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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
32/61

30.逃亡の末に(恭介)

恭介視点です

30.逃亡の末に



 凄まじい勢いの風が、勢いよく吹き付ける。

 正直足に力を入れていなければ、そのまま飛ばされてしまいそうな凄まじさだ。

 7月の良く晴れた夕方にこんな強風、普通なら台風以外にはあり得ないのだが、それはつい5分ほど前から、とある山にだけ吹き付けている。


 そう、青色アラブの力によって。



 約二時間半前、俺は青色アラブによって梅乃の部屋から瞬時に別の場所へと移動した。

 移動した先はオケの演奏会がやっているというホールの裏口。

 そこで待っていたのは、いつかも見たことのある金髪白人イケメンに二人の茶髪の欧米系。これまでの話を察するに、おそらくこいつらも青色アラブたちと一緒でおとぎの国から来た連中なのだろうが、どうにも深刻そうな雰囲気を醸し出していた。


 それもそのはず、本来なら舞台で演奏をしている最中の梅乃が、開演直前に気絶させられ攫われたらしい。

 それも、昴さんによって。


 まさかそんな事態になっているなんて思っていなかった俺と青色アラブは、当然戦慄した。

 しかし、青色アラブを呼ぶ媒体の魔法の指輪が、目の前の金髪白人の手元にある状態じゃ、瞬時に梅乃の居場所を特定することは出来ないらしい。また、梅乃の部屋があのどこぞの洋館であったなら、梅乃を見つけ出す道具も使えたらしいが、それが元通りになってしまってはそれもかなわない。


 男が五人も揃っているというのに、辺り構わず探し出すしか打つ手なしかという話になりかけたとき、梅乃の部屋で別れたばかりのアポロン達ギリシア神話のヤツらやキツネ面共がやって来た。聞けばアポロンの光の力を駆使すれば、大まかには居場所を特定することが出来るらしい。

 すかさず俺たちはアポロンにお願いし、この辺一帯を照らし出してもらった。


 それでも梅乃たちの居場所が、舞台ホールから車で一時間半かかる東の山だと分かるまでに二時間くらい要してしまった。

 そうして俺と青色アラブと金髪色白イケメン、そしてアポロン達は瞬時にその山の入り口に移動し、残った二人の茶髪は、青色アラブが電話で話していたやつの救助に向かっていった。


 ただ、ひと言に山と言ってもこれがまた無駄に広いし、山のどの辺にいるのかまでは特定できていない。そこで、二つある山の入り口に、俺と青色アラブ、そして金髪色白イケメンとアポロン達とそれぞれ二手に分かれ、昴さんを炙り出そうという作戦に出た。



 それが青色アラブが巻き起こした、この凄まじい勢いの突風だ。



「ようやくお出ましのようだぞ」



 風を巻き起こしてから5分が経過したとき、青色アラブは声のトーンを低くして言う。

 そして次の瞬間、俺と青色アラブは山の入り口から山道に移動した。


 その向かいからやって来るのは、車に乗った昴さんだった。


 青色アラブは前に手をかざすと、昴さんの乗った車に向かって刃物のように鋭い風を送った。それは一瞬にして昴さんの車のフロントガラスを突き破り、タイヤをパンクさせた。

 使い物にならなくなった車から、昴さんが慌てて出てくる。


 俺たちの前に現れた昴さんは、悔しげに顔を歪めて拳銃を俺たちに向ける。

 しかし、車と同様、昴さんの身体は既にボロボロになっていた。


「そんなもの、俺に向けても無駄だぞ、オリオン」


 青色アラブが一歩前に出る。

 飛び出てきた言葉が未だに信じられないが、それは確かにさっき梅乃達を探している最中にアポロンから聞いた昴さんの正体だった。


 昴さんは完全に据わった目で俺と青色アラブを睨み付け、そして銃口を俺に向ける。


「お前も俺の邪魔をするんだな、鬼塚……」

「昴さん……」

「俺の邪魔をする者は消してやる……!!」


 ――パンッパンッ!!


 昴さんは続けて二発、俺に向かって撃った。

 だがそれは青色アラブの魔法によって、すぐに逸れていく。


「だから無駄だって言ってんだろ!」


 青色アラブは昴さんに向かって手を伸ばすと、瞬時に昴さんが吹き飛び、車のボンネットにぶつかった。同時に昴さんが握っていた拳銃が放され、それを青色アラブがこちらに飛ばし、受け止める。


 手に取ったそれの弾倉を確認してから、青色アラブはそれをボンネットから上体を起こそうとしている昴さんに向けた。

 流石にその行動に俺は焦る。


「お、おい! まさか撃つのかよ……!?」

「安心しろ、むやみに人殺しなんかしたら後々面倒だからな」


 なんだか言っている内容が穏やかじゃない。その横顔も言葉とは裏腹に昴さんを睨み付けて、今にもその引き金を引きそうだ。

 だがまぁ、その気持ちは分からなくもない。

 むしろ、俺自身、昴さんを殴りたい気持ちでいっぱいだ。


 何せ、梅乃を気絶させ攫ったのだから。

 しかもその梅乃はここにはいないのだから尚更だ。


「……ハッ。あのランプの魔神といいお前らといい、どれだけ必死なんだよ」


 昴さんはぺっと口の中の血を吐くと、薄ら笑みを浮かべてゆらゆら立ち上がる。

 だが、勢いよくボンネットにぶつけた背中はかなり痛むようで、顔をしかめてボンネットにもたれかかる。


「当然だ。何せ梅乃は俺らの主人なんだからな。お前ごときに好きにさせるかよ」


 青色アラブは銃口を昴さんに向けたまま、至って淡々とした口調で一歩前に出る。

 その気迫に圧されて昴さんは後ずさろうとするが、ボンネットにもたれた状態ではそれ以上後ろに下がることも出来ない。


 それでも虚勢を張ってか、昴さんはハッと吐き捨てるように嘲笑った。


「主人、ねえ? 風を操るしか出来ない指輪の魔神が、何を偉そうに……」

「だがその指輪の魔神にお前はその様だ。もっとも俺がここでお前を逃したとしても、お前に逃げ場はない。何故ならお前を捕らえるためにおとぎの国からアポロンが来ているからな」

「なんだと!?」


 青色アラブの言葉に、昴さんが驚愕に目を見開いた。

 そして瞬時に悔しげに目を細める。

 しかし、もう逃げられないというのに、昴さんは片口角を持ち上げて顔を歪める。


「ふん……ならその風を操るしか出来ない指輪の魔神にいいこと教えてやるよ」

「いいこと?」

「あぁ。この先の森の奥に一軒の山小屋がある。窓もない木製の壁の小さな山小屋な。そこに梅乃と、ランプの魔神やカエル野郎やらがいる」


 昴さんは車を走らせてきたところを指差しそう言う。

 それを聞いた途端、俺はすぐにでもそこに駆けつけたい衝動に駆られるが、隣から青色アラブがそれを制する。


「俺が逃げてくる直前、梅乃とカエル野郎は動ける状態になっていたが、同時に小屋を出るときに火を放ってきたんだ。梅乃達は知らないと思うが、別室にガソリンを撒いておいたからな」


 昴さんはヒヒヒと愉快そうに笑い声を上げる。

 正直俺は頭がどうにかなりそうだった。


「あいつらだけならすぐに逃げられるだろうけど、あの考え無しな梅乃だぜ? 今頃ランプの魔神の手枷を外そうと必死になっているだろうな。あれはどうやったって人の力じゃ外せないのに――っ!!」

 ――ドゴッ!!


 気がついたら俺は昴さんを殴り飛ばしていた。

 昴さんはもたれていたボンネットに強く背中を打ち付け、そのまま地面に崩れる。

 それを俺は無理矢理立たせて、もう一発その右頬に拳を入れる。


「くそっ鬼塚、ここは任せた! 俺はあいつらを助けに行く!」


 青色アラブはギリッと歯を鳴らすと、瞬時にその場から消えた。

 その様子を見ながら昴さんがふっと鼻で笑う。


「風じゃ火は消せないのに、必死すぎるだろ……あの魔神もバカだな」


 こんな状況でも皮肉を忘れない昴さんに、俺は本気で怒り狂いそうになる。

 本気でこの男を殺したいとさえ思う。


「ハハ……鬼塚、お前も相当必死だな。そりゃご執心の梅乃がそんな危機的状況じゃあなあ? ほら、お前も早く助けに行けよ」

「ああ、行くよ。あんたをここで再起不能にしてからな」


 握った拳が思わず震える。

 絞り出した声が、自分でも驚くほどに低く恐ろしい声をしていた。


 これまでの色んな想いが、怒りと共に心の中でない交ぜになる。



「あんたに梅乃を紹介したことを激しく後悔しているよ」



 剣道部の先輩で、今でも練習に顔を見せてくれる昴さん。

 正直女関係にはあまりいい噂は聞かなかったが、部活の中では俺たちに対しては「いい先輩」だった。この人なら梅乃を任せてもいいかと思って、俺は自分の気持ちに蓋をして梅乃に昴さんを紹介した。

 一体何が原因で梅乃と別れたのかは俺は知らない。


 だが、その梅乃をこんな風に利用して殺そうとまでするこの人を、許せるはずがない。


「……だったら、さっさとお前が手に入れれば良かった話じゃないのか?」

「なに?」


 昴さんは口を歪ませたまま、俺を見上げる。

 その瞳は、相変わらず俺を嘲笑している。


「俺は知ってたぞ。お前は自分の正体故に、梅乃への気持ちを隠し続けてきたんだろ? だが鬼塚、お前が託した相手はお前の先祖と同じくおとぎの国を追放された俺だ。なんて皮肉な話なんだろうな?」

「この――っ!!」


 俺は怒りに任せて昴さんの顔を殴る。

 思わず飛び出ていた爪は、同時に昴さんの頬に赤い筋を作る。


「だが、これだけは言っておくよ、鬼塚」


 両頬を腫らして頬からも鼻からも血を出しながらも、昴さんは地面に手をつき、こちらに顔を向ける。



「昔は本気で俺も、梅乃を好きだったよ」



 それまでの皮肉じみた笑みはどこへ行ったのか、昴さんは瞳を細め爽やかに笑ってそう言った。

 その顔に、俺の中で更に湧き上がりそうになっていた怒りが収まる。


「何せ、あのとき手を差し伸べてくれたのは、梅乃だけだったからな」


 昴さんは諦めたかのようにその場で仰向けになる。

 俺は無様な先輩の姿を見下ろしながら、解せない気持ちをそのまま口にした。


「なら何で、こんなことをしたんですか……?」


 梅乃を本気で好きだったのなら、梅乃を利用しようだなんて出来ないはずだ。

 ましてや殺そうとなんて考えられるはずもない。

 そのどちらもが俺には理解できないし、許せない。


 すると昴さんはふっと力なく笑った。


「鬼塚、お前にもきっと分かるときが来るさ」

「何を。そんなわけがない」

「いいや、ある。何せお前は、鬼一族の中でも本家本筋の子孫だからな」


 だから何だというのだ。

 例え俺が鬼の末裔で、その中でも本家の跡取りだとしても、俺はその心を本能に売り飛ばすつもりは一切ない。


 ましてや、梅乃を殺そうとなんてことは決して考えない。



「ふん、捕まる前にお前にいいこと教えてやる」

「いいこと?」

「あぁ、おとぎの国で起きようとしていることをな」



 昴さんはそのままの体勢で、俺に語り聞かせる。



 ほどなくして昴さんは急に現れたサソリに噛まれて意識を失った。


 見れば金髪白人イケメンとアポロン達がやって来ていた。


「やはりお前もグルだったのではないのか!?」


 アポロン達と一緒にやって来たキツネ面達が俺を見た途端そうまくし立てる。

 しかし、それをアポロンが制した。


「やめないか、我々の目的はこのオリオンの捕獲だけだ」

「く……っ」


 ギリシア神話のヤツらが倒れた昴さんの身体を引き上げるのを見ながら、俺はとぼとぼと山道を麓に向かって歩き始めた。


「君、帰るの?」


 そう声をかけてきたのは、金髪白人イケメンだった。

 俺は首だけそちらに向けて答えた。


「あぁ、俺がここにいたことも俺のことも梅乃には言わないでくれって、あの指輪の魔神に伝えておいてくれ」


 こいつらが日常的に側にいるのなら、俺も自分の素性を梅乃にバラしても構わないのかもしれない。きっと梅乃は蔑みも恐怖もせずに、受け入れてくれるだろう。



 しかし、それをするには昴さんの話は衝撃過ぎた。



 とても、俺自身が受け止めきれないほどに。




突然ですが、キャラ投票を開催しようと思います。

下のバナーから投票箱の方へお飛び下さい。

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