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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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1.二つの痕

1.二つの痕



 朝6時半。

 目覚まし時計の音と共にベッドから抜け出て、恐る恐る鏡を覗き込む。

 そして一気に脱力した。


「はぁ……ようやく消えた……」


 この日をどれだけ待ち望んだことか。

 私はもう一度鏡を見て確認する。


 先週の水曜日、私は青色の魔神・カリムに痕を付けられた。

 首筋に吸い痕と、鎖骨に噛み痕。

 もともとは私が高校からの友達であるそらの不行を突き止めようとしたところに変な薬を飲まされて、挙げ句の果てに助けに来てくれたカリムに迫ったのがいけなかったのだ。

 あれ以来、首筋と鎖骨に残る痕を鏡で見るたびにあのときの光景を思い出してしまって、頭の中がパニック状態だった。


 だけどもうその痕はすっかり消えている。

 これでわざわざ痕を隠すための算段を考えなくてもいいし、そのためにわざわざ鏡で確認する必要もない。

 それにもうあのときのことを思い出すことも――。


「やめろやめろバカ梅乃! あんなこと忘れるんだ! とっとにかく用意しないと!」


 私は勢いよく首を振って自分に言い聞かせた。

 頭にちらついた光景なんて知るものか!



 しかしそんな私の思いはすぐに裏切られることになった。



「よお、梅乃……。お前朝から元気だなぁ……」


 廊下を突っ切ってさぁ階段!と思ったときに、階段のすぐ横の扉が開いた。

 出てきたのは朝が弱いカリム。

 かなり眠そうな顔で出てきたヤツは、ぽりぽりと頭をかきながら、均整の取れた身体を上半分だけ余すことなく晒している。

 非常に目のやり場に困った。


「か……っカリム、眠いならまだ寝てなよ! 無理して起きることもないんだしっ」


 そう言いながら大きい図体をよけて通り過ぎようとしたが。


「梅――」

「――っ」


 突然腕を取られ、それを反射的に振り払ってしまった。

 そんな自分の行為にびっくりしたけど、それにはカリムも驚いたようで、さっきまで眠たそうにしていた瞳が見開かれている。

 非常に気まずい。


「と、とにかく朝ご飯だから! じゃあ!」

「あ、おい梅乃!」


 一刻も早くこの場を逃れたかった私は、無理矢理今のを誤魔化して階下へ逃げる。後ろでカリムが呼ぶのが聞こえてきたけど、構わない。

 だってこの状態でカリムと顔を合わせられないんだもん!





「おはよう梅乃。どうしたんだ、そんなに走ってきて」


 ダイニングルームに入って一番に声をかけてきたのは「白鳥の王子」のモト王様・テオデリック。朝食が並べられるのを新聞紙を読みながら待つ様は、なんだかとっても老けて見える。


「梅乃ってば腹減りすぎたーとかじゃねーの? 上から走って降りてくるとかがっついてんなぁ!」


 私がテオの質問に答えないままでいると、テオの二つ右隣の席から「白雪姫」の王子・カールハインツが冗談めかして言ってくる。どことなく口角が引きつって見えるのは気のせいじゃないだろう。


「それか、会いたくない人物に会ってしまった、とか?」

「!!」

「ちょ、ハンス兄っそれダメだってば!」


 カールの隣からハンスが小馬鹿にした感じで言ってくる。「人魚姫」に登場する王子とは思えないくらいいつも嫌みったらしいヤツだが、ハンスの若草色の瞳はなんとなく穏やかじゃない。


「――ねぇ、朝食くらい静かにしてくれない? いちいち騒がしくて落ち着かないんだけど」


 ハンスの言葉に答えられずにいると、苛立ちを含む声がかけられ。声の主は私の二つ右隣に座る「カエルの王様」の王子・フリードリヒ。見た感じ、眉間にしわを寄せてとても機嫌が悪そう。こちらにちっとも視線をよこしもしない。


「そういうカエル君こそずっと怒ったままだねぇ」

「ふん、僕はもとからこんな顔だ」


 赤髪の魔神・アサドのからかいにもぴしゃりと言葉を返すフリード。なんだかとても刺々しい雰囲気だ。


「非常に申し訳ありません、みなさま。朝っぱらからカエル脳のバカ主が空気を悪くしてしまいまして」

「気にしないで、ハイン。きっとフリード君も足が痛むんだよね? 一刻も早く治るといいけれど」


 フリードの無愛想ぷりにフリードの側近ハインリヒさんがため息混じりに詫び、朝食を運んできた「シンデレラ」の王子・クリスティアンがフォローを入れてこの場の空気を和ませてくれる。

 そうこうしているうちに未だに眠たげにしているカリムがやってきて朝食の席が整った。



 端から見ると外国人男性8人と一緒に食卓を囲う異様な光景。しかも全員そんじょそこらにいないイケメンと来ている。

 これが私の日常だった。


 色々な事情で2ヶ月前に“おとぎの国”から来た彼らは、それ以来ずっと私の部屋で暮らしている。いや、こう言うと語弊があるが、私が本来暮らしている一人暮らしの8畳部屋ワンルームを魔法で豪勢な2階建ての洋館につなげて、9人が暮らせるようになっている。

 当初は少しドキドキしたその共同生活だけれども、一部の人を除きわざわざ彼らが部屋に押し掛けてくるとかいう身の危険を感じるようなイベントもなかったため、この生活にはすぐに馴染み、こうして毎朝1階のダイニングルームで朝食を食べる毎日を送っている。



 だけど、馴染んでいたはずのこの光景が、先週から異様なものに見えるようになった。

 その原因は、先週の水曜日の事件だった。



 先週の水曜日、変な薬を飲まされた私はカリムに迫っていたわけだけれども、その前にクリスをかっこいいとか思っちゃったり、気がついたらカールや不覚にもハンスにまで迫っていた。翌朝冷静になってみれば、この状況自体がそういうことなのではと急にみんなを男性として意識してしまうようになった。

 また、フリードには先週の一件に巻き込ませてしまい、挙げ句の果てに右足を骨折させてしまったという負い目がある。あれ以来、ずっとフリードは怒り顔で棘のある言葉を飛ばしてくるので、あんまり今まで通りに接することが出来ない。


 そういうわけであれから6日経った今でも、私はまともに彼らの顔を直視できないでいた。

 それもこれも、突っ走ってしまった私が悪いのだけれど、とにかく朝食の席が急に居心地の悪いものになってしまった。







「それじゃ、僕はもう出かけるよ」


 いただきますをして20分ほどしてからフリードが席を立った。

 怪我のため週末は大学の授業を休んでいたフリードだけれど、今日からは復帰するみたい。

 とは言え、松葉杖を付きながらという状態。


「ね、ねぇ、私も一緒に行くよ。どうせ行く場所は一緒だし、フリード一人で学校までって大変でしょ?」


 椅子をテーブルにしまうフリードに続いて、私は席を立って申し出る。本当なら側近のハインさんが付いていくのだろうけれど、ハインさんが行くよりもフリードと同じ学部学科の私が付いていく方が色々と都合がいいはずだ。


 だけどフリードは私の方へ視線を向けると、ふんっと鼻を鳴らした。


「あんたが一緒にって、車もないあんたが何の役に立つの?」

「それは……」


 フリードのエメラルド色の瞳が忌々しげに細められ、私を睨む。

 その不穏な視線に私は返す言葉を失った。


「フリード、貴方はいつまで怒っているつもりですか。折角梅乃お嬢様が申し出たというのに」


 この状況を見かねたハインさんがフリードをたしなめる。

 私にとっては助け船のそれだが、フリードには効かないようだった。

 フリードはつまらなそうな瞳で吐き捨てた。


「そんなのただのお節介か罪滅ぼしでしょ」


 それだけ言うと、フリードは松葉杖を付いて家を出て行った。

 ダイニングは再び微妙な空気に包まれてしまった。


「はぁ、まったくあのカエル頭と来たら……。梅乃お嬢様、お気を落としませんように。今のは八つ当たりのようなものですから」


 ハインさんは私に向かって深々と頭を下げると、フリードの後を追っていった。

 その後ろ姿も、私は何とも言えない気持ちで見つめていた。

 それを見ていたテオがぽんぽんと私の肩を叩いた。


「ハインの言うとおり、気を落とすなよ梅乃。それよりもお前もそろそろ用意した方がいいんじゃないのか?」

「え、あ、本当だ! ありがとうテオ!」


 気がついたら朝8時過ぎ。

 授業が始まるのは8時45分で、うちから学校まで自転車で10分弱。

 少し早いけど出かけるとしよう。

 私はバッグを持ってダイニングルームを出た。



「待って、梅乃ちゃん」


 玄関先に差し掛かったとき、後ろからアサドが呼んできた。

 振り返ればアサドはニヤニヤ愉快顔でゆっくり歩いてきている。嫌な予感しかしない。


「梅乃ちゃん、忘れ物だよ」

「……え……」


 アサドはそう言うと右手を二階の右奥の方へかざす。その先は私の部屋。そこから魔法のランプが飛んできて、その手に受け取った。


「これ、置いていこうとしたでしょ。何で?」

「そ……それはその……」


 そうなのだ。

 魔神たちを呼ぶ道具である魔法のランプとサファイアの指輪。防犯のために携帯しろと言われているそれらを、私はわざと部屋に置いてきた。

 だってあれらを見ると先週のことを思い出してしまう。特にサファイアの指輪はダイレクトにカリム顔を頭に浮かばせてくる。私はそれを頭から追い出したくて仕方ないのだ。

 そしてカリムと同じくアラブの魔神のアサドを見ると、どうしてもやっぱりカリムを連想してしまうため、サファイアの指輪と一緒に魔法のランプも部屋に置いていくことにした。


 だけどそんなのはこの赤髪の魔神にはお見通しだったみたい。

 私はアサドから逃れるように後ずさると、玄関ドアまで追い詰められてしまった。

 前を向けば、アサドの妖艶な顔がすぐ近くにあった。

 アサドは細めた金色の瞳で私を捉えながら、私の手にランプを握らせる。

 あぁ、ダメだ。アサドを見るとどうしてもあのことを思い出してしまう。


「わ、分かったから! 持って行くから」

「うん――じゃないと危ないからね」

「!!」


 いきなりアサドが私の鎖骨をなぞってきた。

 その触り方がやたらとえろくて、とにかくやばい!

 アサドの指に私は身体をぶるりと震わせてしまう。


「痕、消えたね……」


 アサドがぼんやりと言う。

 そのことにどきりと心臓が跳ね上がる。

 今一番忘れたくて仕方のないことなのに、いちいち思い出させないで欲しい。

 

「そ、そうなの! 本当に困っちゃうよね、カリムったら二カ所も強い痕残してきちゃったからっ」


 半ばやけくそになりながらもその場を逃れることにする。

 この場もあのこともとにかく早く吹っ切りたい


 すると、なんだか鎖骨を触るアサドの指圧が強くなった。

 どうしたのかと思ってアサドを見上げれば、それまで愉快顔だったアサドの金色の瞳が笑っていないことに気がつく。

 アサドはぼんやりと私の鎖骨の辺りを見ている。


「アサド……?」


 なんだか不安になって私はアサドを呼ぶ。

 しかしアサドはそれには答えず、ただ黙って私の鎖骨に顔を近づけてきた。


「え……っちょっとアサド! まっ――」



 ――カプリ。



 あろうことか、アサドは私の鎖骨を噛んできた。

 その歯の強さとか、首元に当たる吐息とかで身体が再び震える。


「な、何すんのさ!」


 私はようやく我に返ってアサドを突き飛ばそうとした。

 だが、その腕をアサドに取られた。

 見上げれば、アサドは金色の瞳を満足そうに笑わせて妖艶な愉快顔を私に向けていた。


「梅乃ちゃんがボクのご主人だっていうマーキング」


 アサドはそうペロリと自分の唇を舐めると私の後ろに視線を向けて、ふっと笑った。

 相変わらず心臓に悪いことばっかりしてくる魔神だと思いながらも、私はアサドの視線を追った。



 そこにはダイニングルームから出てきたばかりのカリムがいた。

 カリムは琥珀色の瞳を見開いて私たちを見ていた。

 だけどすぐに興味なさそうに私たちから視線を外し、リビングへと消えていった。



「じゃ、梅乃ちゃん、いってらっしゃい」


 用事は済んだとばかりにアサドが私から身体を離し、手を振ってくる。

 それにつられるように私も手を振りながら玄関を出た。





 なすがままに家を出た私は、ふと手に持ったままのランプに目を落とした。

 そういえばどうしてアサドはランプだけを私に持たせたのだろう? 防犯、ということなら指輪も飛ばすだろうに。


 そんなことを考え始めれば、またもや頭にカリムの顔が浮かび上がって心臓が音を立て始める。



 だけど、さっきのカリムの瞳を思い出すと、何故か無性に心がもやもやしていた。





続きは2時間後に更新します

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