第百三十三話 レアメタル
「やっぱりおかしいわ。」
「そうなのか?」
「アルトナと比べても十分だと思うが?」
「私にはわかりませんわ。街に出る機会は少ないですし。」
大輝たちは夕飯の前に街を散策しつつ手近な店を冷やかしていたのだが、アリスがちょっとした違和感を感じて口にする。
「もう何年か前のことだから確実とはいえないのだけど・・・・・・」
アリスも今はプライベートの時間と割り切っているのか王族であるルート王子、ローザ王女を前にしても畏まった態度は取らない。そもそもお忍びであるのだから下手に畏まっては高位の身分であることがバレかねないのだ。
「例えば武具や防具の店なのだけど、以前はもっと剣や鎧が所狭しと飾られていたわ。それに、裏にある工房が稼働していないところが多いみたいよ。」
アリスの言う通り、金属を取り扱う店はどこも品揃えが悪そうだった。そしてそういった武器や防具を扱う店には必ずある工房の煙突からはほとんど煙が出ていない。
「確かに品薄感があるな。開店休業状態というか・・・・・・」
「まさか、高性能なマデイラ王国産の武器類をハルガダ帝国が買いあさっているとか!?」
「それはないだろう。帝国とマデイラ王国は国境を接していないからマデイラ王国から武器を輸入しようとすれば必ずハンザ王国を通る。町全体が品薄となるほど買い集めていれば輸送も大変なはずだから情報が集まってくるはずだ。」
「商業の盛んなクルシュ都市連合の海路を使っている可能性はありませんか?」
クルシュ都市連合はアメイジア大陸南東にある国家でマデイラ王国の東にあたる。この国は商業国家と言っても良いほど商売根性が逞しく、沿岸部限定とはいえ航路を切り開いて各国との貿易で稼いでいる。
「可能性はある・・・・・・か。かなり遠回りになるとはいえ、彼の国は商売上の秘密は守るだろうから密かに集めたいのであれば最適か。」
「ここであれこれ言ってても始まりませんわ。どうせ開店休業状態で店主たちも暇なのでしょうからいくつか店を回って聞き込みをしましょう。」
アリスはそう言ってさっさと手近な武器屋へと入って行く。
(異変に気付いてすぐに調べようとするのは良いことなんだけど、王族2人が一緒にいるんだから固まって行動してくれないといざという時に守り切れんぞ。)
大輝は後で小言を言ってやろうと心のメモに刻みつつ後を追った。
「がっはは。ねえちゃん、これは材料不足が原因だよ。」
「ああ。何も俺たちがサボってるわけじゃねえぞ? そこんとこ誤解しなでくれよな。」
一軒目の武器屋で理由はすぐにわかった。案の定暇をしていた店員と裏にある工房の職人たちが揃って店内でオセロのようなゲームに興じているところをお邪魔して質問をぶつけると答えがすぐに返ってきたのだ。
「鉄の供給が滞っているんですか?」
アメイジア大陸で最も使われている金属は鉄である。武器や防具の需要が多いこともあるが、そもそも鉄鉱石は豊富に採れるのだ。特にマデイラ王国では北部にあたる中央盆地を囲むエレベ山脈の麓に良質な鉄鉱石が山ほど眠っていると言われている。そんな国で鉄の供給が滞るということは鉱山で大事故が起こったか、ノルトの街のように魔獣の群れでも現れたのかと一同は緊張する。
「ん!? いや、鉄はいつも通り豊富にあるな。」
「ああ。この国で、あ、マデイラ王国の方な。鉄が不足することはまずありえないな。常に複数の鉱山から採掘してるから1、2カ所が災害で操業停止しても問題ない体制になってる。」
鉱業国家としては当然の対策が取られているのだ。採掘、製錬、精錬、冶金、鍛冶といった鉱物を使った技術を売りにしているのであるからそのあたりにぬかりはないのだろう。ではなぜ材料が不足しているのかと大輝たちは不思議に思う。
「問題は鉄じゃねえんだよ、お前さんたちはどこぞのお坊ちゃんやお嬢ちゃんたちだろ? わからなくても仕方ねえよ。」
「ああ。職人なら誰でも知ってることではあるが、口外することではないからな。」
特に悪気があって大輝たちに言っているのではないことは表情でわかる。だが、アリスを筆頭にここにいるのはプライドの高い人間が多い。だから素人としてあしらわれることにムッとする。
「大輝、お前は理由に心当たりはないか?」
「大輝さん、絶対に当ててください!」
「いいこと? さっさと考えなさいっ!」
普段彼らはこのような扱いを受けない。王子と王女にその側近であるからだ。だが、今はお忍びの最中であり、宿で旅の疲れに寝込んでいることになっているのだ。店員や職人たちにぶつけられない分を大輝に振る。なんとも小さい器だと思いながらも大輝は考える。仲間内ではこんなやりとりはよくやっているし、謎解きは大輝かルード王子が得意とするところだからだ。今回はルード王子に閃くモノはないようだが。
(材料不足だけど鉄の供給体制は万全だから鉄はある・・・・・・じゃあ、鉄製の武器や鎧に必要な材料って他に何がある? ほとんどが鉄だけど、サイズ調整や留め金に使う革くらいだよな・・・・・・そもそも剣、槍、鎧などほとんどが品薄ってことは共通するものなはず。ダメだ、考える方向を変えよう。供給体制が万全じゃないものがあるとしたら? マデイラ王国の武器が優秀な理由ってなんだっけ? あっ!)
大輝は鍛冶などの技術的なことは全くわからない。だが、1つの可能性が思い浮かんだ。大輝の日本での資金源の1つである投資に関連する事項にヒントはあったのだ。
「こちらではなんて呼んでいるのかはわかりませんが、鉄などの金属を錆び難くしたり、強度を上げる添加材が不足しているのではありませんか? 私はそれをレアメタル、または希少金属と呼んでいますが。」
鉄や胴、アルミニウムなど古来から使われ続け、比較的精錬が簡単なベースメタルと呼ばれる金属に添加して合金化する技術がある。その添加する材料が不足しているのであれば全武具が品薄な理由が説明できる。
「おおっ!」
「ああ。そっちのお兄さんはかじってる人なんだな。」
「いえ、まったくの素人ですよ。ただ、ヒントはいくつかありましたから。」
マデイラ王国の金属製品が高値で取引されるには相応の理由がある。錆び難く耐用年数が長いこと。強度が高く特に鎧などは剣を弾く程であること。それらの基礎情報を元に材料不足や供給体制というヒントから導き出したのだ。
「お前さんの言う通りレアメタル不足が原因だ。」
「レアメタルは別名希少金属。その名の通り産出量が非常に少ないからな。」
レアメタルはその一部であるレアアースと呼ばれる希土類元素を含めれば47種類ある。定義こそ曖昧だが一般的に「存在量が稀である、もしくは技術的、経済的な理由で抽出困難な金属のうち、安定的確保が政策的に重要なもの」と言われている。そして地球とほぼ同じ食材が存在するこの世界でも同じことが当てはまるのではないかと推測したのだ。
(レアメタル関連では結構稼がせてもらったからな。リチウムとかコバルトとか。)
大輝は某国のレアメタル輸出枠制度や再利用技術、代替技術などを『未来視』で見通して大きな利益を上げていたのだ。だが、投資対象としては知っていても実際の添加方法やその効果までは詳しくない。そしてそれはマデイラ王国の秘匿技術でもある。
「細かいことは言えないが、トラブルがあったらしくて一部のレアメタルが不足していてな。」
「ああ。しばらくは開店休業ってことになる。わざわざ買いに来てくれたお客さんには悪いがな。」
店員と職人はレアメタルという問題の噂話を流されたくないようで詳しくは語らない。
「おまえはホントになんでも知ってるな・・・・・・」
「まさか本当に当てるとは・・・・・・」
「気付いていたなら聞き込みする前に言いなさいよ。」
ルード王子、ローザ王女、アリスはなぜか大輝を責めるような言い方をする。理不尽だった。
その後大輝たちは店を後にして食事に行った。ルード王子やアリスは視察名目でハンザ王国内各地を回る事も多く、警護の人間は付くが一般の店に入って食事することもある。その際の毒見は当然ながら警護の人間が行う。つまり今回は大輝の担当だ。
「すまん。毒見のことまでは頭が回らなかった。」
「ええ。キャンプの時みたいに自分たちで食事を作るなら毒見なんていらないのですが。」
「さすがの私も大輝に毒見をさせるのは気が引ける。私が代わろう。ただし、万が一私に何かあった時には殿下方の側近になってもらうが・・・・・・」
3人とも大輝を仲間として認めているだけに毒見をさせることに申し訳なさを感じていた。確かに今はお忍び中でプライベートな時間とも言えるが、大輝が護衛を兼務する立場であることには変わりない。だから大輝は進んで引き受ける。この状況に置いては自分の役目でもあるし、なにより適役なのだ。
「ご心配なく。誰にも言ってませんが、オレ耐性持ちなんですよ。」
「なにっ!? 大輝はそんなものまで持ってるのかっ」
「まあ、どの程度まで通用するかは怖くて実験できないのでわかりませんが・・・」
大輝は白き世界を思い出す。ただ単に異世界で生きる術を学ぶ場ということで設けられた世界であった。食事も娯楽も無い世界。それに嫌気が差すのは当然だろう。だからあの時の大輝は頭を捻った。そして思いついたのだ。そして家庭教師役に言った。『毒物とか中毒とか怖いので耐性をつけたい』と。それだけでは単純に毒物を体内に入れられかねないと思った大輝はこう付け加えた。『1人で生きていく可能性もあるので魔獣を捌いて調理する技術を磨きたい』と。家庭教師は修行のためであればなんでも用意してくれるという条件を利用して食事と趣味でもある料理の両方を手に入れたのだ。お蔭で得た耐性のスキルであれば仮に毒物が入っていても即死の可能性は低い。そして意識さえあれば大抵の毒は知識を活かして治療魔法で自己治癒できるはずであった。
「というわけで全員の料理を味見させていただきますね。」
言うなり大輝はそれぞれの皿から料理の一部を強奪する。ルード王子からは肉料理を、ローザ王女からはラザニアを、アリスからはパスタを頂き順番に毒見する。スープやサラダにフルーツまで一通り確かめた大輝は満足そうに言う。
「問題ありません。美味しかったです。どうぞ皆さんも食べてください。」
大輝はそう言うと自分が注文したトンカツに手を付ける。この店では味噌汁や白米も提供しており、大輝は当然のようにそれを選んでいた。そして美味しそうに頬張る。
「「「 ・・・・・。 」」」
3人はなぜか食べ始めない。大輝だけが食事を進めていた。
「なあ、ローザ、アリス。ちょっと気付いたことがあるんだが・・・・・・」
「あら、お兄様、実は私もなんです。」
「ええ。私もこの怒りをどうしようかと思っている次第でして・・・・・・」
3人の視線が大輝に集中する。いわゆるジト目というやつで。
「大輝、お前は確か耐性ではないスキルを持ってたよな?」
「ええ、制約は多いとのことでしたが、この状況では問題ないのではありませんか?」
「返答次第では容赦しないぞ?」
彼らは大輝が毒見をする必要がないことに気付いてしまったのだ。
「早く食べないと冷めますよ?」
大輝は目を合わせることなく言う。バレたことを知って誤魔化そうとしていた。
「冷めたとすればお前の責任だろう。」
「そうですわ。毒見の間待っていたせいですわ。」
「素直に吐け。」
大輝も本気で誤魔化す気はなかった。ただ、意趣返しをしたかっただけなのだ。だから白状する。
「いや、美味しそうだな~と思いまして。それに、このお忍びの最初から3人にはやられっぱなしだったので。」
大輝は毒の有無を確かめるために料理に手を付ける必要はないのだ。なぜなら解析のスキルを持っているからだ。人間が相手の場合、魔力に遮られさえしなければ保有スキルまで暴けるのが解析スキルだ。しかし大輝の解析スキルは一段上の性能を誇る。毒耐性を得るために白き世界で毒物を見続け、そして摂取したことで見分けがつくようになっているのだ。実際、大輝は自身の食事は必ず解析を使っている。安全のためでもあるし、スキルの精度を上げるための訓練でもある。
「まあ、気付くのが遅かった私たちの自業自得ということにしておこう。」
「ふぅ、仕方ありませんわ。無理を言って連れ出していただいている身としては咎めるわけにはまいりません。」
「むぅ。お2人がそう言うなら今回だけは勘弁してあげますわ。」
3人は渋々ながらも矛を収めて食事を開始する。もちろん大輝は彼らの食事に毒が入っていない事を味見以外に解析でこっそり確認している。
「それよりも、気付いていますか?」
大輝は小声でルード王子に尋ねる。
「ああ。武器屋を出た時に気付いた。」
ルード王子は笑顔を浮かべたまま答える。だが、その言葉が意味するのは笑顔で語る内容ではない。
「一応、脱出するにも応戦するにも適した場所を選んでこのテーブルを指定しましたが、万が一の時はどう対処しますか?」
「襲ってくるようならば捕えたい。見たところ10人もいないだろう? 私とアリスがローザを守るから大輝は何人か捕えてくれ。狙いを聞き出したいからな。」
「了解です。どう好意的に解釈してもマデイラ王国がつけた影からの護衛って感じではないですからね。」
「同感だ。敵意までは感じないが、監視という言葉がしっくりくるか・・・・・・それでもここが完全なハンザ王国内ならこっちから奇襲を掛けるんだが。」
「場所柄的にも、時期的にも向こうが手を出さない限りはやめた方がいいでしょうね。」
ミッテの街はハンザ王国、マデイラ王国が共に特別行政官を置いて共同統治しているため、例え王族でも好き勝手は出来ない。特に今はローザ王女輿入れのために訪れていることから問題を起こすことは控えたいのだ。さらにいえばお忍び中であるということもある。
大輝とルード王子は食事を終えると真っ直ぐに宿に帰ることを決める。ローザ王女はもう少し夜の街を散策したいと言ったがそれを無理やり宥めて帰還することにしたのだ。相手の素性、目的がわからない以上はローザ王女に余計な気を使わさないためにその理由は伏せながら。
結局監視をしていた者たちは宿が近づくにつれてその気配を消した。
大輝を追うハルガダ帝国もしくはロゼッタ公国の手の者か、はたまた今回の輿入れに対する何某かの手の者かは判明しなかった。
 




