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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第2章 鏡が教える真実の歌
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14.釘さし(フリードリヒ)

毎度お待たせしてすみません汗

14.釘さし



 鬱蒼とした潮風が渦を巻き、波が徐々に高くなる。

 元々朝から雨が降っていて良くない天気だったが、午後になっていっそう悪化した気がする。


 それはまるで、こいつの気持ちを表しているかのようだ。


「……カール、中入りなよ。風邪引くよ」


 バルコニーのビーチソファに座るカールに、僕は声を掛けた。

 そこは一応屋根が付いてはいるが、横殴りの風が吹いているため、雨足が当たっていた。この後も風が強くなると予報では言っていたので、バルコニーにいると更に濡れるだろう。


 しかし、カールは返事もしなかったし、その場から動こうともしなかった。


 僕の隣で様子を見ていたテオが、深くため息を吐いた。


「フリードの言うとおりだ。そんなところで落ち込んでいても、何にもならないぞ」


 だが、カールはやはり無言だ。

 その様子にテオはもう一つため息を吐くと、カールの方へ寄った。


「はぁ……。お前、何を子供のように拗ねているんだ。いいから入れ」

「うるさいな、テオ兄。ほっといてくれよ」


 テオがカールの腕を引っ張り、無理矢理ロッジの中へ引き込もうとするが、カールは暴れて抵抗した。

 カールは別に絶対バルコニーにいたいとか中に入りたいというわけではないだろうから、この抵抗自体は本当に無意味だ。テオの言うとおり、子供のわがままでしかない。


 そんな様子に、ハインが心底呆れた顔でこちらに寄ってきた。


「カールハインツ殿下。室内に居たくないのなら外に居て下さって結構。しかし、貴方はよく考えなくてはいけません。もし貴方がフリード殿下やテオデリック都落ち王子の心配を無視してそこに居続け、結局風邪を引いてしまった場合、一体誰が貴方の面倒を見なくてはならないと思いますか? アサド殿は気まぐれなので見てくれないでしょう。熱に浮かされたところに梅乃お嬢様をやるわけにはいきません。そうなるとわたくしが見なくてはなりません。貴方はわたくしの手を煩わせるおつもりですか?」


 ……待て、ハイン。

 つらつらと説教を垂れているが、要するにそれはただ、お前がカールの面倒を見たくないだけのことだろう。それどころか、途中でいちいち不名誉な呼び方をするものだから、テオが横から「うるさい」と突っ込む。

 それはともかく、実際ハインが面倒を見なくても、クリスが確実に看病をするだろうからヤツには関係のない話だが、そもそもそういう話ではない。


「カール。ほら、みんな言ってるだろ? ふて腐れるならせめて室内にしなよ」


 カールが動こうとしないソファの肘置きに飛び乗り僕がそう諭すが、カールはぷいと言うことを聞かない。僕がカエル姿でなければすぐに引き剥がしたものだが、こうも子供みたいに拗ね続けられると、流石にイライラしてくる。


「あのさあ、全部自業自得でしょ? 後先考えないからこうなるんだよ」

「おい、フリード。あんまり抉ってやるなよ」

「いいよ。本当のことでしょ? 自分の行いに凹んでるんだからさ」

「しかし、あんまり言うと逆効果では……」


 一体どっちの味方なのか、カールを叱ろうとする僕をテオが止めていると、突然カールがハッとしてソファから立ち上がり、バルコニーの外に走っていく。

 何事かとテオと一緒にそちらの方を見れば、遠目でも目立つ赤色頭のアラブが、海の方からこちらに向かって飛んできていた。その腕の中には、何故か梅乃が収まっていた。


 雨が当たらないようにシールドを張りながら浜辺に戻ってきたアサドたちの元へ、カールが駆けていく。


「梅乃! 俺、さっきのこと本当にごめん! 謝って済む問題じゃないけど、本当に勝手なことしてごめん!!」


 カールは浜辺に突っ伏しながら土下座した。やつの必死の声といい、僅かに震える身体といい、カールが心から梅乃に謝りたいのだということがひしひしと伝わってくる。

 そりゃあそうだ。

 梅乃と塩谷しおやさんのこじれた友情を、カールは余計にこじらせた。しかも、梅乃が不誠実に見える方法で悪化させたのだ。本人に悪気がなかったとはいえ、流石にあれは考え無しだった。

 誰であれ、怒るに決まっている。


 とは言え、今謝ったところで梅乃は許さないだろう。何せ、あのコンビニの一件からまだ数時間しか経っていない。

怒りが収まっていないはずに、違いなかった。


 ……はずなのだ。


「……ごめん、カール。アサドも。しばらく一人にさせて……」


 梅乃はアサドの腕から降りると、ぼんやりした目をカールに寄越してから、力ない足取りでロッジの方へ歩いてきた。


 明らかに様子がおかしかった。


「おい、梅乃? どうしたんだ?」

「何でも、ないの。ちょっと疲れちゃった」


 バルコニーまで戻ってきた梅乃にテオが声を掛けるが、梅乃はひらひらと手を振りながら、足早に部屋へと消えていった。どう見ても何でもないわけがない。


 僕とテオはアサドの方を向いた。

 僕たちが何を言いたいのか察したアサドは、困ったように肩を竦めた。


「梅乃ちゃんと人魚のアジトに行ってきたんだ」

「人魚? ハンスに関わることでか?」

「塩谷さんの呪いの件もあるしね。それで、梅乃があんな状態って事は、何にも進展なかったの?」

「さぁ。本人は何とかなったって言ってたけど、あの様子じゃ絶対何かあったよね。でも頑なに話そうとしてくれなくて困ってるんだよね」

「どういうことだ? お前は梅乃と一緒だったんじゃなかったのか?」

「まぁそれには色々と事情があるんだけど――って、あれ……?」


 突然アサドの身体がふらついた。やつはその場に足から崩れ落ちる。近くにいたカールが、すかさずアサドの巨体を支えた。

 テオがカールの反対側からアサドを支えながら尋ねた。


「アサド、お前まで珍しい。人魚のアジトはそんなに危険なところなのか?」

「んーそんなことはなかったはずなんだけどねー……いや、おかしかったかな? おとぎの国にいたときより、彼女たちも好戦的になったようだ。なんか違和感もあったしね」

「ふーん。アサドもたまにはそんな風になるんだね。しかも人魚相手に」

「カエル君。一生その姿でいたいみたいだね?」


 一言嫌味をぶつければ、やつはいつも通りの愉快顔を浮かべ、垂れ目がちな金色の瞳を妖しく光らせる。やっぱりこいつはこうでないと落ち着かないが、それでもどこかいつもより弱々しい。


「ごめん。ボクも少し休んでくる。何かあったらすぐに呼んで。飛んでくるから」


 アサドは額を抑えながらそう言うと、その場で霧散した。やつを支える体勢になっていたテオとカールは、突然重量がなくなったために、盛大に前によろける。


「しかし、本当に珍しいですね。あのアサド殿まで弱られるなんて。よっぽどのことが人魚のアジトであったとなると、なかなか呪いの件も一筋縄ではいきませんね」


 ロッジの中からずっと様子を伺っていたハインが、涼しい顔を浮かべて肩を竦めた。相変わらず他人事のように言うが、ハインの言うとおりでもある。

 もともとハンスの呪いは簡単に解けるものではないだろうと思っていたが、アサドまであんな状況になると、何があったのか本当に気になる。

 しかし、梅乃に関して言えば、怒っていたはずのカールに「ごめん」などと言うくらいなのだから、さっきの出来事を上書きするほどの不穏な出来事にあったに違いない。


 一体何があったのか。力になりたい気持ちは山々ではあるが――。



「あ! いた、あんた!!」



 すると、別の方向から聞き覚えのある高い声が聞こえてきた。

 そちらの方へ向けば、夕べ合宿所で項垂れていたはずのユキとか言う名前の梅乃の友人だ。隣にそいつの恋人らしき梅乃たちのオケの先輩を連れていた。


 彼女は、夕べの母親のような笑顔とは一点、眉を思いっきり吊り上げ、カールを睨み付けていた。

 そしてつかつかとカールのところへやって来ると、彼女は勢いよく腕を振り上げた。


 パッシイィィィン!!


 聞くだけでも痛そうな平手打ちの音が、その場に響き渡る。

 後ろの男が「お、おい森山」と止めようとするが、構わず彼女はまくし立てた。


「ちょっとでも期待したあたしが馬鹿だった! 聞いたよ、コンビニの話! 本当にひどいよね! あんたって本当に馬鹿、最低!! あんなことしたらどうなるかって、少しはそのモジャモジャの頭で考えたらどうなの!?」

「ほ……っ本当にごめん!! でも俺、あんな事になるなんて思ってなくて……っ」

「とにかく! 金輪際この件には関わらないで! いい、分かったわね!?」


 彼女は未だ腹の虫が治まらない様子で土下座したカールにきつい一瞥を送るが、とりあえず言いたいことは言ったとばかりにくるりと踵を返して、足早にその場を去っていった。

 一緒についてきた男が、彼女とカールを交互に見る。

 彼は、今にも泣きそうになっているカールに気が付くと、深くため息を吐いて、カールの前にしゃがみ込んだ。


 赤く腫れたカールの頬にペットボトルの水を押し当てる。カールは縋り付くように、彼の名を呼んだ。


「柳さん、俺……」

「カール。お前は悪い奴じゃない。むしろいい奴だ。お前が悪気無く、純粋に佐倉と塩谷の関係を取り持とうとしたのはよく分かる。だが、下手に手を出すと、取り戻しがつかなくなることもある。もうよく身に染みただろう? お前のはその例だ」


 柳と呼ばれた男は、落ち着いた口調で優しく諭す。しかし、その内容は割とシビアだ。的確に失態を突かれたカールは、当然と言えば当然だが、完全に返す言葉を無くしている。

 そんなカールに、柳さんは更に追い打ちを掛けた。


「お前が一生懸命なのは分かるが、これは佐倉たちの問題だ。森山もああ言ったけど、これ以上何かしようとするのは、止めてくれないか?」


 カールは弾けるように柳さんを見た。思いっきり開けたコバルトブルーの瞳には、絶望感が漂っている。柳さんが困ったようにため息を吐いた。


「落ち込むな。ちょっとやり方が悪かっただけなんだよ、分かるだろ? ただ、どういうところが悪かったのか、ちゃんと理解できていないようだから、お前はまずそれを考えるんだ。いいな? 後はこっちでなんとかするからさ」


 柳さんは励ますようにポンポンとカールの肩を叩くと、その場を見守っていたテオとハインに一礼をしてから、先で待っているユキの元へ去っていった。

 彼女の方はヒステリックに叫んだだけだったが、柳さんが単にカールを叱りに来ただけでないことは、今のやりとりを見て伝わってくる。

 自分の失態に落ち込むカールにそれとなく注意をし、それとなくフォローを入れる。言うことはやや辛辣ではあったが、ここにいる誰よりも彼自身は優しかったように思える。


 カールもこれを機に、何がダメだったのかを反省してくれればいいのだが。



「とりあえずカール。中に入るぞ。ここにいては風邪をひくからな」



 バルコニーの外に出たままのテオが、足元に座り俯くカールの腕を引っ張り上げる。

 しかし、どういうわけか、カールは再びそれを拒んだ。


「おいカール……」

「……んだよそれ……」

「は?」

「何とかするって、出来んのかよ……偉そうに言いやがって……」


 聞こえてきた呟きに不穏なものを感じてカールの方をよくよく観察すれば、濡れた前髪に隠れた奴の目が、まっすぐに柳さんの背中を睨み付けていた。


「おやおや、どうやら彼は藪蛇をつついてしまったようですね」


 相変わらずハインは他人事のように言うが、確かに柳さんのフォローは逆効果だったようだ。カールの瞳には、メラメラと対抗心が燃え上がっていく。

 まさかこの期に及んで何か企もうというつもりだろうか。頭をよぎった考えに、僕はソファの肘起きから飛び降りる。


「おや? フリード殿下。どこへ行くのですか?」

「アサドのところ。家に戻ったら、少しの間だけ人間にさせてもらえるよう、頼んでくる」


 というか、僕がカエル姿でいなければならないのもあと10日ほどくらいだが、その間に何か起きるだろう。

 その前に必ず手を打たなければ。



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