0.プロローグ(由希)
第5章スタートです。
0.プロローグ
ひらひらと桜が舞い散る大学構内のカフェ。
そこからサークル会館へ行く途中で、あたしたちが話していたこと覚えてる?
あたしはよく覚えてるよ。
あのとき一緒に流れていた桜の歌と一緒に、最近よく思い出すんだ。
あのときはちょうど、新学期が始まったばかりで、大学構内のすべてが春色に染まっていて、きっとこの先に楽しいことが待っていると思っていたんだ。
「はーあ、あたしたちも今日からついに3年生かぁ。可愛がられる時代も過ぎちゃったなぁ」
フレッシュな雰囲気を漂わせる桜の歌を聴きながら、あたしが少しセンチメンタルになってそう言えば、夏海と梅乃は一瞬だけ目を丸くして、そして笑い声を上げた。
「何言ってんの由希。すでにいっこ下に後輩いるんだから大して変わらないじゃん」
「違うよ夏海。由希は柳さんが後輩よしよししてるの見るのが嫌なんだよ」
「ちょっと梅乃! 何言ってんのよ!」
あたしが顔を赤くして梅乃を怒る様子に、梅乃も夏海も楽しそうに笑っていた。
「まぁ、柳さんは大学院行くらしいし、よかったじゃん」
夏海がにこやかにぽんぽんとあたしの肩を叩いたけど、あたしは逆に夏海に恨めしげな視線を送ってやった。
「良かったじゃないよー! 梅乃はともかく、夏海ってば超ヒトゴト! いい加減夏海もカレシ作りなよねー」
「ぅ……あたしは別にいいじゃん。っていうかあたし、昨日帰国したばっかりだし」
「いやいや、ダメだよ夏海。せっかくの大学時代、スキューバもいいけど恋もしないと!」
「梅……あんたも他人事じゃなくなったんでしょーが」
あたしに便乗して梅乃も楽しそうに言えば、今度は夏海が梅乃に恨めしげな視線を送った。だけど、当の梅乃はどこ吹く風だ。
このときの夏海と言えば、恋愛の「れ」の字もなく、スキューバダイビングかオケの二択。ちょうど新学期が始まる直前までドバイに行っていた。春先なのによく日焼けしていたのを思い出すよ。
一方梅乃と言えば、これは後から知ったんだけど、春休み中に付き合ってた人と別れたみたいで、しばらくはカレシいらないとか言っていたっけ。
「そんなことより、あたしは夏休みどこ行くかそっちの方が大事だなぁ」
夏海が肩を竦めながらそう言った。
結局はスキューバばかりの夏海に、梅乃があははと笑い声を上げた。
「夏海ってば、昨日一昨日までドバイにいたくせに、もう次の話? 気が早い」
「えーそお? でも由希の言葉を借りれば、あたしたちもう大学3年だからね。大学院行く行かないは別にして、夏休みもあと2回だけだよ? 満喫しないと」
「まぁ確かにね。社会人になったら夏休みなんてないんだもんねー……」
このとき、そんなことを話す梅乃と夏海を見て、あたしはふといいことを思いついた。
「じゃあさ、夏休み、どこか旅行しに行こうよ!」
手を叩いてそう提案すれば、二人ともきょとんとした顔をこちらに向けてきた。
「日帰りでどこか行くことはあるけどさ、せっかくなんだし、二泊三日とか一週間とかでどこか遊びに行こうよ。海でも山でも温泉でも! 就活始まっちゃうと三人なかなか揃わなくなるだろうしさ!」
どこに行くのかもいつ行くのかも決まっていないというのに、三人で一緒に旅行行くこと考え出したら、あたしは何だか急に楽しくなってきたんだ。そんな話をしていると、次第に梅乃も夏海も楽しそうに笑ってくれて、今年の夏の予定が決まったんだよね。
この先、楽しいことが待ち受けている。
タイムリーにもちょうどその時流れていた桜の歌にそんな歌詞があって、それは絶対に叶うと思っていた。
恋は難航だけど、オケも学校も友達も、すべてが充実していて、すべてが春色だった。
何より、梅乃と夏海といつでも一緒にいられるのが幸せだった。
あたしだけ学部が違うから、少しだけ疎外感感じてさびしかったりもしたけれど、二人とも、そんなこと関係ないとでも言うかのように、あたしを自然に混ぜてくれる。
とっても居心地がいい場所なんだ。
だけどね、最近は少し、居心地が悪い。
だって、梅乃と夏海の間に、妙な壁を感じる。
誰よりも、あたしですら疎外感感じるくらいに仲のいいはずの梅乃と夏海が、どこか気まずい空気を放っている。
ずっと二人を見てきたから、何が原因かは分かる。
夏海の態度だって共感できちゃうし、梅乃の気持ちだって分かるよ。
それでいながら、二人が仲直りしたいと思ってることだって、痛いほどよく分かる。
だけど、お互い避けてばっかりじゃダメなんだよ。
ちゃんと話し合わないと、本当の気持ちは伝わらない。
だから早く仲直りして、前みたいに三人で楽しく遊ぼうよ。
早くみんなで笑い合いたいよ。
この先、楽しいことが待ち受けている。
あのときはそうなると信じ込んでいた歌詞が、空しくあたしの頭に響く。
ねえ、気付いてるかな?
もう、夏がもうすぐそこに迫っているってこと。
旅行の予定だって、一緒に近づいてきているんだよ。




