表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レゾナンス   作者: AQUINAS
第四章 マデイラ王国・クルシュ都市連合~紛争~
144/145

第百三十六話 貿易紛争

 大輝は4人の襲撃者を討ち取った。これまでも経済的、社会的に報復した相手はいたが直接命を奪ったことは無く、初めての所業であった。


 (・・・・・・大丈夫なようだな、オレは。)


 手には魔獣の皮を編んだと思われる革鎧と肉を切り裂いた感触が今も残っているが、考えていた程は精神的な動揺を感じなかった。罪悪感がないわけではない。心の底にざわついたものがあるのも事実だ。だが、ハンザ王国の王都アルトナで過ごした4カ月の間に覚悟を決めていたせいもあってそれを抑え込むことが出来ていた。


(今回は相手が問答無用で襲ってきたせいで正当防衛だと言い訳出来るということもあるだろうけど。)


 大輝はこれまで常に相手と対等に接するべきだと思っていた。


 相手が同級生だろうが、先輩だろうが、後輩だろうが、仕事上の取引相手だろうが、見知らぬ人だろうが、だ。もちろん常識に照らし合わせて礼儀は弁えてきたつもりだった。だからこそ相手が不遜な態度を取り、こちらに非が無いにもかかわらず貶めようとしてくれば報復も行った。逆に、好意を持って接してきた相手や、自身が好感を持った相手にはそれに応じた対応をしてきた。1人の人間として平等に・・・・・・。


 だがそれだけではダメだということに気付いた。こちらが法の下や道徳観の下で平等に扱ったとしても、相手が大輝を見下していたり、逆に仰ぎ見るようにしていれば受け取り方が変わる。社会的立場や経済力、武力等様々な要素が絡み合う人間関係に絶対の基準は存在しないのだ。


 絶対の基準が無ければなにを拠り所にすればいいか。自分の価値観を貫くか? 大衆に迎合する形に自身を偽るか? 自分の価値基準だけで動けば周囲と軋轢が生まれることは経験済みだった大輝だが、自分の価値基準は大きく変えられない。そこで部分修正することにしたのだ。とはいっても大したことではない。これまで以上に求められている立場を察する努力をするだけだ。その上で大輝の価値観にそぐわなければ却下し、理があればそれに応じた対応をするというだけである。


 これは魔獣という脅威が身近にあり、戦闘力の有無が大きく生存率に影響を与える世界であること。身分制度や家長制度という上下関係がはっきりしている世界であること。この2つが大輝に影響を与えていた。


(日本では憲法によって国民皆平等が謳われているけど、この世界は違うからな。だからつい手助けしたくなったわけだ・・・・・・)


 大輝は自身の行動を振り返ってその理由に辿り着いていた。自分らしくない行動が多かったと思い歯がゆさを感じていたのだ。だが、理由がはっきりすれば問題ない。それを検証、分析し新たな行動指針を作ればいいからだ。今はそうして新たに作った指針の元で動いている。


(人を手に掛けても平気な理由はそこだな。今のオレに求められているのは護衛の統率者としての役割であり、オレはそれを受け入れている。だから襲撃者を手に掛けても罪悪感がない。)

 

 しっかりと自分の心の内を整理できた大輝は最後に思う。


(オレってつくづく理由を求める人間だよな。こういうところが親しい人間が出来なかった理由なのかもしれん・・・・・・だが、理由は重要だ。まずはフレディ・ミルワードに襲撃者の正体とその他に掴んでいるだろう情報を吐いてもらわないとな。)

  

 大輝はすでに息絶えている襲撃者たちの別働隊を後始末するように騎士たちに指示を出してから移動を開始する。ルード王子たちを伴ってすでに残党狩りを始めているフレディ・ミルワードに会談を申し込むのだ。




「申し訳ございませんでした。」


 平身低頭するのは返り血の付いたシャツを着たままのフレディ・ミルワードと小隊の隊長2人である。すでに生き残った襲撃者たちは現場を離脱しており、周囲は2個小隊によって厳重に固められている。ルード王子の使者としてオーデンとゾフィーが会談を申し込んだ結果、30分後には追撃をやめて会談場所が用意されたのだ。


「まずは状況についてお教えくださいませんか?」


「襲撃者の正体に心当たりがあるのでしょう?」


「これから生き残りに尋問するのでしょうが、その前に知っていることをお話し下さい。」


 マデイラ王国側の代表がフレディと小隊長2人であるのに対し、ハンザ王国側はミュンスター家の3人にオーデンとアリスの側近2人、そして護衛として大輝が出席している。そしてハンザ王国側は謝罪を受け取る発言をしない。まずは状況説明をしてもらわなければ受け取りようがないのだ。


「・・・・・・わかりました。誤解の無いように先に申し上げておきますが、襲撃に関して確たる情報があったわけではありません。また、襲撃者たちは我が国の者ではないと思われることをご承知おきください。」


 フレディは貴族ではあるが、それは父が伯爵家の当主であるためであり、嫡子でありながら騎士団に身を置く変わり者でもある。そのフレディに知らされている情報はそれほど多くはない。今回の任務について最小限の情報が与えられているだけであり、その情報も不用意に漏らしてよいものではないために返答に時間を要した。しかし、襲撃が実際に起こった以上、ハンザ王国側が情報開示を求めるのは当然であり、それを拒否すれば両国関係にヒビが入ると判断したのだ。


「尋問で明らかになるでしょうが、おそらくクルシュ都市連合に籍を置く者の指示ではないかと思われます。」


 フレディはあくまで推測であることを強調する。他国の名前を出さなければならないため慎重になっているのだ。


「なぜクルシュ都市連合がハンザ王国の王族を狙うのだ? 船舶での貿易で付き合いはあるが、揉めてなどいないはずだ。」 


 ルード王子が自国とクルシュ都市連合との関係から狙われる筋合いがないことを表明する。ハンザ王国とクルシュ都市連合は国境を接しておらず、間にマデイラ王国が入る。だから直接貿易を行う際はクルシュ都市連合が保有し沿岸を航行する船舶によるものがほとんどである。そして関税についても揉め事は起こっておらず、積み荷に問題があったことも少なく関係は悪くない。すなわち王族に手を出すような暴挙を起こすとは思えないのだ。


「はい。ですからおそらく巻き込まれたのではないかと考えております。」


 ルード王子の疑うような視線にフレディが申し訳なさそうな表情で答える。


「それは、マデイラ王国とクルシュ都市連合の間に問題が発生しているということか?」


「正確には我がマデイラとクルシュ都市連合、そしてアスワン王国の間で・・・・・・。そしてその問題についてハンザ王国も無関係というわけではないのです。もちろん我が国の問題ではあるのですが。」    

 フレディの説明は要領を得ない。ハンザ王国とクルシュ都市連合の間には問題はないが、現在発生している問題に無関係でもないという。フレディが言葉を濁しているのはわかるが、巻き込まれたと言う以上はその問題点をはっきりさせてもらわなければならない。


「フレディ殿、貴殿の立場では中々言いにくいこともあろう。だが、別働隊が我らミュンスター家を狙って来たことから聞く権利があると思う。」


 フレディとしては襲撃者に関しての情報だけを開示し、その背景については王都ユーストンへ着いてからしかるべき人物が説明するべきだと思っていた。だが、目の前の王子はそれを許してはくれそうになかった。


「わかりました。ですが、私は伯爵家の嫡子とはいっても国政に携わるよりも騎士としての道を選んだ者であり、全ての情報を有しているわけではないことを念頭にお聞きください。」


 フレディは観念して得ている情報を正直に話すことにした。


「ご存知のように我が国は大陸有数の鉱山を多数保有しております。鉄、銅などはもとより金、銀なども大量に産出しています。他にも希少金属と呼ばれる埋蔵量が少なく、また、採掘・精錬に難のある金属を産出する鉱山を保有しています。そして今回問題になっているのは希少金属、いわゆるレアメタルと呼ばれる金属類の割り当てについてです。」


 いくつかのレアメタルについてはマデイラ王国が独占状態にある。その中でも特に、異世界人がもたらした知識とも言われる合金技術、その合金材料として使われるコバルトとニッケルについては魔獣や対立する国家に対抗するための高性能な武具の製作に必須であり、各国がこぞって輸出枠拡大を求めている。


「なるほど。貿易摩擦というわけですか。ですが、合金技術に関してはマデイラ王国が抜きんでていると聞きます。完成品を買う方が性能面では圧倒的に良いと思うのですが。」


 ローザ王女が口を挟むが事はそんなに単純ではない。


「それでは一向に自国の技術が上がりません。それに、レアメタルと技術の両方を独占していては供給を受ける側はコスト面で厳しい交渉を迫られるでしょうしね。」


 大輝が口を挟んだ。他国にとっては鉱山は仕方ないにしても技術だけは追いついておきたい。だが、鉱業国家であるマデイラ王国は、当然敵対する国や潜在敵国には輸出量を絞っている。しかし、独占に近い状態だけに完全に供給を断てば即戦争へと繋がりかねないだけに慎重な対応を行っているのがマデイラ王国である。大輝がその辺りを指摘すると、フレディはそれを首を振って肯定した。


「仰る通りです。我が国は国策としてレアメタルの産出量および輸出割合を管理しています。金属の種類や製品によって若干異なりますが、大まかに表すならば自国での消費が4割、同盟国であるハンザ王国へ3割、残りの3割がそれ以外の国となっています。」


 合金化して腐食耐性を付けたり、強度を上げる手段は他にもあるとはいえかなり偏った割り当てであった。


「これまでは輸出枠を増やして欲しいという要望を上手くいなしてきました。産出量を増やして比率はそのままでも輸出量を増やしたり、完成品の輸出を増やしたりと。ですが、今年の春に問題が生じました。」


 フレディは国家機密を語る。あとで叱責を受けることになるが、どうせ一行が王都に着けば知られることになるのだ。


「コバルトとニッケルの鉱山がほぼ同時に落盤事故を起こしました。何者かの手によって意図的に引き起こされたと思われます。我が国は備蓄を放出することで輸出量を維持してきましたが、それも最早限界に達しています。そして鉱山はいまだに復旧の目途が立っておりません。」


 フレディはハンザ王国一行が王都に着けばレアメタル輸出が滞ることを告げられるはずであり、上層部は彼らから理解を得ようとするはずだと思っている。なぜならすでに同盟国であるハンザ王国以外の国には通達済みだからだ。その辺りの事情も正直に話すフレディ。


「なるほどな。マデイラ王国の配慮はありがたく思うが、今回は裏目に出たというわけか。」


「契約があったとはいえ自国を後回しにしてまでも供給し続けたのは凄いわね。そして、それでも必要量が確保出来なくなって他国への輸出を止めたわけね。」


「そして同盟国であるハンザ王国が最後まで規定量を受け取っているわけか。」


 ルード王子、アリス、オーデンが発言する。


「隣国ということもあってアスワン王国とクルシュ都市連合には使者が鉱山の坑道が封鎖されたことを説明に行ったのですが、どうやら輸出停止の言い訳と取られたようでして・・・・・・。特にクルシュ都市連合の方は商業国家ということもあって過剰反応を見せております。そして、おそらくは今回の襲撃は・・・・・・。」


 フレディが口を濁したタイミングで入室を求める声が聞こえた。捕えた者への尋問が終わったのだ。


「何人かが口を割りました。やはりクルシュ都市連合に雇われた傭兵たちのようです。クルシュ都市連合の狙いはおそらくハンザ王国とマデイラ王国の同盟関係にヒビを入れる事かと・・・・・・。」


 マデイラ王国内でハンザ王国の王族が殺害されれば確実に外交問題となる。襲撃を受けただけでも問題であるが。


「それだと弱いな・・・・・・。」


「ですね、説明がつきませんわ。」


「同感です。」


 ハンザ王国側は挙ってフレディの見解に異論を唱える。その中にアリスが入っていることに大輝は頬が緩む。4カ月で随分と状況が見えるようになったものだと感心しているのだ。そしてイジメた甲斐があったと。


「どういうことでしょうか?」


 フレディは貴族よりも騎士を選んだ男だけあってあまり頭を使うことは得意ではない。軍略に関することであれば別なのだが。


「フレディ殿、考えてもみてくれ。クルシュ都市連合が勘違いをした上、レアメタルを欲っしてやったとしよう。そして私を殺害することに成功し、貴国と我が国の仲がぎくしゃくしたとしよう。さて、貴国はクルシュ都市連合へレアメタルを輸出するか?」


 ルード王子の問いを真剣に考えるフレディ。


「いえ、しないでしょう。まず、現状ではレアメタルそのものがほとんどありませんから現実的に出来ません。仮に殿下の仰るような前提でレアメタルがあったとしても同盟国に手を出した相手に輸出をするなんてありえません。」


 当然の答えである。例えぎくしゃくしたとしても200年続く同盟国であるハンザ王国と問題の原因を作ったクルシュ都市連合ではどちらに味方するかは決まっている。おそらく連合してクルシュ都市連合と対峙することになるはずだ。


「そうだろうな。だからこそフレディ殿の見解はおかしいのだ。」


 ルード王子の言葉にハッとなるフレディ。


「確かに・・・・・・。このままではどちらにしてもクルシュ都市連合はレアメタルの供給が受けられない。」


「そういうことだ。そしてもし彼らが本気で同盟関係にヒビを入れてレアメタルを得ようとするために私たちを殺そうとするなら傭兵ではなく暗殺者を雇うだろう。」


 220人もの傭兵を送り込めば誰かが捕まって口を割る可能性は高い。例え傭兵のトップたちしか真の事情を知らなかったとしても尋問を受け、以前はどこにいたのか、誰と行動をともにしてたのか、と突き詰められればクルシュ都市連合に行き当たることになるだろう。その点暗殺であれば証拠が残る可能性は格段に下がる。


「つまり傭兵たちが大挙して襲ってきたっていう事実からして何かがおかしいのよ。」 


 なぜかアリスが得意顔で言った。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ