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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第2章 鏡が教える真実の歌
44/61

5.誰が一番速い?

少し長くなってしまったかもです。

5.誰が一番速い?



 ザザーという波の音が、結構近くで聞こえる。

 同時に気持ちいい風が、頬をくすぐる。

 風に揺られたカーテンが、私の身体を行ったり来たりして、それもまたこそばゆいような心地いいような、とにかく二度寝したくなる感じだ。


 ちょうどこの部屋は西側にあるから、朝日に邪魔されることなくもう少し寝られる。

 そう思って寝返りをうち、身を丸めたとき。


「わっちょっわっちょっとそれはやばいって!! ダメだってそれ!!」


 ん? 突然腕の中から何かの声が聞こえてきた?

 あれ? っていうか何かが胸元に当たっていないか?

 しかもやたらとばたばた動く。っていうかなんかこそばゆい。


「なにいったい……」


 重い瞼をなんとか開けてタオルケットの中を確認する。

 すると、私の腕と胸と膝に囲まれる形で、金緑色のリンゴ大の物体が、エメラルド色のまん丸の瞳をいっぱいいっぱいに見開きこちらを見ている。


 えっと、えーっと、これは一体どういう状況?


 まだ醒めきらない頭を整理しようと固まっていれば、部屋の扉が開く音がした。


「梅乃ちゃーんっ朝だよーごはんだよー起きてーっ!」


 そんな声と共にやって来た人物は、勢いよく私からタオルケットを剥ぎ取った。

 いつものごとく愉しそうに笑ってやってきたアサドは、ベッドに横になる私と、私の身体に囲まれるようにして横たわっている金緑色のカエルを見ると、みるみるうちに金色の瞳を妖しく光らせとてもいい笑顔を浮かべた。


「へーえ? 女の子の生腕と生ももに囲まれて寝るなんて、随分とその姿を堪能しているようだねえ、エロガエルくん」

「まっ待てアサド! 言っておくけど僕は何もしていないからね! この人が勝手にっ僕は不可抗力でっ」

「問答無用!」


 次の瞬間、つんざくような声と共に、フリードの姿が窓の外へと消えていった。

 何が何だか分からないが、とりあえず合掌しておこう。南無。





 そんなわけでオケの合宿二日目。

 昨日はみんなでバーベキューをしてから、そのまま数人がおとぎメンバーのいる白いロッジで泊まることになったのだけれど、流石に合宿所をもぬけの殻にしておくわけにはいかない。


 ということで、起きて早々に合宿所に戻り、朝ご飯と午前の練習。

 だけどそれが終わったら、午後は自主練という名の自由時間だ。

 当然浮き足立っていた女子たちは、練習が終わると同時に海に向かって駆け出す。


 私も特にやることもないので、夏海たちと一緒に海に向かったのだが、何故かそれは突如として始まった。



「なぁなぁ、誰が泳ぐの速いか競争しよーぜ!」



 既に臨戦態勢に入っていたカールが、ニヤニヤいたずらっ子のように笑ってそう切り出す。

 突然の提案に、浜辺で女子達とビーチバレーをして遊んでいたハンスやクリス、そしてこれからシュノーケリングでも行こうかという格好をしていたテオは、きょとんとした顔をする。


 そんな中、いち早く反応したのは、たった今海から上がったばかりのハインさんだった。


「おや、それは面白いですね。やるのなら主の代わりにわたくしが出ましょう」


 などと若干控えめに答えるが、「主の代わり」なんて言って、既に競泳用水着を着ているところを見れば、自分が泳ぐ気満々だ。


 すると、それまできょとんとしていたオケの女子達が、きゃっきゃ嬉しそうにはしゃぎ出す。


「えー誰が泳ぐの速いんだろ、気になる気になるー!」

「あたしはテオさんが速いと思うな」

「えーハンスさんだよーっ」


 もはやその場の雰囲気は、王子たちがスイミングレースする流れだ。

 話題にされているハンスは仕方ないと肩を竦め、テオはやる気になってきたのか、準備体操を始めた。


「じゃあ僕はおやつでも作ってみんなの帰りを待っているね」

「ダメ、クリス兄も参加だぞっ」

「ええー僕そんなに泳ぐの得意じゃないのに……」


 渋るクリスをカールがすかさず引き止める。

 確かにおとぎメンバー、とくに王子たちって普段運動しているイメージがまるでないから、誰が速いのか正直気になる。


 そう思っているところに、新たな挑戦者がやってきた。


「お、競争か? 俺も参加していい?」


 王子4人とハインさんのイケメン外人という、見た目のレベルが高い競争にオケ男子達は誰ひとりとしてこれに参加しようとしなかったのだが、唯一名乗り上げた人物、それは柳さんだった。


 非常にあっさりとした参加に、カールも由希も、その場にいる他のメンツもきょとんとする。


「へーえ、なんか面白いことになってるね。じゃあ、ここをスタートにあそこに見えるポールを折り返し地点として戻ってくる。それでいいかな?」


 いつの間に現れたのか、ごく自然にアサドがその場を仕切る。

 見れば、100メートルほど先に、紅白のポールが立っている。

 アサドの提案に、みんなこくこくと頷くばかりだ。


 すると、急に後ろから誰かに抱きしめられる。


「当然俺の応援してくれるんでしょ、俺の奴隷は」


 少し低めのトーンにふっと耳に息を吹きかけられ、背中が一気にぞわぞわする。

 私は間髪入れずに後ろの男を押しやる。


「だっれが、あんたなんか応援しますかっ」


 振り向けば、ハンスは片口角を持ち上げて、とてもいい笑顔を浮かべている。相変わらず若草色の瞳はまったく笑っていなくて、本当に嫌みったらしい顔だ。


 だけどその後ろにこちらを見ていた夏海と目が合った。

 その瞬間やばいと思ったが、それよりも早く、夏海が勢いよく手を挙げる。


「カール君、あたしもそれ参加する!」


 誰もが予想もしていなかった女子の参加にみんな驚くけれど、夏海なら納得か、ということで夏海の出場が決定した。



 こうしてスイミングレースの参加者が決まった。

 おとぎメンバーからカール、クリス、ハンス、テオ、ハインさん、オケからは柳さんと夏海。


 7人は海岸線に横一列に並び、走る体勢をとる。

 その端で、アサドが愉快そうに笑いながら片手を上げる。


「よし、みんないいかな。位置について、よーい」

「なんかわけの分からない状況になっちゃったなぁ……」

「ホントだよね……あの言い出しっぺ、カエル投げてきた天罰が海の中で下ればいいのに」


 隣で由希が毒づく。どうやら昨日の件は気付いていたようだ。

 由希にもフリードにも合掌するしかない。


 そんな話をしているうちに、アサドの手が勢いよく振り下ろされる。


「どん!」


 その合図と共に、7人は海に向かって走り出し、腰の位置まで浸かったところでそれぞれ泳ぎ始めた。

 浜辺では女の子達の黄色い声が上がる。

 みんな楽しそうで何よりだ。


「うわー……ハイン、水しぶき上げすぎでしょ……」

「あいつだけ無駄に本気っぽいからな」


 いつの間に来ていたのか、カリムがカエルのフリードを連れて隣に並ぶ。

 カリムの言うとおり、海上ではハインさんが水しぶきを上げまくっていて、両隣のカールとテオは非常に泳ぎにくそうにしている。


「あれ? そのカエル、昨日梅乃がずっと持ち歩いてたカエルじゃないの?」


 するとカリムの反対側に座っていた由希が、カリムの手の中のフリードを見てそう言う。

 相変わらずカエルが苦手なのか、若干引き腰だ。

 そんな由希の様子に、察しのいいカリムはニッと笑う。


「あぁ、梅乃が飼ってるカエルだ。だが、ちゃんと躾けてあるからそんな怖がらなくていいぞ」

「たまに飼い主のベッドに忍び込むようなエロガエルだけれどね」


 と、せっかくカリムが由希を安心させようとしていたというのに、それをまるで台無しにするかのようにアサドが割り込む。

 案の定アサドの言葉にフリードがカリムの手の中で暴れ始めるから、由希が再びびくびくと身体を揺らす。


「はぁ、カエル飼ってたり子猫だったアサドさん飼ってたり、梅乃ってばこっそり色々飼ってたんだね」

「いや、アサドは子猫でも何でもないから。ただの変態だから」

「うわっ梅乃ちゃん、ひどいこと言うね」


 だって事実じゃないか。

 現に今だってこんな女子たちいる前で後ろからくっついてくるから、本当にやめてほしい。


 そう思ってアサドを押し返していると、由希がきょとんとした顔で私とアサド、そしてカリムを見る。


「じゃあカリムさんも、梅乃の“何か”だったりするんですか?」


 不思議そうな顔で繰り出した由希の質問に、思わず肩を揺らしてしまう。


「え、由希……何で?」

「うーん、何でだろう、なんとなくそんな気がしたんだよね……」


 ちょっとちょっと由希ちゃん、それはあれですか。

 女の勘ってやつですか?

 と言われても、別にカリムと何かあるわけじゃないし、それで言ったらその質問は他のメンツにも言えることなんじゃないかと思うのだが。


 この質問にカリムが一体なんて答えるのか、私は思わずカリムの方を振り向く。

 カリムは眉を変な形に歪ませながら、それに答えようとする。


 その時だった。


「“何か”って言われても、別に俺は――」




――ツカ……タ、ツ……エタ、ヤツヲ………………

――……イヤツヲ……マ……

――ツイ……ヲツカ…………



「うん……? 今の声、何……?」


 カリムの声に被さって、聞き慣れない別の声が大きくその場に響く。

 何て言っているのかも分からないけれど、他の音を遮ってただそれだけが耳に届いてきた。


 だけど、レースを見ている女の子達はそのまま楽しそうに観戦しているし、カリムもアサドも由希もフリードも、みんな平然としている。

 むしろ、私の言葉に不思議そうな顔をするだけだった。


 アサドがきょとんとした顔で尋ねてくる。


「声……? 梅乃ちゃん、何か聞こえたの?」

「え、聞こえなかったの? あんなに響いてたのに?」

「響く? お前それ、どこから聞こえてきたんだ?」


 眉をひそめて尋ねるカリムに、私は違和感を覚えつつも、聞こえてきた方向を指差した。



 その先は私たちが見ている先、海の向こうで――。



 するとその瞬間、カリムとアサドがびくりと身体を揺らす。


「なぁアサド、この感じ……まさか」

「そう思いたくないけれど、その通りかもね。でも向こうの世界にいるはずなのにどこから……」


 突然深刻そうな顔で話し始めた魔神二人に、当然無関係な由希は不思議そうな顔をするだけだけれど、私も正直よく状況が分からない。


 でも、この様子からして、何か良くないことが海で?

 それって――。



「わぁ! すごいすごい! まさかの一番!!」



 すると、女の子達の黄色い声が一層高くなった。

 海の方を見れば、いつの間にかポールで折り返していた選手の一人が、ようやくゴールインしたのだ。


「あれ……? 僕が一番?」


 あんなに苦手だなんだと渋っておいて、一番速かったのはクリス。

 あのヘタレネガティブが誰よりも速く帰還したのには、かなり予想外だ。


「すごい! クリスさんって実は結構運動神経いいんですね!」

「え、あ、うん、少し鍛えてるからね。でも、僕が勝っちゃうなんて、空気読むべきだったね……」


 などと、せっかく一位を取り女子達に褒められているというのに、何故かネガティブモードに入るクリス。

 次いで到着したのは、めちゃくちゃ水しぶきを上げて他の人達の妨害をしていたハインさん、そして柳さんだ。


 他の4人の姿は、まだ少し遠くに見える。


「これは……少しまずいかもな……」


 隣でカリムが息を飲む。


 すると、ぽつりと空から雨が当たってきた。

 見ればさっきまで晴れ渡っていたはずの空が、いつの間にか厚い雲に覆われていた。


「あれ? でもどうして僕が一位なんだろう。僕よりずっと先にハンスが泳いでいたはずなのに」


 ふとネガティブの淵から戻り、クリスが首を傾げる。

 その場にいる女子達は、さぁと同じように首を傾げるばかりだ。


 だけど、このタイミングで聞こえてきた「ハンス」の名前に、何か嫌な予感が押し寄せてくる。


 そう思っていると、二つの波しぶきが異様な速さで海岸に近づいてきた。


「うあああああっ負けねえっ絶対テオ兄には負けねえぇっ」

「俺だって負けるものか!!」


 そんな言い合いと共にゴールインしたのは、カールとテオ。

 二人とも、泳ぎながらずっとそんな言い合いをしていたようで、すっかりスタミナを切らして浜辺に寝転がる。


 その二人に、アサドが尋ねる。


「ねぇ、二人とも。泳いでくる途中でハンスか夏海ちゃんがどうしてるか知らない?」


 アサドのピンポイントな質問に、私はまさかとカールとテオの方を向く。

 しかし、二人とも眉をひそめて首を横に振るばかりだ。


「っていうか俺ら最後じゃねーの? ハインに妨害されたせいで途中出遅れたんだけど」

「あぁ、少なくとも俺たちが最後じゃなければ折り返すときに会うはずだからな」


 二人の言葉に、私はもう一度海の方を見る。


「ねぇ、少しまずいって、そういうことじゃ……ないよね?」


 思わず私は隣にいたカリムの腕を掴む。

 カリムはもう一度息を飲むばかりだ。


「そうじゃないと願いたいがな」


 降り始めた雨は、段々と勢いを増し始める。

 同時に、沖の方の波が高くなっているのは気のせいか。



 そんな中で、未だ泳いでいるはずのハンスと夏海。



 だけど、そこにはどこにも水しぶきが立っていなかった。





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