第百三十七話 王都ユーストン
「で、実際のところはどう考えているんです?」
フレディの用意した会談場所を辞したハンザ王国側の代表者たちは真夜中にもかかわらずあらためて集合していた。そしてローザ王女が口火を切って兄であるルード王子と大輝を見る。
「えっ、ええっ? どういうことでしょうか?」
会談の最後に得意顔を見せたアリスが困惑する。ハンザ王国側の参加者と同様にフレディの見解の違和感に気付き、自分も成長したと実感していたところに冷や水を浴びせ掛けられた気持ちになる。
「アリスも惜しいな。」
「ああ。成長したことは認めるが、まだ足りないな。」
大輝とルード王子の言葉は厳しい。しかし数か月前と違ってその言葉には温もりがあった。
「ですが、それはそれで助かりますね。あの場で下手にしゃべるのは危険でしたから。」
「そうだな。アリスの性格からして気付いてしまったら話してしまいそうだからな。」
大輝とルード王子は2人で話を進める。アリスは困惑顔でそれを見つめ、ローザ王女とオーデンは思うところあって黙っている。そしてソアラ王妃はにこにこと笑顔で若者たちを見守る。
「さて、アリスへの当て付けはこの辺にして本題に入ろう。もう少し寝ておかないときついからな。」
「そうですね。一応言っておくと、アリスに言いたいのはここにいる身内にならいいけどそれ以外の相手には出すべき情報、感情、思惑、見解は選ぶ必要があるってことだからね。」
大輝の言葉にローザ王女とオーデンが頷く。この2人は会談の場ではほとんど口を開かなかった。一行のトップであるルード王子と現状では参謀格の大輝の意図を台無しにしないように配慮しており、身内だけの集まりになってから必要とあれば聞こうと思っていたのだ。
「さて、大きく分けて可能性は2つでいいか?」
「そうですね。大別すれば2つだと思います。」
ルード王子と大輝は身内で共通認識を持つために互いの思うところを述べ始める。
「1番可能性が高いのは、クルシュ都市連合が武力衝突も辞さない覚悟だということだ。すでにマデイラ王国とクルシュ都市連合との間は貿易摩擦を飛び越えて武力紛争に移行しつつある。このままいけば全面戦争に発展するな。」
「ええ。傭兵といえども兵を送り込んだことは間違いありませんからね。」
隣国に武装集団を送り込めば当然そうなる。「移行しつつ」と断定を避けているのはまだ回避の可能性があるからだ。それは、これが国家に所属する正規の騎士や兵士であれば即戦争になるが、送り込まれたのが金で雇われた傭兵集団であることに起因する。クルシュ都市連合としては明確な証拠がなければ傭兵たちを切り捨ててしらを切り通すことも出来るからだ。もっとも、会談で話が出たように両国の関係は悪化し、戦争に発展しなくてもレアメタルの供給は停止されるだろう。
「もう1つは・・・・・・第3国の謀略だな。」
「可能性として高いのはハルガダ帝国かアスワン王国でしょうね。」
「どちらの国にとってもハンザマデイラ同盟は邪魔だろうからな。」
「ハルガダ帝国は過去に王都アルトナを包囲しながらもマデイラ王国の救援によって領土拡張に失敗していますし、アスワン王国もレアメタルを手中に収めるために領土的野心を持っている可能性はありますからね。」
ルード王子と大輝は想像しうるいくつかの可能性を口に出す。クルシュ都市連合内でその国の高官に成りすまして傭兵隊を唆した、クルシュ都市連合と組んでいる、同盟とは言わずとも後ろ盾となっている等々である。
「いずれにせよこっちの方が厄介だな。」
「ええ。大国が絡んでいればそれだけリスクが大きいですから。」
ルード王子と大輝の会話を聞いてアリスは納得する。確かにここまでの話をフレディの前では出来ない。2人の話は推測に過ぎないが、それがフレディを経由してマデイラ王国の首脳たちに伝われば大騒ぎになる。話の出処がルード王子であるということは様々な憶測を呼ぶからだ。王子の話であればハンザ王国の公式見解と取られかねないし、裏付ける情報を持っているかもしれないと半ば事実として受け取られるかもしれない。だから何かがおかしいと問題提起するだけに止めるのが正解なのだ。
「なるほど。断定できる情報が出揃うまでは隣国内で不用意な発言は避けるべきということですわね。」
「そういうこと。」
「もちろん言うべきことがあれば言うがな。」
アリスの確認に大輝とルード王子が頷いて返す。
「私・・・・・・とんでもない時に嫁ぐことになってないかしら?」
話がひと段落したところでローザ王女は不安そうな表情で呟いた。
「とりあえず王都ユーストンに行って詳しい話を聞いてからだな。」
「ええ。どんな手が打てるかは行ってみないことにはわかりませんからね。」
ルード王子と大輝が揃っていることを思い出して少し安心するローザ王女。ハンザ王国内での出来事であればこの2人は大抵の問題を解決してしまうだろう。だから隣国内という枷があっても、それはそれでなんとかしてしまいそうな期待感があるのだ。そして思い直す。現状でも王太子の婚約者、早ければ2週間以内に王太子妃となるのは自分なのだ。
「私にも出来る事があるはずですよね。いえ、ミュンスター家を代表して嫁ぐのですからやらなければなりません。」
クルシュ都市連合に雇われた傭兵に襲われてから3日間は何事もなく経過した。大輝や護衛たちは再度の襲撃や暗殺を警戒していたが何も起こらなかった。道中にて遭遇した低ランク魔獣たちは大輝たちが出張る前にフレディ率いる2個小隊によって瞬く間に討ち取られていたし、彼らの警備体制は万全だった。
そしてアメイジア新暦746年10月28日、マデイラ王国の王都ユーストンへと無事到着した。
マデイラ王国の王都ユーストンはアルトナとほぼ同規模だ。だがアルトナと違う点がある。それはユーストンの北側に連なる工場のような建物の存在だった。アルトナでは普段は穀倉として使い、有事には出城や矢除け代わりに使う建物があったが、ここユーストンの建物は有事を想定しない純粋な工場である。これらの工場にはユーストンの北50キロにあるエレベ山脈中の鉱山で採掘され、現地で鉱石から金属を取り出す製錬作業が行われたものが運び込まれている。そして製錬では不純物が多く純度が低い金属にしかならないため、これらの工場で純度を上げる精錬作業が行われるのだ。
「なるほど。川を使って輸送し、工場で必要な水もそこから取り入れているわけですね。」
「城壁の外というのは安全上好ましくありませんが、街中にトン単位の金属を保管できないし、煙も凄いから仕方がないのかもしれませんわね。」
「中央盆地のある北部には東西に渡って長大な防壁を築いているっていうし、高ランク魔獣が出没することはまずないのでしょう。」
一行は王都ユーストンの西門から入る為に建物自体は遠目にしか見えない。だが、上空へと立ち上る黒煙はしっかりと見えており、一瞬襲撃の可能性が頭をよぎりフレディに説明を求めたのだ。今は全員がフレディのしてくれた説明に納得していたが。
「本来であれば王都に入る際に歓迎式典を行うはずでした。しかし、襲撃があったということからそれらを中止させていただきました。このまま王宮へとご案内いたします。」
ハンザ王国側に異存はなかった。長旅であったし、道中の警戒に神経を尖らせていたこともあって窮屈な式典を望んではいなかったのだ。
「さて、どこまで追求する?」
「それはマデイラ王国側の出方次第でしょうね。」
王宮に到着してすぐに大輝がルード王子に呼ばれて2人だけの会議が始まっていた。2人はフレディはもちろんのこと、身内であるローザ王女たちにも言っていないことがあった。それはこれから嫁ぐローザ王女を不安にさせないためであり、改善が見られるとはいえアリスの暴走を引き起こさないためであった。出すべき情報を絞っていたのだ。
「フレディ殿は疑問に思っていなかったようだが、どう思う?」
「彼は本当になにも知らないのだと思います。」
「確かに表情を見る限りは隠し事はなさそうな人物だな。」
「ええ。襲撃後の会談の間ずっと見ていましたが、本人の言う通り騎士向きの方なのでしょう。」
「だからこそ利用されたのか・・・・・・。もっとも、私たちの推測通りだとすれば、だがな。」
「状況的には間違いないと思いますが、情報も証拠も不足してますからね。」
「杞憂であるにこしたことはないが、妹を嫁がせる以上はっきりさせておきたい。」
「では、突っついてみるわけですね?」
「ああ。顔合わせが終わったら極秘会談を申し出るつもりだ。同行を頼めるか?」
「了解です。護衛ということで同席させて頂きましょう。」
ルード王子と大輝は2人だけでマデイラ王国の首脳との会談に臨む打ち合わせを続けた。
ハンザ王国とマデイラ王国は200年来の同盟関係にあるだけあってミュンスター家の3人にとってマデイラ王国の王族や貴族の大半が顔見知りである。2年に一度は両国の使節団が互いの王都へと出向いていたし、派遣される使節団の代表を王族が務めることも多いからだ。だから顔合わせとはいっても形式的なものである。だが、そんな間柄であるにもかかわらず謁見の間で行われた顔合わせは緊張感が漂っていた。それはもちろん嫁入りのためにやってきたローザ王女一行が道中で襲撃にあったからだ。
それでも両者は表向き上笑顔を浮かべ、マデイラ王国のカーディフ・シェフィールド王が道中の見舞いと歓迎の意を示し、ルード王子とローザ王女がそれを有難く受け取った。そして長旅で疲れているだろうとのカーディフ王の言葉で早々と退出することになった。
そしてその夜、ルード王子は大輝だけを伴って王宮内の特別室へと向かっていた。
「まさか向こうから呼び出されるとはな。」
ルード王子は顔合わせが終わるとすぐに宛がわれた部屋でカーディフ王への会談申込みの為に筆をとったのだが、半分も書ききらぬうちにカーディフ王から使者が遣わされたのだ。
「いくら同盟国とはいえあやふやには出来ないですからね。」
「我らに被害がなかったとはいえ問題だからな。」
「あとはその問題がどこまで広がるかですね。」
「それはこの後のカーディフ王の対応次第だな。」
ルード王子と大輝は案内する侍女の耳に入るようにわざと声を抑えずに話す。ここでの会話は当然カーディフ王へ伝わるだろうからプレッシャーを掛けているのだ。ルード王子たちハンザ王国側は喧嘩を売るつもりも謝罪や賠償を求めるつもりもない。マデイラ王国とはこれまで通り良好な関係を築きたいと思っている。しかし、下手な隠し事をされたままではその関係は維持できないと暗に伝えているのだ。
可哀想だったのは何も知らない案内役の侍女だ。ルード王子と大輝が醸し出す不穏な空気に顔が青褪めていた。
「待たせて申し訳ない。」
先に会談場所である防音室に通されていたルード王子と大輝に声を掛けながら入ってきたのはカーディフ王だけではなかった。王太子でありローザ王女の婚約者でもあるレスター・シェフィールド王子、貴族を代表してジアン・マーリック公爵、軍部を代表してジェイク・ローレンス将軍の4人であった。
「いえ、お気になさらずに。」
「こちらはこちらで密談していましたから。」
ルード王子と大輝が腰を下していたソファーから立ち上がってカーディフ王たちを迎え、そして座り直す。
「んん!?」
顔を顰めたのはジェイク将軍だった。ルード王子と大輝に対面する形で腰を下しつつ大輝に非難の目を向けている。
「確かルード殿下は護衛を1人同行させると仰っていたはずでは?」
大輝がそ知らぬ顔で非難の目を受け流すのを見てジェイク将軍がたまらず発言する。護衛であれば主の後ろに立つのが常識だからだ。しかも、マデイラ王国の国王と同じ席に着くことになるのだからジェイク将軍が文句の1つも言って当然である。
「これは失礼しました。私の伝言が悪かったようですね。」
ルード王子が全く悪びれずに言う。
「ご紹介しましょう。私の友人にしてハルガダ帝国によって召喚された異世界人である大輝です。わけあってハルガダ帝国を離れて私たちの護衛の指揮を執ってもらっていますが、私の身内同然の者です。」
ルード王子はマデイラ側へ先制パンチを喰らわせるために意図的に護衛を連れて行くと表現し、その上で自分の横に座らせて大輝に注目させたのだ。そして初手から異世界人であることを告げて一気に緊張感を煽る。当然大輝も承知の上だ。きな臭さが感じられるためにまだ渡してはいないが、キール王から預かった中央盆地侵入に関する紹介状にも大輝が異世界人であることが書かれており、いずれ知られるなら効果的に使うべきだと思っている。
「異世界人だと?」
「やはり情報は正しかったのか・・・・・・。」
マデイラ王国側の4人は虚を突かれた。国境を接していないとはいえ、ハルガダ帝国の動向は大陸の情勢に大きく影響するために情報収集しており、異世界人召喚が成功したらしいことは知っていた。だが、その異世界人をハンザ王国の次期宰相として正式に名乗りをあげたルード王子に身内同然の者としと紹介されるとは思っていなかった。
「大輝です。本名は黒崎大輝といいます。この世界に来てまだ1年半ということもあって常識知らずですがよろしくお願いいたします。」
大輝はごく簡単に挨拶をする。衝撃を受けているカーディフ王たちが立ち直る前にルード王子が次の手を繰り出しやすいようにとの配慮だ。
「さて、そちらのお話を聞く前に私の方で先に聞いておきたいことがあります。」
ルード王子が4人を見渡して言う。
「我々を囮にした理由をお聞かせ願いたい。」




