4.一緒に来ちゃいました
4.一緒に来ちゃいました
「あっ梅乃ちゃん! 今朝ぶり久しぶりだね!」
そう言って手を振りながら近づいてくるのは、その集団の中で一番背の高い赤髪の男。
普段から胸元の開いたアラブベストを着ているからもはや何とも思わないけれど、惜しみなくさらけ出した褐色肌の上半身に、周りに女の子たちがざわめく。
同時にこちらに向けられる不審の目がイタイ。
「ちょっとちょっと梅乃! 今朝ぶりってどういうことっ!?」
「ど……っどういうって……」
由希が後ろから私の身体をぐあんぐあん揺らして追求してくるけれど、本当になんて答えたらいいんだ!?
すると早くも近くに寄ってきたアサドが私の腕を引っ張り、後ろから抱きしめてくる。
ひええええっみんなそんな目で見ないでええっ!
「ちょっ離し――」
「もう、ボクを置いていくなんてひどいなぁ、ご主人サマ」
アサドが放った言葉に、その場の誰もが息を飲む。
次の瞬間、耳が痛くなるほどの女子達の絶叫が響く。
「「「えええええー!?」」」
「梅乃っ一体どういうこと!?」
「梅……あんたそういう趣味があったの……?」
驚きのあまり、由希が再びぐあんぐあん私を揺らし、夏海が若干引いた目でこちらを見てきた。
いや、待って! 何か誤解している!
っていうかこの男、一体何を言い始めるんだ!?
ひえええええっお願いだからそんな不審者を見る目でこちらを見ないでええええっ!!
「うん、ボクもともとは捨てられた子猫だったんだ。それを梅乃ちゃんに拾われて、助けられたんだ。そしたらこのとおり、人間になったん――っ!?」
すると、ふざけるアサドにまっすぐに何かが飛んできた。その瞬間、私は解放されたけれど、同時にアサドが目を押さえて呻いている。
見れば、いつの間に用意していたのか、ハンスがアサドに向かって水鉄砲を撃っていた。
その様子に私の鞄の中でフリードが盛大にため息を吐く。
「彼は俺の留学仲間でね、日本人の女の子を見てはすぐに口説こうとするから気をつけた方がいいよ」
「もう、水鉄砲は人に向けるものじゃないと思うんだけどなぁ」
相変わらず口元だけの爽やかな笑顔で、ハンスはさらりと毒を混ぜながらアサドを紹介する。対するアサドは文句を言いながらも、いつもの愉快顔だ。
すると、わらわら白いロッジの中から他のメンツが出てくる。
「お、梅乃たちじゃないか。やっぱりこの辺で合宿だったんだな。ハインの言うとおりだ」
「まぁ、聞かれたから俺がハインに伝えておいたんだけどね」
などと、どこか楽しそうに話しかけてくるテオと、それに答えるハンス。
この人もアサドと同じく非常にラフな格好になって、さながらリゾート地に来ヨーロッパ人みたいな風貌だ。
いや、それよりも……。
「ハインさんに聞いたって、伝えたって……え、一体どういうこと……?」
恐る恐る疑問を口にしてみれば、テオの後ろからやって来たハインさんが、それはそれはとてもいい笑顔を浮かべた。
「ええ、あなた方が海で青春されるというのをみすみす逃すわけがありませんでしょう? 我々も楽しませていただきますよ!」
その言葉に、鞄の中のフリードと一緒に盛大にため息を吐く。
要するに、この人たちは自分たちも海でバカンスしたいから、わざわざここに来たということか。
「ねぇハイン、炭どこに置いたか覚えてないかな?」
すると更に、クリスが小首を傾げながらロッジから出てきた。
アサドもテオもハインさんもそんじょそこらにいないようなイケメンだけれど、一番キラキラしたイケメンの登場に、その場の女子たちのざわめきがいっそう濃くなった。
そんな様子をおそらく知らないクリスが、にっこり笑顔を女子たちに向ける。
「これからバーベキューしようと思うのだけど、良ければ一緒にどうかな?」
そのとても素敵なキラキラ王子様スマイルに圧倒されたその場の一同は、私がこの人たちとどういう関係なのかということは一気にどうでもよくなったようだ。
女子たちは目を輝かせてクリスの提案に首を縦に振る。
「うん、狙い通り狙い通り」
オケのみんながきゃっきゃ浮き足立って“イケメン外国人と一緒にバーベキュー”モードに入る中、アサドが愉快そうに再び後ろから抱きついてくる。
家ではもはやいつものことなので諦めつつあるこの行為だけれど、さすがに人前では困る。
と思っていたら、再びその甘顔に水が直撃した。
「だから水鉄砲は人に向けるものじゃないでしょ、ハンス」
「あぁ悪かったね。捨てられた子猫にならいいかと思ったんだ」
アサドは未だに愉快そうに笑っているけれど、対するハンスは何食わぬ顔でどことなく黒いオーラを放っている。
こんなみんながいるところで、なんだか穏やかじゃない雰囲気だ。
「とっとにかく、バーベキューするんでしょ? ほら、準備準備!」
この場の空気が怪しい方向に向かう前に、なんとか二人を制してロッジの方へ送り出す。
もう、何がどうして一体こうなったのか、もはや事態がカオス過ぎて困る。
そう思いつつ私もロッジの方へ移動しようとすると、みんなが移動する中、足取りの遅い夏海に気がつく。
「夏海? どうしたの?」
思わず何も考えずに尋ねてみれば、夏海は少し眉間にしわを寄せてどこか思い詰めたような表情を浮かべていた。
だけどそれもすぐに笑顔の裏に隠される。
「ううん、ただ梅が知らないうちに知らない世界に片足突っ込んでるなぁと思って」
夏海の口から出てきた「知らない世界」というワードに、正直どきりとするけれど、おそらく夏海が言いたいことはそういうことではないのだろう。
夏海はまっすぐに視線を前方に向け、ハンスの後ろ姿を眺めている。
どことなく憂いを帯びたその瞳に、私はまた夏海の癇に障るようなことをしてしまったのではと、不安な気持ちが浮かび上がるのを感じずにはいられなかった。
「はぁ、それにしても一体何でこんなことに」
みんながガヤガヤバーベキューの準備をしている中、私はロッジのバルコニーにあるビーチソファに深くもたれる。
「まったく、ハインと来たら何を企んでいるのかと思いきやそういうことだったとは、あいつも本当にろくでもないな……」
「曲がりなりにもあんたの側近じゃないの……」
バルコニーの手すりに座ってフリードが盛大にため息を吐く。
ちょうど表の方では夏用のウェイターっぽい格好をしたハインさんが、いつになくまともな給仕をオケの女子たちに披露している。
このカエル主人のことなんかまるで放置だ。
「まぁ海で青春なんて、またオツってもんだろ?」
するとどこから現れたのか、アロハシャツに短パンという非常に夏々しい格好のカリムが、右手に団扇と左手にビール瓶を持ってやって来た。
「はぁ、唯一のストッパーがまるで他人事のよう口ぶり……」
「全く、堕ちたもんだね」
などとフリードとぶつぶつ文句を垂らせば、カリムは少しむっとしたように口を尖らせる。
「待て待て、これには一応別の目的もあるんだよ」
「別の目的?」
「うん、そうだよ。夏海ちゃんの頭痛について何か探れないかなと思ってね」
これまたどこから現れたのか、アサドがかなりナチュラルに会話に割り込んできた。
見ればトロピカルジュースのようなものを手に、私の隣のビーチソファに深く腰掛けていた。
「夏海の頭痛? 例の人魚の呪いのことだよね? やっぱりそれは今回が海沿いの合宿だから?」
「うん、そうだね。実際にあれが人魚と関わりがあるのかボクにも分からないけれど、海に関わることで何かしらの頭痛や幻聴が起こるのなら、向こうにとってはこんな絶好のチャンス逃さないよね」
「でも塩谷さんは今、梅乃があげたペンダントをしてるんでしょ? アサドが作った魔法のアロマ入りの。だったら例え人魚と関わりがあっても、それで頭痛を吸収されたら分からないんじゃないの?」
ごもっともな疑問をフリードが代わりにアサドに投げかける。
アサドは少し考える素振りを見せながらも、すぐに疑問に答える。
「これは予想でしかないけど、おそらく人魚たちが本気で怨念を送っているのだとしたら、ボクが作ったあのアロマオイルじゃおそらく太刀打ちできないよ」
「まぁ何せ、人魚もまた海の神ポセイドンの孫娘たちだからな」
言われてあっと気が付いた。
万能な魔神と言われているアサドにも、なんだかんだで苦手な相手がいるのはこの前の件で気づいたばかりだ。それでもってその苦手な相手の中に、創造神に近い人たちが含まれるのだろう。
そうなると、その血筋の人魚たちに対して迂闊に手出しできないというわけか。
「まぁ、太刀打ちできないのはアロマオイルがっていう話だけで、ボクが本気出したら女の子一人くらいはどうってことないし、まだ決まったわけじゃないからね。何も起きなければそれに越したことはないし」
その場の微妙な空気を払拭するかのようにアサドが明るい口調で言う。
確かにその通りだ。何もないのが一番だ。
無事に4日間が過ぎるといいのだけれどなぁ。
「あ、みんなこんなところにいたのか! そろそろやるぜ、バーベキュー!」
するとカールがやたらと楽しげな様子でバルコニーに私たちを呼びに来た。
あんまりここで長話をしていても仕方がないしと、それぞれが立ち上がる。
さてわいわいバーベキューで騒いでいる場所へ行こうとしたとき、ふとカールが浜辺の方へ視線を向けて固まる。
「カール? どうしたの?」
ふと顔から表情をなくしたカールに、その場のみんなが目を丸くする。
不思議に思ってカールの視線の先を辿れば、少し離れた浜辺からこちらに向かって歩いてくる二人の人影が見えた。
それは紛れもなく、由希と柳さんのシルエットだった。
「へぇ、ありゃすっかり二人の世界だな」
「うんうん、これぞ青春って感じだね!」
その二人を眺めながら、カリムがひゅうと口笛を吹き、アサドが愉しそうにニヤニヤする。そんな魔神二人においおいと思うけれど、確かにあの二人はとてもいい雰囲気だ。
まだ付き合って二週間目のはずだけれど、ようやく好きな人と結ばれて、本当に由希は幸せそうに頬を赤く染めている。
隣を歩く柳さんは、見た目じゃ何となくあんまり普段を変わらない様子だけれど、ちゃんと手を繋いでいる。
オレンジ色に染まる二人は、とても幻想的だ。
しかし、あれを眺めてカールが固まったのは意味不明だ。
もう一度尋ねようかと思って、カールの方を振り向く。
だけど、時は既に遅し。
「えっちょっカール!? 僕を一体どうするつもり……ってわあああああああああっ!!」
気が付いたときにはカールは思いっきりフリードをその二人の元へと投げつける。
果たしてカールにそんな腕力があったイメージがないのだけれど、投げられたフリードはとても綺麗な放物線を描き、離れた場所にいる由希と柳さんの間に落ちた。
その瞬間、由希の悲鳴が聞こえる。
「ぎゃーっいきなりっいきなりカエルが降ってきた!!」
「おいっ落ち着けッ」
突然のことに取り乱す由希にそれを宥める柳さん。
ぎゃーぎゃー騒ぐそれは色気とか雰囲気とかまるでなしだけれど、夕日に染まる二人のシルエットはまるで抱き合っているようでもあった。
カールはふんっと顎をしゃくると、特に何も言わずその場を去っていく。
「なにあれ……」
「へーえ、案外知らないところで面白いことになりつつありそうだねぇ」
「やっぱり海で青春を見るのも、またオツだな」
突然のカールの行動に、残された魔神二人はどこか楽しそうにニヤニヤしていたけれど、なんだかもう冷や冷やさせられてたまらない。
あぁ、本当に無事に4日間が終わりますようにと、色んな意味で祈るばかりだ!




