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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第2章 鏡が教える真実の歌
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3.夏だ!海だ!合宿だ!

3.夏だ!海だ!合宿だ!



 そんなこんなで忌々しい期末試験も乗り越え、集中講義のある一部の学生を除き、大学は夏休みに入った。


 そして遂に待ちに待った夏休み最初のイベント、オケの合宿が始まる……はずなのだが。



「こんな日にまで寝坊するなんて、本当に梅ちゃんは予想を裏切らないよね」

「うるさいっだったら先に行ってればいいじゃん! 私はカリムに飛ばしてもらえればいい話だし!」

「たかが朝寝坊の遅刻回避に利用されるとは、はぁ、君は魔神を一体何だと思ってるんだい?」


 そんなの一番あんたに言われたくない言葉だっつーの!

 まったく、一体何が悲しくてこんな日の朝までハンスにいちいち嫌味を言われなくてはいけないんだ。そりゃあ、遠足前の小学生のように夜中3時まで寝れなかった私が悪いし、どうせハンスも同じオケで行き先も同じだから仕方ないと言えば仕方ないのだけれどさ。


「梅乃お嬢様ーっ! 忘れ物でございますー!」


 朝から不快なままにマンションを出たところで、上から呼ばれたので見上げる。

 すると、マンションのベランダから急降下する物体が――。


「ぅゎぁぁぁぁあああああああああああっ」

「え、ちょっえっちょっ!?」


 反射的にかがめば、「ぅぐっ」といううめき声と共にそれは私のボストンバックに落下したようだ。見れば、ボストンバックの上には、金色のランプと共に項垂れる金緑色のカエルの姿が。


 私はため息を吐いて上を見上げる。

 だけど落とした張本人であるハインさんは全く反省した様子もなく、にっこり笑顔を浮かべている。


「合宿の間もよろしくお願いしますね、梅乃お嬢様」

「はあ? それはさすがに――」

「それでは後ほど」


 それだけ言うと、ハインさんはそそくさと中へと消えていった。

 一体あの人は何がしたかったんだ? 確かにランプを忘れかけていたのはいけないけれど、未だ右足が完治していないフリードをベランダから落とすなんて。

 というか、「それでは後ほど」と言った?


 一体、何を企んでいるんだ……?


 するとぐいっと腕を引っ張られた。


「ほら、梅ちゃん。そろそろ行かないと、本当に遅刻しちゃうよ」

「ちょっ腕引っ張んないでよ!」



 そんなこんなで、3泊4日のオケの合宿が始まった。







「ねぇほらほら、梅乃、夏海! 海が見えてきたよ!」


 合宿所に向かうバスの中で、私の前の席に座る由希が、窓の外を指差しながら言ってくる。

 ぐにゃぐにゃカーブの多い道を抜けると、左側一面に海が広がった。晴れ渡った太陽の光を反射して、水面はキラキラ輝いている。


 とても気持ちの良さそうなそれに、由希の隣で夏海がニヤニヤ顔を浮かべる。


「で、由希は、こっそり抜ける計画でも立ててたりするの? 教えなよ」

「ちょっ夏海! しーっしーっ!」

「なるほどねぇ。今晩みんながバーベキューしている間にでもこっそり、もしくは夜中に抜け出して……」

「もう、梅乃! うるさい!」


 げらげら私と夏海でからかえば、由希は顔を真っ赤にする。


 そう、由希といえば、ずっと片思いしていたオケの先輩の柳さんと、遂に付き合うことになったのだ。まぁ、その告白現場を先日の演奏会の後に私は見てしまったわけだけれど、本当にそういうことになるとは正直思っていなかった。

 由希に言わせれば、柳さんはやっぱり由希のことを後輩としか見ていなかったようだけれど、少し押せ押せで言ったら、「じゃあとりあえず」ということで付き合うことになったらしい。


 うん、めでたいことはいいことだ。



 すると、バスの後方の方から女の子たちの悲鳴が上がった。


「きゃーっ誰かーっ男子ー!!」

「カエルっカエルがここにっ!!」


 聞こえてきた声に、まさかと思って振り返る。すると、上の棚に突っ込んでおいたはずのフリードが、いつの間にかバスの通路に落ちていた。

 突然降ってきたカエルに、後方座席に座っていた女の子たちはパニック状態だ。


 やばいと思ってそちらへ行こうとすれば、それはすぐに柳さんに拾われた。


「おいー誰だよ、こんなところにカエル連れてくるヤツ」

「ぅ……わ、私です」


 柳さんの呆れた声に私が弱々しく手を挙げて言えば、バス内各地から「はぁ?」って声が上がった。


「まさか佐倉とはな。ちゃんとしまうなり放すなりしとけよ」

「ぅ……すみませぬ……」


 まったくもって仰るとおりだと柳さんからカエルを受け取れば、こっそりフリードが「しまうなり放すなりって僕はペットじゃないんだけど」と言っていたけれど、この状況は誰が見ても私が拾ったカエルにしか見えないんだと思う。


 すると視界の端で、ハンスが窓枠にもたれかかって項垂れているのが見えた。

 どことなく顔色が悪い気がする。


 そこで私はいいことを思いついた。


 私は前の席に座る夏海の頭をフリードの手でつつく。

 フリードがため息を吐くのはこの際無視だ無視。


「うわっ梅乃! こっちに近付けないでよね!」

「ホントだよ梅。それにカエルで人の頭を突くんじゃありません」

「それは申し訳ないでケロ。でも夏海君、あちらを見るがよいケロ」


 顔の前でフリードの手足を使ってそう言えば、夏海は「はぁ?」と訝しげな顔をしながら、フリードの手が指した方向を見た。

 ちょうど寝ていると思われたのか、ハンスの隣の席は空いていた。

 夏海はそれを見てから、何か言いたそうに私の方へ視線を戻す。


「ほらほら夏海君、行くでケロ」


 構わず私が後押しすると、夏海はふぅと一息吐いて、そちらの席へと向かった。


 本当ならハンスの隣になんて夏海を行かせるのはいいとは思わないけれど、夏海の気持ちと考えると、素直に応援する方がいいのかもしれない。

 それに、夏海の首元にはきちんと先日私があげたアロマオイルのペンダントが下げられていたから、とりあえずは人魚の呪いの件は大丈夫だろう。


「……あんた、僕の魔法が解けたら覚えてなよ」


 などと、ぼそりとフリードが腕の中から言うが、そんなもの覚えてるわけがないので、構わず鞄の中にフリードをしまい込んだ。

 そして夏海の方を伺う。


 夏海がミネラルウォーターを持ってハンスの元へ行けば、ハンスは気怠そうに顔を上げて、毒気のない外向けの笑顔を夏海に向けてミネラルウォーターを受け取った。どうやら車酔いしていたようで、夏海がハンスの背中を優しくさする。


「それにしても、梅乃はそういう人いないの?」


 すると由希が唐突にそんな質問を繰り出してきた。

 その瞬間、何故か鞄が一瞬跳ねた気がする。


「え? そ、そういう人?」

「うん。好きな人というか気になる人というか。前付き合ってた人がヨリ戻したいって言ってたらしいけれど、こっぴどくフったんでしょ? 他にいないの?」


 おいおいおい、いつから私はそんな高飛車女になったんだ。

 確かに前付き合っていた昴さんとは一悶着あったし、それどころか昴さんは実はおとぎの国の極悪人だったということで、おとぎの国へ連行されていったけれど、断じて私がこっぴどくフったわけではない。


 とは言え、他に気になる人か。


 そのとき、ふいに右手に固い感触が当たった。

 視線を落とせば、それは私の左中指に嵌るサファイアの指輪。

 カリムを呼び出す媒体であるそれを眺めながら、そういえばとひと月前の出来事を思い出す。


 そういえば私、カリムに痕残されたことあったんだよね。


 ひと月前、薬に侵された私がカリムに迫り、首と鎖骨に痕を付けられた。

 あれはもう私とカリムの間でなかったことになっているし、流石にあのことで私もカリムを意識することはなくなったけれど、やっぱりなんだか腑に落ちないというか。

 いずれはおとぎの国に帰るからと、特定の存在を作らないと言っていたけれど、その反面、歓楽街で派手な女の子を連れ回していたカリム。


 私のこともそういうことだったのかなと思うと、なんだかモヤモヤするような。

 まぁ、もう一人の魔神アサドが普段からからかい半分でそういう行為をしてくることを考えれば、気にするのも無駄ってヤツなのかな。



 思わずため息が漏れる。


「ふーん、何かあるんだね?」


 ふと言われた由希の言葉にはっと我に返る。


「えっ、ううん、何でも、何でもないよ!」

「ふーん?」


 慌てて表情を戻して顔の前で手を振れば、由希がどこか詮索するように私を眺める。

 だけどしばらくして、由希は夏海とハンスの方へ視線を送った。


「ま、せっかく夏休みなんだし、梅乃も新たな恋が実るといいよね」


 新たな恋、ね。

 そもそもそんな気配すらないのだけれどな。







 朝9時に学校を出発したバスは、一時間半で合宿所に到着した。

 小高い丘に建つそこは緑に囲まれていて、とても気持ちのいい。それでいて海が一望できるから、夏にはぴったりの場所だ。


「梅、由希! 遊びに行かない?」


 昼過ぎに今日の練習が終わって、夏海が今にも海に入れそうな格好になって言ってきた。


 今回のオケの合宿は、もちろん各自楽器も持ってきているし練習もしているけれど、ほとんど名目上は団員達の交流のための、言わばお遊び合宿なのだ。

 なので、合奏練習はどの日程も半日と、かなりゆるゆるな行程なのだ。


 そういうわけで、遊びたい団員達は各自ラフな格好になって、みんなで海に向かうことになった。


「ハンスさん、もう車酔い大丈夫なんですかっ?」

「もう平気だよ、心配かけてごめんね。やっぱり慣れない乗り物はダメだね」

「わーハンスさんも行くんですか?」

「うん、俺も海好きだしね。だけど俺、日本の夏って初めてなんだ。だから色々と教えてくれると嬉しいな」

「「「もちろんですーーーー!!」」」


 なんてハンスハーレム集団も一緒に向かうことになったのは、私としては面白くないのだけれど。


「こういう光景久々に見たけど、相変わらずすげーな。女子独り占め」

「これじゃあ夏海なかなか近づけないね」

「ちょっと由希、あとで海に沈めるよ」

「あ~い~い~」


 呆れた様子でハンス集団をちらりと見る柳さんの隣で由希が夏海を突きながらそう言えば、夏海が由希の唇をつまみ上げる。

 私はやれやれと思いつつ、後ろを振り返った。


 今朝方気持ち悪そうにしていたのはどこへいたのか、非常に清々しい様子で半袖シャツに短パン穿いて、サングラス掛けている。眩しいくらいの金髪は太陽の光を受けてキラキラ輝き、見るからに誰もが憧れるイケメンゲルマン人って感じだ。

 その中身は最低なほどに冷徹で腹黒なんだけれども。


 すると、ハンスがサングラスを少しずらしてこちらに目線を合わせてきた。そして意味ありげにふっと片口角を持ち上げる。

 どこか小馬鹿にしたような口元だけの笑みだ。本当に底意地の悪い。

 私はぷいっと視線を前に戻す。


「あぁ……干上がりそう」


 私の鞄の中でぐったりしているフリードを呟きを聞きながら、海に向かって15分くらい歩く。

 すると白い砂浜が見えてきたので、その場の一同は海に向かって駆け出した。



 そのとき、海に向かって走り出そうとした由希が、私の腕を掴んできた。


「ねぇねぇ梅乃、あそこの人達ってもしかして前に会った人じゃない?」

「うん?」


 言われて由希が指差した方を向く。


 浜辺沿いに建つ、白い大きなロッジ。

 その外観は、いつの時代の欧米かよと思うくらいに、豪華で品のある洋風のつくり。


 いかにもお金持ちの人が別荘に使ってそうなそこのバルコニーでは、見覚えのある、いやむしろ、毎日顔を合わせているはずの、とても見目麗しいゲルマン系や、褐色肌のアラブ人の姿が。


 そのうちのピンクベージュブラウンの長い髪の男が、とてもいい笑顔でこちらに向かって手を振った。



「うーめーのおーじょーさまー! けーさーぶーりーですー!!」



 その声に、思わず私は砂浜に手をつく。



 なんで、なんで……。



 なんでおとぎメンバーがここに来ているんだ――――!?





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