第百二十四話 王
「「 っえ!? 」」
ガイン卿とベント卿は呆けたような声を出してしまっていた。話の流れから考えても、これまで掴んでいる事実から考えても、大輝がルード王子を推すと思っていたのだ。
「そ、それは対外的、いや言葉を濁すのはやめよう。マデイラ王国との関係を考慮した上での見解だな?」
「それに加えてグラート王子を推す貴族が多いこともあるな?」
ガイン卿とベント卿は大輝が政治的判断の元にルード王子を王の資質なしと判断したと思っている。ガイン卿の方はルード王子に王位継承の意志がないことを知っているということもあったがこの場では言わない。だが、大輝の回答は彼らの推測とは違っていた。
「いえ、ご質問に即した適性の面での私の判断です。それらを考慮に入れればグラート王子よりもさらに王位に遠いと方ということになりますが。」
血筋こそグラート王子に劣るものの、その頭脳、剣術、魔法においては歴代の王の中でもトップクラスの能力を持っているとされるルード王子の王適性を否定されるとは思っていなかった2人は暫し沈黙する。ルード王子の能力面を否定する存在はほとんどいないのだ。だからこそ王太子問題が先送りされてきたのであり、グラート王子派は焦りを感じているのだ。
「理由を申し上げます。お2人の顔色で想像が付きますので先に言わせて頂くと、私はルード王子の能力が高いことを否定しません。直接お話して聡明な方であると思いましたし、身体つきや身に纏う魔力から戦闘に対する力も疑っていません。ですが、王として適性が高いかどうかと言われれば疑問があります。」
「つまりなにが言いたいのだ?」
「早く理由を言ってくれ。」
ガイン卿とベント卿は王としての適性を否定する理由を言うといいながらルード王子の能力を評価する大輝を急かす。
「まず、ハンザ王国の王に求められている資質とははなんでしょうか? 物語的な理想論でいえば、強く、賢い王ということになるのかもしれませんが。」
大輝はよくある王の資質を挙げる。
「確かに、新たに国を興すなり、領土を拡張または防衛するには強さも必要でしょう。国の根幹となる制度を作るなり、他国または国内有力者との交渉を円滑に進めるためには賢さも必要でしょう。ですが、私はハンザ王国の王に最も必要なのは、庶民の、騎士の、魔法士の、貴族の・・・より多くの国民の象徴となれる人間だと思います。そしてその象徴という点でルード王子が最適であるとは思わないのです。」
歴史が証明していることがある。古くから王家や貴族家、日本でいえば大名家にあたる支配者たちはお家騒動を繰り返しており、原因としては家臣間や当主と家臣の対立、それに後継問題が絡むことも多い。その中で忘れてはならないのが、それらの根底にあるのが支配者の『血筋』というものを大切にするという人々の意識ということである。
「王の正統性を確保するためにも、余程のことがなければ順序は守るべきです。」
ここで言う正統性とは、マデイラ王国王家から嫁いできた第一王妃の息子であるグラート王子こそが王位に就くということであった。象徴であるためにはその正統性は絶対に無視できない。そして余程のことがなければ、というのはグラート王子の為政者としての資質が大きく平均を下回る場合である。
効率主義であるはずの大輝がこの件に関して能力至上主義でないのは、イタリアで16世紀に書かれたとされるニッコロ・マキャヴェッリによる政治学の著作、『君主論』に影響されてのことであった。『君主論』では、歴史上の君主や君主国を分析し、君主の在り様や状況に応じた必要能力を論じている。その中に、世襲制の君主国における君主は、既に歴代の王によって定められた政策を維持し、不測の事態に対処するだけで統治は可能であるとされており、すなわち平均的な能力さえあれば事足りるであろうと言われている。全てがその通りではないが、ここ数百年に渡って大きな社会的変化が起きていないこのアメイジア大陸であれば適用できると思っている。
「ですが、グラート王子の王としての能力は平均を下回るかもしれません。」
だからこそ王太子問題が発生しているのだ。
「しかし、もしグラート王子がそのことを自覚しており、そのために側近や派閥の者の意見を重視しているのであれば改善の余地があると思っています。」
簡単なことだ。重用する人材を変えてしまえばいいのだ。
「グラート王子には血筋の正統性に加えて、国家の象徴として国民に愛される性格をしていると思われます。そうであれば、頭を変えるのではなく、手足を入れ替えるべきです。」
ルード王子の考えている大輝宰相計画とほぼ同じ考え方である。もっとも、大輝には宰相になる気はないが。
「さて、ルード王子の性格や性質を論じるという適性カテゴリーからは外れてしまいましたので話を戻します。国の象徴であるべき王の適性という点でルード王子を見ますと、王子の徹底した合理主義は国民の理解を得にくいと思います。これまでにルード王子が視察の際に行った王領の財政立て直しや領法改正は成果を挙げています。ですが、事を性急に運び過ぎたがために多くの貴族や有力者の支持を得られていません。」
ルード王子はその合理主義ゆえに改革に躊躇せず、最短距離で物事を進めるタイプである。物事を理性的に割り切って考えて断行し、その結果、既得権益を持つ者への根回しも不十分で反感を持たれる。また、結果的に利益を受ける側であっても教育を受ける機会の少ない庶民はルード王子の思考に追いつかないがゆえにありがたいと思っても敬愛の情にまでは昇華しない。つまり国は富んでも心はバラバラなのだ。
「王とは国を束ねる象徴です。」
大輝はこの数日宛がわれた屋敷に閉じこもって1人で考えていた。ルード王子の宰相案への対案を。内密の話であるだけに誰にも相談できなかったからだ。だが、ガイン卿とベント卿を相手にして王位について話をしているうちにいくつか気付いたことがあった。
(声に出してみたり、話し相手がいると物事の違う面が見えて来るというのは本当だな・・・)
大輝は自分とルード王子が似ていることに最初から気付いていた。物事を理性的、論理的に考える思考回路、背負っている背景、そして他者の感情への配慮が欠けている点。『未来視』を背負っていた時の大輝と似ているのだ。
(それらな王だとか組織のトップに向かないのは当然だ。人がついてこないからな・・・)
自虐が入る大輝。正確に言えば仲間になってくれる人もいる。能力主義や合理主義の者だ。だが、彼らは自らの主義に合致したから仲間になったのであって、大輝の窮地に手を差し伸べるかといえばノーだ。実際に大輝が心を痛めている時に親身になってくれたのは家族や友人など『未来視』絡みの仕事と無関係な人間だけだった。
(つまり、ルード王子が王という職についても孤立無援に近い。ヘッセン侯爵くらいだろうな、本当の味方は・・・)
ここで大輝はようやく認める。過去の自分とルード王子がそっくりだということに。気付いてはいたし、そのことを考慮してルード王子対策を考えてもいたはずだった。だが、過去の失敗を想起してしまうがために深くまで掘り下げて考えていなかったのだ。それでもガイン卿とベント卿にルード王子の王としての適性を話すことでようやく整理がついた。そして同時に思いついたことがあった。
(オレが記憶を持ったまま過去に戻ったとしたら、どう『未来視』と向き合うだろうか・・・)
これが切っ掛けとなってルード王子の大輝宰相案に対する案が形となっていく。
「国の象徴という観点か・・・」
「個人の能力に焦点を当てすぎか・・・」
「王が強かろうと前線に立つ機会はまずない。仮にハルガダ帝国と一戦交えるとしても国境にてぶつかるのは騎士団だ。そして当然その前線指揮は将軍や騎士団長たちが執る。」
「その判断をするのは王だし、他国の使者や貴族などの有力者との会談や国政についての最終判断も王の役目だ。だが、判断は王だけが行うものではない。我らや国政に携わる貴族たちがキール王に意見を述べたり、相談されることもあるからな・・・」
「つまり、真に重要なのは民心を集めることのできる素養か・・・」
「血筋が根底にありながらもそれを体現できる者が王・・・」
当然ながら全てを兼ね備えた者が頂点に立つのが相応しい。だが、それは無い物ねだりだ。そうであれば優先順位を定めるべきである。もしくは重要項目をポイント制にでもして明確な基準を作るべきである。そうでもしないとスポーツ競技によくある代表選考疑惑と同じことになって紛糾するだろう。
「んっ!?」
ガイン卿とベント卿が大輝の発言を咀嚼していると突然大輝の右手にある壁から物音が聞こえた。そしてまるで忍者屋敷かカラクリ屋敷のように鏡が張られた壁が回転する。そしてちょうど90度回転したところで止まった壁によって隣室が明らかになる。
(やっぱりな・・・)
隣室は窓すらないのか真っ暗であり、灯の魔道具やロウソクも灯されていない。それでも辛うじて大輝たちのいる応接室からの光によって中が見えていた。少し広めのウォークインクローゼットのような造りであり、その中に1脚の椅子が置かれ、その傍らに男性が見える。
(キール王だろうな。)
大輝はこのことをある程度予測していた。最初に違和感を感じたのは聴取に向かない豪華な応接室に通されたことだ。その違和感に従って大輝は気配察知のために極微量の魔力照射を行っている。王宮内では失礼に当たるだろうと自粛していたのだが、違和感を感じてしまった以上は周囲に気取られない程度に照射することを躊躇わなかったのだ。そしてガイン卿とベント卿の登場と同時に感知した気配は3つであり、そのうちの1つが隣室に入ったことに気付いている。そしてガラス技術をこれでもかと意識させるこの部屋の造りだ。大輝自身もよく使う手であったからこそ気付いたが、右手の壁に掛けられた鏡の一部はマジックミラーである。よく言われる鏡とマジックミラーの簡易識別方法である指先を鏡面につけたわけではない。魔力照射の際にその位置の反射具合が他の石で造られた壁と異なり、空洞になっていることに気付いたからだ。最後に、決定打は両卿の言葉だ。「キール王以外に漏れることはない。」つまり覗き見ている者がいるとすればキール王本人である。
「ふむ、驚かぬか・・・」
「「 陛下・・・ 」」
50代半ばと思われるキール王は王冠も被っていなければマントを羽織っているわけでもない。金属製の装飾の一切を排し、質素な布の貫頭衣を着ている。一見しただけでは王とは思えない服装であるが、ガイン、ベントの両卿の発した言葉がキール王であることを示していた。
「気取られぬように気配を殺し、物音を立てぬように靴まで気を配ったのだが、気付いておったようだな。」
キール王は自身の気配を殺すと同時に、ガイン、ベントの側近2人にはいつも以上の威圧感を持って大輝と接するように指示していた。自分の気配の隠れ蓑にするためだ。だが、戦闘に身を置かないキール王が気配を殺したといっても大輝の繊細な魔力操作を掻い潜れる技量ではない。無駄な努力でしかなかった。
「大輝と申します。」
キール王の言葉には答えず、大輝はソファーから立ち上がって頭を下げる。臣下ではないために跪くことはしない。
「キール・ミュンスター。この国の王なんぞやっておる。」
2人は余計な挨拶は省いて名乗るのみで挨拶を済ませる。大輝がキール王の存在に気付いていた以上は余計な言葉は双方にとって面倒なことになるからだ。だからキール王も単刀直入に言う。
「ここからは私も参加させてもらう。随分興味深い話をしていたのでな。」
盗み聞きしていたことを暗に認めるキール王だが、最初からキール王に漏れる事が前提とされており大輝も特に異議を挟まない。もっとも、王自身が聴取に参加するという異例の事態にガイン卿とベント卿はやや困惑気味であったが。
「それで、結論としてはどうなのだ?」
キール王は言葉通りに大輝の言う王の在り方に興味を持っていた。王の在り方というのは大袈裟かもしれないが、普通の聴取であればこんな話にはならないのは確かだ。王位継承候補者本人やその側近たちと接した者に行うのは事実確認とその人物たちをどう思うかという印象を尋ねることであり、王の在り方を問うものではない。
「現状のままでは両者とも厳しいかと・・・」
大輝は正直に、だが意図を込めて言う。この言葉にガイン卿とベント卿は困惑の色を濃くすることになった。話の流れ上、正統な血筋としてグラート王子を推すのかと思ったのだが、表現は和らげているものの両者失格発言である。それに、王を前にしてその息子たちの力量不足をあっさりと指摘する大輝に畏敬の念さえ覚える。王の存在を予見していたとしても対面から1分と経たないうちに王の実子についてのダメ出しを出来る人間が王国内にいるとは思えない。最も忌憚のない意見を言える立場であるガイン卿とベント卿ですら難しいのだから間違いない。だから思う。異世界人とは恐ろしいと。
「現状のままでは・・・か。」
キール王は大輝の目の奥に宿る光を見た気がした。そして何らかの提案があることを察する。
「構わん。ここは聴取の場。私が相手であろうが何を言っても罪には問わん。」
大輝は妙案を思いついたこのタイミングでキール王が現れたことに感謝したい気分だった。妙案とはもちろんルード王子が提案してきたグラート王子が王位を継いで大輝を宰相として送り込む案に匹敵し、かつ大輝自身がそのようなものに縛られない案である。それを王太子任命権を持つキール王に認めさせるまたとないチャンスでなのだ。
(こういう政治的なことは根回しが最重要・・・この機会を逃しちゃダメだ。)
大輝は急いで頭の中で考えを纏めながら王に感謝の言葉の述べて時間を稼ぐ。
「ありがとうございます。畏れながら陛下に申し上げます。」
質素な貫頭衣に布の靴という王にあるまじき姿なれど相手は一国の王である。慎重に言葉を選ぶ必要があった。だが、冷静な大輝の思考を狂わす言葉がキール王から発せられた。
「言葉遣いについても気にする事はない。なにせこちらには聴取の場とは関係なく貴公を罪に問う気はないのだから。アメイジア大陸ではおよそ200年ぶりの来訪者、タイキ・クロサキ殿。いや、黒崎大輝殿と呼ぶのがそちらの世界での習わしだったかな?」




