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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第2章 鏡が教える真実の歌
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21.だから嫌い!

本日2話更新しています

21.だから嫌い!



「焼きそば、たこ焼き、焼きとうもろこし、ベビーカステラ……お祭りで屋台って言っても、大学祭のとはやっぱりカラーが違うんだね。何がいいかなぁ、梅ちゃんは何が食べたい?」

「……何も要らない」

「うーん。夕飯時でもあるしね、お腹にたまるものの方がいいよね」


 ハンスは私の手を取ったまま、先へ先へと自分の思うままに歩いていく。

 何が食べたいなんて聞くだけ聞いておいて、私の返事はまるっきり無視だ。


 私は深々とため息を吐いた。


「あ、あれ見て梅ちゃん」

「はぁ、なに――むぐっ!?」


 ハンスに言われて顔を上げた瞬間、何かを口に突っ込まれた。

 何これ、多分味的にたこ焼きなんだけど――。


「ちょっあふっあふっ……っ!!」

「ふふっ涙目。本当に面白い反応してくれるよね、梅ちゃんは」

ふはけんな(ふざけんな)……っ! あふあふっあふい……っ!!」


 焼きたてのたこ焼きを一気に口の中に入れられるなんてこと確か前にも一度あったけれど、本当に舌が火傷しそうな程に熱いのだ。何度も外の空気を入れながら口の中を冷ますけれど、熱すぎて結局味なんか分からない。大体ずっと片手ふさがっていたはずなのに、どの隙にたこ焼きなんて買う間があったのだろうか。

 クスクスと笑いながら眺めてくるハンスを、私は思いっきり睨み付ける。


「あんたね、やっていいことと悪いことがあるでしょ!? 何でこういうこといきなりするの!」

「梅ちゃんがずっと嫌々な雰囲気出してくるからね、ちょっと意地悪したくなった」

「そりゃあ嫌に決まってるでしょ! ってちょっと! 聞いてる?」

「聞いてるよ。それよりあれやってみたい」

「だから人の話をさあ――!!」


 ハンスは私の言うことを無視して、射的の屋台へと向かっていく。

 もう本当にこの男には言葉が通じなくて嫌になる。


「梅ちゃんも本当に頑なだよね。俺だってあんまり嫌々言われると傷付くんだけどなぁ」

「一体どの口がそれを言うの! 人の荷物勝手に取って無理矢理連れ回されたら誰だってそう思うに決まってる!」

「はぁ、仕方がない。じゃあこれで俺と勝負して勝ったら梅ちゃん解放してあげるよ」


 ハンスはそう言って、射的の銃を掲げて得意満面な表情を浮かべた。そこには私の巾着が人質とばかりにぶら下げられている。

 果たしてハンスがその約束を守ってくれるのかは怪しいのだけれど、早くこの状況から逃れるためには、勝負に乗るしかない。


 私は店先に置いてあった銃を手に取った。





 ……おかしい。


 おかしい。何かがおかしい。

 まったく勝てない……。

 射的も型どりも金魚すくいも輪投げも、何一つ勝てないなんておかしすぎる……。


 なんでたった数ヶ月前にやって来た北欧系王子相手に、生粋の日本人の私が勝てないの……?


「どれも初めてだったんだけれど、祭りの遊びってすごい簡単だね。びっくりしたよ」

「あぁそうですか……」


 涼しい顔してダーツを投げるハンスを、私は複雑な気持ちで眺める。

 思えばこの人はまがいなりにも王子。

 中身はありえないほどに最低だけれど、基本的にスペックは高いんだった。

 こんなお祭りの遊びなんてお手の物なんだろう。


 っていうか、なんだこの状況。

 結局私、ハンスのお祭り巡りに付き合っちゃってるじゃないか。

 まんまとこいつの策にはまっているし、まさに由希に言われた状況になっている。

 結局巾着も取り返せていないけれど、そろそろやめにしないと。


「さ、次は――」

「あのねえハンス。私はあんたの遊びに付き合うつもりはなくて……」

「あ、ほら梅ちゃん!」

「え?」


 ハンスが空に指差した瞬間、私の背後が明るく光った。

 遅れて「ヒュードーン」という音が聞こえてくる。

 近くの人たちが一斉に歓声を上げた。


「せっかくここまで来たんだから、見ていこうよ」

「あ、ちょっと……!」


 ハンスは私の腕を引っ張って、見晴らしの良いところへ向かっていく。


 その間も花火は次々とうち上がる。

 赤い牡丹、黄色の菊、白い柳、青と緑が混ざった芯菊。

オーソドックスで大きな花火は、やがて間を開けずに何発も打ち上げられることによって、大小様々の色とりどりの花の世界を作り出す。

 間近で見るそれはとても大きく迫力があり、また聞こえてくる打ち上げ音も相まって、自分が花火の世界にいるのだなとしみじみ実感する。


 同時に、開いては消え落ちていく美しい花々に、自分の色んな感情が引き出されている感覚がした。



 私はなんでこんなところにいるんだろう。

 ここにいるべきじゃないのに。



 夏海は今、どうしているのかな?

 いつになったら話を聞いてくれるんだろう。



 なんで今隣にいるのが、ハンスなんだろう――……。



「……あんたは、なんで私がいいの?」


 空高く開くピンクの牡丹を見ながら、私はふと頭に浮かんだ疑問を口に出した。

 思えばハンスから告白は受けたものの、その理由とか経緯とか一切聞いていなかった気がする。正直全く見当が付かない。


「何でだろうね。まったく好みじゃないんだけれど、気が付いたら夢中になっていて、欲しくなった」

「はあ? 何それ。私はモノじゃないんだけれど」

「全くそう思うよ。モノじゃないから難しい。もっとも、そう思ったのは梅ちゃんが初めてだけど。どんな女の子も、今まですぐにその気になってくれたからね」


 ここで自慢話ですか。

 確かに大学オケの女の子たちも、道行くご婦人方も、話し掛けられてすらいない状況でもみんなハンスを見て顔を赤らめる。多分おとぎの国でも同じだったんだろう。

 普段一緒にいるせいでまったく感覚が麻痺しているけれども、本当にこの人は見た目だけはかなりいい正統派イケメンだから、顔に騙されてコロリといく人は少なくないだろう。


「おまけに、梅ちゃんはいきなり殴りかかってきたし。そんな女の子、今まで見たことなかったけれど、ああでも、あれがきっかけだったのかもしれないなぁ」


 ハンスはフッと意地悪っぽく笑って若草色の瞳を私の方へ流す。

 私はそれとなくその視線を逸らした。


 4月の最初。

 新学期が始まりおとぎメンバーと出会ったばかりのその頃、オケの新歓で女の子たちに取り囲まれるハンスを、私は思いっきり殴り飛ばした。いちいち人魚を軽んじ前の奥さんを悪く言うハンスの態度に、なんか無性に腹が立ったのだ。


 とはいえ、いくらハンス相手でも、酔っぱらった状態で人を殴るとか、自分が情けなくなる。

 一体それのどこにハンスが引っかかったのか、謎でしかない。


「というか逆に、どうして梅ちゃんが俺を嫌っているのかが全く分からない。嫌われるようなこと、俺は特にしていないはずだよ。嫌味を言う以外は」

「それが嫌われる要因だとは思わないんですかね?」

「でもそれだけでしょ? 他には?」

「他にはって……」


 そんなのいっぱい――。


 ――ねぇ、いつになったらるの? あたしたち、ずっと待っているんだけど。

 ――今が絶好のチャンスじゃない。躊躇う必要なんか無いわ。

 ――あぁ、道具がないのね? 大丈夫、力を分けてあげるから。


 突然頭に響く人魚の声。頭が急にがんがん痛くなる。

 今朝夢の中で聞いて以来、今日はまったく反応がなかったけれど、これは一刻も早くハンスから離れないと!


 そう思うのに、手が勝手に宙に浮く。


「梅ちゃん?」


 私の異変に気が付いたハンスが、眉をひそめて小首を傾げた。

 その首元へ、私の手が移動する。

 ゆっくりとゆっくりと――。


 ――ほら、やっておしまい。


「ダメ!!」


 私はぐっと手に力を入れてハンスを突き飛ばした。

 後ろによろけるハンスから、一歩、二歩と私は距離を取る。

 自分の息が荒くなるのを感じた。


「どうしたの? 前にもこんなこと一回あったけれど、そんなに俺のこと嫌い?」


 ハンスは眉間に皺を寄せてため息混じりに聞いてきた。

 いつもは表情を露わにしない若草色の瞳が、傷ついたように細められる。

 普段ならここは肯定するべきところなのに、頭が混乱しすぎて私は咄嗟に首を横に振った。


「違う、そういうことじゃなくて……」

「じゃあどういうこと?」

「それは――……」


 必死に答えを考えようとしたとき、周りから歓声が上がった。

 つられて空を見上げれば、信じられないものが、そこに浮かんでいた。



『ソムイタラ ユルサナイ』



 落ちていく花火の残滓が、そんな文面を綴っていた。

 同時に打ち上がる花火の中に、海の中で見た人魚の恐ろしい笑顔が見えた。その目は私をじっと睨んでいる。

 だけど周りの人にはそれらが見えていないのか、みんなうっとりと笑顔で花火を楽しんでいる。ハンスも全く気が付いていない様子だ。


 早く、一刻も早くハンスの前を立ち去らないといけないのに、足が震え出す。

 せめてカリムかアサドを呼べたらいいのに、ランプの入った巾着も指輪も、ハンスの手の中だ。取り返そうにも、身体が震えて言うことを聞いてくれない。


「梅ちゃん? やっぱり様子が変だ。どこか具合でも――」

「あんたは! あんたはもし、人魚の呪いが本当にあって私がそれに掛かっているとしたら、どうするの?」

「は?」


 一歩こちらに近付くハンスから無理矢理距離を取りながら、私は思ったことを勢いよく口に出した。

 あまりに突飛な発言に周りの人たちがぎょっとしているが、関係ない。

 私は目を丸くするハンスを、まっすぐに見据えて答えを待った。


「いきなり何を言い出すかと思えば、人魚の呪い?」

「あんたはそれで前の奥さんと離婚したんでしょ? 国だって捨ててきて……」

「だから不安だって言うの? そんなありもしないものなんかで?」


 ハンスは眉をひそめて鼻で笑った。

 この手の話を振られて嘲笑する様は、出会ったときと変わらない。

 同時に、細められた瞳は、心底不愉快そうにも見えた。


「もし未だに梅ちゃんがそんなものを信じているんだとしたら、しっかり教えてあげるよ。それは幻で、梅ちゃんの気のせいだって。もしくは知らず胸に抱えている悩み事のせいで、そんなおかしな夢を見ているんだってね」


 幻。

 気のせい。

 おかしな夢。


 ハンスは何食わぬ顔で、当たり前のようにそれらの言葉を使った。

 この男は、今も尚、人魚の存在を否定しているのだ。尚かつ、過去におとぎの国で起きたことすら、きちんと向き合おうとしていない。

 分かり切っていたことだけれど、人魚のことに関して私が何を言おうと、きっとこの男はこれからもずっと、こんな風に鼻で笑って聞き入れてくれないだろう。


 それに、今の回答で分かった。


 ハンスは私のことなんか――――。



「ああ! 見つけやしたサクラウメ殿! こんなところにいやしたんですね!」



 突然どこかから声を掛けられた。


 この独特の口調にこの独特の呼び方。

 随分久しぶりに聞くその声にまさかと思って振り返る。


 予想通り、そこには緑色の装束に緑色の肌、緑色のおかっぱ頭の上に緑色の皿を乗せた河童男。

 この河童公園の池に住む河童の沼男さんだ。


 沼男さんは他の人間に見られないよう水泡で自身を覆いながら、せっぱ詰まった様子で私のところへ駆けつけてきた。

 「とんだ邪魔が入った」などと隣でハンスが嫌そうに呟くが、沼男さんのこの慌てぶりには、何か嫌な予感がしてならない。


「沼男さん、どうしたんですか、一体」

「どうしたんですか、じゃねえっすよ! てぇーへん、てぇーへんなんすよ!!」

「てぇーへん……?」


 大変、ってことなんだよね?

 一体何が……?


 そう首を傾げたとき、沼男さんの肩にリンゴ大の金緑色のカエルが乗っかっているのに気が付いた。

 フリードも沼男さん同様、深刻そうな目をしている。


「フリード、どうしたの? 何かあったの?」

「…………」


 フリードはしばしの逡巡の後、口を開けて何かを説明しようとするが、言いかけてその口を閉じた。眉間に皺を寄せて俯く様子に、何らかの躊躇いと悔しさを秘めているように思えるが、だけどどうして何も言わないのか分からない。

 フリードなら何があってもすぐに的確に答えてくれるはずなのに。


 すると、沼男さんが悲しそうな表情で首を横に振った。


「フリードリヒ殿、人の言葉を話せなくなったんす」

「え……どういうこと?」

「あの恐ろしい魔女が――グリムの魔女が、現れたんす」

「グリムの……魔女……?」


 耳に馴染まない単語に、私は疑問符を浮かべるしかない。

 それってつまり、グリム童話に出てくる魔女ってこと? グリム童話っていっぱいあるけれど、どれのことだろう……?

 いや、それよりも、“あの恐ろしい”などと沼男さんが言い、フリードを話せなくするような人物が、おとぎの国から来たと言うこと?


 沼男さんは更に続けた。


「それだけじゃないんす! あの恐ろしい女に、アサド殿もカリム殿も気を失うほどにやられたようで――」

「――え?」


 アサドとカリムが、あんなに強いランプの魔神と指輪の魔神がやられるほどの相手――?


「今はハインリヒ殿が二人を看ているそうなんすが、」

「ハインさんが……?」


 私は弾けるようにしてハンスを見上げた。

 こんな緊急情報を前に、ハンスの顔には全く驚いた様子がなかった。

 それどころか、奴はやれやれと言わんばかりに瞳を細めている。



 ハインさんのいない『CAFE Frosch in Liebe』で一人待っていたこの男。

 こいつはこのことを、知っていたのだ――!



 瞬間、私は自分の腕を振り上げた。


「あ! サクラウメ殿!!」

「ゲコッゲコッ!!」


 沼男さんたちがカッとなった私を止めようとしたのが分かったが、それよりも早く、私はハンスの右頬を強く打った。

 ハンスがよろめいた隙に、私は奴の手から巾着と指輪を奪い取る。全てを知っていながらランプと指輪すら私から取り上げていたのかと思うと、本当に腹立たしくてならない。


 それなのにハンスはじわじわ赤く腫れる右頬を触りながら、フッと嘲笑気味に笑った。


「別に、彼らがどうなっていようがフリードがどうなっていようが、俺には関係のないことだし、もちろん梅ちゃんにも関係がない。わざわざ教える義理もなかっただけのことだ」

「あんた……っ!!」

「サクラウメ殿! 暴力はだめっす!!」


 何食わぬ顔で平然と言ってのけるこの男にもう一発食らわそうと振り上げた私の腕を、沼男さんが必死に抑え付ける。沼男さんにそれほどの力があるとは思えないのに、私の腕はぴくりとも動かない。


 そのままの体勢で私はぎゅっと両手を握りしめた。



「だからあんたなんか大ッ嫌い」



 怒りで震える声を、私は無理矢理抑え付ける。


「どれだけ言葉で言われても、どれだけキスされたって……関係がないなんて、何かあっても教える義理はないなんて、そんなこと簡単に言ってのけるあんたなんか、好きになれるはずがない」

「はぁ、意味が分からない。だってその通りじゃないか。俺と君の間に他の者はいらないだろう?」

「ほら、あんたはそうやって言えてしまう。私のことを好きだというくせに、私が何を大事にしているか知っていて、その気持ちを尊重しようともしてくれない。いつだって自分主義で都合の悪いことには全部蓋をして、自分勝手に行動するの」


 それどころか、この男は善意を尽くした人を簡単に突き放し、簡単に人を蔑ろに出来る。

 一体どれだけみんなが自分のために動いているのか知りもせず、今の生活が誰のお陰であるのか知ろうともせず、自分のために誰かが傷ついたって構いやしない。


 こんな男のために苦悩しなくてはいけないのかと思うと、本当に悔しくてならない。



「あんたなんか、本当に嫌い。大ッ嫌い」



 胸の内から込み上げてくるものを必死に堪えつつも、震える声で私はそう言い放った。



 そして沼男さんを促して、そのまま足早にハンスの前を立ち去る。

 ハンスはその場に立ちつくしたまま、私を止めようとはしなかった。





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