第百話 Aランク魔獣
(別種なのか・・・)
大輝は蛇の生態に詳しい訳ではない。幼い頃に目を通した生物図鑑で目の退化した蛇がピット器官という赤外線センサーによって相手の体温を感知していることを知っていただけである。そのため、最大個体以外の巨大蛇が黒点を1対持ち、それがピット器官であると推測したに過ぎない。だから実際のピット器官が大きく分けて2種類あることを知らなかったのだ。
(3対も破壊しないといけないのかよ。)
目の前の最大個体の上唇に当たる部分、正確には唇代わりの鱗と鱗の間に3対の穴が開いており、それがピット器官であると予想できた。つまり計6カ所を破壊しないとならないのだ。
大輝にもう少し蛇に対する興味があれば、アナコンダと呼ばれる巨大蛇の正体が目の前の最大個体の事であり、これまでに倒した巨大蛇が地球でいうガラガラヘビに当たることに気付いただろう。あくまでも地球での生物分類に当て嵌めればであるが。
(別種だと思って戦った方が良いな。それも間違いなく格上だと思っていいはずだ。)
大輝は気を引き締める。対する最大個体も正面に立つ大輝が4体の巨大蛇を無力化し、自分の威圧に屈しなかったことを覚えているのか警戒を強めているように見えた。大輝の持つ小剣よりも長い舌をチロチロと出しながら様子を窺っている。
(警戒してくれるのは有難い。ゲオルクたちの態勢が整う時間が稼げるし、オレの体力魔力が回復する時間を与えてくれるんだからな。)
1人で最大個体を撃破することにこだわりのない大輝。単独撃破となれば功績は大きいのだろうが、どうせホーグ・ベルナー名誉子爵が横槍を入れるだろうし、ノルトの街での『山崩し』の後のように勧誘が煩くなるなる事は間違いない。それに加えて万全の状態ではない今、一騎打ちというのはリスクが大きすぎるのだ。
(まあ、最悪の場合はレオリングを使うつもりだけど、これはこれでバレると面倒な人たちが寄ってきそうなんだよな。)
リューベック公爵家から迷惑料として押し付けられたプレーリーレオの牙から作り出された魔道具であるレオリングにはすでに大輝によって魔力が充填されている。上級魔法士1人分の魔力が予備として使える状態ではあるが、その希少性と有用性から欲しがる者は多い。下手に目を付けられれば虚空が露見するよりはマシであろうが商人やら貴族やらが売ってくれと殺到するだろうし、奪い取ろうとする者も現れるだろうことは想像するまでもない。今更という思いが無いわけではないが面倒事をこれ以上抱えたくない大輝であった。
「っん!?」
睨み合いを続けていた大輝と最大個体だったが先に動きを見せたのは最大個体だった。長い胴体をくねらせながら舌をチロチロと出していた最大個体の動きが一瞬止まり、突然正面から大口を開けて大輝に噛みつこうとしたのだ。
「っふ!」
ガキンッ
一瞬前まで大輝の居た位置で牙が噛み合わさる音が響く。最大個体の動きが一瞬止まったことで攻撃を察知した大輝は余裕を持って躱したつもりだったのだが、思いのほか最大個体の動きが早く間一髪となっていた。
「はやいっ!」
低ランク冒険者を蹂躙していた時より3割増しと思われる動きの速さと、噛みつかれれば骨まで砕けそうな歯音に大輝が冷や汗を掻く。そしてそこから防戦一方に追い込まれる。一旦攻撃を開始した最大個体は矢継ぎ早に次の攻撃を繰り出して来たのだ。無軌道に襲って来る大輝の腕より太い牙、予備動作の無い胴や尾による薙ぎ払いや体当たりが次々と大輝を襲う。
「っこの!」
大輝は身体強化に費やす魔力を一段引き上げて回避に専念する。すでに自然回復量を超えた身体強化を行っていたのだが、最大個体の動きに目の慣れていない大輝は被弾した場合の事を考えて防御に手を抜くわけにはいかなかったのだ。もし大輝が自由に動けるのであればここまで警戒することはなかったかもしれない。なぜなら回避する方向が限定されているからだ。後方に下がって隊列を組み直しつつ体力と魔力の回復を図っているゲオルクたちの方へ最大個体を行かせるわけにはいかないからだ。
(まずいな・・・ジリ貧だ。)
時には最大個体へ接近して反対方向へ誘導をしなければならない大輝は自身に残された魔力が2割ほどになっていることに気付いていた。今の状態を維持できるとすれば15分前後だろう。体力的にも足場の悪い湿原を走り続けてそのまま戦闘に突入しているために余裕はない。
(慣れてはいないがとりあえずスピードは把握した。攻撃手段と威力も・・・あとはなんとかゲオルクたちが参戦する前に防御力を確認したいが・・・)
大輝は回避するタイミングで小剣を滑らすようにして最大個体の表皮に当ててはいたのだが、まったく傷をつけることはできなかった。魔力温存のために風魔法を付与していないこともあるし、逃げ腰の状態で刀身を当てているだけということもあるが予想以上に硬いことだけがわかったのだ。とはいえどの程度の威力なら傷を負わせられるのかはわからず、かといって本気の攻撃を当てに行くのも難しいのだ。それは最大個体の攻撃の有効射程距離が大きいことと、スピードが速いことが理由だ。最大個体はその全長の長さを活かして剣や槍の間合いの遥か先から予備動作なしの攻撃を仕掛けられるのだ。
(全長30メートルの中心付近を支点にして半径15メートルが奴の攻撃範囲・・・その中に入った瞬間に高速かつ無軌道な攻撃が加えられる。この状態で正確にピット器官を破壊するのは難しいし、3対ある時点でリスクが大きすぎる。そうなるとやはり遠距離の魔法攻撃で弱らせるしかないか・・・でも魔力の残ってる魔法士は少ない・・・詰んでるじゃないか!)
ピット器官が1対なら被弾覚悟で特攻する価値はあっただろう。双剣で同時に破壊出来れば大輝に正確な攻撃を喰らわせることは出来なくなる。双剣で同時破壊出来なくとも片方だけでも潰せれば認識力を大幅に低下させることができるかもしれない。だが3対あれば1つ2つ破壊出来てもあのスピードでカウンターを当てられる可能性は高い。
(くそっ。ここまで強いとは思ってなかった!)
見込みが甘かったことを認めざるを得ない大輝。心の片隅で巨大蛇がCランク魔獣に分類されていることから侮り、自分なら対処できると過信していたのだ。フィールド条件によってBランクに匹敵する戦闘力を持つとされるCランク魔獣の巨大蛇というのはこれまでに倒したガラガラヘビ型の巨大蛇のことであって、このアナコンダ型巨大蛇は実質Aランクに匹敵するBランク魔獣という扱いが相応しい。つまり、遊撃隊の魔法士たちと協力した上、大輝が頭痛に苛まされる程の魔法である『竜巻旋風』を使っても生き残ったプレーリーレオよりも上である。実際は竜巻旋風から火炎旋風に移行し、3体のプレーリーレオに火炎弾を連続射出したのであって、同列に比較すべきではないのだが。
「大輝!一回下がってくれ!」
態勢が整ったことと、大輝に疲れが見えていることで交代を申し出るゲオルク。
(とりあえず一旦下がって対策を練らないとダメだ。)
そう考えた大輝はゲオルクの申し出を受けることにした。もしかしたら大輝と最大個体の戦闘を見て何か対抗策を思いついたかもしれないという期待もあった。
「次の攻撃を回避するタイミングで下がらせてもらう!」
大輝は最後の回避の際に右の小剣に風魔法を付与して一太刀浴びせるつもりであった。少しでも情報収集するつもりなのだ。そして都合よく尾の攻撃が飛んでくる。頭部ごと迫って来る噛みつき攻撃や直径2メートルの胴体による体当たりよりは対処がしやすいのだ。鞭のようにしなって迫る尾の攻撃はその軌道が読みやすいというだけで威力自体は凄まじい。それを慎重に回避しつつ瞬間的に風魔法を付与してカウンターを放つ大輝。
ガキンッ
大輝の右腕に強い衝撃が走る。刃先を少し合わせただけだったのだが腕ごと持っていかれそうな衝撃だった。危うく愛剣を手放しそうになるのを必死に堪えてそのまま後方のゲオルクたちの元へと下がる大輝。
(マジか・・・切れ味を強化してもダメなのか。)
魔法剣化させれば両断とはいかなくともそれなりのダメージは与えられると思っていたのだが、まるで金属バットで大型トラックのタイヤへ向かってフルスイングしたかのような感触であり、切断するどころか完全に弾き返されたのだ。
最大個体の予想以上の頑丈さに辟易しながらも大きく後方にジャンプして下がる大輝。それを見て態勢を整えたゲオルクたちが前に出て大輝と入れ替わる。そして魔法士たちが気力を振り絞って魔法攻撃を行った。彼らが狙うのは最大個体の上唇にあるピット器官だ。ゲオルクも黒点ではなく上唇にある3対の穴が感知器官であると予想していたようだ。だが、弱点である器官への攻撃を最大個体が警戒しないわけがなく、魔法も矢も命中することはなかった。
「っち!やっぱり簡単には当たらないか。」
渋い顔で呟くゲオルクを見つけて大輝が声を掛ける。
「奴は他の個体とは段違いだ。なにかいい案はあるか?」
尋ねておきながら大輝はいい案はなさそうだなと思った。大輝と入れ替わって前線に立っている者たちが防御に重点を置いた動きを見せていたからだ。近接戦闘班が注意を引きつけ、魔法士や弓術士が3対のピット器官を狙撃するという方針である。だが、狙撃に対してはピット器官のある顔を背けるだけでなんなく直撃を避ける最大個体。弱点以外に当たっても大きな傷を負うことはないとわかっているかのようだった。
「狙撃はダメそうだな。近接であの攻撃を掻い潜って破壊するのも無理だろう。」
ゲオルクが苦い顔のまま事実を述べる。もし魔力、体力ともに万全の状態であっても成功率は低いと言わざるを得ない程に力の差があるのだ。すでに全員が魔力不足であり、大多数の者が傷を負っている今では竹槍片手に戦車に突っ込むようなものである。大輝もそれはわかっており、手詰まり感が漂う。そこにゲオルクが歯切れの悪い物言いで言葉を紡いだ。
「はっきり言っていい案ではないが、1つだけ状況を打開できる可能性がある案が出た。」
ゲオルクの物言いからハイリスクな案だと思った大輝だが、自身も有効な手段を思いつかないために続きを促す。
「大輝との攻防、それから現状の攻防を見ても最大個体の鱗が相当硬いことはわかる。おそらく、他の魔獣に比べて保有する魔力量が多いことから魔力にモノを言わせて身体強化しているのだろう。」
魔獣は魔力暴走によって生物が凶暴化したモノであると言われている。そして体内を暴れ狂う魔力によって身体能力が強化されているとも。
「これはローランドが言っていたんだが、奴ら魔獣もオレたちと同じように魔力を使って身体強化しているらしいんだ。真偽の程はローランドに聞いてくれ。で、その仮定に立つと、最大個体は外装を魔力で強化している可能性がある。だから魔法攻撃も魔法剣による攻撃も跳ね返していると考えられる。」
ゲオルクの推察、いや、ローランドの推察は正しい。そのことを大輝は師匠から教えられている。魔獣は知能が高い個体ほど体内で暴れ狂う魔力の扱いに長けており、低ランク魔獣でさえ身体強化は使うし、これまでに出会った事はないが高ランク魔獣であれば魔法すら使ってくることがあるのだ。
「その意見には賛成だ。オレも最大個体は強力な身体強化を使っていると思う。」
大輝の賛同を得てゲオルクは話を続ける。
「奴の外装を打ち抜くのは魔力不足のオレたちには無理だ。だから内部から破壊するという案が出た。」
悪くない案だと思う大輝。これまで指導したエリスたちや獣人たちの身体強化は主に身体の表面に魔力を纏う身体強化を行っており、魔力消費量は多いし身体の内外のバランスが悪く効率的な運用とは言えず、それを矯正してきたのだ。であれば最大個体も身体の表面に集中して魔力を展開している可能性は高い。そうでなければあの硬さを説明出来ないとさえ思う。だが、問題はその内部から破壊というのをどうやって実行するかだ。
「まさか・・・」
大輝はようやくゲオルクの歯切れの悪い言葉の意味に気付く。
「あぁ。奴が噛みつきに来た瞬間に口内に飛び込むんだ。」




