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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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3.いらいらする合コン企画(フリードリヒ)

フリード視点です。

以降サブタイトルに(誰々)が付いている場合は、その人視点になります

3.いらいらする合コン企画



「右足、骨折してるんですって? 可哀想に」

「歩きづらいよね? とても痛む?」

「でも大丈夫! あたし達がフリード君の右足になるからね!」


 果たして一体これはどういうことなのか。

 どうして僕は今、3人の知らない女たちに囲まれている? しかも僕が苦手な男に媚びるタイプの女たちにだ。


 今日から学校に復帰した僕は、昼過ぎに授業が終わるとハインが経営する『CAFE Frosch in Liebe』に呼び出された。

 ただそれだけだというのに。


「ハイン、これは一体どういうことなのか説明してくれる?」


 僕は今カウンターの内側で涼しい顔をしてコーヒー豆を挽いているハインを睨み付けた。返答如何によっては後でその豆をばらまいてやる。

 だがヤツは僕の方へ顔を向けると、涼しい顔を崩さずににっこり笑って言う。


「だから言ったでしょう、合同コンパ、略して合コン企画ですよ」

「それが何なんだと言っているんだよ」

「彼女たちはこのお店の常連さんでして、以前から誰か紹介して欲しいと言われていたのですよ。それで合コンしてみてはと、場を設けたのです」


 ヤツはまるで天気の話をするかのようにしれっと言いやがる。

 まったく、こいつはそんなことのためにわざわざ学校から徒歩20分近くもかかるような場所へ右足骨折中の主を呼んだというのか。

 頭が痛くなる話だ。


「なるほど? そのついでに俺たちも呼ばれたってわけか」

「えー何だよー。俺たちオマケかよぉ」


 会話に割り込んできたのは、ハンスとカール。ここに向かう途中で出くわし、一緒にやってきたのだ。


「いいえ、どうせなら合コン形式にした方が面白いかと思ってお呼びしたのです。お二人なら色恋関係の噂を聞きませんし、ちょうどいいかと思いまして」


 ハインのこの失礼な物言いに、ハンスとカールが固まるのを僕は見てしまった。それでもまったく悪びれる様子のないこの側近に、ため息が出てしまうのは仕方がない。


 僕たちがこの世界に来てもうすぐ3ヶ月が経とうとしているが、この3ヶ月の間に少しずつ変化が起きていた。それはこの場にいないクリスティアンやテオデリックのことだ。

 今や我が家の主夫となっているクリスは、佐倉梅乃あいつの妹と恋人関係には行かないまでもいい雰囲気を築いているらしい。また、おとぎの国で王位を剥奪されて一文無しだったテオも、こちらの世界で恋した相手とつい先週結ばれたばかりだ。


 そんな彼らに比べれば、僕もハンスもカールも目立つような浮いた話など無い。そもそも僕なんかそんなことにはまったく興味がない。


「色恋関係の噂、ね。そんな風に見えてるんだ?」

「まぁ俺の場合は間違っちゃ無いけどさぁ」


 ハンスがテーブルに頬杖を付きながらトーンを低くして言う。端から見るといわゆる女性を魅了するような笑顔なのだが、声の様子から察するに機嫌はよろしくないようだ。

 それに続いてカールがふて腐れたように呟いた。

 なんだか二人とも煮え切らない様子だ。


「ってことはハンスさんは誰か好きな方とか恋人とかいらっしゃるんですかぁ?」


 女の一人がハンスの方へ身を乗り出して尋ねる。鼻につく声に間延びする話し方という、いかにも作られたようなそれに、僕は鳥肌が立つばかりだ。


「あいにく、俺の身近にいる女の子はガサツで乱暴者だから、到底そんな気分にはなれないよ」


 ハンスは眉尻を下げて困ったように言う。この返答に女たちは「えええ、ハンスさんかわいそぉ」などと声を上げるが、僕とカールにはこのハンスの顔が作り物だと言うことくらいすぐに分かった。


「別にあいつはイイヤツなんだけどなぁ」


 などとカールが割り込むが、その言葉はハンスの同情を買うような発言に掻き消されてしまう。


「本当にひどいんだ。出会い頭に俺の襟に掴みかかるし、俺が快く挨拶しても無視されたり怒鳴られたり。あぁそれに、酔った勢いで殴られたこともあったな」


 ハンスがため息混じりにそう言えば、女たちの「ひっどぉい、かわいそぉ」という声が一層大きくなった。もはやカールの割り込む余地もない。

 しかしハンスの言うことは事実だ。佐倉梅乃あいつは特にハンスのことを毛嫌いしていて、いつもハンスを無視するか怒鳴りかかるかのどちらかだ。だがその原因はハンス自身にもあるように思えるが、正直僕にはどうでもいい。


 そもそもあいつの話をここでしないでほしいくらいなのに。



「そうそう、フリード殿下の右足の骨折も、彼女が原因でしたね」



 いきなりハインが割り込んできた。

 その発言の内容が唐突すぎて僕は少なからず驚くが、言った本人は何でもない顔をしている。

 すると女たちの同情が、ハンスから僕へと移行する。


「まぁ、なんてひどい人なのかしら」

「ハンスさんに殴りかかるばかりか、フリード君にも暴行を加えるだなんて」

「ねぇ、どうして身近にいるのがその人なの? 本当にサイッテー!」


 それまで取り繕った様子だった女たちは、眉間にしわを寄せ、口々に言い募る。僕を庇う言葉でもあるそれは、まるであいつを恨んでいるかのようだ。それはハンスがあいつの愚痴を言うのと大差ない。


 それなのに、どうして僕は苛立ちを覚えているのだろうか。


「そんなに言ってやんなよ……。あいつだって悪気はなかっただろうしさぁ」

「えぇ、そうでしょうね。しかしご本人は怪我させたフリードをほったらかして、今頃はサークル活動に興じているのではないでしょうかね」


 またもやカールがあいつをフォローしようと割り込むが、更にハインがそのフォローを無意味にするようなことを言う。

 女たちは更に悪口を言い合う。


「本当に最悪な人だわ! 自分だけ好きにしているだなんて!」

「まったくよ! ねぇ、その人にもフリード君と同じ目に遭わせましょうよ」

「あ、それいいわね! そして土下座させて――」



 ――――ダンッ。



 気がついたら僕はテーブルに拳を叩きつけていた。

 女たちもカールもハンスもその様子に目を見開いて押し黙っている。



「耳障りだ。帰ってくれ」



 あまりに低い声に、これが自分の声かと疑いたくなるほどだった。

 女たちも最初は何を言っているのか分かっていない様子だったが、次第に顔がゆがみ始め、僕を睨み付ける。


「な……何よ! 感じ悪いわね!」

「イイのは外見だけってところかしら。怪我して当たり前よ」

「さ、帰りましょ」


 彼女たちは勢いよく席を立つと、その場で勘定を済ませ、ふんっと鼻を鳴らして店を出て行った。

 その高飛車な様子といい捨て台詞といい、やっぱり僕が好きにはなれないタイプの女だったのだと、一難去って僕は鼻で息を吐く。


「さて、面倒なことも済んだし、俺はその怪我させた本人をほったらかしている人がいるサークル活動にでも参加しに行こうかな」


 女たちの足音が聞こえなくなると、ハンスは椅子の背もたれに掛けていたフルートを持って店を出て行った。彼女たちと一緒にあいつの愚痴を言い合っていたというのに、それを「面倒なこと」と笑って言いのける様子は、相変わらず食えない男だと思う。



「まったく、我が主は不機嫌なご様子ですね」


 ハインがため息混じりに言ってくるが、僕は瞬間的にハインを睨み付けた。


「お前こそ、どうしてわざわざあんなことを言ったんだ」

「あんなこと? 別に間違ったことを言ったわけではありませんが?」

「白々しい。あんなにもあいつを悪者のように仕立てて言わなくても良かったはずじゃないのか?」


 ハインの言ったことは確かに間違いじゃない。

 だがあの場でわざわざ言うことでも、あんな言い方することでもなかったのだ。

 しかしこの側近はまったく悪びれる様子もなく、まっすぐ僕を射抜いて言った。



「――なら、どうしていつも通りに接してあげないのですか?」



 その言葉に、僕は反論の言葉を失う。

 ハインは続けて言う。


「フリードが右足を骨折してから6日ほど経ちますが、梅乃お嬢様は毎日あなたの様子を伺いに来ているのですよ。だと言うのに、あなたという人は彼女にきつい言葉をかけるばかりで――」

「うるさい」

「おいっカエル兄!?」


 ハインの言葉を聞きたくなくて、僕は席を立つ。苛立ちを隠そうともしない僕の様子にハインは呆れた視線を向けるばかりだが、それすらも逃れたくて、僕はそのまま松葉杖を付いて店を出た。





 店を出ると、湿気を含んだ空気が僕の身を包む。それはまるで、僕の苛立ちを更に煽っているようだった。

 どうしてこんなにもいらいらするのか、それはこの右足を骨折したことから始まった。


 先週の水曜日、佐倉梅乃あいつと僕と鬼塚は、あいつの友人の援助交際を突き止めるために一緒に歓楽街へ向かった。そこで鬼塚は薬を盛られその場で倒れ伏し、あいつは柄の悪い男共に襲われる始末。そして僕はこの状態になった。


 こうなったのもすべてはあいつのお節介が過ぎるからだ。

 そう思えたのならどれだけ簡単なことなのだろうか。



「カエル兄! 待てって!」



 河童公園の池に差し掛かったとき、カールが後ろから声を掛けてきた。

 きっと店から追いかけてきたのだろう、心配そうな顔をしている。


「無理すると余計に足悪くするぞ? それにもうすぐ日が落ちるから――ってカエル兄、それ……飲むつもりなのか?」


 カールはいつの間にか僕が手にしていた瓶に視線を向けて眉根を寄せた。

 その瓶にはカエルの魔法を一時的に解く薬が入っている。僕に掛けられているカエルの魔法は日没から日の出までの間発動するのだが、そうなると大学生活を楽しめないからと以前アサドに作ってもらったのだ。


「安心しなよ、カール。もう僕はこの薬を飲むつもりはないから」

「そうなのか? って、ええ!?」


 僕が勢いよくその薬を池に投げ込んだので、カールが驚きの声を上げる。

 そして「本当にいいのか?」という眼差しで僕を見ている。



 そうだ、あんなもの必要ない。だって、あのときのことを思い出させるから。



 あのとき、僕はあの薬を飲んでいたため、本当ならカエル姿にならなかったはずだ。しかしどういうわけか、あの薬が効かなかった。

 それどころか、あのとき、あの場で唯一僕が動けたというのに、情けなくも僕はカエル姿になって地面に叩きつけられたのだ。


 そう、この苛立ちの矛先はあいつじゃない、僕自身だ。


 そもそもあの場に付いていったのも僕自身が選んだんだ。だからあいつを責める筋合いなんか無い。

 だけど僕はその苛立ちをぶつけてしまった。



 余計なお節介と正義だなんて抉るような言葉を吐いて。



 あの翌日に僕を見舞いに来たあいつの顔が忘れられない。

 見る見るうちに泣きそうになるあの顔を。


 だけどどうしても僕は自分自身を止められなかったのだ。



「……カエル兄、確かに梅乃のお節介焼きは面倒だとは思うけど、さっきハインが言ってたことも本当だぞ。そろそろ許してあげなよ」


 池に落ちた薬瓶を眺めながらカールが静かに言う。

 弟分のようなこいつには、僕のこの気持ちはお見通しなんだろうか。僕は内心ため息を吐く。


「悪いけど、そのことには触れないでくれないかな?」

「カエル兄……」


 あいつばかりか、カールにまで八つ当たりをするなど、本当にこんな自分が嫌になる。

 だけどどうしようもできなくて、僕はその場を離れた。カールも後ろから付いてくる。



 その後、池に落ちた薬瓶を誰かに拾われるとはまったく考えることもなく――。






ハインとハンスを混同しそうです汗


次話「4.兄公認の仲」は6月12日20時更新予定です。

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