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レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
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第百二十五話 ミュンスター家

(迂闊だった・・・)


  キール王が大輝の素性を知っているのは当然といえば当然のことだった。一国の王であり、その国はハルガダ帝国の脅威に晒されている。余程の楽観主義でもない限りはハルガダ帝国の情報を得ようと密偵を出すなりするだろう。そもそも、大輝自身が己を監視しているグループは3つあって、1つはハルガダ帝国で確定し、残りの2グループは隣国であるハンザ王国とロゼッタ公国ではないかと睨んでいたのだ。


(帝国内で撒いて以来監視の目が無かったことで気が緩んでいたか・・・いや違うな・・・アッシュ公やヘッセン侯爵、さらには2人の王子もそういう素振りを見せなかったことでハンザ王国は異世界人召喚の情報を掴んでいなかったと勝手に判断したせいだ・・・)


 自分の能天気さを後悔する大輝だったが、幸いなことに目の前の貫頭衣姿の男は強硬策を望んではいないようだった。少なくとも大輝が異世界人であると知っていて護衛もつけずに身を晒しているのだから害意はないと言える。ルード王子のように膝を突き合わせて話をしようという意図なのだ。そして大輝にはそれに応じる以外の選択肢はない。


(相手が話をする姿勢でいるのに手に掛けるわけにはいかないしな・・・)


 大輝の戦闘力ならキール王とガイン、ベントの両卿を瞬時に制圧することは可能だと思われた。しかし、その行為は完全にハンザ王国を敵に回すことになる。少なくとも12,000人の王国騎士団は執拗に大輝を追うことになるだろう。貴族の私兵である警備隊を加えればその数はもっと増える。平穏な暮らしが送れる可能性はゼロである。


 大輝は自分に非がないのに害意を持つ相手には容赦しない性質だが今回はそれに該当しないし、自らの失態である。一瞬にして無意識の内に身体強化を掛けていた大輝はそれを解いて謝罪する。


「申し訳ありません。突然のことに動揺してしまいました。」


 許可なく王の前で身体強化を使用すれば敵対行為だと断じられても仕方のない行為である。だが、キール王はそれをあっさりと許した。


「言ったであろう。大輝殿を罪に問うつもりはないと。」


 王としての器を見せるキール王。明らかな非礼を働いた大輝は身を小さくするしかなかった。


「さて大輝殿、そなたの提案を早く聞きたいところだが、まずは誤解を解いておこう。」


 キール王は自身の悩みの種である後継問題についてより先に大輝との信頼関係を築くことを優先した。


「王宮内で大輝殿が異世界人であることを知っているのはここにいる3人だけだと思って貰って構わん。もっとも、情報をもたらした我が国の間者たちを除いてであるが・・・彼らが他言することはないと王の名に懸けてもよい。」


 大輝の予想通りハンザ王国は情報統制を行っていたが、その範囲は想定よりもかなり狭かったことが明らかにされた。実子や大貴族にまで伏せられていたのだ。


「7人もの異世界人召喚の知らせは大問題だからな。特に後継問題を抱える今のタイミングでは情報に踊らされる者が現れかねん。」


 異世界人が特異な存在であることは広く知られている。お伽噺や伝説に出てくる『救国の魔女』のように一軍に匹敵する魔法を行使する者や『魔職の匠』のように知識を駆使して新たな産業を起こす者もいる。それが7人も敵性国家に召喚されたとなれば一大事である。だからこそ大輝は聞いておかねばならない。


「陛下、異世界人に対してはどのようにお考えで?」


 排除対象であれば大輝をここに招く必要はないと思うが、それでも王のスタンス次第では大輝の自由は奪われるのだ。大輝が構えてしまうのも無理がなかった。


「そう硬くならないで欲しい。我が国が異世界人である『魔職の匠』をどう思っているかは知っているであろう。異世界人であるからというだけで害しようとする者などおらん。」


 ハンザ王国は『魔職の匠』の生み出した魔道具で繁栄を成している国であり、彼の者を否定する人間は皆無と言っていい。『魔職の匠』を崇拝していると言ってもいいほどである。


「ただし、ハルガダ帝国に与して我が国を侵そうとするのであれば、いかに『魔職の匠』と同郷の者であっても敵対するしかないがな。」


 当然である。侵略者を快く迎えるなどあり得ない。


「だから情報の収集だけは力を入れている。召喚魔術を行うという報せを得てからは間者の半数以上をハルガダ帝国に向かわせている。そしてもちろん大輝殿のことも調べさせてもらった。その結果、大輝殿に限ってはハルガダ帝国と縁を切っていると思っているのだが、それに間違いはないだろうか?」


 キール王は大輝に確認を取るが、護衛も無しに対面している以上はあくまで形式的な問いであることは間違いない。


「はい。ハルガダ帝国を脱出した身ですから。」


 大輝は正直に答える。


「それがわかれば問題ない。我が国には大輝殿と対立する理由がないどころか、ノルト、ギーセンと世話になっているのだから歓迎する気持ちしか持っておらんよ。」

 

 まあ、突然姿を消したと聞いて僅かな不安はあったのだがな、と付け加えてキール王は笑顔を見せる。だが、この言葉に大輝は引っ掛かりを覚えた。


「ハンザ王国は帝国内で私に監視を付けていたのではないのですか?」


 もし大輝を監視していた3グループの1つがハンザ王国の手の者であれば、突然姿を消した大輝がハンザ王国に現れたことを警戒するはずだった。キール王の言うようにノルトとギーセンでの出来事で王国に害意がないと判断したのかもしれないが、姿を消した時のことを聞かないのは不自然だと思ったのだ。


「ははは。確かに異世界人の件は重大な関心事ではあるが、ハルガダ帝国の国内で大ぴらな行動はとらせられんよ。万が一にも帝国が期待する異世界人に接触しようとしているところを抑えられたら侵略の口実と取られかねないからな。あくまで間接的な情報収集に徹するように命じておる。」 


 キール王は大輝たち異世界人へ監視を付けていない事を断言する。


(そうなると監視グループは別の国や組織か?)


 大輝はハルガダ、ロゼッタ、ハンザの3か国が自身に監視を付けていたと考えていたが、少なくとも1グループの予想は外れたことになる。


「さて、私が姿を消したはずの大輝殿が異世界人であることに気付いた理由だが、監視を付けていたからではないのだよ。」


 ちょうどよいとばかりにキール王は話を進める。


「端緒は『山崩し』だ。まずは当然ながら名前だな。すでに7人の異世界人の氏名は知っていたからな。昨年の『山崩し』は過去最大規模であり、その戦いで名を馳せた大輝殿に注目するのは当然だろう。そして名前だけなら偶然の一致ということもあるが、『魔職の匠』を彷彿とさせる新たな魔道具を即興で作り、『救国の魔女』ばりの繊細な魔法技術を見せたという話で信憑性は上がった。そして決定的だったのがアース魔道具店からの情報だ。」


 一応苗字だけは伏せて名乗っていたのだが、疑われて当然である。もっともそれは大輝も折込済みであり、再び監視が付いた順に対処するつもりだったのだが、結局いままで大輝を異世界人と知って接触して来る者はいなかったのだ。

 

「先日アース魔道具店の本店に行ったのであろう? もう知っているだろうが、アース工房とミュンスター家は『魔職の匠』と特別な関係にあった。そして長い間共に歩み、共通の役目を負ってきたのだよ。」


 『魔職の匠』が表舞台から姿を消してからも一方的ながら書簡を受け取ってきたのだ。特別な関係というのも頷ける。


「簡単にいえば、アース工房の審査を受けて合格した者をミュンスター家が国家権力を使って問題ないかチェックするのだよ。当然ながら問題ないと判断したからこうして護衛も付けずに姿を現しているのだがな。そして合格者を後援するのも我が家の役割というわけだ。」


 大輝が異世界人であることはアース魔道具店の親方衆から確定情報としてキール王に流れていたのだ。


「そういうことでしたか・・・」


 『魔職の匠』がいわゆる後継者というか遺産の譲渡相手を探すには一工房であるアース工房よりも君主であるミュンスター家の方が適任である。おそらくミュンスター家が先に候補者を見つけた場合は親方衆に連絡が行き、適性試験を行う段取りになるのだろうという推測が成り立つ。


「そういうわけでミュンスター家、いや、ハンザ王国は大輝殿に協力をすることはあっても敵対するつもりはないのだよ。まあ、今は後継問題の件でこちらが協力を要請しているのが心苦しいのだがな。」  


 そう言って苦笑いを浮かべるキール王。


(本当は異世界人の情報を含め、ハルガダ帝国の内情を聞き出したいはずなのに・・・)


 覇権主義のハルガダ帝国による侵略対象国の王としては一番重要なはずの情報を聞き出すことよりもまず信頼関係を築こうとするキール王に好感を抱く大輝。


「陛下、疑って掛かったことをお詫び致します。」


 大輝はキール王に対して初めて本気で礼の姿勢をとった。


「畏まる必要はない。代々伝わる秘密の役目であったとはいえ、大輝殿に説明できなかった我らにも非があるのだ。ここからは腹を割って話をしないかね?」


 キール王の言葉に賛意を示した大輝は相手の誠意へ応えるためにいくつかの情報を開示することにした。


「後継問題についてお話する前に私自身のこれまでのことを少しお話させて頂きたいと思います。」


 大輝はハルガダ帝国第二皇女カンナへ話した程詳しくはなかったが、この世界の年齢ではまもなく18歳ということになっているが実は27歳の時に召喚されたことや、召喚前に何をやっていて自分がどういう人間なのかをキール王に話した。彼らはそれを興味深く聞いていたが、話がハルガダ帝国に召喚された頃に移ると真剣味が増していた。


「やはり帝国は勢力拡大路線を堅持するつもりか・・・」


「間者からそういう動きがあるとは聞いていましたが・・・」


「自治領を再編入したら次はこちらというわけか・・・」


 大輝は事細かにハルガダ帝国の事を話したわけではない。あくまで自らの身に起きた事実を述べただけだ。異世界人を召喚し戦闘奴隷化しようとしたこと、大輝以外の6人が騎士団、魔法隊、傭兵隊に2人ずつ所属したこと、そして6人に対する大輝の印象を伝えただけだ。だが、それらと間者からの報告を合わせればおのずと帝国の意図が透けてくる。


「大輝殿クラスが6人もいるとなると・・・ノルト砦といえども危ういな・・・」


「あそこは狭隘地ゆえ大軍の侵攻には向かない・・・が、個の力で押されると厳しいですな。」 


「だからこそ国力で劣る我らにはうってつけの防衛施設だったのだが・・・」


 キール王たちは間者からの伝聞報告ではなく、異世界人本人から聞く帝国の戦力を聞いたことで数年以内と予想されるハルガダ帝国の侵攻へ危機感を募らせる。なにしろ、王都守護騎士団でも指折りの部隊長は目の前の異世界人に完敗を喫しているのだ。もちろん魔獣キラー・ムトス部隊長である。だが、大輝の見立てではそこまで侑斗たちが強いとは思っていない。それに、彼らは対人戦を拒否する条件を付けていたはずである。


「警戒は必要だと思いますが、そこまで悲観するのはどうかと思います。」


 国のトップが悲観しすぎるのは良くない。的確に分析することは必須であるが、過度の不安は騎士団の士気低下を招きかねないからだ。だから大輝は今少し情報を開示する。ハンザ王国に深い思い入れがあるわけではないが、自身を奴隷化しようとしたハルガダ帝国に侵略されて良いとは思わないからだ。万が一征服されれば貴族の一員であるマーヤの身も心配である。


「傭兵隊に加わった2人はともかく、騎士団と魔法隊に入った4人は前線に出て来ないはずです。彼らは魔獣専属の戦闘要員となることを条件に入隊したはずですので。」


 侑斗たちの戦闘力が大輝以下であることは言わなかった。別れる時点では4人を同時に相手にしても負ける可能性は低いと思っていたが、彼らも成長する可能性があるからだ。油断を招くような情報は提供しない方が良いと判断したのだ。


「なるほど。とはいえ実際の侵攻時にその条件が守られているとは限らない。出来る限りの準備をせねば・・・」


 キール王は戒めの言葉を口にするが、幾分表情が和らいでいた。それを見た大輝はハルガダ帝国に関する話を打ち切って本題に入ることにした。


「では、お互いの情報交換が済んだところで後継問題についてお話したいと思いますがよろしいでしょうか?」


 ここからはキール王を説得する必要がある。自らがハンザ王国に縛られないために、そしてハンザ王国が斜陽の一途を辿らないために。


 





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