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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第2章 鏡が教える真実の歌
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6.行方不明の二人

6.行方不明の二人



 突然強くなってきた雨に、その場で盛り上がっていたみんなは急いでロッジの方へ駆け寄る。

 だけど、未だ戻ってこないハンスと夏海に、不安を覚える人たちも増えてきた。


「結構本降りになってきたけど、ハンスさんと塩谷、大丈夫か?」

「分からないけれど、波も高くなってきましたよね。夏海……」


 柳さんと由希が、沖の方を眺めて二人の安否を懸念する。

 いきなり悪くなった天候に、二人がどうなっているかなんて、この広い海の中では確認する術なんてほとんどない。それに下手に動けば、助けに行った方が遭難する可能性もありえるから無闇に動くことだって出来ない。


「アサド、お願い。アサドなら確認できるよね?」

「そうだね、見に行ってみようか」


 後ろにいたアサドにすがりつけば、アサドは左手を海の方へ、右手を由希たちの方へ向ける。

 しかし、アサドが何かする前に、テオが「あ」と声を上げた。


「あれ、戻ってきたんじゃないのか?」


 言われてテオが指差す方を見れば、沖の方から水しぶきが上がっているのが見えた。

 少し遠いところにいるそれは、確実に夏海の頭だった。


 それを確認すると、私の隣でカリムが夏海の方へ手をかざす。

 するとちょうど夏海が泳いでいるあたりの波が、沖から勢いよく押し出され、一気に海岸の方へと到達した。


 私と由希はすかさず夏海の元へ駆け寄る。


「夏海! 良かった、無事に戻ってきて!!」

「ホントだよ、あー心配したっ」


 しかし、安心したのも束の間だった。


 ようやく海水が腰の位置というところまで戻ってきた夏海は、肩にハンスを抱えていた。

 二人とも何故か全身が血まみれで、特にその状態がひどいハンスは意識を失っているようだった。


「なんて姿だ。おい、二人とも大丈夫か!?」

「分からない、だけど気が付いたらハンスさん、大量のクラゲに囲まれていて……っ」

「ちょっ夏海っ!?」


 カリムが急いで駆け寄りハンスの身体を支えれば、夏海は一気にその場に崩れ落ちそうになる。慌てて由希と一緒にそれを受け止めるけど、腕の中で夏海の身体が震えているのがひどく伝わってきた。


 夏海はどこか焦点の定まらない瞳で私を見る。


「梅……お願い」

「え?」

「ハンスさんを助け…………っ」


 それだけ言うと、夏海はそのまま意識を失った。


 え、これは一体どういうこと!?

 一体何が起こったの……!?







「うん、だいぶ顔色良くなってきた。熱も冷めてきたようだね」


 ロッジにある一室で、様子を見に来たクリスが、ベッドに横たわる夏海の額のタオルを取り替えながら言う。

 その言葉にずっと夏海を見守っていた由希と私はほっと一息つくが、未だ目を覚まさない夏海に心はそわそわしたままだ。



 あの後、気絶したハンスと夏海をすぐにロッジに引き入れ、その容態と症状をアサドに調べてもらった。

 アサド曰く、二人ともあちこちクラゲに刺されていて、身体の至る所が腫れていたり出血していたりしていた。毒も回り始めていたようで、すぐにアサドの特効薬を打って、それぞれ別の部屋に寝かせた。



 それから数時間、由希と一緒に夏海の身体の傷に薬を塗りながら様子を見ていたら、さすがはアサドの薬、ついさっきまで真っ青な顔で熱にうなされていた夏海は、今はだいぶ落ち着いた顔で眠っている。


「まさかクラゲが大量発生してるなんて、可哀想に。身体に傷が残らなければいいのにね」


 夏海の首周りの汗を拭いながら、由希が悲しげに言う。

 幸いアサドの薬のおかげで、痛々しかった夏海の身体の傷も、ほとんど収まりつつある。数日のうちには全部消えるだろう。


 それにしても、クラゲが大量発生なんて、偶然起こることだろうか。


 別に私はそこまで海の生態に詳しいわけじゃないし、もしかするとそれは当たり前のことなのかもしれない。だけど、一緒に競争していた他の5人は全く無傷で、二人だけ、というかハンスにだけクラゲが集まるなんて、不自然すぎる。


「塩谷の具合、どうだ?」


 柳さんが様子を見に来た。

 どうやら海に遊びに来ていたオケの団員達を合宿所まで帰らせてきたところらしく、ついでに各団員たちの緊急連絡先を持ってきていた。


 由希が眉尻を下げながら首を横に振る。


「だいぶ落ち着いたけど、まだ……」

「そうか、もう少しして目を覚まさなそうだったら、家に連絡するか」


 それは非常に適切な判断だと思う。

 本来なら救急車レベルの出来事だし、目を覚ましたとき家族が側にいる方が安心するに違いない。

 だけど万が一これに人魚が関わっていて夏海がその呪いの対象なら、それは根本的解決にはならない。


 どうすればいいんだ、と頭を悩ませたとき、由希が「あ」と声を上げた。


「これ、梅乃があげてたやつだよね? こんな色だったっけ……?」


 そう言って由希が手にしたのは、夏海の首に掛かったままのアロマオイルのペンダント。泳いでいるときも付けていてくれていたそれは、小さな小瓶に水色のアロマオイルが入っていたはずなのだが、今はすっかり真っ黒になっている。


「ちょっと、夏海の状態も含めて少しアサドと話してくるね」


 あまりにも不気味なこの状況とそのアロマオイルについて、もう少し情報が欲しい。

 私はこの場に由希と柳さん、そしてクリスを残して、隣の部屋へ向かった。



 隣の部屋では、夏海よりも容態のひどいハンスを、アサドとカリム、そしてフリードが見守っていた。

 中に入ると、カリムが怪訝な表情を向けてきた。


「そっちは様子、どうだ?」

「とりあえずは熱は引いて、怪我も治ってきたってところかな。だいぶ落ち着いてきたけど意識はない。やっぱりハンスの方がひどそうだね」


 ベッド脇まで来ると、その惨状がよく分かる。

 夏海の傷はまだ数えられるレベルではあったし、ほとんど首から下にばかりあったけれど、ハンスは顔にまでガーゼが当てられていた。聞くところによると、本当に見るに堪えないレベルで刺されていたらしい。


「これは完治するのに一週間くらいかかるんじゃないかな。何せ刺されたところが化膿しかけていたからね」

「一週間……」


 あの自尊心の高いハンスが一週間も顔にガーゼを当てるとは、普段の私ならきっとざまーみろと思っていたんだろう。

 だけど、傷だらけの身体でうなされているハンスを見れば、そんな気持ちも起こらなかった。


 すると、しんみりした空気を払拭するかのように、アサドが愉快そう笑って肩を竦めた。


「まあ仕方ないよね、ある意味自業自得みたいなものだし。恨みは残さないに尽きるよ」

「まるで突き放すような物言いだな、それ。ま、確かにハンス自身はこれをただの“不運”と済ませるだろうがな」


 二人の物言いに、私はやっぱりと思う。


「やっぱりこれ、人魚の呪いと関係あるの?」


 “人魚の呪い”、それは「人魚姫」の中でハンスに恋していた人魚姫の姉たちの恨みだ。

 もしかするとハンスが少しでも人魚姫の死に責任を持っていたのなら、そんなものは起こらなかったのかもしれないけれど、元来人魚を信じないハンスにそれを言っても無駄だ。

 姉人魚達の恨みはますます膨れ上がる一方だろう。


 だけど、これまでハンスが肩すかしをしていたせいで、その矛先がハンスの周りの人たちに向いていた。夏海の頭痛だってその一つ。

 それにこれまでは基本的に脳内に働きかけるような間接的な手法だったはず。


 それがまさかハンス本人に、しかも直接怪我を負わせるような事態になるなんて。



「逆に一つ確認なんだけど、夏海ちゃんのペンダント、何色になってた?」


 アサドの質問の意図がよく分からないけれど、まさにそれを尋ねに来たのだと思い出す。


「真っ黒になってたよ」


 すると、二人の魔神は顔を見合わせて「やっぱり」と言う。

 アサドはハンスを見下ろしながら答える。


「クラゲの毒自体、この世界にありふれたものだったから、数が多かったってだけでそこまで大したものじゃないはずなんだよね。だけど、毒に紛れて人魚達の呪いが作用している場合がある」

「毒に紛れて作用? 具体的には?」

「これだよ」


 答えを引き継ぐようにカリムがハンスを指差す。

 ハンスはさっきからずっと苦しそうに呻いたままだ。


「きっと今ハンスは、悪夢にうなされている。多分、夏海ちゃんもうなされてたんじゃない? それをアロマオイルが吸収したってだけなんだけど、ただの悪い夢ってだけなら色は変わらない仕組みになってるんだよね」

「なるほど。つまり塩谷さんのアロマオイルが黒く変わったってことは、人魚が作用してるってことなんだ?」


 それまで黙って私達のやりとりを聞いていたフリードが、神妙に確認する。

 それにアサドは愉快そうな笑みを深め、カリムは眉間のしわを濃くするばかりだ。


「もしかするとこの前の七夕に紛れ込んできたのかもしれないな。レース中に感じたあの濃密な気配、人魚たちのものに変わりない」

「クラゲの大量発生もきっとそうだろうね。聞けばカールもテオも、クラゲなんか全くいなかったと言うし、それに天候も。ほら、あんなに雨降ってたのに、今はもうすっかり晴れてるよ」


 アサドが指差す方を見れば、窓から見える景色は、すっかり綺麗な夕焼けに色づいている。波もすっかり凪いでいて、さっきの天候は何だったのかと言いたいくらいだ。


「でも直接攻撃を仕掛けてくるって、相当ハンスに対して恨み持ってるってことだよね。それ、僕たちも危ないんじゃないの?」


 フリードが不安げな様子で尋ねるけれど、それは私も思っていたことだ。


 おとぎの国にいるはずの人魚が、いつの間にかこちらの世界に来ているのだ。いつでも攻撃できる状況だ。

 しかも今は海で、彼女たちの領域。

 ハンスはともかく既に夏海に被害が降りかかっていたこと自体由々しきことなのに、そこで被害が留まる可能性はゼロじゃない。


 だけどアサドもカリムも、これには首を横に振った。


「それは大丈夫だと思うよ、むしろ彼女たちがこちらの世界に来ているってことは、呪いのことを色々聞けて好都合じゃないかな?」

「本来人魚は悪いヤツらじゃないからな。ハンスに対する恨みは消えないだろうが、他のヤツについては俺らが説得を試みるよ」


 確かに言われてみれば、その通りかもしれない。

 何せ悪いのは全部ハンスなのだ。ハンスが非を認めれば済む話だろうけれど、おそらくそれは望めないので、他の人が無関係であることを理解してもらえればいい。

 今まではおそらく話し合う機会などなかったのだろうけれど、ここには心強い魔神が二人もいる。

 魔神の話となったら、人魚達も真面目に聞いてくれるかもしれない。


「ま、今のところ心配することはハンスの容態と夏海ちゃんの様子かな。梅乃ちゃん、そろそろあっちに戻った方がいいんじゃない?」

「うん、そうだね。また何か分からないことあったら聞きに来るよ」


 一通り確認することが終わったと、私はその場を離れようとする。



 するとそのとき、私の腕を誰かに引き留められる。



 方向からしてベッドから伸びたそれは、今までずっとうなされていたはずのハンスのものだった。


「お、ハンス。起きたのか?」


 カリムの問いかけに視線をずらせば、ハンスはうっすらと瞳を開けていた。

 それどころか、何故かその若草色の瞳は、まっすぐに私を見据えていた。


 寝起き早々のこの反応に、私は戸惑うばかりだ。


「は、ハンス? 起きて、るんだよね?」


 思わずそんな質問をすれば、ハンスは若草色の瞳を和らげ、嬉しそうに柔らかく微笑んだ。

 今までに見たこともないハンスのこの表情に困惑していると、ぐいっと強い力で腕を引かれる。



「やっぱり梅ちゃんだったんだね、俺を助けてくれたのは」



 そんなことを間近で囁かれた次の瞬間、柔らかい感触が唇に当たった。



 って、え!?



 私、ハンスとキスしてる――――!?






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