第百三十一話 交流
「まさかルードと酒を酌み交わす時が来るとはな。」
「私も想像できませんでした。ですが、兄弟で酌み交わすのも良いものですね。」
「ちょっと!? そこに私も入れてくれませんこと?」
「今だけは2人で感慨に浸らせてくれ。」
「兄上の言う通りだ。」
「まったく・・・・・・今まで2人の橋渡しに苦労した私をなんだと思っているんですか!?」
「それを言われると辛いところだが、ローザが嫁ぐ前にこういう機会がもてたことで許してくれ。」
「ローザも秋にはマデイラか。」
ハンザ王国の王家の兄弟妹たちが幾分ぎこちなさを感じさせながらもローザ王女を潤滑油にして和やかに談笑している。
月が支配する時分、王宮内の小宴会場でハンザ王国の重要人物が20人集まっていた。1時間程前まで選ばれた者しか入室できない会議室にいた者たちだ。すでに大方重要な話は終えており、今は互いのわだかまりを解くための時間であった。
結論から言えばキール王と大輝の思惑通りに事は進んだ。夏にはグラート王子の王太子就任とルード王子がその右腕となって国政に参加することが発表されることになったのだ。そして側近のシャッフルを始め、次代を担う者たちの育成方針が決定されたのだ。
(アリスの叫びとかグラート王子の王太子辞退とか予想外のこともあったけど上手くいってよかった。)
大輝はほっとしていた。キール王の後ろ盾というものがあったとはいえ、上手く纏まらなければ王国を二分する危険性もあったし、その戦犯として大輝が吊し上げられる可能性もあったからだ。だが、この役は受けなければならない理由があった。ルード王子の大輝宰相案に対する対案としてではなく、己の次の行動に直結するからだ。
(まあ、受けなくてもミュンスター家としては協力してくれたのかもしれないけど・・・・・・)
大輝はキール王からミュンスター家が所有している『魔職の匠』こと三隈拓義の書簡の全てを見せてもらうことになっている。そして、中央盆地へ向かう玄関口としてマデイラ王国への紹介状の用意や中央盆地関連および異世界人関連の書物の閲覧許可も貰える事になっているのだ。これらは資格者をサポートするというミュンスター家の役目ともいえるため、例え大輝がハンザ王国の為に一肌脱がなくとも得られた協力だろうが、大輝は対価として特別顧問を名乗って会議室での悪役を引き受けたのだ。
(それに・・・・・・思ったより悪役として嫌われてないみたいだしな。)
グラート王子とルード王子の短所にダメ出しし、大貴族の失態を追及し、次代の王の側近をこき下ろしたのだ。普通に考えれば打ち首ものである。しかし、グラート王子とルード王子には感謝されたし、ロストック公爵は何事もなかったかのように接してくる。バイエル、ファーレンの両侯爵は上辺だけの会話ではあったが、睨まれるでもなくただ居心地が悪そうなだけで恨まれてはいないようであった。問題があるとすれば現在進行形で大輝に絡んでいる人物たちである。
「ノルトで会った時にも思ったが、難儀な性格だのう。」
「アッシュ公の仰る通りですわ。」
「異世界人だと知っておれば周りの人間の反応も違っただろうに。」
「そうですわ。それを隠して私たちに接するなんてずるいですわ。」
「ま、異世界人ゆえに巻き込まれたと言えるかもしれないがな。」
「それはそうかもしれませんが、ある意味私たちも大輝に巻き込まれたとも言えますわ。」
アッシュ公とアリスである。
アッシュ公は自らが目を付けた大輝が次々とハンザ王国の問題を片付けたことが嬉しいのだ。『山崩し』、ヘッセン侯爵領での不正問題、そして最大の懸案事項だった後継問題。後継問題については今後の成長次第という側面はあるが、一応の解決をみたと言ってもいい。
アリスについては大輝には理解ができなかった。精神構造が根本的に違うのかもしれないと考えてしまう程に。アリスの暴走は大輝の不敬と同じく会議室内の言動は外に漏らさないということと、不敬罪は問わないという決まり事を拡大解釈して不問にされているが、周囲の冷たい視線やよそよそしい態度を見ても明らかであるように、アリスは今後些細なミスでも執拗に追及される立場にある。普通の神経の持ち主であれば萎縮するなり逃げだすなりするところだが、アリスには逆に積極的に大輝に接する姿勢が窺われる。良い方に解釈すれば、本人に自覚があり、必死に自分を変えようと怨敵からも学び取ろうと努力しているといえる。実際のところ、怨敵とわだかまりがない事を示すという打算的な思考があるかもしれないが、少なくとも大輝はアリスから敵意を感じ取れなかった。すでに呼び捨てで名を呼び、言葉の端々に棘はあるが。
(まあ、グラート派の中で一番の攻め処だと思って狙って弄ったから悪いとは思ってるんだよな。だからある程度までは付き合うけど・・・・・・)
大輝がアリスを邪険にしない理由はそれに尽きる。それでも大きな実害はなかったとはいえノルトの街で絡まれ、先ほどの会議室でも大輝が狙ったとはいえ失態の限りを尽くした相手に優しくする理由には届かない。そこを埋めているのは、ハンザ王国の将来を考えた時、グラート王子とルード王子が歩み寄りを始めたこのタイミングでグラート王子側の側近であるアリスだけが消えてはグラート王子のコンプレックスが再発しかねないという危惧だ。一度は王太子辞退まで申し出たグラート王子が任命責任を感じて再び辞退を申し出るようなことにでもなれば面倒な事になる。それゆえに大輝は向こうが改めて敵意を示さない限りは穏便に相手をすることにした。
「そう言われても困るんですよね。異世界人というのは特異な存在ですから、むやみに喧伝すればそれだけ厄介事が近寄って来るでしょうから。」
「喧伝せずとも十分だと思うが?」
「この半年でご自分の身に起こったことを思い返してもそれをいいますか?」
「っぐぅ・・・・・・」
大輝は自分をトラブル体質なのではないかと疑ってしまう。そしてアッシュ公が大輝の心の内を知ったかのような追い打ちを掛ける。
「大輝殿はこれからも様々な渦中に放り込まれることになるのだろうな。」
すでに2つの事が確定している、1つは中央盆地というどの国家も手を出せない超危険地域に赴こうと計画していること。もう1つは秋にマデイラ王国で行われるローザ王女の婚礼に同行することだ。中央盆地に行くために隣国マデイラ王国の対中央盆地用の砦を通過するつもりであり、その許可を得るためにマデイラ王国に行く必要がある。キール王直筆の紹介状を直接マデイラ王家に渡せばすんなり許可が下りるはずであり、ローザ王女の護衛の1人として輿入れに同行することになったのだ。およそ4か月後の出立は大輝にとってもちょうどいい。調べものや準備が必要だからだ。
「だが、今の大輝殿のスタンスはある意味中途半端なのかもしれんな。だから厄介事を招くのではないか?」
「それはどういう意味ですか?」
「私にもよくわかりませんわ。」
アッシュ公の言葉の意味がわからない大輝。
「まあ、参考程度に聞いてくれ。『山崩し』対策でシハスを通じて戦略を伝授したこと、ギーセンの街でフュルト家を後援したこと、そして今回の後継問題。どれもが大輝殿が誘導したことであって、主導したことではない。そこに問題があるのではないかということだ。」
大輝には心当たりがあった。ハルガダ帝国の宮廷で契約魔法を掛けられそうになった時もそうだし、ゲオルクたちに対してもそうだった。相手や周囲の者の思考を誘導して対処するケースが多く、自らが率先して物事に当たっているとは言い難い。
「見る者が見れば大輝殿が糸を引いていることに気付く。気付いた者は大輝殿を警戒するか引き込もうとするだろう。どちらにしても大輝殿にとっては面倒事だ。」
目の前のアッシュ公とその息子のガーランドがそうだったし、最近ではルード王子が最も熱心だった。
「まあ、表に立てば立ったで正面から厄介事が来る可能性はあるが、少なくとも要らぬ気苦労はしなくて済むかもしれんぞ。」
「・・・・・・。」
下手に糸を引いていると思われた方が近寄って来る厄介事は重いと思う大輝。何を考えているか不安を煽ることになるし、相手が強硬策に打って出る可能性が高いと思われるからだ。
また、知らなかったので仕方がないことだが、もしハンザ王国の異世界人に対するスタンスを知っていればグラート王子派とのトラブルも、北方騎士団とのトラブルも回避する術があったことは確かだ。
異世界人であるということを隠したいのなら目立ってはいけない。だが、大輝は魔獣による蹂躙を見て見ぬフリなど出来なかったし、マーヤの境遇を知って放置は出来なかった。
(『秘密はしばしば、それが秘密であること自体を秘密にすることにより守られるものだ。』確か詩人の言葉だったよな。そして『秘密が漏れればさらなる秘密があると人は興味を持つ』ってこれは誰だったっけ?)
大輝の頭に浮かんだ言葉があった。そしてその言葉通りであれば大輝が異世界人であることはすでに秘密とは言えなくなっている。ハルガダ帝国の宮殿内、そしてアース魔道具店の親方衆にこの会場にいる19人。さらには監視者たちがいた。
(すでに公然の秘密に近いな。まあ、これはハルガダ帝国が召喚の事実を公にすればどうせバレるだろう。国威高揚を兼ねて戦争を始めるときに公表するだろうからな。でも、なにも異世界人ということだけに当てはまる言葉じゃない。)
自らの選択によってすでに魔道具、武力の面で目立ってしまっている大輝は一定の知名度を誇っているといってもいい。今更それを隠せば要らぬ憶測を呼ぶ可能性があるのだ。そこに異世界人という要素が加われば痛い渾名を付けられるだけでは済まないだろう。間違いなく最大級の厄介事に発展する。
「そうですわね。少なくともハンザ王国の主要人物は全員大輝のことを知ったわけだしね。」
アリスは宴会場を見渡して言う。
「それに、ノルトの件では私たちを踏み台にして随分名前が売れてるし、ギーセンでも話題になってるんでしょう? 下手に裏に回ろうとすれば面倒なことになると思いますわよ。」
棘を含ませながらも大輝と同じ結論に達したことを告げるアリス。
(矛盾した行動は限界ってことか・・・・・・まあ、アッシュ公はオレを煽って表舞台、つまりハンザ王国の一員として使いたいって気持ちがあっての言葉だろうけど・・・・・・)
アッシュ公の思惑に気付きながらも指摘自体は正しいと思う大輝。
大輝自身もわかってはいるのだ。ただ、突出した存在になることを恐れてもいるのだ。だから矛盾した行動を取る。
(トラウマっていうのかな、こういうの。)
学生の身ながら『未来視』によって他者から見ればなんの苦労もない成功者に映る大輝は徐々に精神を削られて『未来視』を失い今に至る。リハビリが十分とは言えないがそろそろ自分のスタンスを決めないとより痛い思いをしなければならない予感がしていた。
(猶予はローザ王女とともにマデイラ王国に行くまでの4か月ってところか・・・・・・)
大輝は王都アルトナ滞在中にすべきことの1つに自身の見つめ直しを追加する。
「その辺は皆さんとの交流の中で私も方向性を考えることにさせていただきます。」
大輝は王国管理の貴族街にある屋敷に滞在することになっており、王宮の書庫に通いつつ次代を担う者たちと共に時間を過ごすことになっている。ルード王子に提案者としての責任を取るべきだと言われて承知したのだが、なにも本当に責任を取らそうなどとは考えていないことは表情で明らかだった。互いに利があるからである。王国側は久方ぶりに異世界人の知識を得る機会であるし、若手にとって良い刺激となるだろうという思惑がある。大輝にとっても王宮にいることで『魔職の匠』についてや中央盆地、そして各国の異世界人に対する思惑などの情報を得られるからだ。
「どうせあなたは目立ってしまうのでしょうから、この際ふてぶてしい位の態度と余人を寄せ付けない威圧感を身に着けてはいかが? もしくは屁理屈ばかりで鬱陶しい性格を前面に出すとか。そうね、武力もあるのよね、それならいい渾名を付けてあげるわ。貴族であろうと王族であろうと言葉という凶の刃でバッサバッサ切る魔法士で『凶刃の奇術士』。うん、これからは自分でそう名乗りなさい。」
「・・・・・・アリスさん。いくらなんでも性格変わり過ぎでしょうに。」
「こっ、これくらい意識しないと私は自分を変えられそうにないのよ。それに、あなたはルード王子に似てるから練習台なのよ。そうよ、練習だからいくら失敗しても構わないはずよ。」
「まあ、別にいいですが・・・・・・」
アリスはアリスなりに努力を始めたところなのだ。彼女なりに大輝との距離を縮めるべく気安さを強調していると取れないこともない。随分と方向性が間違っている気がしないでもないが、自分にショックを与える位ではないとダメだと自覚しているのだろう。そう解釈して大輝は取り合うのをやめた。そして逃げるようにアッシュ公とアリスの元を離れて別の輪へと加わっていった。
それからの4か月間を大輝は充実した日々とすることが出来た。大輝は貴族街にある屋敷の自室で荷物を整理しながら得られた情報を反芻する。
『魔職の匠』こと三隈拓義とその仲間たちについての伝説や逸話を読み漁り、彼らが活動していた500年前には少なくとも3カ所の召喚魔法陣から7人以上の異世界人がアメイジア大陸に存在していたことを確かめた。全員が日本人であると思われ、ほぼ同時期に姿を消しているが、『魔職の匠』の伝言にあった人数と合わないことから中央盆地に行かなかった日本人もいるようであった。
古い書物や伝承ということもあって誇張された表現が多く、彼らのスキルレベルを窺うことは出来なかったが、彼らが使った魔法の種類だけは見当がついた。大輝自身が使えるだろうものもあったが、はっきり言って『救国の魔女』は異常だった。おそらく理系女子というやつで化学知識が豊富にあったのだろう。大気中に含まれる水素を燃料に大爆発を起こしたり、同じく大気中の窒素を使って瞬間冷凍を実現したりと魔獣だけではなく周辺の環境まで変えてしまう程の魔法を使っていたらしい。大輝は反面教師に認定したものだ。
中央盆地については得られるものは少なかった。高ランク魔獣が多く存在し、各国でさえ手を出せない未開地域である。ごく一部の無謀と紙一重の勇敢な冒険者が残した資料があったが、誰も『魔職の匠』の示す湖に辿り着いた者はいなかったのだ。マデイラ王国の対中央盆地砦から数十キロに関しての地形や出没する魔獣について把握できたことが全てであった。
得られた情報の中で大輝を一番喜ばせたのは各国の動向だ。特に大輝を監視していた3グループの正体が判明したのだ。ハルガダ帝国とロゼッタ公国という2つの予想は当たっており、最後の1グループはロゼッタ公国の国教である神教を信仰する宗教組織だということが判明したのだ。なぜロゼッタ公国は2グループを派遣してきたのかは不明だが、片方が悪役を演じてマッチポンプをやろうとした可能性もあるし、単純に公国内の権力闘争の可能性もある。
また、ハルガダ帝国は帝国領から6年前に独立した2つの自治領とロゼッタ公国の離間作戦を遂行中であり、なおかつ騎士団を国境に駐留させて物理的圧力を加えていることがわかった。すぐには落ちないだろうが、ロゼッタ公国からの援助がなければ再び帝国領となるだろうということである。そして、大輝と共に召喚された侑斗たちの情報も入ってきた。高校生組は魔獣討伐でかなり名を挙げているようで、すでに実力的には騎士団長や魔法隊の隊長クラスだと言われているらしい。一方、ヤクザ兄弟は盗賊や間諜狩りで名を馳せていた。短剣を使った甚振るような仕留め方で恐れられているらしい。
そしてこれから行く予定のマデイラ王国についても色々と情報を得られている。こちらは同盟国ということもあって地理や特産物に始まり、政治状況まで必要なことの大半を得られている。
(アース魔道具店からも色々援助してもらったし、ローザ王女の婚礼が終わったら動こう。)
大輝はマデイラ王国から中央盆地に単独で下見に入るつもりだった。いきなり湖畔にある異世界人たちの拠点までは無理だろうが、地理と魔獣の生態情報のある砦近郊を威力偵察するつもりなのだ。
(それに・・・・・・異世界人の遺産だから出来れば最初はオレ1人で内容を確認したい。)
一番の理由はこれである。何が出てくるかわからない遺産を現地の人間に見せる訳にはいかないのだ。少なくとも大輝の考えに同調ないしは従ってくれる人間でないと同行は認められないと考えているからだ。
(よし。携行品も身体も心も準備は万端。待ってろよ三隈さん。)
明日に控えたローザ王女出立に同行する大輝は全ての準備を終えて目を瞑る。
こうして大輝のハンザ王国の王都アルトナでの時間は終わりを迎えた。




