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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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2.その痕、誰?

2.その痕、誰?



 うちから自転車で10分弱走ったところに私たちが通う大学がある。

 その正門をくぐると、まっすぐに農学部棟の講義室へ向かった。


 すると、講義室に入るなり塩谷夏海しおやなつみがこちらにニヤニヤ顔を向けてきていた。



「梅、あんたいつの間にそういう相手が出来たの?」

「え? そういう相手?」

「ほら、ここ」


 そう言って夏海は自分の鎖骨を指差した。そして、私はすぐに気がついた。

 そうだった。

 さっきアサドに噛まれたんだった。

 なんだか色んなことを考えすぎていて、それを隠さなくちゃいけないことをすっかり忘れていた。

 というか、折角消えたのにまたもや付けるとはあんにゃろう。


 とりあえず私は噛まれた痕を手で隠しつつ、ふんっと髪を揺らした。


「ほら、最近湿気むんむんで蚊がすごいじゃない? だから蚊に――」

「にしては結構でかい歯を持つ蚊だねぇ?」

「……ぅ」


 なんとか澄ました顔で誤魔化そうとしていたのに、夏海と来たらそれをさせてくれない。

 とは言っても何と答えればいいんだこれは。


 すると夏海ははっとして、眉根を寄せて深刻そうな顔をした。


「そういえば梅、なんか先週変なことに巻き込まれてたんだったよね? もしかしてそれが……?」


 先週の一件は、私とフリード、そして同じ学科の鬼塚恭介おにづかきょうすけも関わり、最後の方なんかは警察沙汰になっていたくらいだから、同じ農学部資源生物学科の同期の一部ではそれなりに話題になっていた。

 夏海も同様にあの件のことを知っているけれど、首元の痕が消えるまで私はストールでそれとなく隠していたので、実際に私が何をされたかということまでは知らない。

 っていうか首元のはその事件の後だから関係ないのだけれど。


「何でも恭介はかなり殴られて、フリード君は右足骨折したらしいじゃん? あんたも相当ひどいことされたんじゃないの?」

「ううん、私はほとんど無事だったの! むしろあの二人には申し訳ないくらいに」

「そうなんだ……。で、じゃあそれは誰?」


 夏海は再びニヤニヤ笑って尋ねてきた。その変わりように私はしまったと思った。

 これが先週のことでないならどう言えばいいんだ!?

 追究する夏海に私は困って視線を講義室中にさまよわせた。


 すると窓際の席に座るフリードと目が合った。

 フリードは机の外にギプスの巻かれた右足を投げ出しながら、同じ学科の大沢や阿部くんたちと話していた。

 家にいるよりずっと穏やかな表情をしていた。

 だけど私に気がついたその瞳は、すっと細められてすぐにそらされた。そして今のがなかったかのように男子たちと話を続けていた。


 相変わらずの素っ気なさだ。

 なんだかこうも明からさまにそういう態度で居続けられると、結構へこむ。

 私が悪いんだけどさ。


「梅? どうしたの、いきなり黙り込んじゃって」

「え、ううん。別になんでもない」


 そう返せばまたもや夏海は何か思い当たるものがあったかのように眉をぴくりとさせた。そして詮索するような眼差しで私を見てくる。


「な……なに夏海?」

「うーん、もしかしてそれ付けたのって──」

「──梅乃」


 突然背後から声がかけられた。

 振り返ればいつの間にか後ろの席に恭介が座っていた。


「あ、噂の恭介じゃん。もう大丈夫なの?」


 夏海が少し目を見開いて恭介に尋ねる。

 すると恭介は少し渋い顔を作った。


「まぁ、なんとかな」


 先週の一件に加わってしまった恭介は、現場で睡眠薬と痺れ薬を飲まされ、ちんぴら達に踏まれたり蹴られたりしていた。その怪我はそんなにひどくないとメールをもらっていたが、先週はずっと学校を休んでいた恭介だ。それなりにひどかったに違いない。


「そんな顔するなよ、梅乃。週末学校休んでたのは怪我とかじゃなくて家の事情だからな。それに俺の方こそごめん。まさか薬盛られるとは考えてなかったから、肝心なところで倒れちまって」


 考えていることがきっと顔に出ていたのかな、恭介が私の頭をぽんぽんと叩いて安心させてくれる。先週のことは私が突っ走らなければ良かったことなのに、そんなことは微塵も臭わせずにいてくれるどころか、感じなくていい責任を感じているあたり、やっぱり恭介はイイヤツだと思う。

 恭介の少し申し訳なさそうな顔が、どことなく胸を締め付けてくる。


 すると恭介の発言に顔をしかめた夏海が尋ねてくる。


「え、薬盛られるって何なの? そんなに現場はひどかったんだ?」

「え、うん。わっ私は特に何もなかったんだけど、恭介とフリードは睡眠薬と痺れ薬を飲まされたみたいで」

「うわぁ、それで怪我? 尚更現場はひどかったんだね……」


 夏海は眉根を寄せつつ私の背中をぽんぽんと叩いた。


「まぁ、一番被害があったのはフリードぐらいで、俺たちは特に何もなかったということ――」


 しんみりしかけた空気を拭うように恭介が続ける。

 しかしその言葉は最後まで紡がれなかった。

 恭介は徐に私の肩を引っ張り体ごと後ろに向かせてくる。


「きょ……恭介?」


 恭介は急に怖い顔をして私の顔の下、首筋の辺りを凝視している。

 隣から「あちゃー」という夏海の声が聞こえてきた。


 恭介はトーンを低くして聞いてくる。


「梅乃、お前本当に何もなかったのか?」

「え……う、うん。何もなかったよ……?」


 そうは言うものの、恭介は眉間にしわを寄せて私を睨んでくる。まるで今の返答が嘘だと言うことを見破っているかのようだ。だって実際にあの後とんでもないことあったし。


「じゃあこの痕は一体……?」


 肩を掴む恭介の手に力が入る。予想以上の強さに痛みが走るが、それよりも恭介の視線のただならない雰囲気に気圧される。


「ほら恭介! あっちで神崎こうざきたちが呼んでるよ!」

「あ? あぁ、そうだな。じゃあ俺はあっち行くよ、またな」


 夏海の助け船によって、恭介はすんなりと私の肩から手を放し、同じ学科の神崎たちの方へ移動していった。

 実際神崎たちは恭介のことを呼んではいなかったけれど、なんだか良くない雰囲気になりかけていたから恭介も空気を読んだのだろう。


 とにかく心臓に悪い質問が離れて私はほっと一息吐く。



「……で、それを付けたのはハンスさんじゃないよね?」



 恭介がいなくなるとすぐに夏海が尋ねてくる。せっかくその質問から逃れてほっとしていたのに、この子と来たら。

 しかし、さっき助け船をくれた人と同一人物とは思えないくらいに夏海は真剣な目を私に向けてきていた。


「何でここでハンスの名前が出るのさ」

「だってやたらと隠したがるし、それに先週の事件以来、ハンスさんもあんまり機嫌いい感じじゃないし」

「よ……よく見ているねぇ……」


 夏海は同じ学部で同じ学科だけれど、更にサークルも同じオーケストラに所属している。その大学オケにはハンスも所属していて、夏海はハンスに片思い中。

 あんな性格悪いヤツのどこがいいのか分からないけれど、確かに夏海の言うように、先週以来ハンスは機嫌が悪い気がする。

 そんなことは私にはどうでもいいことなんだけれど。


「わ……私がハンスにそんなこと許すと思う?」

「うーん、そうだよね。確かにそれはないか」


 案外夏海はあっさりと引き下がってくれる。

 普段から私がハンスのことを嫌っているのをよく知っているはずの夏海だ。そんなことがないことくらい、分かっているだろう。

 ……本当は薬に侵された状態でハンスに迫ったなんて口が裂けても言えないけれど。


「じゃあ一体誰なの? あたしにも教えてくれないん――……っ」

「ん? 夏海? どうしたの?」


 夏海が更に質問を重ねようとしたところで、いきなり言葉が途切れた。

 何だと思って夏海の方を向けば、夏海は机に肘を立てて頭を抑えていた。なんだかしんどそうだ。


「頭痛? もしかして夏海、風邪気味とか?」

「うーん、分かんないけど、きっとちょっとした偏頭痛だと思うよ」


 夏海は苦しそうに眉間にしわを寄せつつも、少し笑い飛ばして言う。

 正直夏海の表情を見る限り、そんな軽いものではないと思えたが、程なくして夏海は普通の表情に戻ったから、多分大丈夫なんだと思う。



 にしてもこの痕、ちゃんと隠さないといけないなぁ。





次話「3.いらいらする合コン企画」は6月11日20時更新予定です。

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