第百十一話 攻守逆転
裁判の様相を呈しているパーティー会場の中において一喜一憂する者が多い中、静かに沈黙を守っている人物が3人いた。オブザーバー参加のルード王子、キール王の側近ガイン卿、魔道具ギルドの長ギルバートであった。彼らの思惑は共通する対象はあれど本質的には全く別にあるからだ。ルード王子は大輝に意識を向けながらも事の成り行き全体を注視しており、ガイン卿はルード王子と大輝にのみ注意を払って観察し、ギルバートに至ってはホーグ一派と取引をしておきながら大輝にのみ視線を向けていた。
「では、ミッテル子爵が関与したという証拠は棄却ということでよろしいでしょうか?」
沈黙を守る3人に共通する対象である大輝が話を戻す。
「そうだな。この書簡に疑惑がある以上ミッテル子爵の関与を決定づける証拠とは認められん。だが、認定された証拠を見る限りは横領の事実はあると言わねばならんな。」
徴税官の寄越した収穫見込量に関する文書と実際に納税された額に隔たりがある以上は当然の帰結であった。だが、ヘッセン侯爵は念の為に傍聴人席にいる官僚たちに尋ねる。
「当該文書が発せられた後、南部地方を嵐が襲ったとか、納められた税を運搬中に盗賊に襲われたという報告は受けているか?」
「いえ、ございません!」
突然証人喚問されたかのような扱いを受けた官僚は慌てふためきながらも大声で答えた。
「ホーグよ。掠め取られた税は何に使われたか、もしくはどこにあるか知っておるか?」
額面通りに受け取れば、横領を告発したホーグ・ベルナー名誉子爵にこれ以上の証拠はあるのかと聞いているように見受けられる。だが、偽造証拠を提出したという事実とヘッセン侯爵の目がそうと受け取らせない。
ホーグ・ベルナー名誉子爵は追い詰められていた。本来であればここで家族を人質にとられたフュルト家の家人を証人として発言させるはずだったのだ。そして彼らには、ベルナー家に敵対する商家や官僚の名を挙げさせて賄賂を贈っていたことを匂わすつもりだったのだ。もちろんそんな事実はないし、金を受け取ったわけではないので敵対者たちの家屋を探しても金貨などを押収することは出来ない。なにせその金は派閥の人間に与えたり、冒険者を雇用したり、貴族位につくための工作費として使ったりと殆ど残っておらず、最終的に使途不明の玉虫色の決着にもっていく算段だったのだ。
「残念ながらそこまでは調査が進んでおりません。それもあってご報告が遅れました。」
ホーグ・ベルナー名誉子爵はそれだけ言うので精一杯だった。そして後悔していた。
後悔の内容は自らの野望の為にフュルト家を追い落とそうとしたことに対してではなかった。なぜ当時の自分はもっと非情にならなかったのかという後悔だ。当初の計画ではフュルト家の裏帳簿に贈賄記録を残して政敵、商売敵を全て駆逐するつもりであった。だが、一派の多くの人間が反対したのだ。それは犯罪行為であるがための反対ではなく、近いうちにベルナー家が子爵に叙せられればヘッセン侯爵の補佐役ということになるだろうことが確実であったからだ。そうなれば自分たちの繁栄とヘッセン侯爵領の発展とはイコールで結ばれることになるため、現在敵対している商家や官僚も有能であれば使った方が得だということと、貴族となったベルナー家には逆らえないはずだという意識によってもたらされた反対であった。そしてホーグ・ベルナー名誉子爵はそれを受け入れた自分を責めているが、もう遅い。大輝が反攻の狼煙を上げる。
「その件についてはヘッセン侯爵領の監察役でもあるフュルト家が調査を進めております。宜しければご報告いたします。」
大輝はそう言って後ろを振り返りマルセルたちに目配せする。一旦主導権を手放すつもりであり、それを見たマルセル、モリッツ、レオニーがマーヤの横に並ぶ。
「ヘッセン侯爵閣下、お許し頂けますならば今回の件を含めた全ての真実を明らかにしたく存じます。」
さすがのマルセルもいつもと口調が違ったが、ついに訪れた反撃の機会に全身に力が漲っていた。
「マルセルか・・・いいだろう。許可する。」
「ありがとうございますっ!」
無言で礼をしてすでに運び込まれていた証拠品の数々をテーブルに並べて準備を始めるマルセルに変わってマーヤの愛らしい声が響くがその顔は決意の表情を浮かべていた。
そして数分後、フュルト家による反撃が始まった。
「まずはフュルト家当主ミッテル子爵の代理人としてマーヤ様から・・・」
マルセルがマーヤに発言を求める。するとレオニーがマーヤにスッと近づき竹簡を渡して微笑む。竹簡はいわゆるカンペだ。そして微笑みは隠れ家たる洞窟でも続けていた勉強の成果を見せてくださいという意味であった。
「告訴および告発状。フュルト家およびその協力者はホーグ・ベルナー名誉子爵をはじめとした者たちをここに訴えますっ!」
竹簡を開いてはいるものの、書かれた文字を読むというよりは暗記したかのように流暢に話すマーヤ。とても4歳児とは思えない程しっかりとした口調なのはこの日を待ち望み、一生懸命に練習したからである。
「罪状は次の通りですっ。
1つ、国に納めるべき税の横領したこと。
1つ、その罪をフュルト家当主ミッテルに被せようとしたこと。
1つ、その過程においてフュルト家に仕える者たちを監禁したこと。
1つ、名誉子爵の地位を利用し、私腹を肥やすために職権を乱用したこと。
1つ、国家制度の根幹である貴族制度を破壊しようとしたこと。
以上5点をこれより証拠をもって糾弾しますっ!」
最後まで言い切ったマーヤは正面切ってホーグ・ベルナー名誉子爵を睨みつける。そのマーヤをレオニーが後ろから優しく抱きしめ頭を撫でる。そしてマルセルとモリッツが一歩前に出てマーヤの横に並んで続ける。
「具体的に申し上げます。先ほどフュルト家に嫌疑を掛けられた横領は全てホーグ・ベルナー名誉子爵の策謀であります。その証拠となる品々はある筋より善意によってフュルト家へ届けられたものです。どうぞご確認ください。」
マルセルが示したテーブルにヘッセン侯爵の配下が確認に向かう。そこに並べられているのは善意で届けられた物ではなく、裏ギルドと大輝の共同作戦によって奪取された書類や血判、書簡、帳簿の数々だ。
「モリッツといいます。元冒険者なので口が悪いのは勘弁してください。配下の皆さんが確認作業をしている間に他の罪状についても説明させてもらいます。フュルト家に罪を被せようとしているのはすでに皆さんが察していると思うので省かせてもらいましょう。そして、監禁の件はまもなく証人がわんさかきますのでこちらも後回しにさせてもらいます。では次の職権乱用について具体例を挙げます。まずは追加税というふざけた名前の税額アップです。なにがふざけているかというと、ベルナー商会が免除されているってことです。次に夜間の外出禁止を含めた秩序令とかいうやつです。秩序を乱しているのは誰かって話です。さらに贈収賄もあります。自らの派閥の者には金を配り、それ以外の者には金を貰わないと警備隊を使って圧力を加えてます。それらについての証拠もそのテーブルにありますし、証人もわんさかいますので確認してください。」
段々と言葉遣いだけではなく内容まで乱暴になるモリッツ。自分で話しているうちに無意識に熱くなってしまったのだ。だがそこにリアリティーがあったのだろう。そして多くの傍聴人たちが頷いているのも後押ししたのかもしれないが、言葉遣いや内容を咎める事なくヘッセン侯爵は神妙な顔で聞いていた。
「最後の罪状については私から申し上げますわ。」
熱くなりすぎているモリッツに変わってこういった場が得意でないにもかかわらずレオニーが前に出る。
「大きくいえば国家に対する挑戦ともいえる内容ですが、ホーグ・ベルナー名誉子爵は純然たる貴族であるフュルト家に代わって貴族になることを目論んでいます。近しい者へ宛てた書簡にもその旨が書かれておりますわ。」
レオニーが該当する名誉男爵や一派の者へ宛てた書簡を指先で示し、それをヘッセン侯爵配下の者が慌てて確認に走る。矢継ぎ早に罪状とその具体的な内容が語られたためにヘッセン侯爵配下の者たちは急遽文官たちも召集して確認作業に追われていく。
言うべきことは言ったフュルト家の者たちは幾分すっきりした顔をしている。だが、まだ決着はついていない。証拠の確認作業は続いているし、ホーグ・ベルナー名誉子爵が罪状を認めた訳でもないからだ。そして裁判長たるヘッセン侯爵の結論はまだ下されていない。
「名誉子爵に聞こう。今語られたことは真実か?認否をはっきりせよ。」
ヘッセン侯爵はここではじめてホーグ・ベルナー名誉子爵を名前ではなく爵位で呼んだ。それに対してホーグ・ベルナー名誉子爵はきっぱりと否定の言葉を述べる。
「断じてそのような事実はございません!」
自らが窮地にいることは認めるが、罪を認めれば名誉爵位を剥奪されるどころか最悪処刑まで有り得るのだ。絶対に認めるわけにはいかなかった。1つでも多くの罪を免れることに集中するべきであり、特に貴族位を狙っていた事だけは知られるわけにはいかない。国家反逆罪にでも問われれば一巻の終わりなのだ。
「フュルト家の提示した証拠の確認に時間が掛かりそうだ。先に弁明があるのならば申してみよ。」
「申し上げます。まず、そこのむす・・マーヤ様がおっしゃられた1つ目の罪状ですが、私は横領などしておりません。言い方は悪いですが、我がベルナー家は領内随一の商会を持っており、フュルト家のように困窮しておりません。私には罪を犯してまで金銭を横領する理由がありません。」
対抗意識ゆえにフュルト家を引き合いに出したのはまずいが、領主であるヘッセン侯爵を除けば領内一裕福な家であることは間違いない。
「2つ目においては、たまたま発見した横領指示書にミッテル子爵の印章および署名があったというだけでフュルト家を貶めようという意図はございません。あくまで純粋に罪を憎んで提出したまでです。また、問題の書簡についてもいまだミッテル子爵自身が指示したという可能性が残されておりますし、私以外の何者かが仕組んだという可能性がございます。」
弁明を始めたことでエンジンの掛かってきたホーグ・ベルナー名誉子爵は巧みに論点をずらしにかかっていた。マーヤが読み上げた罪状であるフュルト家に罪を着せようとしたというものの論拠が問題の羊皮紙に書かれた書簡だけであるように誘導し、その書簡の真相が藪の中であることを理由に不適当な罪状であると主張しているのだ。
「次に、フュルト家の者たちの自由を制限していたことは事実であります。ですが、その目的は横領の真実を突き止めんがためであり、不当であると言われるのは心外であります。」
確かに表向きの理由としては正当性があるように聞こえる。実際には家族を人質にフュルト家に不利となる証言を強要するためであったのだが、この件に関しては文書等の証拠があるわけではなく、モリッツが後程連れて来ると言った監禁されていた者たちの証言だけが証拠であれば言い逃れが可能だと判断したのだ。
「4点目の職権乱用というのも心外です。私はこれまで職務に忠実でありましたことは閣下ご自身がご存じのはずではありませんか。追加税や秩序令も相応の理由があって実施した施策です。追加税については横領の事実があったことで王都に収める税が不足することが理由ですし、秩序令についても横領の他に不正の報告が散見されていたために領民を動揺させないための緊急措置を講じただけであり、断じて私腹を肥やすためではありません。」
追加税や秩序令については昼間の報告会でルード王子に叱責されたことで考えて置いた言い訳であるが、中々に上手い言い訳であった。やりすぎだという注意を受けるだろうが、王国の為、領民の為という大義名分がある以上は罪に問われないはずであった。
「最後の件ですが、これについては断固抗議致します。一代限りの名誉爵位とはいえ、私は自身を貴族であると考えてその身を処してまいりました。自身を否定するようなことを行うはずがありません。国家に対する挑戦とも言えるような罪を私に着せようとするフュルト家には謝罪を求めます。」
ホーグ・ベルナー名誉子爵は最後に強く抗議の意志を表して弁明を終えた。




