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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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35.夜明け

35.夜明け



 マンションの屋上に置かれている一本のワインボトルに二つのグラス。

 漂う残り香は二人分。

 それが何を意味しているかなど、容易に想像が付く。


 現にそれを証明するかのように、その香りは舞い戻ってきた。


「へえ? さすがは色男。疲れた主人を連れ回すなんて、やることが違う」


 アサドはいつものように両口角を持ち上げ、笑みを深める。

 一見すると愉快そうな表情だが、その金色の瞳は面白くなさそうに細められている。

 言葉の端々に棘があるのも、わざとだろう。


 やってきたカリムははぁとため息を吐いた。


「色々あったんだ。少しくらい気を紛らわせてやったっていいだろ?」


 カリムは横抱きにしていた梅乃を抱え直す。

 すっかり泣き疲れて寝てしまった二人の主は、カリムの胸にもたれかかりながら、身じろぎをする。


 その瞬間、アサドの金色の瞳がキラリと光る。


「別に悪いなんてひと言も言ってない。むしろ本当に献身的で感心するね」

「はぁ、なら何でそんな苛立ってるんだよ」

「苛立つ? このボクが? なかなか愉快なことを言うねえ」

「だが事実だろ?」


 二人の視線がまっすぐにぶつかる。

 琥珀色の方は呆れたような様子だが、金色の方は確かな苛立ちが伺える。



 アサドは一度気を落ち着けるかのように目を瞑り、手に持っていた紙束を掲げる。


「これ、号外だって。なかなか面白いことになってるみたいだよ」


 気を取り直したアサドは、いつもと同じく愉しげに笑ってそれをカリムとの間に投げつける。カリムは、同時にアサドが出したふかふかのマットレスに梅乃を寝かせると、それを宙に浮かして拾い上げる。


 そして眉をひそめた。


「穏やかじゃねーな」


 アサドが渡したのは“おとぎの国新聞”。

 おとぎの国で起こっていることを知るために、どういうルートからか普段はハインが毎日受け取っているそれは、今日の昼頃こちらの世界に訪れた検非違使たちが残していったものだった。


 その一面には大きな文字でこう書かれていた。



『監獄からの脱走、複数地域で多発』



「少し離れてる間にかなり物騒なことになってるじゃねえか」

「みたいだね。検非違使たち曰く、それに加えて今の統制も不安定になってきているみたいだよ。災難だね」


 自分たちの国のことなのに、アサドの口ぶりはまるで他人事のようだ。

 確かに今はおとぎの国とは別世界に来ているし、王子たちの留学の監視が二人の今の役目であるから、それを果たす以外おとぎの国に対して二人が出来ることなどほとんどない。


 だが、そんな単純な話ではない。


「同じことがまた起きなければいいのにな」


 カリムは新聞から視線を外す。

 その視線の先では、梅乃がマットレスの上で気持ちよさそうに眠っている。

 アサドは無防備なその寝顔を眺めながら、眉根を寄せて苦しげな表情を浮かべる。


 しかしそれはすぐに笑顔の後ろに隠された。


「本当に、嫌になっちゃうよね。万能だからって無茶ばっかり言いつけてくるけど、そんなの所詮は物語の中だけの話だっていうのにさ」


 アサドは盛大にため息を吐きながら、へらへら笑って言う。

 口調はいつものように軽い調子ではあるのだが、カリムは片眉を上げてアサドを見やる。


「何だ、珍しく卑屈だな」

「そう見える? だって事実でしょ。本当にボクが万能な魔神だったなら、カエル君の魔法だって今頃解けてるだろうし、織姫の手枷だって通用しないはずだよ」


 まさしくそれはその通りだった。

 「アラジンと魔法のランプ」においてこそ、何でも願いを叶えられる魔神としてアサドは活躍した。だが、おとぎの国にはアサドと同じように、万能な魔法使いも神も沢山いる。その中で相性の悪い魔法を扱う者が現れた場合、当然一筋縄ではいかなくなる。


 今回はまさに、そんな状態だったのだ。


「まぁ俺にしちゃ、贅沢な悩みに聞こえるけどな」


 ふと、カリムが大して興味なさそうにグラスに入ったままのワインを煽った。

 それを横目で見ながらアサドはふんっと鼻で笑う。


「へえ? ボクが羨ましいの?」


 どことなく愉快そうに、どことなく嘲笑気味に、アサドは言う。

 カリムはもう一杯ワインを飲むと、アサドに顔を向けてニッと笑みを浮かべた。



「あぁ、羨ましいさ。ほとんど風しか操れない俺の力より遥かにな」



 その瞬間、アサドの顔から表情が消える。



「……そういえば、さっき沼男がカリムを探してたよ」

「はあ? こんな時間に?」

「うん、いいお酒があるから取りに来いって言ってた」


 どことなくぶっきらぼうなアサドの口調にカリムは違和感を覚えつつも、ため息を吐いて頭をガリガリ掻いた。


「あいつも毎度急だな。仕方ねーな。梅乃のこと、頼んだぞ」


 カリムは非常にあっさりとした様子でその場を去っていった。



 屋上に残るのは、マットレスに横になる梅乃と、無表情のまま立ちつくすアサド。



 濃紺色の相棒の姿が見えなくなると、アサドはふっと鼻で笑った。


「ハッ贅沢な悩み? 僕の力が羨ましいって?」


 例え万能だと言えども、この力は何の役にも立たなかった。

 目の前で殺されそうになっているこの子を、ただ見ているだけしかできなかったのだ。


「僕だってカリムが羨ましいよ」


 例えほとんど風しか扱えなくても、最終的にご主人様を救うのは自分じゃなく、カリムだ。

 それは物語の中でもそうだし、今でもそうだ。

 いつだって自分は万能な魔神だからとランプごと盗まれ、本当に守りたい人を助けられなくなる。


 そんな自分の一体どこを羨ましいというのか。



「だけど……君はそんな僕を必要としてくれるんだね」



 アサドは金色の瞳を細めてマットレスに眠る梅乃を見る。

 無垢な寝顔で横になる彼女は、昼間、身を挺して言ってくれたのだ。



 アサドの主人にふさわしいのは、自分だと――。



 偶然ランプを手に入れてしまったが故に主人になっただけの梅乃。

 いつだってランプをほったらかして、願い事を一つだって言ったこともない。

 この身体に宿る力もほとんど使わないし、そもそも必要としていない。


 それなのに、ランプを盗んでこの力を悪用しようとしたオリオンから、ボロボロになってまで取り返してくれた。

 人力では絶対外れないというのに、火に飲まれながらも最後まで諦めずにこの身を助けようとしてくれた。


 あのときは本当に切羽詰まっていたから、きっとこの子は四の五の考えずに必死だったのだろう。



 だけど、それがどれだけこの心を救ったことか。



「本当に君がご主人様で良かったって思うよ」



 アサドはマットレスの端に座り、眠る梅乃の右手を両手で包み込む。

 自分のものに比べればかなり小さいその手の甲に、唇を寄せる。


 そして顔を上げて梅乃の寝顔を見つめると、アサドはふっと力なく笑う。



「だけど、僕みたいなのを本気にさせない方がいいよ」



 むしろ、もう手遅れだ。

 昼間、梅乃がオリオンに向かって先ほどの言葉を放ったとき、この心は一瞬にして梅乃に落ちた。



 心の底から梅乃を守りたいと思った。



 しかし、その気持ちを言うつもりは、ない。


 何故なら自分はいずれここから去る身だ。

 今の仕事が終わっても再びこの世界に来られるかは分からない。


 それに自分には帰るべきところがある。

 決して逆らえない相手のところへ。


 別れることは確実なのに、それ以上の関係を求めるなど辛いだけだ。

 だから心の奥底にしまっておくに限る。



 だが、今この瞬間だけは――――。



「今だけは、許して」



 切なげな声と共に、アサドは梅乃の頬に口づけを落とした。







――ねぇねぇ、あの男を見た?

――えぇ、見たわ! 一体いつぶりかしら?


 夜明けと共に消えた橋を眺めながら、それらはヒソヒソと話し始める。

 まるで女の噂話かのようだが、それらはまったく穏やかな様子ではなかった。


 むしろ、言葉の端々には憎しみが込められている。


――あの男、私たちの叔父さまを殺したわ!

――本当に許せない、私たちの仇よ!

――えぇ、あの男は何度でも私たちの大切なものを奪うんだわ!!


 段々と、言葉に殺意が含まれる。


――殺しましょ?


――えぇ、それがいいわ。あの男を殺しましょう。



――私たちの妹を殺したあの男に、今こそ復讐よ…………!!





お付き合いありがとうございました!

これで今章「遥かな銀河の彼方から」は完結です。

あとがき的なものも、後ほど活動報告に上げるので、そちらも一読下さればと思います。


これからもお付き合いよろしくお願いします。

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