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レゾナンス   作者: AQUINAS
第一章 ハルガダ帝国~召喚と脱出~
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第十七話 初陣

 退避決定に従い行動を開始した大輝たちは、足元の悪い収穫の終わった麦畑ではなく、一旦街道に出てから南門へ向かうべく畦道を走っていた。周囲の農夫やその子供たちも街道に集まりつつあるその時、


「ウオォォォォォン!!」


 突如耳を劈く(つんざ)ような声が聞こえてきた。フォレストウルフの上位種が天を仰ぎながら遠吠えをしたのだ。思わず立ち止り振り返った大輝が目にしたのは、上位種の遠吠えを合図に騎士や兵士に向かって飛びかかるフォレストウルフたちの姿と地に伏せて震えているケイトや作業員、農夫たちだった。


 最初、大輝は上位種の遠吠えを聞いてまだ仲間が来るのかと思った。狼が遠吠えをするのは離れた位置にいる仲間への呼び掛けをするためだということを聞いたことがあったからだ。しかし、今回は違った。


「っち!威圧か!」


 マードックの一言でこの状況に納得がいったからだ。召喚初日に大輝が謁見の間で使ったのと同じだった。声に魔力を乗せて自分より格下に畏怖の念を抱かせるスキルだ。大輝の周囲で地に伏していないのは、大輝、マードック、メリンダ、監督の護衛騎士他数名。子供たちは気絶しているのか微動だにしていない。眼鏡橋の方へ眼を向けると、兵士のうち数人は完全に腰が引けているのが見え、折角の槍衾が隙だらけになっている。あの上位種はEランク冒険者や一部の兵士よりは確実に格上だった。マードックの声も震えていることからDランクより上かもしれない。そうなると橋が突破されるのも時間の問題だと思われる。


(逃げるわけにはいかないか。)


 大輝は背中に背負った両手剣を手に持ち、橋を越えてくるであろうフォレストウルフを迎え撃つ覚悟を決める。


「マードック!動けない者を街道に集めてくれ!」


 いまだ動けない農夫や子供たちを一段低い麦畑から街道に引き上げるように依頼する。いや、時間がないことの焦りからすでに命令口調だった。


「どうするんだ!?」


「騎士が突破された分はオレが食い止める。フォレストウルフは力の弱い者から狙う習性がある。だから、農夫と子供を街道の中央に集めてオレの背後に置けば助かる可能性が高い!」


 本当は眼鏡橋の北側に立って橋の上で食い止めたかったのだが、すでに騎士と兵士は防戦一方で戦線は橋の中央より北まで押し込まれていたのだ。


「相手は上位種もいるんだぞ!いけるのか?」


「任せろ!時間がない!戦える奴はオレの後ろ10メートルで左右に分かれて戦闘準備!その他動ける奴は麦畑にいる者を街道に引き上げろ!行動開始!」


 マードックの声に乱暴に答え、わずかに魔力を込めて周囲の者に指示を飛ばす大輝。上位種のように行動を阻害する類の威圧ではなく、無意識に従わざるを得ないと感じる圧力を発する大輝に従い、上位種の遠吠えの影響が薄れていた者たちおよそ20名が街道を飛び出し次々と農夫や子供たちを抱えて戻ってくる。僅かな時間で街道中央に大輝が立ち、その後方10メートルでは右に護衛騎士2名とEランク冒険者3名、左にマードックと共にEランク冒険者3名が布陣している。さらにその後方ではメリンダとケイトを筆頭にFランク冒険者たちが農夫と子供を囲うように布陣していた。


「来るぞ!」


 態勢が整ってすぐに3頭のフォレストウルフがすでに乱戦となっている50メートル先の眼鏡橋を突破して向かってくる。

 

 右後方にいる護衛騎士以外の武器はナイフなので後ろに行かせるわけにはいかない。しかし、向かってくるフォレストウルフは3頭。1頭を先頭に2頭が追従する形で一団となって真っ直ぐに大輝に向かって来ている。同時に3頭を斬り伏せられないなら、と大輝は左足を一歩前に出し、半身の姿勢を取りながら右手一本で両手剣を下段に構える。そして10メートルまで迫ってきたフォレストウルフの右前方に左手を(かざ)し無詠唱で小さな火球を飛ばす。続けて左前方にも小さな火球を飛ばす。威力の小さい火球だ。当たっても小さな火傷が出来るくらいだろう。しかし魔獣となったといえども元は野生動物だ。本能で火を恐れるはず。大輝の目論見通り、左右のフォレストウルフは足元に飛んできた火球に一瞬スピードを落とし、中央の1頭の後ろに並ぶように誘導された。


「はぁっ!」


 火球を放ってすぐに左手を下段に構えた両手剣へ戻し、一直線に並んだ3頭目掛けて大輝が飛び込む。

5メートルあったはずの先頭のフォレストウルフへ一歩で到達する。その1頭は大輝の身体強化による爆発的な踏み込みのせいでタイミングを外されたため、無防備なまま大輝の剣によって斜め下から切り上げられる。刀身に大輝の魔力を纏っている両手剣は名剣にも劣らない切れ味を見せ、フォレストウルフの胸から頭までを切り裂いた。大輝は左に半歩ずれて慣性にしたがって迫る1頭目の死体を避け、返す刀で2頭目を左からの横薙ぎで切り付ける。半歩ずれた分浅かったがもう動けないだけの傷を与えた感触があった。3頭目は流石に大輝の動きに気付き、後ろ足で跳躍して前足を振りかざしながら大輝に飛びかかって来たが、その爪が大輝に届く前に僅かに身を屈めた大輝の下段からの切り上げによって腹部を切り裂かれていた。


 一瞬で3頭を撃破した大輝だったが、それほど余裕があったわけではなかった。騎士団の訓練で練習するようにはしていたが、やはり本来の得物ではない両手剣では思うような動きができなかったからだ。それでも、後ろに控えている者たちにとっては十分な成果だったようで歓声が聞こえていた。


「おお!」


「み、見えなかった!」


「スゲーぞ兄ちゃん!」


 その歓声がフォレストウルフの気を惹いたのか、新たに2頭が街道を疾走して大輝に迫る。


「げ!お前ら騒ぐな!」


「また2頭来た。」


 新たな脅威に先ほどまでの歓声から一転悲鳴にも似た声を上げる者たち。しかし、この2頭は呆気なく大輝によって撃退される。最初と同じく、身体強化された踏み込みで一刀の元に切り伏せ、牙を突き立てようとした2頭目もあっさりと躱されると同時に胴に剣を突き立てられて絶命したのだ。


 その後も懲りずに歓声を上げた後方の者たちのせいか度々フォレストウルフが眼鏡橋を突破して大輝に襲い掛かるも、橋上の騎士たちの奮闘のお蔭か3頭以上同時に襲われることはなく、大輝が10頭まで仕留めたところで剣戟が止んでいた。


 大輝が橋に目をやると、上位種以外のフォレストウルフは全て倒されているようだった。しかし、騎士側も被害が大きいらしく、上位種に向かって剣や槍を構えているのはわずかに4人。その4人も鎧は傷つき、血を流しているのが遠目にもわかった。大輝が加勢に向かおうと一歩踏み出したその時、


「おお!騎士団だ!」


「助かったぞぉ~」


 大輝の後方から歓声が上がった。どうやら帝都からの援軍が到着したようだ。人垣で見えないが結構な砂煙が見えることから、騎馬隊が先行してきているようだった。援軍の到着が近いことがわかって安心した大輝が眼鏡橋に再度目を向けると、上位種が森に逃げていく姿が見えた。4人の騎士たちも追撃するのではなく倒れている同僚の確認を優先しているようだった。


「ふぅ。終わったか。」


 敵の姿が完全に消えてから大きく息を吐き出して座り込む大輝。師匠との訓練とは違って本当の意味での命のやり取りに大輝も疲弊していたのだった。気づけば喉は乾いてヒリヒリしているし、いまだにきつく剣を握りしめている両手は若干震えている。意識してようやく剣を手放した大輝に声が掛かる。


「大輝お疲れ様。全員無事なのはお前のお蔭だ。」


「まさか1人で全部倒すとは思わなかったわよ。」


「先輩風吹かせたのが恥ずかしい。でもありがとう。」


 マードック一家が座り込む大輝に驚いたような、呆れたような表情とともに感謝を述べる。


「囲まれるような事態にならなくて助かりましたよ。騎士の人たちが踏ん張ってくれたお蔭ですね。」


 緊急事態が終わったことで口調が丁寧に戻る大輝。


「いや、謙遜するな。オレたちだけじゃなくみんなお前に感謝してるし、年頃の娘たちなんか顔を赤くしてお前を見てるぞ。」


「そうねぇ。この娘も呆けたように大輝くんのこと見てたしねぇ。」 


「感謝は当然。でも誤解を招く発言はよろしくない。」


 マードック一家との会話でようやく落ち着いてきた大輝は、このあと作業仲間と農夫たちに囲まれ感謝の嵐に見舞われることになった。 




 結局、この日の用水路掘削作業は中止になった。ただし、依頼は達成扱いで報酬は8掛けの支払い、追加報酬はなしというとこで落ち着いた。これは、大輝が感謝の嵐の中心にいた時にメリンダが監督と交渉して捥ぎ取っており、その間マードックは到着した騎士団と大輝が倒した分の10頭のフォレストウルフを大輝の獲物として認めさせていた。そして、大輝にお礼をしたいと申し出た冒険者一同によってその場で解体されて討伐証明の魔石、衣料用の毛皮、食用の肉、魔道具用の牙に分けられ、その全てを農夫の荷車によって冒険者ギルドに持ち込まれることになった。


 そして現在、大輝は冒険者と農夫の好意によって運び込まれたフォレストウルフ10頭分の買い取り査定のため、冒険者ギルドの裏手にある査定場にいた。魔石だけは「依頼完了」カウンターで集計するが、それ以外の部位は全て査定場でギルド職員の査定を受け、査定書を受け取ってからカウンターで精算するシステムである。


「これは随分と大量にありますな。」


 査定を担当するギルド職員が嬉しそうに査定を始めた。フォレストウルフは魔獣のランクとしては低い。持ち込まれる数も決して少なくはないのだが、魔石、毛皮、肉、牙と安定して需要の高い素材が取れるためギルドとしては買い取り歓迎品である。


「毛皮が全部で金貨2枚、肉も同じく金貨2枚、牙が金貨1枚の合計金貨5枚ですな。」


 高いか安いかいまいちわからない大輝だったが、すでにギルド職員は査定書を書き終えている。口を出す余地はなさそうだった。査定書を受け取った大輝はそのまま「依頼完了」カウンターへ向かう。


「依頼完了処理お願いします。あと別件で買い取りお願いします。」


 用水路掘削の依頼達成証明書と査定書、魔石10個に認証プレートをカウンターに置いて受付嬢に処理をお願いする。


「はい。お疲れ様です。確認させていただきますね。依頼完了の方は、8掛け指定があるので銀貨6枚と大銅貨4枚、査定書が金貨5枚、魔石は・・・フォレストウルフですね。10個あるので金貨5枚になります。」


(フォレストウルフ1頭丸々持ち込んで金貨1枚か。高ランク冒険者は儲かるんだろうな。)


 帝都での一家4人の生活費が金貨2枚であることを考えれば高額であることは間違いない。しかし、実際には輸送手段の限られるこの世界で得物を全部持ち帰ることはほぼ不可能であるし、命の危険もある。武器や防具の手入れや買い替えの機会も多い。そう考えると人によっては判断が分かれるところである。


「それと、おめでとうございます。今回の魔獣討伐でEランクへの昇格条件を満たしましたので、よろしければEランクへの書き換えをさせていただきますが、いかがなさいますか?」 


「あれ?今Gランクなんですけど、Fランクを飛ばしていいんですか?」


「はい。冊子に記載はないのですが、より上位のランク条件をクリアされれば飛び級も認められていますので問題ありません。Eランク昇格条件である魔石提出10個をクリアされた大輝さんには昇格の権利があります。」


「なるほど。ではEランクへの書き換えをお願いします。」


「かしこまりました。」


 受付嬢がランク昇格を冒険者に確認を取るには訳がある。


 冒険者はこの世界では魔獣と戦う貴重な戦力である。彼らがより多くの魔獣を狩ることを奨励するため高ランク冒険者には恩恵を与えている。またその反面、高ランク冒険者には義務も与えているのだ。


 例えば税金の軽減だ。これは、冒険者ギルドでの買い取り品に限る措置だが、Dランク冒険者からはランクが上がるごとに20%の減税がある。つまりSランク以上は税金を払わなくてよくなるのだ。他にも、ギルドの持つ情報へのアクセス権や借金もできるようになる等、ランクごとに様々な権利を与えている。


 逆に、ランクが上がると義務も増える。Eランク以上の者は魔獣が滞在する街に迫っているときは強制召集されることがあるし、Bランク以上の者は街を移動するごとにギルドに届け出ないといけないのだ。


 そのため、権利と義務を天秤に掛け、最終的にランク昇格を受けるかどうかを決めるのは冒険者自身ということになっている。ほとんどの者が昇格を喜んで受けるのだが。


 大輝自身は、Cランクまでは昇格を受けるつもりだ。ギルドの持つ情報へのアクセス権というのに興味はあったが、現状ではBランクになって各国の貴族たちと係る可能性が増えるというデメリットの方が大きいと思っている。


「お待たせいたしました。認証プレートをお返しいたします。そして、こちらが報酬になりますのでご確認願います。」


 こうして認証プレートと袋に入った金貨10枚、銀貨6枚、大銅貨4枚を手に冒険者ギルドを後にした。


予想外に大金を稼ぎ、これまた予想以上に早くEランク資格を手に入れた大輝はこれからの予定を組み直しながら「銀の懐亭」へと向かっていた。そして、計画に適した依頼があればすぐにでも受けようと決めたのは、初の実戦で疲れた身体をベットに横たえ寝入る寸前だった。



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