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レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
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第百十三話 切り札

(くそっ!やっぱり秘密工房に辿り着いていたのかっ)


 傍聴人席の後方で地団太を踏みそうな顔をしている男がいた。ギーセンの街の魔道具ギルドの長であるギルバートであった。ギルバートは最初から傍聴人席の最後方で気配を殺して事態の成り行きを見守っていた。自分自身はホーグ・ベルナー名誉子爵の派閥に入ったつもりはないし、そのことは宣言してある。だが、魔道具に関する情報提供の義務化についてはある種の不正取引に相当するものであり、万が一ホーグ・ベルナー名誉子爵がフュルト家に逆襲を喰らった場合に巻き添えを食わないように距離を置いていたのだ。


(奴は爆弾の魔道具だけの男じゃないというオレの読みは正しかった。だが、予想と違ったのは奴が権力をものともしない気質の持ち主だったことだ。)


 ギルバートは歯噛みする。彼の脳内では義務化の触れをホーグ・ベルナー名誉子爵が出したことと、警備隊の圧力で簡単に情報を手に出来るはずだったのだ。


(まだ諦めんぞ・・・名誉子爵程度の圧力では屈しないのかもしれんが、侯爵と王子の前ならどうだ?それに奴は理屈っぽい。侯爵と王子の御前で理詰めでもって吐かせてやる!)


 ギルバートは欲望の眼差しで大輝を見据えていた。





「死者の伝言か・・・噂には聞いたことがある。確か、その名の通り死んだ者の言葉を伝える魔道具であるとか・・・だが、今回の嫌疑の中には死んだ者はいないはずだ。」


「閣下。当該魔道具を失ってから長い年月が経ったがゆえに本質を見誤っております。その魔道具は亡くなった方と会話が出来るというものではなく、生前に残されていた言葉をのちに再生したからそのような形で伝わったと思われます。」


 大輝は『魔職の匠』の秘密工房のある廃坑を探る際に様々な情報を集めていた。そして死者の伝言と呼ばれる魔道具が録音再生装置であることに気付き、実際に秘密工房で通信の魔道具と共にそれを発見していた。


「論より証拠。実際にその魔道具をお目に掛け、その機能を知って頂きましょう。」


 そういうと大輝は懐に手を入れ、もはや慣れた動作で虚空(アーカーシャ)からハガキサイズの箱を取り出して魔力を込める。すると、多少音質は劣化しているものの、誰の声かはっきりわかるほどには鮮明に音を再生し始めた。


『そうですね。税の横領の件がバレたのではないかと肝を冷やしました。』


『すでに帳簿の改竄を済ませているとはいえ心臓に悪いことには違いない。』


『フュルト家の奉公人の方はきちんと証言させられるんだろうな?』


『問題ありません。家族思いの者たちばかりだったので簡単でしたよ。』 


『これでフュルト家が貴族から転落するのは間違いないですな。』


『その座にホーグ様がつけば我々もさらなる栄華に包まれましょうぞ。』


『安心致せ。間違いなく成り上がってみせよう。そしてこれまで以上に美味しい目に合わせてやる。』


『これまでも十分に見返りを頂いておりますが、頂けるものならぜひに・・・』


『はっはっは。強欲だな。儂も人のことは言えんが。』


 ギルバートがホーグ・ベルナー名誉子爵一派と会談すると聞いてベルナー家の屋敷に忍び込んだ際に録音した会話であった。急接近してきたギルバードとの探り合いを終え、一派の中心メンバーだけが残って交わしていた会話であり、気が緩んだことと互いの結束を固めるために悪事をばらし合っている会話だ。


(お~ぉ。いい感じで青くなってくれてるぞ。) 


 大輝の視界には会話の主たちが目の前で小鹿のように震え、血の気を失っている者たちが映っていた。ホーグ・ベルナー名誉子爵を始め、名誉男爵、警備隊隊長、商人ギルドの長、政務官や徴税官等の官僚など10人程だ。


(おっ!こっちもようやくいい感じになってくれたか。)


 次に映ったのは鬼の形相でホーグ一派を睨んでいるヘッセン侯爵である。ヘッセン侯爵には当然ながら再生されている声の主が誰なのかわかっているのだ。そしてタイミングのいいことに録音再生の魔道具が『どうせなら領主の座を狙って侯爵位を目標にするべきだったか』という冗談めかしたホーグの言葉を再生していた。それを聞いてさらに怒りのボルテージが上がるヘッセン侯爵の顔を見てルード王子も険しい顔をしている。 


(この位にしておくか・・・確かこの後はギルバートの話になってオレに都合が悪いしな。)


 大輝は自己都合で魔道具を停止させる。


「さて、この魔道具がどういうものかおわかりいただけたでしょうか?」


「・・・できれば大輝の口から説明をしてくれ。」


 怒りを抑えつつヘッセン侯爵が言った。確かに大輝が説明するべきである。大輝は現代日本で電子機器の存在を当然のように受け止めており、録音・再生というのはスマホなどで子供でも使いこなすが、この世界では馴染みがないのだから。だからこそ死者の伝言などと呼ばれているし、もしかしたら時間を遡って過去の音声を再生できる魔道具だと誤解される恐れがある。  


「秘密工房で発見したこの魔道具は2つの機能を有しています。1つは録音といって音声を記録媒体に記録する機能であり、もう1つはその記録した音声を再生する機能です。そして使い方は普通の魔道具とほぼ同じです。記録したい音声があればその場でこの魔道具の表側から魔力を流せば記録が開始され、魔力の供給を停止すれば終了します。再生は魔道具の裏側から魔力を流し続ければ良いだけです。」


 この魔道具を進呈するつもりはないので証拠能力を認めてもらうのに必要な情報だけを開示し、録音の消去の仕方や録音可能時間等の情報は省略する大輝。だが、ヘッセン侯爵はそのことを追及しない。他に追及すべきことがあるからだ。


「ホーグよ。これはどういうことだ!?」


 再生されたホーグ一派の会話が事実であればホーグ・ベルナー名誉子爵の先ほどの弁明は全て出鱈目ということになる。横領の主犯はホーグ・ベルナー名誉子爵であり、その罪をミッテル子爵になすりつけ、フュルト家の者を監禁し、職権を乱用して私腹を肥やし、貴族制度への挑戦を企んでいることを自白しているようなものなのだ。


「う、嘘です!確かに私たちの声のように聞こえましたが、その魔道具になにかの絡繰りが施してあるに違い有りません!」


 もはやホーグ・ベルナー名誉子爵に残されたのは未知の魔道具の信憑性を下げることしかなかった。そして思いつく限りの可能性を述べる。


「その魔道具の効果を説明した冒険者が真実を述べているという証拠がありません。例えば、その魔道具の本当の機能が使用者の意志を反映した音を発することかもしれませんし、声を他者に似せることが出来る機能が付いているかもしれません。もしかしたら我々に事実誤認をさせる効果、そう、契約魔法のような効果があるという可能性もありますっ!」


 必死の弁明を続けるホーグ・ベルナー名誉子爵を見て大輝は思う。


(ま、気持ちはわからんでもない・・・録音・再生なんてこの世界にはない技術だからな。)


 大輝は録音再生の魔道具の機能に難癖を付ける者が現れるだろうことは予想していた。実際、ホーグ・ベルナー名誉子爵の弁明に耳を傾けつつある者もいる。


(オレだってゲームや小説の世界の話だと思っていた魔法の世界が実在するって言われても信じなかったんだ・・・実際に体験するまではな。)


「名誉子爵のご懸念はごもっともかと。名誉子爵を追及している側である我々がこの魔道具を発動させている以上は信じられないでしょう。ですので、他の方に起動を担当していただきましょう。そうですね。中立の立場である閣下もしくは殿下ご本人かその配下の方にお願いできませんか?」


 大輝は決定権者本人に試してもらうのが一番良いと思っていたが、未知の魔道具を貴族本人に触らせるのはまずいと考え、その配下でも構わないという姿勢を取る。


「確かにそうだな・・・誰ぞその魔道具を起動せよ。」


 ヘッセン侯爵の言葉に従って1人の男が進み出て大輝から録音可能の魔道具を受け取る。


「先程申し上げた通り、この裏側に刻まれている魔法陣に魔力を流してください。そうすれば先ほどの会話が再生されます。」


 簡単な説明を加えて一歩下がる大輝。自らは起動に関与していないことを示すためである。


「では魔力を流します。」


 男が魔力を流すと当然のように先ほどの会話が再び会場に流れる。


「「 おぉぉ。さっきと同じだ。 」」


 5分ほどが経ったところで大輝が声を掛ける。


「もう十分でしょう。では次に録音する方も試してみましょう。」


 大輝は完全に証拠として認めてもらうために録音についてもその男に使い方を教えて試させる。


 結果、録音再生の魔道具はその存在を完全に認められることになる。


「さて、これで証明は完了されたと思いますがいかがでしょうか?」


 人は自らの目で見て体験したことを重要視する。それが例え非現実的なものであってもだ。大輝にとっては『未来視』や『魔法』がそれに当たる。大輝がソレを本物だと信じたのは実際に未来が視えてそれが現実に起こったことや魔法が使えたからだ。だから今度はそれを会場内すべての人に体験させた。もちろん100名を超える人間すべてに魔道具を使わせる時間はないので、ヘッセン侯爵の部下を通しての疑似体験であるが、身分制度のあるこの世界では権威者である侯爵を通すことで十分な成果を上げることが可能だった。


「「 すげ~! 」」


「「 『魔職の匠』の遺産で間違いない! 」」


 まずは未知の魔道具に魅せられた者たちから驚嘆の声が上がる。そして次に上がった声はホーグ一派への非難の声であった。


「自分の罪を貴族であるミッテル子爵に着せようとはなんと卑劣な。」


「なんであんな奴が名誉子爵の地位にあるんだ・・・」


「オレたちには追加税を課しておきながら自分は私腹を肥やしていたなんて許せん。」


「横領、誘拐、監禁、反逆・・・いったいいくつの罪があるのやら・・・」


 趨勢は決まったようなものだった。録音再生の魔道具が認められた以上はホーグ一派に言い訳のしようはない。再生された会話によって彼らの行いはもちろんのこと、その意図までが露見したのだ。ここに至っては情状酌量を求める事すら難しい。


「静かに・・・」


 騒めく会場にヘッセン侯爵の低い声が響く。その声に反応して口を閉じてヘッセン侯爵へと視線を向けた者たちの表情が強張る。ヘッセン侯爵の眉は吊り上がっており、顔は紅潮し、肩を震わせ、拳を握りしめていたからだ。その背後に爆発寸前の火山の幻影が見えるかのようである。最初に再生された音声では未知の魔道具を使って唐突に会話を流されたために僅かな不審を感じており、そのために怒りを抑えることが出来ていたのだが、悪行自白の会話も2度目となり魔道具の機能が実証された今は心のタガが外れそうだったのだ。


「ホーグ・・・言い残すことはあるか・・・」


 死刑宣告に等しい物言いをするヘッセン侯爵。書簡や血判に帳簿といった物証、つまり状況証拠がそろっているだけではなく、証言という直接証拠に加え、自白にも等しい音声が公開されたのだ。有罪に異議を唱えることなどできようがない。


 それでもホーグ・ベルナー名誉子爵は認めるわけにはいかなかった。認めた瞬間に死罪が言い渡されるのは確実なのだ。例え主張を認められない可能性が99パーセントだとしても残りの可能性に賭けるしかない。


「こ、これはなにかの間違いです。いえ、陰謀です!!」


「そうです!我々は領内発展のために尽くしてきたではありませんか!」


「わ、私もです!」 


 もはや論理的な言い訳は不可能であり、ただひたすらに否認をするホーグ・ベルナー名誉子爵とその一派の者たち。それを遮ったのは怒り心頭のヘッセン侯爵ではなく、彼らの身内であった。


「父上、この後に及んでみっともない真似をしないでください。」


「マーヤ様の示された罪状に相違ないことを認めます。」

 

 アウグストとゲオルクであった。そして彼らは続ける。


「私たちも父たちが行ってきたことを知っておりました。」


「同罪であることを認めます。どうか我々にも裁きを。」


 2人は前へと進み出て跪く。その様子を見てホーグ・ベルナー名誉子爵は唖然とした顔を見せた後に俯き、ついには膝を屈した。家長制度の根強いこの世界において権勢を誇る家ではさらにその色が濃く、ベルナー家においても家長であるホーグは絶対的存在だったはずなのだ。確かに最近は従順さが欠けているとは思っていたが、まさかこの場で息子たちが反旗を翻すとは思っておらず、ついに心が折れたのだ。 


 それを見た大輝がマーヤやマルセルたちへと視線を移し、彼らが頷くのを見てからアウグストとゲオルクのフォローを入れる。マーヤたちの目的はフュルト家の疑いを晴らすことと一連の謀略の根源を叩くことであって、それに積極的に加担していない者まで罪に問うつもりはないのだ。だから大輝の希望を優先する。


「私たちの知る限りではこの2人は主犯ではありません。横領や罪のなすり付けなど、先に示した罪状に加担した事実はありません。罪があるとすればホーグ一派の悪事を知りながら諌められなかったことでしょうか。ですが、告発するにも明確な証拠が必要となります。貴族であるフュルト家ですら証拠を集めるのに苦労しました。それこそ難攻不落と言われた『魔職の匠』の秘密工房を攻略して魔道具の力を借りなければならない程に・・・」


 大輝の言葉が示しているのは2点。フュルト家が求めているのは主犯格の処罰であって、それ以外に結果的に加担することになってしまった者たちにまでは処分を求めないということ。そしてそれらの者が法に照らして有罪であったとしても主犯たちへの糾弾は難しく情状酌量の余地があること。 

 

 それを汲み取ったヘッセン侯爵は自らの怒りを抑え、冷静さを取り戻す。当事者たるフュルト家が望むのであれば領主たる自分の感情を優先させるべきではないと判断したのだ。もちろん法に照らして厳正な処分はしなければならないが、この事態を招いた責任の一端が自らにあることも事実であり、それを認めるだけの度量を持っていることを示さねばならない。


「ホーグ・ベルナー名誉子爵を始めとした者共を警備隊の地下牢へと幽閉する。処分については南部地方の徴税官などの確認を取った上で厳正に行うこととする。だが、その前に皆に謝らねばならん。」


 そう言って会場の中央に進み出たヘッセン侯爵は頭を下げた。


「領内の統治を補佐する名誉爵位を授与する権限は領主たる私にある。つまりこのような者を名誉職に就かせ皆に迷惑を掛けたのは私ということになる。すまなかった。」


 任命責任を自ら認め、下の身分の者に頭を下げる姿は領主の鏡とも言えるほど美しかった。


「特にフュルト家には多大な迷惑を掛けた。その責任を痛感している。今後このような事態を引き起こさぬことをここに誓う。皆にも協力を願いたい。頼む。」


 改めてフュルト家に向かって頭を下げ、さらに傍聴人席にいる領内有力者たちに頭を下げて頼むヘッセン侯爵。それを見て慌てて全員が跪いて侯爵以上に頭を下げて言う。


「閣下、我々にそのような謝罪は不要です。」


「ホーグ・ベルナー名誉子爵一味の横暴を抑止できなかったのは我々の責任でもあります。」


「閣下の留守を守れなかったことをお許しください。」


 確かに任命責任は重いが王都へと職務で赴いていたヘッセン侯爵の留守中に起こった事態であり、留守を預かるのは名誉爵位持ちだけではない。官僚や警備隊に加えて有力者と言われる者たちにもやれることがあったはずであり、侯爵に頭を下げさせてしまったことを恥じていた。


(日本の政治家だとか大企業の重役たちに見習わせたいくらいだな。)


 大輝は頭を下げ合う両者を見て思った。ヘッセン侯爵は任命者としては失敗したようだが重責を自覚したよい領主だといえるし、有力者たちもそんな領主を敬いながらも責任を感じるだけの自覚があると感心したのだ。だが、少し拍子抜けした感もあった。マルセルたちが警戒していたルード王子が全く前に出て来なかったことだ。


(自派閥の筆頭であるヘッセン侯爵に任せたってことかな。ここは侯爵領でもあるし、下手に王族が介入すれば話が拗れるとでも思ったか・・・)


 僅かな違和感を感じ、その原因を探ろうとしていた大輝をマーヤが襲った。


「お兄ちゃんありがとっ!!」


 いつものフライングボディープレスよりも高く飛んだマーヤを受け止める大輝。大輝が受け止めてくれることを微塵も疑っていない身を投げ出すような抱きつき方であったが、当然の如く大輝は優しく受け止めて頭を撫でる。


 4歳のマーヤは事態を全て把握しているわけではない。だが、ホーグ・ベルナー名誉子爵が観念して崩れ落ちた姿とヘッセン侯爵がフュルト家に対して謝罪している姿を見て問題がなくなったことを知って抱きついてきたのだ。だから大輝は言葉に出して伝える。 


「フュルト家はもうこれで安泰。あとはお父さんの治療だけかな。」


「えへへ。パパのこともよろしくお願いしますっ」


  


 


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