第九十八話 助勢
「非戦闘員は予備の武器を準備しておけ!」
「魔法士たちと盾職はもう少しだけ耐えてくれ。そして出来れば左右の個体に一撃入れて欲しい。」
「近接戦闘班聞け!これより防御から攻撃にシフトする。牽制役を除いて一斉に中央の個体へ攻撃を加えて数を減らすんだっ!」
自らのいる左陣に対してゲオルクが反攻を指示する。20分以内に2体を撃破して右陣の援護に向かわなければ敗北、全滅だと感じているのだ。
「負傷者たちが稼いでくれている時間を無駄にするなよ!行くぞっ!」
ゲオルク自身も魔法剣を持って突撃を敢行する。そしてそれに遅れまいと30人程が背中を追った。
防御のことを一切考慮しない彼らの攻撃は魔法剣の威力を大幅に上げる事になった。攻撃一色に染まった彼らの意識が魔法剣本来の性能を引き出したのだ。火魔法の付与された魔法剣は刀身を炎色に染め上げており、巨大蛇の表皮に接するだけで大きな火傷を負わせた。風魔法の付与された魔法剣は刀身に不可視の刃を纏っており、表皮に弾き返されることなく裂傷を与えた。
反面、回避行動を放棄したことによって巨大蛇の胴体に体当たりされて弾き返されたり、毒牙に掠ってしまい身体に麻痺毒が回って動きが鈍る者も大勢いた。それでも攻撃一辺倒を貫いたゲオルクたちは10分で1体を瀕死の状態に追い込むことに成功する。
「「 っしゃぁ!! 」」
本来ならこのタイミングで右陣が崩壊しているはずだったが、負傷者たちが満足に動かない身体ながら魔法発動型の魔法剣で奮戦していることもあってギリギリ持ち堪えていた。それを横目に見たゲオルクがこのペースでもう1体を倒せば勝機があると思った瞬間にソレは来た。
「キシャァァァッ!」
「「 ぐぉぉっ! 」」
誰もが全滅の危機に失念していた存在。沼地の主、最大個体がいつの間にか水際まで接近しており奇声を発したのだ。彼の個体の奇声は威圧である。今回は200メートルという遠距離ではなく左陣側50メートル程の中距離から発せられており、不意打ちということもあってゲオルクたちを激しく動揺させた。もし巨大蛇たちが即座に攻撃を行えば一気に巨大蛇側へと天秤は傾いたはずだ。だがそうはならなかった。なぜなら巨大蛇側も萎縮して動きを止めていたのだ。
魔力の指向性。もし最大個体が大輝以上の魔力操作技術の持ち主で、威圧のために照射する魔力に高度な指向性を持たせることが出来るのであれば敵であり獲物であるゲオルクたちだけに威圧を掛けて動きを封じ、その間に勝負をつけることが出来ただろう。実際、威圧に屈したゲオルクたちは自分たちだけが威圧を受けていると思い、満足に動けない身体が巨大蛇に蹂躙される姿を想像していた。
しかし最大個体の威圧は無差別に発せられており、乱戦になっていることも幸いして同族であるはずの8体の巨大蛇もまるで金縛りにあったように動きを止めていた。そもそも最大個体は威圧を発しているという自覚すらない。圧倒的に押していたにもかかわらず配下の1体が倒されたことに怒りを覚えて奇声を上げただけだったのだ。
そしてその自らの感情を爆発させる行為がさらなる悪夢を招くとは想像だにしていなかった。
サササッサ ッバシャ ッシュシュ
バシャッ ッシュシュ ッシャ
「「 キキシャァァ!! 」」
最大個体が奇声という威圧を発したことで戦場全体が一時停止している中で聞こえた音があった。
低草の生えた大地を疾走する音、水たまりを踏みしめる音、そして何かを切り裂く音。さらに水の弾ける音が響き、再度切り裂き音が聞こえた。そして最大個体ではなく右陣の方から2つの奇声が静かな戦場に響いた。ここまで最大個体の奇声が発せられてから20秒ほど。ようやく威圧の効果が薄れていたゲオルクたちは右陣から聞こえた奇声で我に返った。そして奇声を発したのが2体の巨大蛇であることをその目で確認し、さっきの奇声が威圧ではなく悲鳴であることに気付く。
悲鳴を上げたと思われる2体はゲオルクたちにとって脅威である毒牙の生えている上顎の上、さらに唇より僅か上方でまるで2つの鼻の穴から鼻血を出しているかのような姿を晒していた。そして長い胴体をクネクネと揺らし、前後不覚の酩酊状態のようにも見える。
ゲオルクたちは初めて見る巨大蛇の挙動を不思議に思ったが、1つだけわかった事があった。2体の巨大蛇は何者かの攻撃を受けて大きなダメージを負っているということだ。そして攻撃を行ったと思われる双剣を手にした人物が次の獲物へ向けて走りながら声を上げた。
「この2体の生物を感知する器官を破壊した!不用意に近づかなければ問題ない。残り6体を優先して片付けるぞ!馬鹿でかいのは後回しだ!」
黒髪短髪黒目であり、黒く染められた革鎧を着こみ、両手に小剣を持った男、黒崎大輝は最大個体の威圧が完全に解けるまでにさらに1体の巨大蛇のピット器官を破壊することに成功する。これで右陣で暴れ回っていた4体の巨大蛇のうち3体が前後不覚の酩酊状態に陥ったことになる。右陣はわずか30秒程で完全に攻守が逆転することになった。
「ボケっとしてるヒマがあったら態勢を立て直せゲオルク!」
大輝の叱責にゲオルクが己のやるべきことを思い出す。
「方針変更!攻撃態勢を解除して隊列を組み直せ!」
右陣は完全に息を吹き返しており、満身創痍の身体に鞭を打って残りの1体へと攻撃を開始している。そうなればゲオルクたち左陣は無謀な攻撃をする必要はない。1体減らして4体が相手となったとはいえ、最大個体は左陣寄りの沼地にいるのだ。このまま左陣に雪崩込まれればこれまで以上に苦戦するのは間違いない。今のうちに守備に重点を置いた陣形に組み替えなければならないのだ。そして右陣が残りの1体を撃破して援護にやって来るの待つ。左右の陣の役割が逆転したのだ。
「大輝殿、助かった!」
ようやくゲオルクたち右陣と巨大蛇たち双方が完全に最大個体から発せられた威圧から脱して睨み合いを始めたところで大輝が左陣のゲオルクのところへやって来たのだ。すでに防御陣形は整っており、ここからは時間稼ぎに徹するつもりのゲオルクが大輝に感謝を述べる。
「奴らを叩きのめしてから思う存分感謝してくれ。」
この世界の年齢では17歳の大輝が年上であり名誉子爵の次男であるゲオルクに対して遠慮のない物言いをするのを聞いてゲオルク配下の警備部門の人間や冒険者たちは驚く。流石に窮地に登場した援軍に対して敵意を発する者はいなかったが不審な目で見る者はいた。だが、彼らもすぐに納得する。ゲオルクが全く意に介していないのを見たからだ。おそらく気が置けない相手なのだろうと思ったのだ。ある意味では正解である。すでに泣き顔を晒し、本音を吐露した相手であり、今更互いに気を遣うことは距離感を感じるだけだ。
「とりあえず借り1つ、いや2つ目ということにしてくれ。」
ゲオルクが笑みを浮かべる。実際は3つも4つも借りがあると思っているのだがここでは恥ずかしくて言えない。喫茶店で因縁を付けたことに始まり、心の内の葛藤に対して厳しい意見を言ってくれたことや、フォルカー湿原解放作戦についてのアドバイスも貰ったし、今も窮地に助力してくれているのだ。
「あのデカいのが最大個体か・・・奴とぶつかる前にもう少し数を減らしたい。」
ゲオルクの心情を無視した発言が大輝から発せられる。今は睨み合っているが戦闘中なのだ。そして左陣には4体の巨大蛇がおり、最大個体までこちらに来れば足場の硬い大地は密度が高すぎて戦闘に支障が出るのだ。
「ではどうすればいい?」
ゲオルクは作戦の決定権をあっさりと大輝に譲った。僅か30秒で生命力の高い巨大蛇を3体も無力化したことから秘策持っているだろうと思ったからだ。それに対して大輝もあっさりと巨大蛇の対処法を明かした。
「巨大蛇は退化した目の代わりに熱を感知出来る器官を持っているらしい。上唇の少し上にある2つの黒点がそれだ。さっきは威圧で動けない奴らの黒点だけを狙い撃ちしたんだ。」
赤外線センサーだとかピット器官と言っても理解出来ないだろうと平易な言葉で簡潔に伝える大輝。ゲオルクもいつ再度戦端が開かれるかわからない状況なので詳しくは聞かない。ただ事実として受け入れるだけだった。本当はなぜ大輝は最大個体の威圧の影響を受けなかったのか、なぜ熱感知だと気付いたのかと聞きたいことはあったのだが。
「だが、そうなると今から狙い撃ちするのは難しいな。」
「高レベルの体術や剣術を持つ前衛職の者か高威力の魔法を精密コントロール出来る魔法士で、それに加えて巨大蛇の動きを予測が出来るような奴はいるか?」
ゲオルクは自分の腕前では正確に黒点を破壊することは困難であると認めざるを得ない。巨大蛇の動きは人間と身体の構造が違う為に予測し辛く、一点を狙った攻撃を成功させる自信はなかったのだ。そしてそれが出来そうな人間はこの場には2人しかいないと思った。
「冒険者の中にBランクの剣士と魔法士がいる。彼らならやれるかもしれない。」
「ならそいつ等に伝えてくれ。黒点は鱗に覆われた表皮に比べれば柔らかい。といってもCランク魔獣だから生半可な攻撃では完全に破壊出来ない可能性がある。それと、黒点は熱を感知するだけあって火魔法や火魔法を付与された魔法剣だと警戒されるだろう。他の属性魔法が使えるならそっちをお勧めする。」
大輝は素早く注意点を述べ、自分が受け持つ1体は援護不要であることを付け加えた。そしてゲオルクによって左陣にいる戦闘員たちへそれぞれの役割が通達された。
「すでに上陸している2体はゲオルク隊とヴァルター隊が受け持つ。水際の2体のうち左を引き続きローラント隊が受け持ってくれ。右は大輝殿が引き受けてくれる!」
ゲオルク隊はこれまで同様に近接戦闘で巨大蛇の体力を削る方向で戦闘を展開し、Bランク冒険者で魔法剣を使いこなしているヴァルターと近接戦闘職の者が共同でもう1体の上陸済みの巨大蛇を無力化する方針だ。同じくBランク冒険者で魔法士であるローランドが率いる魔法士と盾職は、魔法士と盾職が協同で巨大蛇の動きを制御しローランドが黒点を魔法で打ち抜くつもりである。そして大輝は単独で1体を受け持つことになる。
(魔力さえ万全なら全力全開の威圧である程度動きを止められそうだが、今の残量じゃ次に控える最大個体戦に支障が出るからな。)
大輝はゲオルクたちに追いつく為にかなり無理をして行軍しており、また、途中で巨大蛇との戦闘もこなしてきている。そして先ほどの最大個体の威圧を受け止め、受け流すために結構な量の魔力を消費しており万全の状態とはとても言えない。
(純粋に身体強化と相手の動きを予測することで勝負をつける必要がある・・・)
魔力残量の問題もあるが、今回は別の理由で水魔法によるステルス鎧を用いることは出来ないのだ。上陸済みの2体と水際の2体はそれ程距離が離れているわけではなく、もし大輝がピット器官による赤外線探知を掻い潜ろうとすれば担当個体は他の隊へと攻撃を行うからだ。
(集団戦である以上ヘイト管理が必要だ。)
担当個体の注意を自分に引きつけつつピット器官を破壊するというミッションが課せられていることを認識する大輝だが、最大個体への警戒も忘れてはいない。そう何度も魔力照射による威圧が繰り返されるとは思っていないが、もし先ほどのレベルの威圧を実行された場合は大輝であっても無警戒であれば身が竦む可能性が高いのだ。身体の大きさに比例する訳ではないが、あの最大個体の保有魔力量は大輝を超えているのは間違いなかった。
(量では負けても質では負けないつもりだけど。)
意外と負けず嫌いな大輝だったが膠着期間が終わりを告げたことで戦闘に意識を集中する。大輝担当の水際にいた個体が上陸を開始したのだ。
(沼に入って戦うのは不利だからな。)
全長10メートル程の巨大蛇の胴体が半分程大地に差し掛かったタイミングで大輝は魔法で牽制を加える。担当個体の意識を自分に集中させるためだ。
「炎槍!」
キー詠唱を使ったのは魔力節約の為もあるが、硬い表皮を貫くには尖った穂先を持つ槍型の火魔法が最適だからだ。大輝得意の無詠唱で発動できる某国民的RPG第3作の火魔法は貫通力ではなく爆発力に重きを置いた魔法であり、巨大蛇の硬い表皮との相性が良くないことが理由である。
「少しでも動きが鈍ってくれればこっちのもの!」
長さ1メートル程の炎で出来た短槍は半分ほど巨大蛇の体内に埋まって爆ぜる。貫通力に重点を置いていたために爆発力は大したことはない。それでも刺さった位置が内臓の一部にでも損傷を与えたのか目に見えて動きの鈍る巨大蛇。そこに大輝が双剣を構えて突撃する。いつもは右の小剣に風、左の小剣は火の魔法を付与するのだが、今回は両方とも切れ味重視の風魔法を付与している。手足の無い巨大蛇が相手であれば左の防御用の小剣も攻撃に回した方が良いとの判断である。そして上手く行けば先程の威圧で動きの鈍った3体を仕留めた時のように1対のピット器官を1回の攻撃で破壊できるかもしれないとの期待もある。
「甘かったか!」
炎の短槍によって予想以上のダメージを与えたことで一気に正面から攻撃を仕掛けた大輝だったが初合で黒点に剣を突き立てることは出来なかった。囮役の炎身やステルス鎧なしでの直線的な単独突撃では正確な刺突を巨大蛇の目ともいえるピット器官にヒットさせるのは難しかった。人間に限らず魔獣であっても己の急所を本能的に庇うのは同じなのだ。
「なら・・・」
多少の魔力を消費するが最大個体がいつ襲って来るかわからない状況では隙を窺っている場合ではないと判断した大輝が魔法を発動させる。隙がなければ作り出せばいいという大輝らしい選択だった。
「炎槍廻転!」
先ほどの槍よりかなり小型の炎の槍が4本出現し、突き出した大輝の右手を中心にしてゆっくりと回り出す。そして発動を確認した大輝が左右にステップを繰り返しながら巨大蛇へと徐々に接近する。大輝が今までの魔獣には火球を1,2発撃つことで牽制したり動きを誘導したりしていたのだが、今回は4つも出現させた上、慎重に距離を計っているのは狙うべき巨大蛇の顔部分が上下左右と無軌道に動くからである。胴体を支柱にして頭をもたげている巨大蛇が持つ回避方向の選択肢が多いのだ。
(全方向逃げ道を潰してやる。)
正確には後方に身体を引かれた場合は逃げ切られる可能性があるのだが、その時は剣を突き立てるのではなく風魔法を撃ち込むつもりである。真っ直ぐ後方に逃げてくれるなら魔法の良い的だ。だがそうはならなかった。
最初の炎の槍で受けたダメージが効いているようで巨大蛇は大輝の姿を追いきれない。大輝が左右にステップを繰り返すのに合わせて宙に浮いた頭を左右に向けるのだが、そのたびに苦悶の吐息が漏れている。そして双方の距離が10メートルを切ったタイミングで大輝が4つの炎の短槍を時間差で射出した。1本目は巨大蛇の顔の左上を狙う。それを右下に向かって回避する巨大蛇の行動を先読みした大輝が2本目を右下へ放つ。慌てて姿勢を左下に向ける巨大蛇だが当然そこには第3の槍が飛来しており、右上方へと回避しようとする巨大蛇だったが僅かに掠って表皮に傷がつく。そして回避先の右上に飛んで来る第4の槍。だが、さすがに予測していたのか、それとも第3の槍で傷を負ったためなのか、理由はわからないが巨大蛇は右上に顔を移動させるの止め、大輝が炎の槍を射出する前の元の位置へと顔を戻していた。
ザザッシュ!
巨大蛇の上唇の上に存在する1対の黒点を2本の小剣が捉えていた。まるで最初からこの場所に的があったのではないかと思わせる程の動きで大輝が突っ込んできていたのだ。そして見事に2本の小剣をピット器官に突き立てていた。おそらく赤外線センサーを破壊出来たはずだが、念を入れて纏わせている風魔法を一瞬だけ強化して内部の破壊を確固たるものとする。そしてその威力に乗じて剣を引き抜いてその場を離れる。視力の大半を失っている巨大蛇が万が一にも暴走したら危険だからだ。
「やっぱりこいつもか・・・」
蜿蜒長蛇を文字通り体現している巨大蛇の姿があった。大輝が道中でピット器官を破壊した巨大蛇も、そして右陣で破壊した3体の巨大蛇もそうだったが、ピット器官を失った直後にクネクネウネウネと長い胴体をその場で動かし続ける姿があったのだ。
(ピット器官は赤外線センサーとしての役割しかないはずだけど・・・)
生物学者でない大輝には理由が思い浮かばなかった。だが、これで担当個体を無力化したことに変わりない。それを確信した大輝は周囲の戦況を確認すべく視線を巡らす。
「やるじゃないか。」
右陣は1対多数であり、数にモノをいわせてすでに撃破しており、負傷者の手当てに入っている。ヴァルター隊とローラント隊もピット器官の破壊に成功したようで2体の蜿蜒長蛇する巨大蛇を見張る者を残して唯一苦戦するゲオルク隊の援護に向かっている。この分であればすぐに無力化できるだろう。
「となれば残るは最大個体だな・・・」




