安心なのよ。あ、でも1つだけ注意してね。同伴者以外の女性にちょっかい掛けたら追い出されるから。」
そう笑ってカウンターへ進むエリスがすれ違う瞬間にウィンクする。
「私たちが同伴者。ちょっかい掛けても大丈夫?」
ミリアがまるで私たちは味方よ?と言っているようだった。が、ここでは男性は安心して泊まることはできないのでしょうか?と問いかける男がいたとかいないとか・・・。
結局、ロロとカーラの勧めで5泊分の大銀貨6枚を支払い、シングルの部屋へ案内された大輝だった。安全料金とはいえ、やや高額の部類に入る値段だったが、宿の説明を聞いた大輝は値段に納得していた。風呂があったからだ。30分後に宿の食堂で待ち合わせしているため、即座に部屋を出て共同浴場に向かった大輝。女性主体の宿だけに男性用の浴場は広くはなかったが、久々の風呂に高揚していた大輝は大満足だった。やはり日本人は風呂好きなのだ。
約束の時間になり、食堂に行った大輝を待っていたのは湯上りの少女4人。革鎧やローブといった冒険者装備を纏った姿でしか見たことのなかった少女たちが、それぞれの髪色に似合った色鮮やかなワンピースを着ている。その上、髪はまだ乾ききっておらず、頬も若干紅い。
「見惚れてる?」
少女たちの座る白に塗装された丸テーブルを前に歩みが止まってしまった大輝へミリアがからかうように声を掛ける。
「うん。見惚れちゃったよ。」
素直に認めた大輝が意外だったのか、今度はミリアが一瞬硬直し、そしてにやけはじめる。
「みんな綺麗だね。」
ここぞとばかりに「女神の雫亭」へ入る前に仕掛けられた悪戯への仕返しを決行する大輝。言ってて自分も恥ずかしいのだが、効果はあったようだ。ミリアだけではなく4人全員が照れている。
席に着いた大輝が満足そうに4人を見渡す。そこへ執事姿のローゼスが食事の開始を伝えた。
「お嬢様方。お食事をお持ちいたしました。」
そう言って、大皿に盛られたサラダ、パンをテーブルの中央におく。どうやら大皿料理が提供されるようだ。その後も次々と料理が運ばれる中、大輝たちは空腹を満たしに掛かる。40キロ余りの道のりを大荷物を抱えた上、強行軍でマサラまで来たのだ。最初の色気漂う雰囲気など料理を前にして吹き飛んでいた。食事の後は疲れも出たのだろう、全員が早々と部屋へ戻った。そして大輝は眠気に勝てずベットへと倒れこんでいった。
翌朝、朝食を取りに食堂へ降りてきた大輝は少し残念な気持ちを押し殺して昨夜と同じ席に着いた。すでに席に着き、大輝の到着を待っていた少女たちが冒険者ルックだったからだ。
「おはよう。」
それでもそんな気持ちなど顔に出す大輝ではない。何食わぬ顔で挨拶を交わし、着席と同時に運ばれてきた朝食を平らげながら今日の予定の相談を開始する。
「まずはギルドで依頼完了手続と査定書をもらって報酬を受け取りに行かないとね。」
「そうね。フォレストベアー丸々1頭なんて幾らになるんだろう?」
「楽しみ?」
「ちょっと想像がつかないかも。」
あっという間に話が脱線して褒賞金額とその使い道の話になってしまう少女たち。この辺は日本と同じなのだった。それでも食事が後半に差し掛かる頃にはエリスがしっかりと軌道修正する。
「昨日までは遠征して疲れてるから、今日は依頼を受けないでみんなで少し訓練をしようと思うの。」
「大輝を案内するんじゃなくて?」
「それももちろんするわよ。でも、折角大輝がいるんだから、ちょっと指導してもらおうと思うのよ。大輝がよければ、訓練の後で街を案内するけどどうかしら?」
「オレはそれで構わないよ。」
話のまとまった一同は一旦部屋で準備を整え、冒険者ギルドへと向かって行った。
朝の査定場は閑散としていた。朝一で獲物を持ち込む冒険者などほとんど皆無なため当然であるが。早速エリスが昨夜の査定責任者に声を掛け、フォレストベアーの査定結果を聞くことになる。
「昨日は手際が悪くて申し訳有りません。なにぶん、久々の大物だったもので。」
そう言って頭を下げて謝罪する査定責任者だが、言葉と裏腹に非常に嬉しそうな顔をしている。高値で売れてギルドの収入も良かったのだろう。それに気づいた少女たちも期待の眼差しで見ている。
「では、早速ご報告させていただきます。」
懐から取り出した査定書を全員に見えるように広げ、確認のためか順番に読み上げる。
「毛皮は傷が少なく、というよりも傷が無かったため最高品質ということで金貨5枚と大銀貨5枚です。肉は総重量500キロございました。部位によって値段が変わりますが、合計で金貨25枚ちょうど。爪も全く破損個所がなかったため、高値で売れました。20爪合計で金貨4枚の値が付きました。内臓は肝が金貨6枚、心臓が金貨2枚、その他の部位が合わせて金貨2枚と大銀貨5枚となりました。合計致しますと、金貨45枚となります。」
流れるように説明していた声は少女たちに届いていなかった。最低限の読み書きの出来る彼女たちは査定書の合計金額の欄に最初から目が釘づけだったからだ。魔石分を除いても帝都民が一家4人で2年は楽に暮らせる金額が記されていたのだから当然だった。
「ありがとうございました。こちらの査定書はもう頂いても構いませんか?」
反応を見せないエリスたちに代わって大輝が査定責任者に話しかける。
「はい。こちらこそ大物を届けて下さってありがとうございました。」
互いに感謝を述べて握手を交わす大輝たち。ここでようやく声が届いたのかエリスたちも頭を下げる。
「じゃあ、依頼完了報告と報酬をもらいに行こうか。」
査定場からギルドのカウンターへ向かう短い道中、エリスたちは大興奮だった。
「き、金貨45枚だって!」
「これでまたしばらく「女神の雫亭」に泊まれるわね!」
高額の報酬が期待出来たとはいえ、実際に数字なって現れるとその現実感に気分が高揚したのだろう。
また、エリスたちはEランクとしてはかなり高額な宿を定宿としているため、余分なお金など持てなかったことも興奮の理由だろう。街中での依頼報酬が1日平均銀貨8枚であることを考えれば、1泊銀貨12枚の宿というのは高級宿だ。正直言って、Eランクの冒険者の泊まる宿ではないのだ。
「まだエリスたちの依頼報酬と魔石の報酬もあるんだけどね。」
大輝の声など聞こえないのだった。
朝早いこの時間、予想通り「依頼完了」カウンターに並んでいる者はいなかったため、すぐに大輝とエリスたちはそれぞれ受けていた依頼の精算を行う。エリスたちの受けていた依頼は「採取」で、北東の森中域に咲くリュウジュ草を50本採取してくるというものだった。解熱剤の主成分として重宝される薬草の1つで森の中域まで行かないと採れないものだ。Eランクではかなり危険の伴う仕事といえるがその分報酬も良く、金貨1枚になった。ちなみに大輝の依頼は大銀貨3枚だった。
「この魔石の精算もお願いします。」
大輝が帝都を出て初日に狩ったフォレストドックの魔石8個、野営地からマサラへの道中に撃退したフォレストドックの魔石7個、フォレストベアーの魔石1個と共に全員の認証プレートをカウンターへ並べる。
「お預かりします。」
そう言って受付嬢が魔石を鑑定し報酬を取り出す。
「フォレストドックの討伐報酬が大銀貨3枚×15個、フォレストベアーの討伐報酬は金貨15枚になります。合計金貨19枚と大銀貨5枚です。お確かめください。」
さすがCランク魔獣のフォレストベアー。最下級のFランク魔獣フォレストドックの50倍の報酬額であった。大輝の隣では一生懸命に各褒賞金額を足して人数割りの計算をしているミリアの姿がある。苦手な計算にめげずに両手の指を動かしている姿は可愛かった。
「なお、エリスさん、ロロさん、カーラさん、ミリアさんの4人はDランクへの昇格要件を満たしましたがいかがなさいますか?」
Dランク昇格には複数の要件があったはずだが、どうやら今回の魔獣討伐でランクアップ要件を満たしたようだ。おめでとう、と声を掛けようとした大輝だったが、エリスに遮られる。
「いえ、今回は見送ります。自信が付いた時にお願いします。」
パーティー内で決めていたのだろう。エリスが即答し、3人とも納得の表情だった。Dランクになれば20%の減税が受けられる。また、護衛依頼も受けやすくなるため魔獣を求めて森に入るよりは安全度も上がるのだ。そして、恩恵とともに課される義務についてはEランクとDランクに大きな差はない。
「なんで受けなかったの?」
疑問に思った大輝がギルドを出て南門から外に向かう途中でエリスに問う。
「未熟だから、かな?」
疑問に疑問で答えるエリス。
「私たちはまだ弱い?」
さらに疑問形で重ねるミリア。
「まだ私たちは経験も力も足りないと思ったのよ。一昨日の夜にね。」
エリスが言葉を選びながら答えはじめる。
「これまで私たちはその場凌ぎを繰り返してきたってことに気づいちゃったのよ。村に居場所が無くて生きる為に冒険者になる。宿代を稼ぐ為に依頼を受ける。魔獣が目の前にいたから戦うもしくは逃げる。自分では考えて行動したつもりが、結局目先のことしか頭になかったのよね。だから・・・。」
言葉を切ったエリスが立ち止って大輝の目を見据える。ミリアたちも真剣な表情で大輝を見ている。
「ランク昇格の前にきちんと今後の事を考えようと思うの。まずは冒険者として生きていけるかどうかを。だから大輝が街にいる間だけでもいいから私たちを鍛えて欲しい。」