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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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5.星くずと同じ

5.星くずと同じ


 視界いっぱいに真っ暗闇が広がっている。


 その紺碧の壁を隠すようにしていた厚い雲はいつしか消えていて、無数の星が散りばめられていた。

 無造作に点在しているだけなのに、それが形を作っているから不思議だなと、しみじみ思う。


 すると頭の方から自転車を止める音が聞こえてきた。



「いきなり星見ようだなんて言い出すから何事かと思えば……」



 上体を起こしてその人物を見やれば、どうやら恭介はいったん家に帰っていたみたいで、髪が若干濡れていた。

 恭介は自転車のカゴからスーパーの袋を持ち上げると、私が下に敷いている大きめのレジャーシートに腰掛けた。


「ほら、梅乃これ好きだろ?」


 そう言ってスーパーの袋の中からスパークリングワインの瓶を差し出してくれる。


「わお、さすが恭ちゃん、気が利くー!」

「つーかお前もう飲んでたのかよ。蚊取り線香まで炊いてるとかどれだけ……」

「ほら、この柔肌に虫さされの痕とか悲惨じゃない? それに缶チューハイ一缶だけだよ、飲んだうちに入んない」

「よく言うぜ」


 呆れ声を出しつつ、恭介はプシュッと小気味いい音を立ててビールを開ける。

 私も今受け取ったスパークリングワインを開けた。


「「かんぱーい」」


 コツンと缶と瓶をぶつけると、お互いに一口目を煽った。

 そして恭介が早速とばかりにスーパーで買ってきたポテチの口を開けた。



「――で? いきなり呼び出した理由は?」



 何の前触れもなく恭介は聞いてくる。

 まぁ、なんとなくそういう聞き方してくるんじゃないかと予想はしていたけど、思った以上に唐突だったので、私は言葉に詰まってしまった。



 今私たちがいるのは大学の敷地内。その中でも一番馴染みのある農学部棟の周りは少し拓けた芝生地帯があって、そこにレジャーシートを敷いて二人で座っている。

 もう夜も11時過ぎになるこの時間帯。研究で遅くまで残っている人などはちらほら構内を歩いているけれど、もうほとんど人はいない。


 そんな時間にどうしてこんなところへ恭介を呼び出したのか。

 原因はつい1時間半ほど前のことだ。


 バイトから上がった私は、図らずともお兄ちゃんから忘れていた名前を聞いてしまった。

 ――星合ほしあいすばる。私の元彼の名前。

 名前を聞くまでは、私の大学のOBがお兄ちゃんの会社の取引先だなんて偶然だねなんて一緒にご飯でも行く話をしていたのに、名前を聞いてからやっぱり無理だなんて言いづらくて、結局近々会うことになってしまったのだ。


 だけど正直、かなり複雑な心境だった。

 それはもちろん、昴さんとの間に色んなことがあったから――。


 ただでさえ、カリムやフリード達との気まずい関係に頭を悩ませているというのに、ここで忘れていた元彼がちらついてくるとか、頭がぐちゃぐちゃだ。

 そんなこんなで、まっすぐ帰るのも憚られて、気がついたらここに来ていた。

 かと言ってひとりでいたくもなかったため、こうして恭介を呼び出したのだ。


 

「なぁ、もしかして今日呼び出したのって、アレか?」


 再び恭介が問いかけてくる。


「アレ……?」

「先週の歓楽街の件、やっぱり何かあったんじゃないのか?」


 恭介は神妙な面持ちでこちらに顔を向けた。

 どうして恭介がそんな顔をするのか、詮索するような眼差しの中に申し訳なさが混ざっているような気がした。


「まぁ、何もなかったと言えば嘘にはなるけど……」

「やっぱりな。何があったんだよ」

「それは……」

「聞いてやるから言えよ」


 確かに先週の件についてはフリードと仲を悪くしたり、他のメンツとも顔を合わせられなくなったり、後を引くものが残っている。

 だけど家でのことなら第三者の恭介に聞いてもらうのが一番いいのかもしれない。

 あんまりこんなことで悩み続けたくもないし。


「先週さぁ、私も薬を飲まされてたんだよね」

「薬? お前それ無事だったのか?」

「うん。薬の効果が出たのは助かった後だったから。でね、その薬、催淫剤だったの」


 その瞬間、恭介が息を呑むのが聞こえてきた。

 同時に妙に空気が張り詰めたような気もしたのでちらりと横目で恭介を窺えば、「それで?」と少しトーンを落として先を促してきた。


「それでね、あの後えっと、寄るところがあったんだけど、そこで薬の効果が出て人襲っちゃって。それ以来、なんかその人達のこと意識してしまって気まずくなってるんだよね」


 途中で思わず「家に帰って」なんて言いそうになったけど、そんなこと言ったらおとぎメンバー達と同棲していることがバレちゃうので、そこだけはちゃんと隠せたことに内心ほっと胸を撫で下ろす。


 しかし恭介は黙ったままポテチの袋を見つめていた。


「恭介?」

「……それって男か?」


 恭介がさっきよりも低いトーンで聞いてくる。

 何か声質も硬い気がするのは気のせいか。


「しかも複数いるような言い方だな。襲うって一体何したんだ?」

「……なんか恭介、怒ってる? 気のせいだよね?」

「あぁ気のせいだ。だから言え」


 うわあぁ、なに!?

 やっぱり機嫌悪くなってるよ!?

 だけど雰囲気的に言うしかない。


「ええっと、気がついたら顔近づけてたり、暑いって言ってキャミソール姿になってたり抱きついたり」

「……他には?」

「他にはって……えっと押し倒したり相手の服脱がせにかかって……」


 私が一言言うたびに、恭介の手元にあるポテチが音を立てて潰れていく。

 えええ、なに!?

 言えと言われたから言ってるのに、やっぱりこの人今めちゃくちゃ怒ってるよ!?


「はぁ、ごめん、恭介。そりゃそうだよね、私のわがままに付き合って恭介は文字通り踏んだり蹴ったりだったのに、私は特にひどい怪我もなくそんなことしてたんだから」


 すると急にポテチが潰れる音が止まった。

 ちらりと恭介の方を見れば、恭介は頭を抱えつつはぁとため息を吐いた。


「いや、別に俺のことはどうでもいいんだよ。むしろそんなことで謝んな」

「え、でもだって、現にそれでフリードと仲悪くなっちゃったし……」


 今考えても呆れるような話だ。フリードの態度も当然のものだろう。

 あれから既に一週間以上経っているのに、やっぱり家でも学校でもフリードは私を突き放すばかりで、一向に関係は改善されなかった。最近じゃ学科の実験でも私に対してあの態度だから、学科のメンバーが妙に気を遣うようになったくらいだ。


「フリードはお前に怒ってるんじゃなくて、あれは多分、八つ当たりだ」


 恭介ははぁともう一度ため息を吐くと、ビール缶を口に付けながら話してきた。


「え? 八つ当たり……?」

「そう。俺も同じだからなんとなく分かる。あの場にいたのに俺もフリードも呆気なくやられてたからな。いかに無力だったかをあのとき思い知らされたんだ」

「無力って、だって私たちただの大学生だよ? 相手は犯罪に手を染めてた人たちだったし。あれは不可抗力、仕方なかったんだよ」

「──それが本当にただの大学生だったらな」


 恭介はそう言うとはっと口を噤んだ。

 しかし私は今、はっきりと聞いてしまった。

 今のは一体どういう意味?

 だけどそれを聞き返す前に、恭介が強引に私の頭をレジャーシートに押さえつけてきた。


「とにかく、あれを不可抗力と認めたくないのが男心ってもんなんだよっ」


 まったく、ちょうどスパークリングワインを飲み干したところだったから良かったものを、まだ残ってたら色んなところに零れてたじゃないか。

 そんな私の様子には構わず、恭介はビール缶を口にしながら続ける。


「フリードもきっと自分の無力さにやるせなさを感じて梅乃に八つ当たりしてんだよ」

「そうなの? それって、どうすればいいの?」


 すると徐に恭介が手を伸ばしてきて、私の頭をぽんぽんと叩いた。


「どうするも何も、梅乃がいつも通り接してやればいいんじゃねーの?」

「……それが出来ないから困ってるんじゃん」

「はぁ、らしくねーなぁ」


 頭をぽんぽん叩いていた手が、急にがしがしと髪をかき混ぜてきた。

 その力加減が若干強くて、頭がぐあんぐあんするほどだ。


「相手が突っぱねてこようが気まずくなろうが、お前はいつもあんまり悩まずにやりたいようにやってるじゃん。それこそお節介なくらいにさ」

「だからそこを気にして──」

「そんなの気にすんなよ。いつも通りやればいい。案外フリードも、その気まずい人たちってのも、真っ向から話せば普通かもしれないし、お前が気にしているほどじゃないかもしれないぞ」


 そう言うと、再び恭介は私の頭をぽんぽんと叩いた。

 私は少しくらくらする頭を抑えつつ、そのまま夜空を見上げた。


 確かに恭介の言うとおりかもしれない。

 先週の件ではフリードに負い目を感じているし、カリムたちとどう接したらいいのか分からない。そのどちらもを私が過剰に気にしすぎていたから、彼らとここ1週間まともに面と向かうことが出来なかった。

 ある意味それは私自身で気まずくしていたのだ。


 要は私から避けずにちゃんと向き合えばいいのだ、フリードともカリムたちとも。

 冷たくはねつけられても何度でも立ち向かって。

 下らないこと気にしていないで、いつも通りに。


 考えてみれば、私が悩んでいたのはこんなにも単純で些細なことだったんだ。

 あの夜空にかかる星屑のように。

 

「そうだね、私らしくなかった。いつも通りにすればいいんだね」


 そのままの体勢で首を少し持ち上げ言えば、恭介は何ともいえない顔で「そうだ」と頷いてきた。

 そして再び詮索するような眼差しを向けてきた。


「悩みはそれだけか?」

「う、ん。今のところは」


 本当は頭を悩ませていることがもう一件あるのだけれど、このことは恭介には言いづらい。きっとまだ隠していることは恭介にはお見通しなんだろうけど、ここは誤魔化させてもらおう。


「はぁ、やるべきこと確認したら、一気に睡魔がやってきたよー!」

「何だよそれ、相変わらず調子良いな」


 レジャーシートにごろごろしながら伸びをすると、恭介が呆れた様子でポテチの残りを口に流し込む。

 だってさっき恭介に頭揺すられたのとか絶妙な力加減の頭ぽんぽんが、いい具合に睡魔を引き寄せてくるんだもん。

 しかし起きあがる気力もない。このままだと本当に寝ちゃいそうだ。


「……なぁ」

「うん……?」

「その……さっき言ってた気まずい人たちってさ、その……」


 なんだか急に歯切れの悪い言い方だ。

 もっとシャキシャキ喋ってくれないと本当に……。


「その鎖骨の――って、おい、本当に寝たのか?」

「んあ……?」

「マジかよ……なんつーお決まりパターンなんだ」


 そんな言葉と共に強くデコピンされるのを感じたけれど、ダメだ。眠すぎる。

 聞くだけ聞いてもらって申し訳ないなとは思いつつも、私はそのまま意識を手放してしまった。


 


 

本当にお決まりパターンです笑

次話「6.募る思いを我慢して」は明日の20時更新予定です

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