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祓い屋  作者: 近野梨華
第1章 夢魔
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夢魔 1

「おい、俺のケーキどこに置いたんだよ!」


「朝っぱらからうるさい! ケーキくらい自分で探してよ!」


 時刻は午前五時。うちがマンションなら隣の家から苦情が来ている。


「いいや、俺の予想では万白、お前が食べたことになってるんだ。だから早く白状しろ!」


「だったら置いた場所を聞くの間違ってるじゃん! 初めからそう聞きなさいっつうの!」


「やっぱ食べたのか!」


「食べてないし! いい、私は今絶賛ダイエット中なの!」


 あいつ言う事に律儀に全て言い返していると、廊下の奥から凄まじい勢いで足音が近づいてきた。


「朝っぱらから何を騒いどるんじゃボケナスどもが!」


「「騒いでない!」」


 二人そろって反撃をするも、私の祖父に叱られるはめになってしまった。


 一週間前までの我が家はとても静かだったのだ。そう、夏休み終わった始業式の日までは。

 どうしてこんなにうるさい家になってしまったのだろうか――



   ***



 夏休み明けの最初の学校。クラスは、夏休み中にどこに行ってきて何を買ったのという話題で盛り上がっているが、私にそんな思い出はない。親の仕事の都合上そんなに遠くに行ったりすることは出来ないからだ。

 だから私にとって周りのその話題は雑音でしかない。


 しかも今日の朝は、夏休み中についた寝坊癖が抜けず、あと五分遅かったら遅刻という超ぎりぎりの時間に起こされたのだ。始業式の日くらい起こしてくれてもいいとは思うのだが、そこで起こさないのが私の親だ。


「学校に来て早々、何重たい空気背負っちゃってるわけ?」


 小学校の頃からの親友、間宮月菜だ。『月菜』は古代ローマの月の女神から付けたらしいが、名前負けしないほどの美人だ。嫉妬するのもおこがましいとはこのことだ。


「そんなにドンよりしてたら幸せも逃げるわよ。まあ、あんたの幸せなんてどうでもいいけど」


 毒舌なのが玉に傷だが。


「まああんたの事なんて本当はどうでもいんだけど――万白、聞いた?」


 さらっと酷いことを言われたが聞かなかったことにし、突然の質問に私は眉をひそめた。


「その顔は……また立ちながら寝てたでしょう。この話題についていけないってことは始業式まるまる寝てたってことよ」


 ということは始業式で何かの発表があったわけだ。確かに周りが休み明けとは違うテンションで話しをしているのが分かる。何かあったのかと聞こうとしたタイミングで先生が教室に入ってきてしまった。


「いつまで夏休み気分でいるつもりだ! 早く席に着け」


 そう言って一瞬でクラス全員を黙らせたのはクラスの担任教師、種子島赤男だ。通称『鬼が島の赤鬼』で、怒ると顔が真っ赤になり、桃太郎に出てくる赤鬼にそっくりになることからそう呼ばれている。


 終礼は特に問題なく終わり、各自家に帰ることになった。


 のだが、


「何であんなに人が沢山いるのよ!」


「あら万白。遅かったじゃない」


 下駄箱に着くと月菜はすでに待っていた。


「……同じクラスなんだから一緒に行ってもいいと思わない?」


 下駄箱で靴を上履きから靴に履きかえながら文句を言う。


「別にいいじゃない。密閉された空間って苦手なのよ。出来るだけ外にいたいの。解放された場所って良くないかしら?」


 こんなにクサい台詞を吐いているのに全く痛くない。美人は人生得していると心の底から思った今日このごろ。


 靴をきちんと履けたので歩き出す。


 そんなことより。


「ねえ、どうして隣のクラスにあんなに人がいたの? 人を押しのけてやっとのことで下駄箱に着いたのよ!」


 月菜の肩をばしばし叩きながら愚痴をこぼすと、


「隣のクラスに転校生が来たのよ。しかも超絶イケメン」


 言われることが分かっていたかのように返事をしてきた。


「名前は神代暁人。始業式で寝ているからそんなことになるのよ」


 しかも半分以上呆れ気味だ。


「しょうがないじゃない! 眠かったんだから!」


「あんたいつもそうよね~。毎日毎日なにを遅くまでやってるのよ」


 月菜の言葉に思わず立ち止まる。が、不自然にならないように躓いたふりをしてまた歩き出した。


「ネットゲームしてたから、寝るの遅くなってるだけ」


「毎日やってるの? ゲーム」


「う、うん」


 その場を何とかごまかし、他愛もない話しをしながら歩いていると月菜の家に着いた。


 高校から月菜の家までは1キロ弱。私の家はそこからさらに十五分ほどかかる。ここまでで30分ほど歩いてるが、話しながらだと時間が速く感じる。


 月菜と簡単に別れを告げ、家に入ったのを見届けてから自分の家へと向かおうとすると、


「お前、浅葱か?」


 誰かに話しかけられた。振り返ってみるがそこには誰もいない。


 ――確かに話しかけられたはずなのに。


 何もない空間をしばらく見つめ、何もないと判断すると再び歩き始めた。


「……お前、本当に浅葱なのか?」


 また声がした。


 ちょっと警戒を強めると、誰もいなかったはずの空間にだんだん人の姿が見えるようになってきた。


「質問に答えろ。お前は浅葱家の人間か?」


 突っ込みどころが満載過ぎて何を言えば良いのか分からなかったので、とりあえず文句を言うことにした。


「初対面の人に対して名前を尋ねて、答えてくれると思ってるわけ?」


 はっきり見えるようになった男は、私が通っている新城高校の制服を着ていた。髪を茶色に染めてはいるが清潔感がある。どんな服を着ても似合いそうな感じだ。これが俗にいうイケメンだろう。しかし、私は結構顔が広い方だがこの男子生徒を見たことがない。


 これは、もしかして――


「悪かった。今日から新城高校に転校してきた神代暁人だ。わけあって浅葱家を探しているんだがこっちでいいのか?」


「やっぱりそうだ……」


「は?」


 神代とやらに怪訝な顔をされ、はっと正気に戻った。


「やっぱりって、何が?」


「いや……こっちの話し。それより、どうして私が浅葱だと? 一緒にいた友達も、私の事は名前でしか呼んでなかったはずだけど……」


「それは簡単だ。お前の父親から名前を聞いていたんだ」


「お父さんから?」


 そういえば今朝、しばらくの間人を預かることになったってお父さんが言っていたような気がする。寝坊してあまりにも忙しかったから適当に聞き流してしまったのだ。


 というか、そういうことはもっと早くに言っておくべきではないのだろうか。


「お前が浅葱に間違いないんだな」


 心の中で父親に対して愚痴をこぼしていると、神代が確認をするかのように私に聞いてきた。


「その通りよ。私が浅葱万白」


 一度思考を中断させて神代に向き直る。制服を着ているのに袴を着ているような動作をしてしまい、神代に笑われた。


「ついてきて。案内するわ」


 私は何事もなかったかのようにくるっと家の方を向くと、歩き出した。


「ああ、俺の事は暁人でいいからな。間違っても苗字で呼んだりするなよ」


「いいけど……自分の名字なのに、呼ばれるのがいやなの?」


「俺の名字、いかにも由緒ある御家みたいで、なんだか恥ずかしいんだよ」


 そういった神代――暁人は本当に恥ずかしいのか少し顔が赤くなっていた。

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