第十話 見学という名の偵察
異世界75日目。大輝は1か月に渡っての基礎訓練を終えた。事前に師匠と相談しておいたプログラム通りに進めることができたのだ。しかし、やっていた内容は非常に地味だった。なにせ、全て与えられていた室内で出来るくらいだ。
最初の10日間はひたすら自分の身体の中に存在する魔力を知覚し、体内を循環させる。ただそれだけだった。血管と血液をイメージして、一切の引っ掛かりが無く循環できるようにする訓練だ。これができるようになると、身体強化効力が得られる。アメイジアで最もポピュラーな魔力の使い方だ。
次の10日間は、循環させた魔力を特定の部位、手、足、頭へ、慣れたらさらに細かく指先や急所などへ一瞬で魔力を集められるようにする訓練だ。攻撃された際の防御のため、攻撃する際に威力を増大するため、そして魔法発動速度を上げるためである。
最後の10日間は魔法操作の訓練を行った。用意したのは火を灯したロウソク、コップに入れた水、皿に載せた土。これらを魔力を使って対象を自由自在に動かす訓練だ。ロウソクの火を操作して輪っかを作ったり、フェニックスを模した火の鳥を飛ばしたり、コップの水を噴水のように吹き上げたり、龍を模した水龍を躍らせたり、室内の空気を使ってベットの下の埃を集めて掃除したり、階下の音を拾って迎賓館内の噂話を聞いたり、皿の土でゴーレムもどきの人形を作ったり、固めて岩にして強度を確かめたり、と、まあ、色々試していた。
ここまで行った3つの訓練は今後も継続的に行うつもりだった。やればやるだけ効率的な魔力使用ができるようになる。いわば基礎中の基礎だからだ。
残り15日、あまり時間は残っていないが、これまで自粛してきた騎士団や魔法隊の訓練見学を申し込んで自分との差を見極めるつもりだった。本当は実際に剣や魔法を使った実戦訓練をやるべきなのはわかっていたが、大輝には自分の手札を見せるつもりはなかったのであくまで見学希望である。ただ、これまで練兵場に誘われることもなく、自ら迎賓館を出ることもしてこなかったため、どうやって切り出そうか悩むはめになっていた。カンナとのお茶会や資料館に通う以外は完全な引きこもりだったのがアダになっていたのだが、チャンスは意外と早くきた。
迎賓館での生活は最初の1か月で午前中の7人合同勉強会は終了して各自自由に行動していた。そのため、侑斗たちは4人組で、兄弟は2人組でそれぞれ動いており、大輝は完全にぼっちであり、顔を合わせるのは朝・夕の食事のみという関係になっていた。しかも、侑斗たちは騎士や魔法士に夕食に招待されることも多く、兄弟も最近は香水の匂いを付けて朝帰りしてくることが多かったため、迎賓館の広い食堂で大輝1人というのも珍しくなかった。もちろんアンナ第一皇女とフィル宰相の手回しである。ともあれ、約束の期日まで2週間となった異世界76日目は珍しく全員揃った夕食となっていた。そして食事が終わろうという頃。
「ちょっと聞いてくれ。」
普段は滅多に兄弟や大輝に話しかけない侑斗が全員に向かって声を掛けた。
「この迎賓館での生活が約束されているのは残り2週間だ。そろそろ自分たちの進むべき道を決めないといけない頃だと思う。」
非常に立派な優等生的発言だった。その迎賓館での生活が大輝によって確保されたものでなければ。
「オレたちは召喚されてこの地に来た。アンナ様の話だと、あの召喚魔術は魔法陣が失われて200年以上経っていたらしい。しかも、オレたちの召喚魔術が完成した後に魔法陣が欠けてもう修復不可能らしいんだ。そうなると、この世界にいる日本人はオレたち7人だけってことになる。」
(自称神の遣いが頑張って召喚陣壊したんだな。どうせなら魔術実行前に壊してくれてればいいのに。)
「地球と違って凶暴な魔獣のいるこの世界で生きるのは大変だろうけど、できれば同じ日本人として全員無事に生活して欲しいと思っているんだ。それで、できればみんなが今後どうするつもりなのかを聞いてみたい。ちなみにオレたちはだいたい決めている。」
ここまで言って侑斗が拓海に視線を送る。
「オレと侑斗は騎士団に入ろうと思う。これまでも騎士団の訓練に参加してきて、この前は魔獣討伐にも同行してきた。幸い、オレと侑斗には騎士への適正があるそうだ。召喚されたことに思うところがないわけじゃないが、今日まで良くしてもらっているし、騎士になる。」
「私と七海は魔法隊に入るつもり。」
「はい。そのつもりです。」
志帆と七海が拓海に続けてハルガダ帝国軍への加入を宣言する。先に自分たちの行き先を宣言することで大輝にも話させようという方針なのだろう。それに乗っかってか、兄弟も自身の身の振り方を話す。
「オレたちも軍関連だな。騎士や魔法士じゃないが。」
「異世界人に力があるってのはホントみたいだから軍に居る方が都合いいだろ。」
残りは1人。その1人に全員の視線が集まるが、大輝はどう返答するか迷っていた。答えは初日から決まっているのだが、ここで話すデメリットを考えると迂闊に答えられなかったのだ。
帝国は思ったよりも慎重で、初日のやり取りで大輝を警戒していた。それを大輝も十分に感じ取っていたのだ。となれば、他の6人が帝国側につくことを決めている以上、大輝が帝国に仕官しないと宣言すると暗殺される可能性があると思っていた。兄弟はともかく、高校生であった侑斗たちが暗殺に手を貸すとは考えにくいが、帝国が強硬手段に打って出ない保障がなかったのだ。悩んだ末、
「オレはまだどうするか決めてないかな。」
あいまいに濁すことにした。すでに6人は帝国に仕官すると言っているし、なにより天井裏に誰かいるし、廊下へ繫がる扉の外からは微かに魔力を感じる。
(上は諜報員とかそんな感じかな。扉の外は侑斗あたりに付いてる魔法士が風魔法で盗聴ってとこか。)
「もう2週間しか時間ないのよ?」
呆れました。という口調で志帆がジト目だ。
「そうだぞ大輝。おまえ、最近は迎賓館の外にすら出てないらしいじゃないか。そんなんじゃ生きていけないぞ!」
侑斗は大輝が本来10歳年上だということは忘れたらしい。まあ、認証プレートに17歳と出ているのでこの世界では同い年と言えるかのだが。ちなみに、兄弟は二人そろって21歳に、大輝を加えた高校生組が17歳になっていた。これが全盛期の肉体だということなのだろう。
ここでようやく聞き耳を立てている外部に意識が行っていた大輝の頭が回りだす。
(上手くすれば訓練を見学したり、街を下見できるかもしれない。)
「確かにそうだね。今更だけど考えなきゃだね。二郎さんのいうように力があるなら軍関係っていうのもいい考えかもしれないし、冒険者もありかもしれない。もしくは街に出て色々見て自分に合うものを探してみるのもいいかもしれないね。残り時間は少ないけど、あちこち見学してみようと思うんだけど、なんかお勧めあったら教えてもらえると助かるな。」
「ホントに今更だよ。まあいいや。騎士団の方はオレらの訓練に付いてこいよ。魔法隊も見るなら志帆と七海に付いていけばいいだろ。街は護衛の人に自分で話通してやれよ?そこまでは面倒みれないからな。」
「助かるよ。」
大輝は侑斗の上から目線のセリフは全く気にならなかった。有難いとしか思わなかった。こうしてハルガダ帝国の実力を見る機会を得られることになった。
翌日、朝食後すぐに侑斗と拓海に連れられた大輝は練兵場にいた。
「ネーブル団長、おはようございます。今日はこいつを見学させたいのですがよろしいでしょうか?」
魔獣討伐任務でお世話になった第3騎士団長ネーブルに声を掛ける侑斗。
「構わんが見学だけでいいのか? 体験してもらった方がいいのではないか?」
出来る限り手札を隠したい大輝にとっては有難くないお誘いだった。歴戦の騎士相手に手を抜いてはバレるだろうし、見学に徹するための言い訳を紡ぐ。
「有難いお話ですが、遠慮させていただきます。私がダラダラしすぎたせいで2週間以内に進路を決めないと行けなくなってしまってまして、初参加の訓練で身体が動かなくなっては困るんです。それに午後は魔法隊の訓練の見学もありますので、今日はあくまで見学とさせていただければ助かります。」
出来るだけ卑屈になって辞退する大輝。それを見てそんな軟弱なやつは騎士隊にいらん!といわんばかりの視線を向けるネーブル団長。それでも大輝への対応方針を思い出して見学の許可を出す。
「そういうことなら見学するのがよかろう。」
練兵場の見学席を示し、そこでおとなしくしているように指示され、それに従う大輝。
訓練が始まり、見学席から見ていた大輝は自分の迂闊さと解析スキルの使えなさに舌打ちしていた。
解析スキル。視線に魔力を通すことによって対象者の認証プレートに表れるものを見るスキルである。
大輝はこのスキルで騎士たちのスキルを確認するつもりだったのだが、出来なかったのだ。このスキルは騎士や冒険者等の戦闘職や商人など相手を見極めることが重要な職についている場合に取得できるケースが多い。つまり、比較的ポピュラーなスキルである。当然それを防ぐための対策も練られており、スキルの重要性を理解している者は出来る限り実行する。騎士がその例外であるはずはなく対策済だった。
その対策とは解析スキル持ちの魔力を自分に通させないことである。魔力同士が反発する性質を利用して自分の身体を魔力で覆ってしまえば良いのだ。熟練者ともなれば睡眠中も薄く魔力を纏っているらしい。
(しっかり検証したつもりでも全然スキルを理解してなかったな。アメイジアの常識を舐めてたわ。)
結果、大輝は自分の目で騎士の力量を見極めなければならなかった。
大輝の目から見て騎士や侑斗たちの動き自体はそれほど脅威とは感じなかった。修行中の師匠や魔獣の方が何倍も手強かったと思った。しかし、解析スキルで自分の経験値不足を痛感していた大輝は考えをあらためる。どこに落とし穴があるかわからないのだ。慎重になって当然だった。
(慢心、ダメ、ぜったい・・・)
午後の魔法隊の訓練でも当然解析スキルは使えなかった。それでも見学した収穫はあった。
帝国の魔法隊が優秀であれば、という条件は付くが、1対1であれば大輝にとって魔法攻撃はそれ程脅威でないことがわかったからだ。それは、魔法士たちの魔法発動が思ったより遅いことと、バリエーションが少ないことだ。後者は今後志帆と七海次第では改善される可能性はあるが、前者は難しいだろう。
通常、魔法発動プロセスは簡単である。術者が引き起こしたい現象をイメージし、それに必要な魔力を放出する。ただし、現象を確定させる言葉が必要になる。所謂呪文という奴だ。ただし、決まった呪文である必要はなく、術者のイメージに最も沿った呪文が必要となるのだ。これが曲者なのだ。極端な話、「火球」だけでも発動する術者がいれば、「我が心の内に潜む紅蓮の炎よ、忌まわしき怨敵を滅したまえ」と唱えなければ発動しない術者もいるということになる。そして、帝国軍魔法隊は威力の高い魔法程呪文が長い。牽制程度の火球で2小節、大威力だと8小節くらいのイメージだろうか。その点、高校生組は全員が某RPG準拠のようで比較的短い。大輝の場合は世代の差なのか、10作以上続いている某国民的RPGゲームの3作目準拠なので全て単語1つで発動する。自爆呪文だけは発動しないことを願うしかない。
後者のバリエーションの差も簡単である。教育を受け、テレビ、雑誌、ゲームと使える知識が豊富にある日本人とアメイジア人との差である。引き起こしたい現象のイメージについてある程度原理を理解していないと魔法発動に至らないので、志帆と七海の教育次第では向上の余地があるのだ。
そのような理由で魔法戦においては有利な立場にある大輝だったが、やはり絶対勝てるとはいえない。
例えば、魔法の派生として魔術というのがある。魔法とは自身の魔力を使って現象を起こすこと。魔術とは召喚魔術のように魔法陣等の道具を用いて現象を起こすことである。この魔道具についての知識が乏しいのだ。魔法陣等を利用して魔力を流すだけで発動する魔道具にどんな種類があるかも把握していないため、それを使う相手と敵対したときの脅威度は高いだろう。
また、魔法は無から有を生み出すこともできるが消費魔力が大きくなる。例えば、全力で火の矢を10回撃てる魔法士が松明を手に持ってその火を利用すれば20回以上撃てるようになる。しかし、大輝が知らない知識にはこれ以外にも効率的な運用方法があるかもしれない。
もちろん大輝も対策を考え調べようとはしたのだ。しかし宮殿の資料館でも調べられなかった。また、魔法戦においては地形や準備、状況の見極め等経験しないとわからないことが多くあるだろう。
大輝は見学中にこうして色々と問題点を検証していたがやはり結論は、
(慢心、ダメ、絶対・・・)




