表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
120/145

第百十五話 悪法もまた法なり

「では法の有効性について私の見解を述べよう。」


 ルード王子は大輝とギルバートを見据えて言う。


「知っているとは思うが、王国法が全てにおいて最上位に存在する。これに反することは決して許されない。例え王族であろうと貴族であろうとな。例えば先ほど牢へと連行されたホーグの犯した罪と同じことを私やヘッセン候が犯せばやはり罪に問われる。」


 ルード王子の講釈が続く。


「そして今回問題になっている領法だが・・・。ハンザ王国では伯爵位以上の者が領主となって地方を治めている関係で、王国法に反しない範囲において貴族は地方ごとの統治に適した領法を制定することが許されている。」  


 大輝は領法が地方公共団体の定める条例と同一であると解釈しつつ話を聞いていた。


「その領法の制定権限は領主にある。つまりヘッセン侯爵領ではヘッセン侯爵にあるということだが、領主不在時においては次席の者にその権限が移るとされている。だが、今回は次席であるはずのミッテル子爵が病を理由に職務遂行が困難であったことがわかっている。本来はこのような事態を想定していないが、常識的に考えれば次の序列にいたホーグ・ベルナー名誉子爵にその権限が移ったものと判断できる。


 領主権限で任命できる名誉爵位は名誉子爵が1席、名誉男爵が2席であり、序列でいえば名誉子爵の方が名誉男爵より上になる。


「以上の事を踏まえて問題点を考えてみよう。制定者権限がホーグ・ベルナー名誉子爵にあったことを認めて良いかどうか。魔道具に関する情報提供の義務化が王国法に反しているかどうか。職権乱用の罪に問われているホーグ・ベルナー名誉子爵の制定した領法をどう扱うか。この3点が争点だと私は思っている。」


 ルード王子は問題点を明確にしていく。


「私の私見を先に述べよう。制定権限については認めざるを得ないと思う。そもそも領主は1年の内半分以上を王都で過ごさねばならない決まりであり、留守を任せる者に権限を与えなくては領内を統治することは不可能である。さらに、各領地には貴族家は2つしか存在せず、万が一補佐役の子爵もしくは男爵が今回のように病に倒れれば領内の統治が滞ってしまうからだ。また、今回は残念な結果になったが、名誉爵位とは領主が任命するものであり、十分に領主の信任を得ているはずであると推測できる。」


 大輝はルード王子の言い分に納得していた。この点に関しては筋が通っており、異論はないことを示すために大きく頷いてみせる。


「次に情報提供の義務化という領法が王国法に抵触しているか否かだが、不本意ながら抵触していないと言わざるを得ない。王国法は身分制度の規定に始まり、様々な犯罪行為を禁止することを定めているが、当該領法が明確に王国法に反しているとは言えないと思う。個人的には対価を設定していない点や供出すべき情報の内容を明確に定めていない点などに不具合を感じるし、そもそも個人の財産であるともいえる情報や知識を強制的に吐き出させる行為には反対だ。だが、王国法に反していると断じることは出来ない。」


 ルード王子は領法の中身には反対する立場を取って大輝へと同情を示しつつも領法の有効性を肯定する。


(詳しい王国法に関する知識なんてないし反論が難しい・・・知的財産権だとか主張しても理解は得られないだろうし、そもそも王国法に規定されてなければ無意味だもんな。)


 大輝は自分の準備不足を悔いていた。領法が触れ書きとして布告された時にもっと注意を払うべきだったのだ。大輝が後悔している間にもルード王子は3つ目の争点に対する自身の見解を述べ始める。


「最後に罪に問われているホーグ・ベルナー名誉子爵が署名したことで効力をもった領法の扱いに関してだが、私は直ちに否定すべきではないと思う。確かに貴公が主張したように精査する必要はあるだろうし、ヘッセン侯もそのつもりであるはずだ。しかし、精査の結果適正を欠いていると判断されてから撤回する必要がある。もしホーグ・ベルナー名誉子爵の署名したもの全てを否定すればこの半年間の間に行われた領内統治が意味を持たなくなり、領内が大混乱に陥るからだ。」 


 一理あった。半年の間ヘッセン侯爵領のトップとしてホーグ・ベルナー名誉子爵が携わった案件は膨大な数に上る。領主代行として決済した書類は100や200ではないだろうし、その全てを一時停止すれば予算執行が止まって警備隊や役所などが機能不全を起こす事から始まり、領内が乱れてしまうことは確実だ。


「貴公に取っては迷惑極まりないというところだろうが、悪法もまた法なりともいう。ここは私に免じて情報の提供に同意してもらいたい。」


 ルード王子はあくまでも大輝に同情的な態度でもって接するが、結論としては「素直に吐け」である。その言葉を聞いてギルバートが喜色を浮かべる。


(噂以上に手強いな、この王子様は・・・それに・・・)


 とても素直に渡していいような情報ではないことから大輝の姿勢は変わらないのだが、理路整然と追い詰めて来るルード王子にある種の親近感を感じてもいたのだ。


(そういえばオレと似てるんだろうな。)


 ルード王子は『ハンザ王国の繁栄』を最優先に考え、そのために合理主義者と言われ熟慮断行の人となったのに対し、大輝は『未来視』で視てしまった不幸な人々を救うことを最優先にして最短距離を模索した結果、救われる側以外の人々の中には効率的に物事を進める大輝を見て効率主義の権化と呼ぶ者もいたのだ。


(だけど、『悪法もまた法なり』についての解釈がオレとは違うようだな。)


 世界が違っても同じ格言があることに驚きつつも文脈から考えて意味は同じだろうと思う大輝。


 日本では法格言と知られ、古代ギリシアの哲学者ソクラテスが民衆裁判に掛けられた上で死刑を宣告された際に言ったとされる『悪法もまた法なり』という言葉は、どんな法であっても法である以上は従わなければならないという意味で使われている。


 大輝は言葉自体がそういう意味で使われていることに異議を唱えるつもりはない。例えソクラテスが実際にそういう意味で言ったわけではなくとも。


(ま、辞書とかネットでこの法格言についてソクラテスの話が引用されてることには文句の1つも言いたいけど・・・)


 大輝は『悪法は法でない』とする自然法主義者でも、『悪法もまた法なり』の根底にある法実証主義者でもない。大輝にとって法とは遵守すべきだとは思うが悪法に従順であっていいとは思っていないのだ。なぜなら、法は人間の外面的な行為を規律することを使命とした社会規範であり、社会の変遷や倫理観の移り変わりによって新たに制定されたり改正されていくものだからだ。つまり悪法にはそれを排除するアプローチをする必要があると考えている。


(というわけでさっさと悪法には退場してもらいましょうかね。そういうわけで素直に渡すことはできないですよ、王子殿下・・・)


 大輝は反論を開始する。


「殿下、わかりやすい解説に感謝いたします。ですが、件の領法には但し書が付いております。」


 大輝は記憶層から布告されていた領法の但し書部分を引き出して暗唱する。


「『但し、王家並びに貴族家または騎士団に所属する者、および魔道具ギルドに属する者はその限りにあらず』という布告がなされています。そして私は貴族家であるフュルト家令嬢であるマーヤ様のお抱え冒険者であり、領法の対象外であると考えております。」


 実際に契約書があるわけではないが、すでに最初の挨拶でお抱え冒険者と名乗っているのでそれを通す大輝。手っ取り早く自身が法の対象外であることを示し、その上で法自体を消し去るべく反論が出る前に言葉を続ける。


「また、先程殿下ご自身が言っておられましたように、この領法は個人の財産を奪うことと同義であり、殿下のお言葉通り悪法でありましょう。私としましては殿下が悪法と断じている領法は速やかに撤回するべきだと思います。幸いなことに領法は制定権限者であれば即時実行可能ということですので、現在の制定権限者であるヘッセン侯爵が取り消しを宣言すれば取り消せるでしょう。もちろん閣下がどのように考えているかによりますが・・・」


 大輝が立て板に水の如く説く様に呆気に取られるしかない一同。


 そして名前を出されたヘッセン侯爵は困惑顔であった。領内の統治は貴族の管轄であり、王族であるルード王子の意見ですら強制力はない。だが、この流れで魔道具に関する情報提供の義務化を取り消さないという選択は出来ない。そもそも今日の報告会でも問題として上がっていた案件であるし、ルード王子だけではなくヘッセン侯爵も撤廃の方向で考えていたのだ。それに加え、この場にはルード王子に請われて大輝への接触役を担っただけでルード王子の意図までは把握していなかったこともあり、ルード王子へと視線を向けて判断を仰ぐことしかできなかった。


「ふふふ・・・はっはっはっ!」


 突然ルード王子が笑い声を上げた。パーティーが始まってから一度も笑顔を見せていなかったルード王子の笑い声に会場中が注目した。


「ははは・・・すまんな。」


 笑いの余韻を残しながらもルード王子が大輝へと向き直る。


「貴公の言う通りだ。私も魔道具ギルドへ情報を提供する必要はないと思う。もっとも、領主であるヘッセン侯爵次第ではあるが。」


 そう言うとヘッセン侯爵へと目配せをするルード王子。それを確認したヘッセン侯爵が会場中に聞こえるような大きな声で宣言した。


「皆に申し伝える!私が留守をしている間に不正または相応しくない法の制定や決済がなされたと思われる件があれば私に直接報告してもらいたい。調査を行い、不適当と思われるものについては私が直に裁定を下す。手始めに魔道具に関する情報提供の義務化については今をもって解除する。」

   

 大輝は見事な手腕であると改めて感心した。距離はあっても侯爵と王子とともに一緒にいる大輝の言動は周囲の注目を浴びている。当然ながら会話が聞こえていた者も多いだろう。大輝とルード王子がわざとらしくヘッセン侯爵に振った会話を見事にキャッチした上で有力者の心を掴むことに利用したのだ。


 情報提供の義務化以外にも追加税や戒厳令等様々な施策を行ったホーグ・ベルナー名誉子爵の所業がいつ改善されるのか気になっていた有力者たちは喜んでいる。それも直接報告することを認められたということは、自分たちが必要とされているという気持ちにもなり、より一層支持を集めることにも繋がっていた。


 だが、たった1人納得できない者がいた。ギルバートである。


「お、お待ちください、殿下!」


 ギルバートはハンザ王国の繁栄に繋がるからとルード王子に話を持ちかけたのだ。


「よろしいのですかっ!この者が持っている知識と魔道具はきちんと管理すべきです!」


「それは貴様が決める事ではない。私は貴様が立ち会って欲しいと言うから足を運んだまでだ。」


 ギルバートはルード王子と対等の取引をしたわけではない。大輝に対してプレッシャーを掛ける為に侯爵と王子という権威を笠に着たという体裁を取っただけだ。だからルード王子がギルバートの肩を持つ義務はない。


「っく・・・ま、まだ話は終わっておりません!」


 諦めきれないギルバートは抵抗を試みる。


「『魔職の匠』の秘密工房は私ども魔道具ギルドと冒険者ギルドが数百年に渡って共同で管理してきました。そこから持ち出した魔道具などは我々にも権利があるはずです!」


 ギルバートの主張を聞いて大輝も一定の理解を示してしまいそうになる。


(正直気にはなってたんだよな。管理小屋もあったし・・・簡単にいえば盗掘だからな。あまりやりたくないけど渡すわけにはいかないからな・・・)


 痛いところを突かれたと思ってしまう大輝だったが、この真っ当な主張には屁理屈を捏ねまくって抵抗するつもりであった。そしてそれでもダメならギルバートがホーグ・ベルナー名誉子爵に協力していた証拠を使って強制排除するのも辞さないつもりであった。ギルバートはホーグ・ベルナー名誉子爵を利用していたにすぎず、フュルト家に害をなしていた訳ではないことで見逃してあげていたのだ。だが、このギルバートの主張に反論したのはルード王子だった。


「ギルバートだったな・・・それは王国法に則った管理であったのか?」


「も、もちろんです。廃坑の入口に管理小屋を設け、そこに魔道具ギルドと冒険者ギルドが交代で人を派遣しております。探索に赴く者には記帳を義務付け、そこの冒険者の名前もしっかりと残っております。」 


 ギルバートの主張通り、大輝は管理小屋で記帳しているし、人が居たことも事実である。大輝の認識でも管理という意味ではその主張には筋が通っているように聞こえた。


「つまり廃坑全体が魔道具ギルドと冒険者ギルドの管理下にあったというのだな?では実際に廃坑に入った大輝殿に伺おう。その廃坑に魔獣はいたか?」


 ルード王子はなぜか大輝に質問をしたが、聞かれれば答えなければならない。


「はい。ギーセンの街で集めた情報通り、ケイブバットとケイブスパイダーがいました。」


「それは1匹や2匹か?」


「いえ、私は2度廃坑に入りましたが、合計すれば数十匹以上と戦闘になり打ち倒しました。」


「そうか。次に秘密工房には最近のものと思われる人の出入りの痕跡は残っていたか?」 


「いえ、それはありませんでした。」


「そうか。ならば得たモノは全て大輝殿個人の財産であることを認めよう。」


「なっなぜですか!?」


 あっという間に質問が終わり、大輝の所有物と認められることになった。さすがの大輝もこの展開には唖然としたが、それ以上にギルバートが吼えた。


「私は王国法に則った解釈をしたまでだ。先ほどの領法と同じようにな。」


 ルード王子はそう答えたが、ギルバートにしても大輝にしても王国法を完全に把握していないために理由がわからなかった。浮かべる表情でそれを察したルード王子の側近であるオーデンとゾフィーが解説役を買って出た。


「まず、領有権について知る必要があります。ハンザ王国の領土は基本的に王国に属します。そして王家、公爵家、侯爵家、伯爵家の13の家が領土を分割して統治する体制を取っています。ですが、国境や領境はあるものの、領内全ての土地が13家に所有されているわけではありません。」


「土地の所有権が認められるのは城壁に囲われた街であったり、柵に覆われた村や畑などに限られるのです。つまり安全性が確保された場所ということですわ。また、安全性が確保された場所であっても継続的に使用しているという実績も必要になりますわね。」


 人の住める場所に限りがあるこの世界では、生活領域の拡大を目指して開墾や新たな村や街造りを奨励しているという背景がある。そのため、田畑などをを切り開いた者にはその土地の所有が認められるという餌を与えているのだ。だが、実際に行うのは恐ろしく困難である。魔獣の闊歩し、盗賊の存在もあるアメイジア大陸では開墾に成功しても維持するのが難しい。


「簡単にいえば、維持する力の無い者には所有を認めておりません。過去に簡素な木柵だけを設けて自らの所有権を主張して通行料をせしめる不届き者がいたために設けられた規則です。」


「それらを考えますと、魔道具ギルドと冒険者ギルドの所有権は認められないと思われますわ。数十匹も魔獣が居る場所を安全性が確保されたとは言えませんし、人の出入りが無い場所を継続的使用と認めるはずもありませんわ。まあ、その管理小屋だけは両ギルドの共有として認められるとは思いますが。」


 オーデンとゾフィーもルード王子の側近だけあって王国法には詳しかった。そして整然とした口調は主そっくりでもあった。


「最後に、個人または団体での所有権が認められていない場所では活動の自由が認められています。」


「例えば冒険者が魔獣を狩ればその魔獣の所有権は冒険者に移りますし、川で水を汲めばその水の所有者になれますわ。そして今回の場合、誰の所有権も設定されていない廃坑内で得たモノ全てが大輝殿の所有物になるということですわね。」


「そういうわけだ。魔道具ギルドと冒険者ギルドに権利はない。」


 最後にルード王子がダメ押しをしたことでギルバートはうな垂れ、大輝は何もしないままにギルバートから解放された。 


(なんかしらんが・・・助かった。)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ