20.浴衣姿、見せたい相手は
視点コロコロでスミマセン。
梅乃視点です。
20.浴衣姿、見せたい相手は
髪型良し。
メイクも良し。
浴衣の着こなしもやってもらったから大丈夫だよね?
背中で可愛く結ばれた蝶々形の黄色の帯もばっちり。
自分で言うのも何だけど、普段はずぼらな女の子がこんな可愛い浴衣姿に変身したら、ドキドキしない男はいないよね――……。
「ってぇ!! 何を考えているんだ私はぁっ!!」
「ちょっちょっと、梅乃!? ああもう、暴れたら崩れるから!!」
「あ……ごめん……」
いきなり巾着を振り回した私の浴衣の襟元を、由希が文句垂れながら直してくれる。
いやぁ、由希ちゃん流石です。
今朝、突如として今夜の河童公園の花火大会に行くことが決まったわけだけれども、浴衣を自分で着こなせない私は、急遽大学の空き教室に由希を呼び出し、着付けをお願いした。
すると浴衣姿で現れた由希は、私の浴衣も綺麗に着付けてくれるだけでなく、髪も可愛く編み込み結い上げてくれたのだ。
持つべきものは、女子力高い女友達だ。
「にしても梅乃、花火大会知り合いと行くって言ってたけど、結局誰と行くの? 新しい彼氏?」
「ぶふっ!!」
由希からの不意打ちの質問に、思わず私は肩を揺らした。
確かに由希には知り合いと行くとは伝えていたけれど、まさかそんな質問が来るとは思っていなかった。
私は慌てて首の前で手を振った。
「ちっ違う! 違うから! ただの知り合い! 本当にただの知り合いだから!!」
「ええええ、怪しいなぁ。こんなにしっかり準備させておいて……。そんなことはないでしょー? しかも顔真っ赤だし」
「そんなことないから!!」
目を細めて詮索してくる由希に、私は必死で否定する。
同時に頭に浮かんでやまない人物を無理矢理掻き消した。
顔が熱くなるのだって、これはきっと気温のせい! だって着付けって体力使うしね!
などと、またもや巾着を振り回して暴れる私の様子に、由希は「もしかして」と声を潜めた。
「もしかしてお相手はハンスさん?」
「は?」
ハンス?
え、花火の相手が? それとも彼氏疑惑の相手が?
「ないないないないないないないない!!!! ぜぇったいそれだけはない!!」
「別に梅乃がハンスさんとそういう関係になるのはあたしは反対しないけどね」
「いやいや、ありえないから!!」
「そうなの? まぁハンスさんと出掛けるなら、夏海とちゃんと決着付けないと」
「…………う」
核心を突いた由希の発言に、私は返す言葉をなくした。
合宿から帰って今日で一週間。
その間、夏海に何回か電話を掛けたしメールも送ってみたけれど、どれも不在着信だったり返信が来なかったり、とりつく島もない状況だ。ハンスのことも含めて夏海とはじっくり話し合ってお互いの胸の内を晒し合いたいんだけれども、土俵にすら立てていない現状に焦りを感じる。
このまま喧嘩したまま絶交なんて絶対嫌だし、夏休みの間に何が何でも仲直りしたいけれど、どうすればいいのか完全に途方に暮れてしまっている。
はぁと重くため息を吐いていると、由希がぽんと背中を叩いてきた。
「ま、でもせっかくの花火大会だしね。結局誰と行くのか分からないけれど、今日は存分に楽しんできなよ」
「うん、ありがとう由希。由希も柳さんとラブラブ花火デートなんでしょ?」
「え! う、うんそう」
「はぁーいいなぁ、そろそろ一ヶ月だよね? もう円満って感じで羨ましい」
「そんなことは……」
いきなり話題が変わって、由希はもじもじと自分の浴衣の袖をいじり始めた。
ほっぺがピンク色に変わって、可愛らしい恋する女の子の反応だ。
最近色々悩み事が多いから、由希のこういう反応は今一番の救いかもしれない。
などと私が生温かい目を由希に送っていると、由希が深いため息を吐いた。
「どうしたの? ため息なんか吐いちゃって。柳さんと喧嘩でもしたの?」
「ううん、そうじゃないんだけど、なんかどうやったら甘い雰囲気になるのかなぁって」
「甘い雰囲気?」
「うん、だってなんか、付き合う前と変わらないっていうか、お出かけしたって9時前には帰されちゃうし……」
「そ……れは、大事にされているということなんでは?」
「そういうこと? でも付き合って一ヶ月も経つのにキスもまだなんだよ?」
うわ。これは乙女な悩み来た。
由希と柳さんて、結構良い組み合わせだと思うし、結構上手くいっていると思っていたんだけれど、実はまだ「先輩と後輩」な雰囲気のままなんだろうか? それとも柳さんも割と奥手とか? 後者ならともかく、前者だとすれば由希の気持ちも分からなくない。
「由希ちゃん由希ちゃん、だったら今日が一つの山場だよ」
「山場?」
「そう! だってほら花火大会だよ? 浴衣姿だよ? しかもいちゃいちゃしたいんでしょ? 歩き慣れない下駄が擦れちゃって、なんて言って押し倒しちゃいなよ!」
「はああ!? そんなこと出来るわけ――」
「由希ちゃん、時には女も度胸が必要なのだよ」
私は由希の肩を両手でガシッと掴んで、もっともらしい表情を見せた。
なんか変なスイッチが自分の中で入った気がするが、気にしない。
そんな私を由希は変な目で見てくるが、何かを決意したかのようにぎゅっと口を引き結び、まっすぐな瞳で強く頷いた。
「そうだね、女は度胸……。梅乃、あたし頑張る!」
「うん、そうだ。頑張るのだ!」
「だから梅乃もちゃんと良い結果残しなよ! 応援してるから!」
「は?」
良い結果?
何を言われているのか、私はフリーズしてしまった。
「梅乃も、鼻緒が折れちゃったぁなんて言って相手の人押し倒す作戦なんでしょ? 頑張ってね!!」
由希は良い笑顔で再度私に言ってきた。
そうして由希と別れ、私はみんなの集合場所のハインさんのお店『CAFE Frosch in Liebe』へと向かった。
確か17時に集合だったよね?
ハインさんの店に向かう途中で前を通った河童公園は既にお祭りの屋台が沢山出ていて、それに並ぶ人や花火の場所取りに走る人など、既に人でごった返している。花火の打ち上げ開始は19時でまだ2時間以上あるというのにこの状況って、確実に浴衣も髪ももみくちゃにされてしまうのだろう。
しかし、こっちには魔神二人がいるし、何なら河童公園の池に住む河童の沼男さんに頼めば特等席を用意してもらえるだろうし、場所取りについては心配要らないだろう。
歩きすぎることは無いはずだし、鼻緒が折れちゃったぁなんて展開には――。
「だぁああ!! だから私は何を考えてるんだってば!!」
歩きながら突然声を上げる私に、道行き人が不審な目を向けてくる。
私は咳払いして何事もなかったかのように振る舞った。
ダメだ。
完全に由希に言われたことに頭が引っ張られている。
大体何で私が押し倒す方に――いやいや、そういう問題じゃない。
「何でこんなにそわそわしてるんだろう?」
今朝花火に行くと決まってから、どこか自分が浮き足立っている気がする。
もちろん花火大会に行くことへのわくわく感もあるけれど、もっと別次元で落ち着かない気がしてならない。
特に浴衣を着せてもらってからは、特にそわそわしちゃっている。可愛くできてるかななんて、通りすがった店の窓ガラスとかで柄にもなくいちいち確認しちゃってるのだ。
こんな自分にため息を吐かずにいられない。
大体考えてみなよ自分。
普段から家でスウェット姿を晒している私だ。
逆に今更こんな気合い入った格好、ちょっと恥ずかしくない?
いや、これはアサドに頼まれたから着ているだけだ。ただちょっと今日は浴衣姿なだけだ。断じて気合いなど入っていない!
そう自分に言い聞かすものの、どうしても頭の中に浮かんでくる青色と琥珀色。
『CAFE Frosch in Liebe』が近づくにつれて、自分の中のそわそわと心臓のバクバクが強くなっていく。
私は左手の中指の――サファイアの指輪に目を落とした。
カリムはこの格好にどんな言葉を掛けてくれるんだろう?
こんなことを考えちゃう自分に気恥ずかしさと疑問を感じながらも、私は『CAFE Frosch in Liebe』の扉を押し開けた――。
「――やぁ。待ってたよ、梅ちゃん」
聞こえてきた声に、視界に映った人物に、私は自分の感覚を疑った。
「……は?」
「何その間抜けな反応。せっかく珍しく可愛い格好して来てるんだから、仕草も可愛らしく見せたらいいのに」
「いや、何でハンスがここにいるの? っていうか他のみんなは?」
そう、『CAFE Frosch in Liebe』にいたのは、今一番会いたくないハンス。当然花火大会には誘っていないはずなのに、当たり前のように店のカウンターに座っている。
一方、一緒に行くはずのカリムやアサド、フリードの姿がどこにも見当たらない。それどころか店のオーナーのハインさんすらいないのだ。
もしかして、何処かで何かあったのだろうか?
「さぁね。彼らは普段から何かと忙しそうにしてるから、急用でも入ったんじゃない?」
「急用……?」
「それより梅ちゃんもひどいよね。まさか俺をのけ者にしようとしていたなんて。この計画知ったときは、本当に傷付いたなぁ」
「え……ちょっと待って!」
呆然と立ちつくす私の元へ、ハンスが大股で近づいてくる。
急いで私は後ずさるも、店の扉がすぐに背中に当たり、逃げ場をなくす。
そんな隙を見逃す男ではない。
ハンスは私の身体の横に手を付き、もう片方の手で私の顎を捕らえてくる。
「ようやく今日は二人きりだ。梅ちゃんのこの可愛らしい浴衣姿も、俺のもの」
「はあ? 何でそうなるの! なら私帰る――」
「――帰らせない」
瞬間、やばいと思って私は顔を横に逸らしぎゅっと目を瞑る。
顎を捕らえるハンスの手に力が加わえられるが、絶対に奪われてなるものかと、私は顔の向きを変えられないよう必死に堪えた。
そうして攻防すること数秒後、ハンスのため息が聞こえてきた。
顎から手が離れていく。
「まぁいいよ。今日は長いからね、いくらでもチャンスはある」
「だから何でそうなるの! 私行かな――」
「さ、お祭り見に行こう。こういうの、大学祭以外ないから楽しみなんだよね」
「ねぇちょっと聞いてよ私の話!!」
ハンスは私の左手を取り強引に河童公園へと向かおうとする。
この状況は絶対ダメだと思うのに、全く振り払えない。
大体私はアサドやフリードや――カリム達と一緒に行くはずだったのに、何でこうなるの!?
「あ、そうだ。貸して、持っててあげるよ」
「え、ちょっと!」
ハンスはふと思いついたかのように、私の巾着を奪い取った。すぐに取り返そうとするが、ハンスはそれをすっとかわし、私から遠ざける。
それどころか、気が付いたら左手の中指からも指輪がなくなっていた。
視界の端で、ハンスがそれを自分の指に嵌めるのが見える。
「せっかくなんだ。邪魔者は抜きで楽しもうよ」
相変わらず笑わない若草色の瞳で、ハンスはにっこりと笑顔を作った。




