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レゾナンス   作者: AQUINAS
第三章 ハンザ王国~政争~
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第九十五話 大輝対巨大蛇

 アメイジア新暦746年3月26日、フォルカー湿原を西から東へと一直線に中央部へ向けて走る者がいた。一般常識でいえば無謀ともいえる単独での湿原横断を敢行しているのは大輝である。しかもゲオルクたちが無数に存在する蛇行する小川や沼地を避けて行軍していたのとは違い、文字通り一直線に湿原を突き進んでいた。底なし沼と化している沼地や小川を無理やり突破しているのは焦りが原因である。


「くそっ!さすがにスピードががた落ちだ。」


 大輝が悪態を吐くが、スピードが落ちるだけで済んでいること自体が異質であった。川幅数メートルの小川は脚力強化で飛び越えれば済むとしても沼地は走り抜けることはおろか歩くことすら困難なのが普通だ。だが、大輝は器用にも足の裏から魔力操作を発動して瞬時に接地面だけを固形化させて走破していた。とはいえ着地した瞬間は大輝の全体重が掛かる為に数センチ沈み込むことになるし、次の足を前に出す時には地面を蹴ることになりさらに沈殿する。体力、魔力ともにかなりのコストを払っての行軍であっても大輝の最大速度の半分にも満たないスピードでしか進むことは出来なかった。


「こんなことになるなら夜中に街を出るんだった。強欲ギルバートとあのバカ名誉子爵のせいで・・・」


 大輝の悪態は続く。本来であれば証拠奪取が終わればすぐにゲオルクたちを追うつもりだったのだ。ゲオルクを死なせるつもりがないことと、仮にフォルカー湿原解放作戦が成功した場合に情報戦を仕掛けるつもりであったため、その成否をいち早く掴んでおきたかったからだ。だが、大輝の行動を阻害する者たちがいたのだ。その元凶はもちろん魔道具ギルドの長ギルバートとホーグ・ベルナー名誉子爵だ。


「読み違えたオレも迂闊だったけど・・・」


 大輝はホーグ・ベルナー名誉子爵の屋敷に潜入した際、ギルバートとホーグの密談を聞いている。そしてホーグがギルバートの要望を受け入れて魔道具に関する情報提供の義務化を実施することを知っていたのだ。だが、早くともゲオルクたちフォルカー湿原解放作戦参加組がギーセンの街に帰還してから実行されるだろうと予測していたのだ。領内に触れを出すにしても根回しが必要だろうし、反発が予想されることからベルナー家の私兵ともいえる商会警備部門の人間たちが帰還するのを待つと思ったのだ。 

 

「日本と違って権力者はやりたい放題ってわけけか。」


 実際は日本の権力者たちが強権を発動するケースはある。それは身を持って体験している大輝であるが、少なくとも政治に関しては十分な根回しを行ってから実行するのが常識だったのだ。だが、この世界では特権階級である王族や貴族たちの権勢はその比ではないらしい。一地方であり領主たるヘッセン侯爵が不在で監察役であるフュルト家当主は軟禁中、当のホーグ・ベルナー名誉子爵は尻に火が着いた状態という様々な要素が絡み合った今回はごく短期間で情報提供義務化が告知されたのだ。


 大輝はギーセンの街を出ようと守衛のいる城門に足を向けた際に見せられた告知文の冒頭部を苦い顔をしながら思い出す。


『告 魔道具に関するいかなる情報も魔道具ギルドに報告すべし』


 その後には魔道具発祥の国として魔道具技術向上のためだとか、領民の生活向上のためだとかの制定理由がつらつらと述べられており、例外規定として特権階級である王侯貴族や騎士団所属の者および魔道具ギルド所属員は除くと締めくくられていた。


 そして大輝は守衛に足止めされたのだ。  


「無駄な1日だった・・・」


 思い返しても腹の立つ出来事だった。警備隊の末端の若者たちに罪はないとはいえ丸1日潰されたことでつい威圧してしまったのはやりすぎだったかもしれないと思う大輝だったが、時間を惜しんでいたのは確かなのだ。しかも最後までギルバートは表に出て来なかったのだ。それも許せない。


 実際は大輝が公爵家とのつながりを示す家紋入り短剣を懐に手を入れて虚空(アーカーシャ)から取り出してちらつかせたり、冒険者ギルドとのいざこざによって滅びた国の話をしたりと散々に脅したために出るに出られなかったのだが・・・。


 結局は丸1日城門の詰所で問答を繰り返した後で解放されたのだが、その日の城門通過は認められなかった。解放された時には太陽は西に沈んでおり、通行許可を得る前に城門が閉ざされていたのだ。


「ゲオルクたちに追いつくのは難しいか。」


 ゲオルクたちが順調にいっていれば一昨日の24日に湿原中央部へ到達しているはずなのだ。だが中央部の沼地に到着してもすぐに最大個体と遭遇するとは限らないし、荷馬車を曳いているために行軍に手間取っている可能性もある。そして大輝もすでに2戦しているが、生命力の高い巨大蛇との戦闘は弱点を突かなければ長期戦になることが予想される。


「可能性はあるはず。それに結果は知っておかなければならない。」


 弱点を突くとはいっても一撃必殺で倒せる急所があるわけではないのだ。巨大蛇を討ち取る事を目的としたゲオルクたちは討伐証明として魔石を採取するはずであり、2戦目の途中で気付いた弱点を攻撃して無力化し、そのまま放置するという大輝の戦術を彼らが採用する可能性は低いのだ。そしてもし最大個体との戦闘を見届けられなくとも結果さえわかれば即ギーセンの街に引き返せばよい。討伐に成功していれば街で『魔職の匠』の秘密工房発見の知らせを冒険者ギルドに届け、証拠となる魔道具を見せるのだ。最大個体撃破だけではフォルカー湿原の完全開放とまで主張出来ないベルナー家の戦果よりよほど大きな話題になるはずだから。

  

「っち!また来たか。」


 大輝の気配察知に反応があった。巨大蛇であることは間違いない。なぜならその反応は水中から来ているからであり、すでに2戦している相手でもあるからだ。


「もう奇襲が通用するとは思うなよっ!」


 大輝は巨大蛇との初遭遇で奇襲を許していた。理由は気配察知に頼り過ぎていたというか過信しすぎていたからだ。気配察知は魔力を拡散してその反応から相手の所在を割り出すものである。そして魔力は意識しない限りは物質を透過しない。つまり水中に潜む相手を見逃してしまったのだ。当然ながら現状の大輝は反省を活かして半径50メートル程ではあるが水中にも探査範囲を広げている。その分消費魔力は増えるがCランク魔獣の奇襲を受けるよりはマシである。そしてその慎重さが吉と出た。


「そこだっ!」


 大輝は右前方30メートルの小川目掛けて火魔法を無詠唱で放つ。某国民的RPGで単体の敵に炎の塊を撃ちつける中級魔法である。ゲーム的にはダメージ80前後といったところだ。

  

 ゴォォオオ


 轟音とともにバスケットボール大の炎の塊が水面に着弾して爆発を起こす。火魔法への耐性が低い巨大蛇には抜群の効果があったようで理性を失った巨大蛇が身を潜めるのやめて大輝へと一直線に向かって来る。


「よし、釣れたな。」


 大輝はすぐに追撃を行うのではなく戦闘に適した場所へと誘導を開始する。いくら大輝といえども足元が泥では不覚を取る可能性があるのだ。比較的安定した大地の上で戦おうとするのは当然である。もっとも、安定した大地が連続していればさっさと逃亡したいのが本音である。硬い大地であれば大輝の方が圧倒的にスピードが速いのだが、水中や泥の上では巨大蛇の移動速度の方が早く逃げきれないのだ。大輝でさえスピードで負けるフィールドというのがこのフォルカー湿原の厄介さであり、商隊や旅人が迂回せざるを得ない理由であり、また、騎士団が敗北を喫した理由である。


「間に合った!」


 理性を失った巨大蛇は腹筋を使った直進で大輝を追っていた。本来であれば胴体をクネらせた蛇行の方がスピードが出るのだ。そのおかげで大輝は足場のしっかりした大地まで巨大蛇に追いつかれることなく移動することに成功していた。目論見通りである。


「時間と魔力が勿体ないからさっさと追えないようにしてやる。」


 大輝は初遭遇の際に巨大蛇の息の根を止めるのに30分近く掛かった。奇襲を許して最初に守勢に回らざるを得なかったことも一因だが、やはり最大の原因は巨大蛇の生命力の高さだった。右の攻撃用の小剣に風魔法で切れ味を強化し、左の防御用の小剣に火魔法を纏わせたスタイルで迎撃したのだが、表皮を貫くのに苦労した上、いくら傷つけても一向に弱らなかったのだ。最終的には多少の被弾は覚悟の上で巨大蛇の噛みつき攻撃を誘導して大きく開いた口内に炎の塊をぶち込んで終わらせた。だが、それでは時間もかかるし魔力の消費も激しい。


 2戦目は気配察知を工夫したために奇襲こそ許さなかったがやはりその生命力に長期戦を強いられた。だが大輝はただでは転ばない。20分が経過した頃に弱点を発見したのだ。それは日本にいた頃の知識を持ち前の記憶力で引き出した上で実践した結果だ。そして今回は最初からそれを狙って短時間でこの場を離脱するつもりだ。


「正面に立たないといけないのが厄介だけど・・・上手くいけば2合で終わる・・・」 


 呟きながら大輝は小剣を構える。対する巨大蛇は獲物が逃げるのをやめたと見て顔を持ち上げて口を開き威嚇の構えを取っている。口内からは舌がチロチロと出入りを繰り返し食事を待ちわびているかのようである。


「喰われてやる気はサラサラないけどな。」


 大輝の言葉を理解しているわけではないだろうが、巨大蛇はカッと口を一際大きく開けたかと思うと一直線に噛みつきに掛かった。巨大蛇はもっともオーソドックスな捕食方法を選んだようだ。上顎にある2本の毒牙で噛みつき相手をマヒ状態にした上で長い胴体で巻きついて窒息させてから喰らうのだ。


「そう来ると思ったよっ!」


 予想通りとばかりに叫ぶ大輝は巨大蛇をぎりぎりまで引きつける。すでに脚力強化は準備万端であり、片足だけでも一瞬で飛び去ることは出来るのだが、狙いはカウンターである。弱点が自ら迫ってくれているこの状況を見逃すつもりはなかった。


「っふん!」


 自分と魔獣である巨大蛇しかいないこの戦場でカッコイイ気合の声を出す必要はない。力を籠める為に息を止めるに任せた声が漏れただけだ。


 気合の声とともに大輝が半身に構えた後ろ足に当たる右足に力を籠めて左前方へと向かって跳躍する。直線で向かって来る巨大蛇の顔とぎりぎりすれ違う位置である。そしてすれ違いざまに大きく開いた口の上唇の僅か上に2つある黒点のうち左の黒点へと風魔法で強化された小剣を突き刺す。


 キシィィィ~!


 巨大蛇の悲鳴なのか不快な音声が湿原に響く。大輝はというと突き刺した小剣を支点として空中で回転して巨大蛇の頭の上に乗っていた。そして巨大蛇が苦悶の悲鳴を上げている間に小剣を引き抜いて急いで距離を取る。下手に接触していると強引に振り飛ばされる可能性があるのだ。


「まず1つ・・・」


 大輝が狙っているのはピット器官だ。この巨大蛇は唇の上部に1対のピット器官を有している。鱗と鱗の間にある黒点がそれであり、人間でいえば鼻の孔のように見える位置である。このピット器官は退化した目の代わりとなるものであり、赤外線によって相手の温度を計っているのだ。いわゆるサーモグラフィである。2戦目でこの黒点に気付いた大輝が1対を潰したところ、巨大蛇は完全に大輝を見失った。どうやら大輝の知っている以上にこの巨大蛇の目は退化が進んでいるようで殆ど見えていないようであった。しかもピット器官は鱗と鱗の間にあり、硬い表皮に守られていないのだ。ピンポイントで攻撃しなければならないという難しさはあるが、1対を破壊出来ればそれで勝負ありだ。魔石を欲する場合はその後も削り続けなければならないが大輝は時間や魔力の方が大切であり、いずれ餓死するであろうことから放置の一択なのだ。


「あんまり暴れてくれるなよ。」


 片方の目を失ったも同然の巨大蛇は視野が大きく制限されているのだろう。頭を左右に振って大輝を探しているかのようだ。だが、この状態は大輝にとって好ましくはない。狙いどころであるピット器官は顔にあり、ちょこまかと顔を振っていられると狙いが定まらないのだ。


「仕方ない。あまり魔力を消費したくはなけど・・・」


 自然回復量を超えて魔力を消費しながら疾走していた大輝は残量を気にしつつも短期決戦の方針は変えない。なぜならこれから実行する火魔法の消費魔力はそれほど多くないからだ。


「炎身!」


 どこかのヒーローアニメのようなキー詠唱とポーズを実行する大輝。これは余裕があるからでもふざけている訳でもない。ノルトの街のアッシュ公主催パーティーで行われた余興試合でヒントを得たれっきとした魔力節約方法である。あの時の大輝は余興らしさを出すためにキー詠唱を唱えたのだが、その時と比べて王領で請われて渋々無言で鳳凰を模った時の魔力消費量が多かったのに気付いたのだ。つまり具体的なイメージやその成立過程について知識を有しているほど魔力消費量が減らせると同時に、不要なキー詠唱であっても唱える方が魔力節約になるのだ。今回はかなり強引だがこじ付けでイメージを具体化し、かつ詠唱を定めて魔力節約を図ったのである。そしてその効果はあった。


「松明から拝借したわけじゃないけどやっぱり消費量は低いな・・・」 


 大輝は自分の前に作り出した等身大の人型炎を見て呟いた。余興試合で見せたような細部に凝ったものではなく、なんとなく自分サイズにしただけの炎である。そしてその温度は体温と同じ36度程にしてある。巨大蛇がサーモグラフィで認識しているのであれば十分誤魔化せると見込んだ策である。しかも2つのうち1つのピット器官は破壊済みであり認識力は低下しているのだ。


「囮はこの程度で十分だろう。」


 大輝は満足すると今度は自らの身体を水魔法で覆っていく。数秒後、見た目は水の鎧を着たかのような大輝の姿があった。対巨大蛇用ステルス鎧である。相手が温度で認識しているのであればそれを遮断すればいいのだ。水の温度は体感温度である15度よりも少し低くしてある。大輝の体温が伝わるのを計算に入れた設定だ。


「準備万端。これが通用すれば今後はもっと楽になるな。」


 今後も遭遇戦となる機会はあるだろうと試せることは試すつもりの大輝。そして今回の実験は成功だった。大輝の魔力操作によってまるで走っているかのような人型炎が巨大蛇に突撃すると見事に反応した巨大蛇。そこに水のステルス鎧を纏った大輝が近づいても一切反応がなく、人型炎を喰らおう頭から突っ込んできた巨大蛇の残りのピット器官を見事に破壊した。


「我ながら完璧すぎて怖い・・・」


 あまりにもあっさりと成功したことに呆ける大輝。一方、完全に感知器官を破壊された巨大蛇は前後不覚に陥っており、その巨体をクネらせ続けている。いつか絡まるんじゃないかと心配になるほどであった。だが大輝の選択肢は放置一択のままであった。いくら水のステルス鎧があっても表皮を貫いて息の根を止めるのは一苦労だし、口内に火魔法をぶち込むのにも魔力を消費するのだ。水のステルス鎧だってコストはゼロではない。魔力温存のためにすぐさま魔法を解除して体内循環型の身体強化に切り替える大輝。


「初戦よりもかなり時間短縮出来たけど先を急がないと。」


 方角を確認して中央部である西へ向かって走り出した大輝は夕闇迫る3時間後にゲオルクたちを目撃することになる。 

 

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