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レゾナンス   作者: AQUINAS
第四章 マデイラ王国・クルシュ都市連合~紛争~
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第百三十五話 襲撃

 フレディ・ミルワードを先頭とした一行は順調に王都ユーストンへと向かっていた。3日目までは。


 異変が起きたのはハンザ王国との国境線上にある街ミッテから北東へ120キロほど進み王都までの旅程の半分を消化した頃であり、野営地で多くの者が睡眠を取っている真夜中だった。すでに日付は変わっており旅程4日目にあたる。


「敵襲っ!」


「総員防御陣形を敷け!」


 見張りを務めていた騎士から大声が上がり騎士たちが一斉に武器を取って行動を開始した。


(やっぱり今日来たか。だが、さすがは精鋭だな。一瞬で覚醒して動き出すとは・・・・・・)


 大輝とルード王子はいくつかの仮説を立てていた。とはいっても情報が少なく確証を得るには至っていない。ただし、襲撃があるとすれば今日もしくは明日というのが2人の共通意見だった。


(マデイラ王国がハンザ王国との同盟を破棄する可能性は低い。決して友好関係とはいえない大国アスワン王国と国境を接しているし、同じく国境を接しているクルシュ都市連合は一枚岩の国ではない。だからこそこの2国に同盟先を鞍替えする可能性はないだろう。あるとすればハルガダ帝国との密約だが、北方にある2つの自治領の再編がまだのこの段階で裏切りはあり得ない。ハンザ王国にまで手が回らないからな。つまりマデイラ王国としてはハンザ王国を敵にするメリットは薄いはずだ。)


 両国は200年に渡る同盟関係にある。それを一方的に破棄した上に王族を襲えば対外的にも大きな傷を負うことになる。余程のことがなければマデイラ王国は裏切らないというのが大輝とルード王子の見解だ。では他にどういう可能性があるか?


(襲撃がマデイラ王国の総意でないならば内紛や他国の介入だな。もしくはその両方。それであれば王都に入る前に襲ってくる。王都にある王宮に入ってしまえば警備は厳重だからな。そして襲うタイミングは万一逃がした場合を考慮して国境からも王都からも遠い中間地点、つまり今日前後というわけだが、本当に襲撃があるとはな。)


 大輝が悠長に考えていられるのは全てフレディ率いる2個小隊が機敏な動きを見せているからだ。完全に信用しているわけではないが、現時点では敵ではないと判断している。それは今日までの警備体制が万全だったからというのが大きい。気配察知スキルを活かした索敵や野営地での見張り体制等の警備が真剣そのものだったことに加え、こちらが不穏な空気を察していることに気付いてからは不用意に近寄って来ない配慮を見せていたからだ。


 推測というよりは想像に近いが、彼らは何かの情報を掴んで本当に精鋭で護衛しているのではないか、という考えに変わってきたのだ。そしてそれは当たっていた。


「ローザ王女には絶対に近づけるな!」


「「「 おぅ!! 」」」


 フレディ・ミルワードの大声が響き、それに応える200名の騎士たちはすでにローザ王女のいる大型テントを4重に渡って守る布陣を敷き終えていた。大輝やハンザ王国の護衛騎士たちが最終防衛ラインとなっていることを加えると5重の守りである。


 夜襲であり奇襲であるはずにもかかわらずここまで防御陣形を整えられたのは高レベルの気配察知スキルを駆使したからである。敵襲と叫んだ時はまだ襲撃者たちは配置につく途中であった。そしてフレディたちは最初から防御陣形を組みやすいように野営地内のテント配置に留意しており、飛び起きた騎士たちは僅かな時間で持ち場に就くことが出来たからだ。襲撃者側からすれば完全に奇襲に失敗した形である。


(それでも退かないのか・・・・・・)


 大輝は気配察知を発動させながら驚きを感じていた。同じく気配察知スキルを発動させている者が近くに居ることでノイズが酷く正確な数は把握できないが、こちらを囲うように展開しつつある敵はおよそ200名ほどだと思われる。


(装備を見ればこっちが騎士団に守られていることは一目瞭然。奇襲が失敗した以上、騎士団と同数で戦闘に入るのは愚策だ・・・・・・)


 フレディたちが精鋭であることを加えればなおさらである。さらに付け加えるならば大輝たちハンザ王国側の護衛もいる。


(指揮官が愚かなのか? それとも部隊に自信があるのか? もしくは・・・・・・)


 大輝の思考はここで途切れる。フレディが遣わした騎士が大輝の下を訪れたからだった。




 一行が野営していたのは王都ユーストンへと伸びる街道から少し離れた草原であった。踝までの高さの雑草のようなものが一面を覆っており、所々に樹木があれど大勢が身を隠すには不利な場所であった。つまり、奇襲には適さない場所をフレディは選んでいるのだ。


 騎士たちは敵襲の声が上がるとすぐに枕元に置いてあった剣などの武器を手に取ってテントを出た。そして最も最後にテントを出た者がテントを荒々しく殴り倒して水を掛ける。視界を遮るものを減らすためであり、火矢や魔法で焼かれて味方の陣形に悪影響を出さないためだ。


 最初から襲撃を受けた時に組むべき陣形に沿った就寝場所を確保していたこともあってわずか20秒で4重の防御陣形を敷くことが出来た。陣形の一番外側の層は不寝番をしていた者たちで、彼らだけは鎧を着て大盾を持っている。飛び道具対策も兼ねており壁役を務めるものたちだ。2、3層の者たちは剣や槍だけを手に持っており近接戦闘の準備に入っている。そして4層目の者たちは弓や杖を持っており遠距離攻撃を担当する。


 本来なら伯爵家の嫡男であり、この2個小隊の指揮官でもあるフレディは護衛対象の近くか、もしくは4層目あたりにいるはずである。しかし、彼は1層目に食い込む形で前に出ている。どうやら前線で指揮を執るタイプのようだった。そしてそのフレディのすぐ後ろに大輝が高レベルと評した気配察知スキルを持っている者が1人付き従っている。彼から情報を得て指揮するのだ。


「敵は私の正面から左右に展開しつつある! 鶴翼に近い形だ。そしてこちらはローザ王女をお守りする事が最優先だ。」


 フレディが味方の部隊に指示を開始する。だが、味方部隊に指示する声は相手に聞こえている可能性が高いため、とるべき陣形は口にせず小声で伝令を通して指示を与える。


「正面は距離100を切った! 全員気合を入れろっ」


 フレディ率いる2個小隊はローザ王女のいる場所を中心に方円の陣形を築いていたが、徐々に変化していく。相手が正面からこちらを包み込むように展開しているのに合わせて魚鱗の陣、つまり中央が前方に張り出し両翼が後退した陣形を取る。図形で表せば◎から△の形へと変化したのだ。これは個人の力量に自信を持っているからこそ取った対応だ。兵の数が同数なら正面からぶつかろうという姿勢だ。


 だが、これには問題が一点ある。魚鱗の陣は前方には滅法強いが後方からの奇襲に弱い。そして今回は護衛が任務であるため、△の底辺部中央に位置する護衛対象への対応を考える必要がある。そこでフレディがとったのはハンザ王国の護衛50人の力を借りる作戦である。護衛の中で最も王族と親しく、かつ腕が立ちそうな大輝へと伝令を送った。


「正面から来る敵は全てこちらで排除します。貴殿およびハンザ王国からの護衛の皆さまには後方からの襲撃に備えて頂きたい。」


 大輝が受け取ったメッセージである。もっとも、大輝の気配察知では後方に敵はいない。だが、大輝は戦闘状態に入ってからの気配察知が正確性を欠くことを知っている。魔法が飛び交い、身体強化によって魔力が消費されるという状態では魔力同士が干渉してどうしても精度が落ちてしまうのだ。


「了解しました。前面の敵はお任せいたします。そしてローザ王女を始めとした王族の皆さまの直衛警護は我々が責任を持ちます。」


 大輝はフレディの申し出を受け入れる。素早く50人の護衛騎士に後方を警戒するように指示し、配置が終わってから彼の有能さに感心する。


(索敵から防御陣構築までも見事だったけど、陣形の運用も的確だし、戦場に変なプライドや驕りを持ち込まない辺りがいいね。)


 襲撃側が鶴翼の陣、防御側が魚鱗の陣。この対戦で有名なのは徳川家康対武田信玄の三方ヶ原の戦いだ。規模が違うし、両陣営の兵数比も違う。だが、襲う側が鶴翼の陣であり、待ち構える側が魚鱗の陣である点は同様だ。そしてもう1つの共通点が練度の差だ。戦術理解度、個人の力量ともに防御側が圧倒的に上だろうということだ。襲撃側の正体はわからないが、フレディ率いる2個小隊は間違いなく精鋭なのだから。つまり、三方ヶ原の戦い同様に防御側圧勝の可能性は高い。


 そしてなによりも自分たちだけで完結させようとするのではなく、大輝たちハンザ王国側の手も借りようとするだけの度量がある。ここはマデイラ王国内であり、その地でハンザ王国の王族が襲われたとなれば外交問題になりかねない。だからこそ問題が拡大しないようにマデイラ王国の人間だけで守り通さなければならないと考えがちである。だが、ハンザ王国側からすれば最も優先すべきことは王族の安全である。せっかく50人の護衛がいるのだ。彼らに役目を振ることで安全度が上がるならそうするべきである。もちろん50人の護衛は何も言われなくとも護衛に回る。しかし、連携できるならその方がいいに決まっているのだから。


「王族の皆さまを馬車の中へ。20人で後方警戒、残りは10人づつ左右と前を警戒。抜けてくる者がいれば切り伏せろ!」


 身支度を終えてローザ王女、ルード王子、ソアラ王妃がテントから出てきたのを確認した大輝は新たな指示を出した。護衛対象を馬車の中に誘導するのは闇夜に紛れて弓で狙撃されないためだ。馬車自体が襲撃を考慮して作られているために簡単には矢を通さないし、燃えにくく加工されている。そして後方に重点を置いた護衛体制を整えて前方に視線を移す。


 すでに魚鱗の陣の前方では接敵しているようで剣戟が聞こえている。両翼は襲撃者側の部隊展開が遅いようでまだ剣を交えるには至っていないようだ。それだけフレディたちの動きが早かったということだった。


「どうやら本気で守ってくれるみたいね。」


「今日まで気が気でなかったが一安心だ。」


 アリスとオーデンが近づいて来て言った。襲撃を受けているにもかかわらず安心するという言葉が出る。それだけフレディ率いる2個小隊が強いということだ。そして彼らが敵ではないことが証明されたことを示した言葉である。


「安心するのは早い。標的がミュンスター家であれば必ず別働隊がいるはずだからな。」


 大輝はオーデンを窘める。もし大輝が襲撃者側ならただの力押しでは終わらない。包囲するだけの戦力が無ければ陽動を絡める。標的にさえ刃が届けばいいのだから。


「・・・・・・やはり居たか。」


 大輝は両翼でも始まった戦闘によるノイズを受けないように後方へと指向性を持った魔力を拡散させていた。制御が難しいために遠くまでは索敵出来なかったが、ようやく捕捉に成功したのだ。


「5・・・10・・・17いや20か!?」


 襲撃者側も気配察知スキルを警戒して相当の距離をあけて別働隊を配していたのだ。


(おそらく前方に意識を集中させ、戦闘状態に入ってから別働隊が駆けつける約束事になっていたんだろうな。オレでもそうする。) 

 

 襲撃者側の別働隊の誤算は2つ。1つはハンザ王国の護衛が最初から後方を警戒していたこと。そしてその護衛の中に魔力操作に長け、指向性の気配察知スキルを持った大輝が居たことだ。


「後方から20人程新手が来る。左右と前方から半数を後ろに回せ!」


 護衛の全権を握る大輝の指示はすぐに実行された。そして3分ほどで襲撃者が姿を現した。  


「陣形維持! 指示を待てっ」


 大輝たちは人数で勝っているがこちらからは打って出ない。ルード王子は自分の身を守れるだろうがローザ王女やソアラ王妃はそうはいかない。万が一にも彼女たちに近づけるわけにはいかないのだ。


 襲撃者たちは後方に対して完全防御の態勢に入っている護衛たちを見て戸惑っている。計画では標的に張り付く護衛は残っているとしても少数であり、その少数の護衛も前方に意識が向いているはずだったのだ。しかし躊躇したのは一瞬ですぐに一丸となって襲い掛かってきた。一点突破を狙った矢印型の鋒矢の陣で護衛の後ろにある馬車を狙う。


「今だっ! 点灯!」 


 防御に徹するといっても何の策も無しに迎え撃つようなことはしない。それが大輝だ。十中八九勝てるのなら99パーセントを目指すし、99パーセント勝てるのなら完全を目指す。特に自分以外のお気に入りの人間の命が掛かっている今回はさらなる保険を掛ける。だから非戦闘員である文官と侍女による援護を初手に選んだ。彼らは筒状の物を襲撃者たちに向けて魔力を流す。


「ギャッ!」


「馬鹿野郎っ! いきなり止まるな!」


「め、目が見えんっ」


 文官と侍女およそ20名が手に持つのはアース魔道具店から融通してもらった携帯式の集束型灯の魔道具だ。一見ただの懐中電灯なのだが、大輝の要望で改良が加えられており、安全装置を外せば流す魔力の量によってその光量が変化する。そして今回は全力の魔力を瞬間的に流すように指示を出しており、高出力のレーザーポインターと化している。もちろん狙いは襲撃者たちの目だ。


 時折スポーツの大会などで選手に向かって照射するなど嫌がらせとして問題になっているが、すでに日本では法によって規制対象になっている。規制対象なった理由は失明する可能性があるからだ。そして大輝はそれを知っていて使った。


(問答無用で命を奪いに来ている相手に容赦はしない。)


 大輝の強い意志を感じる選択だった。まともに剣を交えることも魔法を撃ちあうことも拒否したのだ。ただ効率的に、安全に無力化することを選択した。そして、その結果相手が失明しようが命を失おうが構わない。そういう選択だ。


 その成果は表れた。ミュンスター家の3人の乗る馬車の周囲に集まっていた文官と侍女たちは正面からレーザーポインターで襲撃者を狙うことが出来た。一点突破を狙った襲撃者たちの先頭に立っていた2人の他数名が目を焼かれたことでバランスを崩して倒れ込む。当然その後ろを走っていた者たちは玉突き衝突を起こす。


「撃ち込め!」


 大輝が次の指示を飛ばすと同時に自身も火魔法を放つ。目を焼かれて蹲る者、突然前を走っていた者が倒れてそれに巻き込まれた者、なんとか衝突を回避したものの勢いが止まってしまった者、そんな20人に向かって弓矢と魔法が殺到する。護衛は騎士が本職の者ばかりのために魔法の威力はそれほどではないし、弓矢も補助用の小型の物だ。それでも的にされれば手痛い傷を負う。集中砲火を喰らった襲撃者たちは次々と血だらけになる。しかし大輝は手を緩めない。


「斬り捨てろ!」

  

 自身が先頭となって傷だらけの襲撃者たちに斬りかかる大輝。そしてそれに続くのは35人の護衛の騎士たち。さらなる別働隊がいないとは限らないので3割を馬車の近くに残しておき、それ以外の者で一気に勝負をつけに行ったのだ。


 そして大輝は初めて自分の手で人を斬った。

 





明日は投稿をお休み致します。

次話は4月6日20時を予定しております。


活動報告でも記させて頂きましたが、毎日更新だと時間的に厳しいので、暫くの間五十日(5の倍数の日)を休日とさせていただきます。

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