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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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31.フリードのお願い

31.フリードのお願い



 この空間を揺らすほどの凄まじい風に、カリムがやって来たんだと少なくとも私とフリードは安心しかけた。


 だけどそれはほんの束の間だった。



「ちょっと! カリムが来たんじゃなかったの!?」

「そんなこと私に言われたって分かんないよ! あぁもうっ何でこれこんな頑丈なの!?」



 炎に包まれる中で、私とフリードはアサドの手枷を急いで外しにかかっていた。


 昴さんが消えてから数分後、どこからか焦げた匂いがすると思って空間内を見渡せば、パチパチという音が同じ方向から聞こえてきた。不審に思ったフリードがそちらを確認しに行けば、隣の部屋から火が上がっていた。それは凄まじい勢いで広がり、すぐに私たちがいた部屋に燃え移ってきた。

 やばいと思ったときには出口は既に鍵を掛けられている。窓もないし逃げ道になるところがない。


 なにより、手枷に繋がれたままのアサドをそのままには出来ない。


「梅乃ちゃん、頭を下げて!」


 その瞬間、アサドの手から燃えさかる火に向かって水や砂が飛び出る。

 それらは壁に燃え移ろうとしている火は打ち消せたが、炎は次から次へと広がる。


「本当に忌々しい手枷だね……こんなのなかったら一瞬で消せたのに」


 アサドは眉間に皺を刻みながら吐き捨てるように言う。

 どうやらこの頑丈な手枷は、アサドの魔法も制御しているようで、手が向けられる範囲の消火しか出来ないらしい。

 それなら尚更この手枷を外せられればいいのだが、本当にどうやって出来ているのか、感触はただの絹のようなのにちぎれる様子はなく、全然ビクともしない・


 ダンッダンッ!


 フリードが扉に何度も体当たりをする。

 だけど本来の姿に戻ったフリードは右足も再び骨折した状態になっているため、体当たりするにも足に力が入らず思うように威力を出せない。

 おまけに扉にも火が移り始めている。


「カエル君、ちょっと下がってて」


 言うが早いか、アサドは片手で部屋の火を消しながら、もう片方の手を扉に向ける。

 すると扉がぐにゃりと曲がり、人一人分が通れるくらいの穴が出来た。

 ついでにアサドはそこまでの道を塞ごうとしている火に水を飛ばして消す。


「三人とも、ほら、今のうちだよ」


 アサドは部屋のあちこちに向かって水流や砂を放つけれど、勢いの強い炎はそれすらも飲み込み威力を増す。

 もはやアサドの消火が追いつかないくらいに炎はこの空間を包み込んでいた。


「げほごほ……っあつい……熱いですわ……」


 一番部屋の奥にいたシャルロッテが息苦しそうに喘ぎ始める。

 火が回り出したとき、一番にパニック状態を起こしていたため、結構な煙を吸い込んでしまったに違いない。同時にパチパチと音を立てる炎は、シャルロッテの長いドレスにまで及ぼうとしているけれど、本人はそれに気づく様子もない。


 私は咄嗟にシャルロッテに手を伸ばす。


「なっ一体何を――!?」

「いいから! あんた何もしないなら先に行って!」

「何ですって……!? むしろこの状況で何をしろと――」

「フリード! シャルロッテを先に出して行って!!」


 そのままシャルロッテの腕を引き、扉付近にいるフリードに託す。

 だけどフリードはエメラルド色の瞳を丸くしてこちらを見るだけだった。


「先に行ってって、あんたは? それにアサドだって!」


 フリードはシャルロッテを扉付近に置いたままこちらにやって来る。

 だけど足を引きずっていて、身体だってふらふらな状態だ。


「梅乃ちゃん、ボクは人間じゃないから燃えたりしないし、大丈夫だよ」


 それまでのせっぱ詰まった様子とは一転して、ふとアサドが軽い口調でそう言った。見れば、いつものように愉快そうな顔でへらへら笑っている。

 そんな顔をしながら消火を続けるアサドの手には、フリードにかかっていた魔法を解こうとしたときに出来た火傷みたいな痕が未だに残っていた。


 私はたまらない気持ちになる。


「何言ってんの! 怒るよ!」

「梅乃ちゃん?」

「人間じゃないとか関係ない! 一緒に脱出するの!!」


 こんな状況でああだのこうだの言っている場合じゃない!

 とにかくこの手枷をいち早くどうにかしなければ。

 何故か困惑するアサドをそのままに、私は手枷の鎖が繋がっている壁の鉤に手を伸ばす。


「梅乃ちゃん! ダメだ! 避けて!!」

「梅乃!!」

「え――!?」


 その瞬間、勢いよく床に倒される。

 遅れて天井の一部が少し離れたところに落ちる。


 落ちたそれは、燃えさかる炎に飲まれていく。


「……はぁはぁ……二人とも大丈夫……?」


 アサドが息を切らして尋ねてくる。

 見ればアサドはさっき落ちてきた天井の一部に手を向けていて、私の足下にフリードがうつぶせになって倒れていた。

 どうやら私はフリードに突き飛ばされたみたいだけれど、アサドの魔法がなければ私もフリードも天井の下敷きになって火に飲まれることになっていたのだ。それを想像すると、急に心臓がバクバクと音を立て、身体が震え出してきた。


「はぁ……僕は大丈夫だ……あんたは――ッ!!」


 フリードは起き上がろうと突っ張った腕を折り曲げ、再び地に伏した。

 再び腕を立てて上半身を持ち上げるけれど、下半身は下がったままで、どうやら足に力が入らないようだ。


「あっあなたたち早く出なければ燃えますわよ!!」

「そんなの分かってるよ!」


 未だに逃げないまま立ちすくむシャルロッテが私たちに叫ぶ。

 だけどそんなこと言われたってこの状況どうすればいいの?


 繋がれたアサドに足が動かないフリード。

 いや、フリードは私が手を引けば脱出させられるかもしれない。

 急がないと。

 そう思うのにこんなときになって身体が震えだして立ち上がれない。


 お願い動いてよ、私の身体。

 お願い誰か、助けてよ。



 お願いだからカリム、早く来てよ――――!!



「――――!! 二人とも、そのまま伏せてて!!」


 突然ハッとしたアサドが私たちに向かって叫ぶ。

 同時に私たちの周りに薄い水の膜が張った。


 そして次の瞬間。



 ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!



 凄まじい勢いの水が、炎に包まれる壁の一つを突き破ってこの空間に流れてきた。

 滝のようにとても速い速度で流れてきたそれに、私は身を縮ませ目を瞑る。アサドが張ってくれた水の膜のおかげでその水流に溺れるなんてことはないみたいだけれど、あまりの勢いにこの水の膜ごと一緒に持って行かれそうだ。


 水流はこの空間に入ってきた勢いでどこかへ流れ出ていく。

 そして再び向きを変えてこの空間に戻り、同じ勢いのまま、またどこかへ出ていった。


 火の音も水の音もしなくなったなと思ったとき、タンっという音が聞こえてきた。



「悪い……遅くなったな」



 深く息を吐きながら発せられた低めの声に、私は恐る恐るまぶたを開ける。

 まぶしい光と共に視界に飛び込んできた人物を、私は信じられない気持ちで呆然と眺める。


「お前ら、とにかく無事なんだな? はぁ、なんとか間に合って良かった……」


 そこには、大粒の汗を掻きながら私たちの無事をしみじみと安心するカリムの姿。

 片手で水の大玉を宙に浮かせていたカリムは、それをどこかへ飛ばすと、私たちの側へ歩み寄ってきた。


「はぁ……まったく……おそいよ」

「今度こそ本当に……僕たち助かったん……」


 自分の分の水の膜を張らずにずっと真剣な顔で私たちが流されるのを食い止めていたアサドが、ずぶ濡れになりながらもいつもみたいに笑い飛ばそうとした。だけど息を切らしているせいか別の理由か、言葉を上手く紡げず、顔も強ばったままだ。

 フリードもフリードでカリムがやって来たことを目視で確認した途端、肩で荒く呼吸をしながらその場に乱暴にうつぶせになった。


 その様子を見ながら、じわじわと心の奥底からたまらない気持ちが溢れだしてきた。


「おい、梅乃? 大丈夫か?」


 その場に仰向けに寝転がれば、カリムが不審な声を上げて私を覗き込んできた。

 だけどそれよりも早く私は自分の顔を隠す。



「本当に……助かったんだね、私たち……っ!!」



 一言口に出せば、一気にその事実が自分の中に広がって、同時に涙が流れ出てくる。それは止めようと思っても堰き止められないくらいの勢いで、その場にみんながいるのにもかかわらず、私は大声を上げて泣きわめいてしまった。


 だって本当に死ぬかと思った。

 昴さんに銃を向けられ、撃たれ、助かったと思いきや今の火事だ。

 アサドの手枷は外れないし、火はなかなか消えないし、本当にもう絶望的な気持ちだった。

 太陽の位置を考えれば、たった数時間の話だったのだろうけれど、私にはいっぱいいっぱいでどうすることもできなかった。


 だけどもう昴さんも火もどこにもなくて、私たちを助けてくれたカリムがそこにいる。

 私たちは本当に助かったのだ。


「本当に遅くなって悪かったな」


 カリムは優しい口調でそう言いながら、私の頭を撫でてくれる。

 それが更に私を安心させ、次から次へと涙を溢れさせた。



「こちらはこちらでかなり大変な状況だったようだね」



 すると、どこからか聞き慣れない声がした。


「まさかキミまで来ていたなんてね、アポロン」


 ようやくいつも通りの口調に戻ったアサドの声に、私は「え?」と泣き顔のまま顔を上げた。

 見れば、いつの間にかキツネのお面と着物を着た人たちと、古代ギリシアっぽい格好の人たちが現れていて、その中でも一歩前に出た人は、美術や倫理の教科書で見た彫像とそっくりな姿形をしていた。


 まさかと思うけれど、この人がアポロン?


 アポロンと呼ばれた人は肩を竦めながら手に持っていた斧を振り上げた。

 次の瞬間、未だアサドを繋いでいた手枷を真っ二つに割れる。

 ようやく解放されたアサドは両手首をくねらせながら、ギリシアっぽい格好をした人たちへ視線を巡らし、ふんっと皮肉げに笑みを浮かべた。


「殺したくて止まない男に捕まるなんて、なかなかにカッコ悪い末路だね」


 その視線の先には、ギリシアっぽい格好をした人たちに担がれている昴さんの姿があった。

 それを見た途端、私は思わず身体をビクッと揺らした。


「サソリの毒で意識を失わせているから大丈夫だ。安心したまえ」


 アポロンと呼ばれた人が私の様子を見てそう言う。

 この人たちもそうだしこの状況も何が何だかと頭が混乱していると、キツネ面たちの中から着物を着た女の子が現れた。


「あの、アサドさま。本当にもうしわけありませんでした」


 その子は深々とアサドに向かって頭を下げた。


 それから色々と事情を教えてもらった。

 アサドに謝罪をした子が「七夕物語」の織姫で、先月昴さんに誘拐されこちらの世界に来てアサドを捕まえる手枷を作っていたこと。どうやらアポロンと呼ばれた人は本物のようで、かぐや姫の宝物の盗難などおとぎの国で色々と問題を起こした昴さん――オリオンを捕まえにギリシア神話の人やキツネ面の人たちがやって来たこと。


 あまりに想像からかけ離れたことばかりすぎて頭が追いつかなかったけれど、とにかくすべてこの瞬間に解決したと言うことだけは理解できた。


「それでは我々は任務を完遂したのでおとぎの国へ戻る。それではさらば」


 事情を話すだけ話したアポロンは、ギリシア神話の人やキツネ面の人たちを引き連れて颯爽と姿を消していった。



「何はともあれ、君たちが無事で本当に良かったよ」



 肩を竦ませ涼しげに言われた一言で、ようやくハンスもここに来ていたのだと気が付く。

 だけどそれを口にする前に、ハンスのスーツ姿を見てあっと大事なことを思い出した。


「どうしよう……もう演奏会終わってるよね……?」


 昴さんに連れて来られてそれどころじゃなかったけれど、私にとって今日のその演奏会はとても大事なものだったのだ。だけど13時半から始まるそれは、日が西に傾きかけているこの時間には既に終わっていることだろう。


「この期に及んでそんなこと気にするの? 本当にどうしようもないね」


 ハンスは顔を顰めて盛大にため息を吐く。

 いつもだったら不平不満を漏らしていたと思うけれど、確かにハンスの言うとおり、それどころじゃない状況だったのだ。

 むしろ命が助かっただけでも本当に良かったのに、なんだかやっぱり残念な気がしてしまう。


 するとそれまでうつぶせに息をしていたフリードが、徐に起き上がり、アサドの方に身体を向き直って座り直した。

 未だに痛む足を崩しながら取ったその姿勢はおそらく正座の形で、フリードはそのまま地面に手を付いてひれ伏した。


 まさにそれは土下座の姿勢で、いきなり取ったその行動に、その場にいる全員が息を呑んだ。


「カエル君?」

「どんな代償でも払うし、一生カエル姿になったって構わない。だからお願いだ」


 思わずといった様子で苦笑を漏らしながら尋ねるアサドに、フリードはそのままの姿勢で言葉を紡いだ。



「アサドの魔法で、時間を戻して」





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