第百二十八話 立ち位置
「この場での言動ですって?」
アリスが呟くが大輝は無視して続ける。
「私がガイン卿とベント卿に聴取された理由をお忘れですか? 私が陛下の特別顧問としてこの場に召集されている理由をお忘れですか? 皆さんとの接点があったからですよ。そして今の状況も接点と言えませんか?」
大輝は、ガイン卿とベント卿に聴取を受けた時の立場は聴取対象者であったが、現在は独自の意見を王に述べられる特別顧問という立場である。両派から見れば現在の大輝は評価者であり、その評価者から審査続行中を宣言されたことになる。
「この会議室が国家の重大な事柄を決める神聖な場所であるということはバイエル侯爵閣下が仰った通りですが、この神聖な場での言動もまた重要な試験だとは思わなかったんですか?」
グラート王子もルード王子も主だった場にはほとんど出席している。他国の使者との謁見のような外交、産業の育成や王国法の改正などの内政、国内の魔獣討伐などの軍事といったあらゆる面に立ち会っている。だが、彼らはあくまで見学者でしかない。王家の人間、王位継承権者ということである程度自由な発言を許されてはいるものの、決定権はないのだ。それどころか王国法上なんの役職にも就いていない彼らには本当の意味で発言権はなく、これまでは周囲の配慮によって意見が聞き入れられてきたに過ぎない。ある意味初めて当事者として臨席していることになる。
グラート王子派の面々が言葉に詰まっているとキール王が言う。
「私が許可してある事だ。事柄の当事者としてどう対応するのかを見るためにな。さあ、続けてくれ。」
「わかりました。では、はっきり言います。ここまでの言動は評価に値しません。」
キール王の言葉を受けて大輝がバッサリと言い切る。
「具体的に申し上げます。まずはアーガス・バイエル、アリス・バイエルの両名について。」
大輝はまずグラート王子の側近2名についての意見を述べる。
「今の彼らを公の場に出す訳には参りません。状況判断が出来なさすぎです。」
「「 なっ!! 」」
「彼らはこの場の意味も、自分たちの立場もまるで理解していませんから。」
「「 貴様っ! 」」
グラート王子の座るソファーの後ろで護衛の如く立っていたバイエル兄妹は声を揃えて大輝の発言に抗議の意志をぶつける。そして大輝の言葉が止まった瞬間に怒りを表した。
「我らは幼少の頃よりバイエル家、そして貴族の子弟が通う学び舎にて学んできた身。公の場での身の処し方くらい当然弁えている! 冒険者に公の場を語られたくなどない!」
「この場がハンザ王国の未来を決める場であることも、私たちがグラート王子の側近であることも当然理解しているわっ! そもそも、いつまでも過ぎたことを根に持つような男に私を評価されたくないわ。」
アーガスとアリスは大輝の言葉に反論した上で評価者としての大輝を拒絶する。
「ほら・・・・・・わかってないじゃないですか。」
大輝は可哀想な者を見る目でアーガスとアリスを見る。そしてその視線を彼らの手前に座るグラート王子と大貴族たちへと移す。相変わらず言葉を発しないグラート王子は表情を殺しており、その心中を察することは出来なかったが、バイエル、ファーレンの両侯爵は意味がわかっていないのか訝し気な表情を浮かべている。唯一思い至る事があったのか、ロストック公爵が顔を上げて大輝へ言う。
「アーガスとアリスは何があっても口を開いてはいけなかったのだな・・・・・・」
「正確には、グラート王子の許可を得た場合を除いて、ですね。」
ロストック公爵と大輝の短いやり取りが全てである。
「お2人はなぜ勝手にしゃべっているのですか?」
大輝の冷たい視線がアーガスとアリスを射ぬく。バイエル兄妹はあくまでもグラート王子の側近である。グラート王子が集まる人間の中で最上位に位置する場であれば彼らが勝手に口を開いてもグラート王子自身が咎めなければ問にはならない。だが、この場にはハンザ王国内では何人たりとも並び立つことが出来ないキール王が臨席している。そして、この会議室は選ばれた9人しか入れないはずの場所であり、グラート王子はそのメンバーではないのだ。つまり発言順位としてはキール王の他に、ガイン卿とベント卿、6人の大貴族の下ということになる。
「あなた方はまずグラート王子に発言の許可を取らねばならない。そしてグラート王子は側近に発言を許して良いかキール王に許可を求める必要がある。」
大輝の言葉にローザ王女が肩を竦める。先ほど自分が許可を取らずに発言したことを思い出したからだ。しかし、彼女はバイエル兄妹とは違って王位継承権を持つ者であるし、発言の内容も王が聞くようにと言った大輝の発言内容を確かめるものである。だからそれを咎める者はいなかった。
「し、しかし我々はキール王の許可を得てこの部屋に入っている!」
「入室を許可された以上は当事者として発言をする権利があるはずですわ!」
アリスはキール王が言った「当事者」に引っ掛けて抗弁する。確かに当事者ではある。しかし、彼らが当事者として模範解答を出したいのであればやはり発言は控えねばならなかった。
「まだ理解出来ないのですか? 部屋の中をよく見てください。あなた方自身の立ち位置と、他の方々のいる場所を・・・・・・」
上座に座るキール王。その横にリューベック公爵とブランデン公爵。王の後ろにローザ王女が座っており、その後ろにガイン卿とベント卿が立っている。グラート王子派もルード王子派も王子本人と貴族はソファーに座り、バイエル兄妹、オーデン、ゾフィーの側近組はソファーの後ろに立っている。そして壁際に並べられたイスに3人の部門長が座り、最後に王と対面する形で大輝が座っている。
「「 あっ 」」
バイエル兄妹は辺りを見渡してようやく気付く。自分たちに発言が許されていない事に。
「ようやく気付きましたか・・・・・・ヒントは沢山あったはずなんですけど、お2人は気付かなかったようですね。これで状況判断が出来ていないということはご理解いただけたかと思います。」
彼らに発言の権利がないことに対する最初のヒントは、言うまでも無くこの特別な会議室の使用である。9人しか入室を許可されない部屋でそのメンバー外のグラート王子の側近に勝手な発言は許されない。そして入室が許可されたイコール発言権付与とはならない。なぜならキール王は「大輝の話を聞かせる」ために呼んだと最初に宣言しているからだ。そして決定的なのがキール王によって直接指定された立ち位置である。中央にあるローテーブルを囲う形で座っている者、つまり、キール王と両王子、大貴族、大輝の10人が発言権を持っている者であり、壁際に座る者と一歩下がった位置に用意されたイスに座るローザ王女の4人は見届け人、ガイン卿とベント卿を含めた立っている側近組には今回発言を慎むようにという意図が込められているのは明白だった。
「わ、私はこの位置に立つように言われた時に気付かなければならなかったのか・・・・・・」
「そんな・・・」
言動をチェックする試験だったと言われたにもかかわらず、アーガスとアリスは何もしないことが正解ということに愕然としていた。
「まだ足りませんね・・・・・・」
大輝は一気に兄妹を追い込むことにする。
「さて、あなた方の不作法というか、状況判断能力が欠如していた結果どうなると思いますか? まさか自分たちで責任を取れるなんて思ってませんよね? 当然ながら側近の不始末は主であるグラート王子に影響を及ぼします。」
大輝はそこからいかにグラート王子へ悪影響を及ぼすかを具体的に話した。もしハルガダ帝国の使節団との折衝の際に出過ぎたことをすれば開戦の口実を与えてしまいかねないことや、同盟国であるマデイラ王国との間に溝を作ってしまう可能性などだ。そして現実問題として彼らの慕うグラート王子の王太子就任が遠のくことを話したところで心が折れた。
「「 も、申し訳ありませんでした! 」」
深々と頭を下げるアーガスとアリスだったが、大輝はすぐに矛先を変える。この流れのままにグラート王子本人に自覚を促さなければならないのだ。頭を下げたままの2人を放置して大輝は話を続ける。
「一番の問題はグラート王子本人です。」
ここまで一言も発言していないグラート王子はびっくりした顔を大輝に向ける。なぜなら、大輝はこの場に置いての判断をすると宣言しており、何も言っていない自分に問題があるとは気付いていなかったのだ。
「殿下、あなたはなぜ何も言わないのですか?」
グラート王子は自分の側近が口を挟んだ時に叱責しなければいけない立場だ。元を糺せば配下の教育を怠ったとか、選別を誤ったということもあるのかもしれないが、この場に置いて最善の手は叱責だったはずである。そして今となっては配下を叱責しつつ主として謝罪を述べなければならないのだが、一向に動く気配がなかった。
「・・・・・・。」
大輝に問われても沈黙を続けるグラート王子。だが、その視線は頭を下げたままのバイエル兄妹とロストック公爵の間を彷徨っている。
(あ、これはちょっと読み違えたかも・・・・・・)
大輝はグラート王子を見て自分やキール王たちの見立てが間違っているのではないかと疑問を抱いた。大輝もキール王もグラート王子の国や人を思う気持ちは評価していたのだ。だからこそ今回の計画を立てたのだ。しかし、グラート王子は一向にバイエル兄妹を庇おうとはしなかった。
「・・・・・・いいでしょう。このまま続けます。」
大輝はグラート王子の反応を見ながら話を続けることにした。すでに止められないところまで踏み込んでおり、反応を窺いつつ臨機応変に対応することにしたのだ。
「グラート王子のこの場での対応はお粗末すぎます。側近の不始末を注意するわけでもない。側近を庇うわけでもない。そして自分自身の話をされているのに反応すらしない。当事者であるという意識が希薄すぎます。せめてなぜ発言しないのか理由を仰ってください。」
理由がわからなければ対処も出来ない。
「あ、い、いや・・・・・・」
ようやく言葉を発する気になったのだが、どうもうまく言葉が出て来ないようだった。そこにローザ王女が恐る恐る手を挙げて発言の許可を求める。
「あの、ちょっと思いついたことがあるのですが・・・・・・」
大輝は急に失語症にでもなったかのようなグラート王子を見て、何か薬でも盛られたのかと心配になりつつあったのでキール王の許可を待ってローザ王女に心当たりを述べてもらう。
「もしかしたらなのですが、その、言いにくいのですが・・・・・・」
ローザ王女までが言葉を探している。そしてその視線はグラート王子、大輝、ルード王子と3人の間を行ったり来たりしていた。
「グラートお兄様はルードお兄様のことが怖いというか、苦手でして・・・・・・いつも正論で論破するルードお兄様と大輝殿が被って見えているのではないかと。それに、場所が場所ですし、集まっているのも国のトップばかりですから余計に委縮されたのではないかと。」
大輝は眩暈がした。国のトップを目指すものがこれでいいのかという意味での眩暈だ。だが、ルード王子は知っていたのだろう。申し訳ない顔で大輝とグラート王子を見ていた。
(苦手なのがルード王子だけならまだしも、似たタイプは全て苦手ってのはまずいよな・・・・・・)
人間なのだから好きな相手や嫌いな相手がいるのは当然だ、得手不得手というのもある。だが、あまりにも多すぎるのも問題なのだ。特に国のトップに就こうとする人間がそれでは偏った方向に進んでしまうだろう。しかし、その懸念はルード王子が薄めてくれた。
「ローザの言う通り私のことが苦手なのは確かなのだろう。だが、それだけではないな。おそらくこういうイレギュラーな場ではあまりしゃべらぬように言い含められているのだろう。後ろの2人とロストック公あたりにな。」
ルード王子の指摘を受けてロストック公爵が気まずそうな表情を浮かべる。
(なるほど・・・・・・比較対象であるルード王子に弁舌では歯が立たない。失態を演じるよりはダンマリを決め込む方がいいということか・・・・・・ロストック公爵や双子の兄妹が手助けするからと言い含めたんだな。)
国の先頭に立つ者としては情けないが、大輝はそれはそれでアリだと思った。自分の苦手な分野をしっかり認識しているとも言えるからだ。アーガスやアリスのように出しゃばって墓穴を掘るよりよっぽどマシである。
「自らのことをよく理解されているということはわかりました。ですが、下の者の掌握は主の務めです。それを放棄するような姿勢では折角の求心力が下がるだけですよ、殿下。」
血筋という絶対的なアドバンテージがあるからではあるが、グラート王子は大貴族の半数の支持を得ているのだ。それなりの求心力があるのは間違いない。
「あ、ああ。申し訳ない。遅きに失しているかもしれんが、私の側近が迷惑をお掛けした。」
ようやくグラート王子が不手際を謝罪する。
「さて、グラート王子がご自身の得手不得手をきちんと把握していることは好材料と言っても構わない事でしょうが、いくら自らを支持する者たちからの依頼とはいえグラート王子も当事者としての意識が完全に欠如しておられました。とてもこのような重要な場でやってよいことではありません。これでは傀儡であると誹りを受けることになります。」
傀儡の王とまで言われてグラート王子はようやく自分の選択が間違っていたことを悟り、そして後悔する。
「また、それを推奨したロストック公爵も同罪です。」
大輝はロストック公爵が目論んでいたグラート王子の妻である自分の娘を通じてのフォローどころか、公爵本人が同席していても補佐が難しいことをわからせたかったのだ。せめてグラート王子の側近や宰相などの常に近くに居て意見を求めても不自然さのない存在でなければ完全なる補佐は成し得ないということを理解してもらわなければない。
「・・・・・・今日の接点についての所感は以上ですが、改めて結論を言わせていただきます。今の皆さんでは国を繁栄させるどころか守ることすらできないと思います。」
大輝の結論に打ちひしがれるグラート王子派の面々だったが、ただ一人肩を震わせつつ顔を上げた者がいた。先ほど心が折れたはずのアリス・バイエルだ。
「ふ、っふ、ふざけるなぁ!!」
完全にグラート王子の王太子就任が潰えたと思ったアリスが吠えた。




