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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
27/61

25.5分前

最初は恭介視点です

25.5分前



「改めまして、わたしは織姫と申します」


 変わった着物を着た古風な顔立ちの少女が、中世ヨーロッパにでも出てきそうな豪華なソファに座って、丁寧にお辞儀をする。

 彼女の名前になのかこの状況になのか、向かいに座る青色アラブが琥珀色の瞳を細めたまま先を促す。

 俺はそれを黙って聞くだけだ。



 7月7日の昼12時過ぎ、俺は青色アラブを訪ねた。

 それはもちろん、この娘、織姫について相談するためだ。


 一昨日、歓楽街の奥でヤクザに追われていた彼女は、あの後俺に怯えながらも色々と事情を話してくれた。それは俺の予想を遙かに上回っていた。

 確かに彼女がこちらの世界の住人ではないことは予想していたが、まさか「織姫」とくるとは。しかも誘拐されてこちらの世界に来たらしい。

 真偽はともかく、これは誰かに相談するべきだと思った。だが、俺の知り合いの関係者を頼るのは状況的にまずい。とすれば、不本意だが頼れるのは色々とそういう事情に詳しそうな二人のアラブ人どちらかしかいない。


 そう思ってこうして訪ねてきたのだが、隣人と聞いていたはずの青色アラブがどうして梅乃の部屋から出てきたのかとか、梅乃のマンション部屋が一体どうしたらこんな2階建ての洋館になっているのかとか、納得のいかないことが沢山ある。


 そもそもこいつが向こうの世界の役人で、“指輪の魔神”であることを知ったのだってついさっきだし。


 だが、状況的に今はそれを聞くべきではないだろう。

 後で納得のいくまで説明させるつもりで、とりあえず今は黙って織姫の話に徹することにする。



「ずっと日の当たらない暗いところに閉じこめられていたので、もう一体どれくらい前になるのか……天の川のほとりで洗い物をしていたのです」


 織姫は、少し間をおいてから話し始めた。


「川の流れが速くてとても渡れるようなものではありませんが、お天気の日には対岸に彦星さまのお姿を見られるので。でもその日は川に霧がかかっていて、対岸を見ることが出来ませんでした。残念に思って洗い物を続けていると、とある男性がわたしに仰いました。彦星さまが川におぼれてしまったと」


 青色アラブが息を呑み、眉間のしわを更に濃くした。

 対する織姫は、肩を強ばらせて俯いた。


「わたし、いてもたってもいられず、その方と一緒に川に飛び込みました。そこで意識を失い、気が付いたら見覚えのない薄暗い部屋にいました。そこでの生活は……とてもひどくて……」


 俺は織姫の膝に置かれた手に視線を向ける。

 震えたその手は、おおよそ伝説の中の“織姫”の手とは思えないくらい、傷だらけだ。そこから伸びる手首も痣だらけだった。


「い……っ言うとおりにすれば、手出しはしないと言っていたのに……鞭を打たれ、何人もの男性に……無理矢理……っ」

「いい、辛いなら話さなくて構わない。とりあえず茶でも飲んで落ち着け」


 青色アラブはテーブルに置かれた湯飲みをずいっと織姫の方へ押し出す。

 織姫は真っ黒な瞳を潤ませながら、それを一口啜った。

 それを眺めながら青色アラブが考えるようにため息を吐いた。


 聞いていて不愉快な話だ。

 こんな年端もいかない娘に暴力を振るい襲うとは、力で叶わない相手に集団でそんなことをされたら、恐いどころの話じゃない。一生トラウマものだろうし、恋人に顔向けだって出来ないだろう。

 本当にあそこのヤクザは最悪なヤツらの集まりだ。


 しかもこれは今回だけのことじゃない。


 先月、梅乃が襲われたのだってあそこの組のものだ。

 あのとき梅乃が助かって本当に良かったと思っている。むしろあのまま梅乃が最後までされていたら、俺は確実に本能を丸出しにしていただろう。


 そういう意味ではこの青色アラブにも赤い方にも頭が上がらないが、それを考え出すと余計な感情まで湧き起こるから、何とかここは押しとどめる。


「答えるのが辛かったら答えなくて構わないが、その彦星がおぼれているとか言った男はどんなヤツだった?」


 織姫の身体の震えが落ち着くのを待ってから、青色アラブが神妙に尋ねた。

 彼女は下唇を噛み両手を握って逡巡するが、あまり間をおかずに顔を上げた。


「あの辺ではとても珍しい目鼻立ちをした、とても美しい狩人の方でした」

「狩人?」

「声をかけてくださったときは背に弓矢を掛けていたので、おそらく」


 そこまで言うと、織姫は少し首を傾げて「ですが」と続ける。


「こちらの世界に来たとき、その方のお姿が変わっていました。最初に見たときは彫りが深く髪色も鳶色だったのに、こちらに来たときは彫りが浅くなっていて髪色も真っ黒になっていたのです。でも話せば同一人物で……」

「そいつ、名は名乗っていたか?」


 青色アラブは若干身を乗り出すが、織姫は首を左右に振ったのを見ると、ばんっと背もたれにもたれた。 


「一体何の目的で織姫を攫ったんだ……?」


 綺麗な顔立ちの狩人でこちらの世界では姿が違うことしか織姫を攫った男についての情報がなく、青色アラブはソファに沈みながら唸った。


 しかしこれには織姫が反応した。


「おそらくそのお方は、わたしの機織りの技術に目を付けたのではないかと思われます」

「機織り? 金儲けか?」

「それは……分かりませんが、その方に命じられていたのです。どんな者でも捕らえて放さない、丈夫な枷を作れと」


 織姫の言葉に、俺も青色アラブも首を傾げるばかりだ。

 機織りの技術で枷を作らせることにもそうだが、そいつの目的は誰かを捕まえることには違いない。


 しかし、一体誰を?



 ――プルルルルルルル。



 そのとき、どこからか電話が鳴った。

 見ればテレビ台の横に固定電話があったのだが、青色アラブはそれの子機を浮かせて耳に当てた。


「はい、俺。あぁハインか、悪いが今こっちは取り込み中で――アサド? アサドなら上で調べ物をしていたが……」


 青色アラブは子機を持ち直しながら、俺と織姫に向かって「悪い」と片手で伝えた。

 こうなっては仕方がないので、質問は俺が引き継ぐことにする。


「他にその男について何かあったら教えてくれ」


 少し身を乗り出して尋ねれば、織姫は顎に手を当てて考える素振りを見せた。


「そうですね、話しているのを聞いただけですが、その方は何かを盗んでいたようで……」

「盗む?」

「はい、聞こえたのは仏の――」

「――はあ? シャルロッテがランプを持っていったぁ?」


 織姫の返答に被さるように、青色アラブが一段と大きい声を出した。

 見ればわけが分からないといった表情を浮かべている。


「一体何でそんなことを……」


 首を捻りながら青色アラブはこちらに視線を向けた。

 そのとき、その琥珀色の瞳がまっすぐに織姫を見据えた。


「どんな者でも捕らえて放さない丈夫な枷……まさか」


 青色アラブの瞳がハッと見開く。

 そのまま子機を強く耳に当てながら、立ち上がる。


「ハイン、お前はそのまま追ってくれ! 俺もすぐに――ハイン!?」


 突然声に気迫が混じったかと思うと、青色アラブは子機を耳に当てたままその場に立ちつくす。

 同時に聞こえる子機からのツーツー音。


「一体……どうしたんだ……?」


 青色アラブは「くそっ」と吐き捨て、子機を乱暴にソファに投げ捨てる。


「電話してきたヤツが何者かに襲われた。銃声が聞こえてきたから間違いねえ」

「銃声!? 何で!?」

「知らねえよ! とにかく一刻も争う事態になった。俺は行くからお前たちはここにいろ。ここなら大丈夫だから」


 青色アラブはそう言うが速いか、急いでリビングを出ようとする。

 しかし――――。



「「「!?」」」



 その瞬間、座っていたソファが消えて、俺と織姫は床に尻を打ち付けた。

 見れば、どこかの洋館の応接間だった空間が、一瞬にして様変わりしている。


 ベッドとローテーブルと座椅子の置かれた女部屋……いや、これは俺がよく知る梅乃の部屋だ!


 一体どうしてこんなことに――!?


「見つけたぞ! この極悪人が……!!」

「えっ――!?」

「きゃあっ」


 そのとき、いつの間に現れたのか、一人の男がベランダを突き破り、俺をめがけて拳を振るってきた。

 咄嗟のことで反応する間もなく、俺はその場に倒れる。


「おい、一体どういうこと――」

 ――カチャリ。


 気が付けば俺の手には手錠が掛けられている。

 見ればいつの間にこんなに現れたのか、男が何人も部屋に入ってきていた――それも着物姿のヤツと、古代ローマだか何だかに出てくるような格好をしたヤツらばかり。


 俺も青色アラブも織姫も、驚愕するばかりだ。


 その集団の中から、甚兵衛みたいなのを着たヤツが、高々と言った。



「凶悪なる鬼一族の末裔、鬼塚恭介。織姫様の誘拐並びにかぐや姫様の宝物盗難の容疑でお前を逮捕する」







 開演10分前、事前チューニングも終わり、舞台裏は緊張感に包まれていた。

 私や夏海たちが待機する舞台下手側も、みんなそわそわし始めている。舞台へと続く扉の隙間から7割方埋まった客席が見えるから、尚更だ。


 あぁ、無事上手く終わればいいのだが。


「梅ってば、顔が硬い」


 そわそわチェロを持ったまま貧乏揺すりをする私の頬を、夏海がつねる。

 さっきの気まずさはどこに行ったのやら、すっかり元通りだ。


「だってソロとかあるし」

「大丈夫大丈夫、梅ならきっと上手くいくよ」


 夏海は明るく笑って背中を叩いてくれる。

 ここんところ夏海とそういうやりとりをしてなかったから、本番前にこうやって元気づけられると、かなり安心する。

 やっぱり本番が終わったらきちんと夏海と話し合おう。


 そう思って背筋を伸ばそうとしたとき、夏海が急にこめかみを押さえた。


「やだ……なん……で、こんなときに……」

「夏海さん、大丈夫ですか……!?」


 夏海は苦しそうに顔を顰める。

 異変に気が付いた管楽器の後輩が、夏海の身体を支える。


 夏海と気まずくなって以来、夏海の頭痛がどうなっているのかは知らないけれど、オケの練習にはずっと来られていた。だから大丈夫だと思っていたのに、まさかこんな間際になって……!?


 すると夏海が楽屋の方を指差した。


「梅、鞄に頭痛薬が入ってるの。ワンベルが鳴るまででいいから、取ってきてくれない?」


 私はすかさずチェロを近くの子に預けて、楽屋に向かった。


 ベルが一回鳴れば5分前、二回鳴れば入場の合図だ。

 まだ10分前だから時間はあるけど、早く見つけ出さないと。

 しかし夏海の鞄をいくらあさっても、薬が出てこない。


 どうすれば――!?


 そう思ったとき、視界の端に私の鞄が映る。

 そうだ、万一あの頭痛にハンスのあれこれが関係していたら、頭痛薬でも治らない。

 だったらアサドを呼んで何とかしてもらった方が――。



「梅乃……っやっと見つけた……!!」



 楽屋の入り口から聞こえてきた声に、ハッと振り向く。

 そこにいた人物に、私の中に不安と恐怖が湧き起こる。


「フリード……一体何でここに……!?」

「何でじゃない! あんた、ランプちゃんと持ってきた!?」

「……はあ?」


 飛んできた言葉に私は首を傾げる。

 しかし、疑問に思う私に構わず、フリードは切羽詰まった様子でこちらに近づいてくる。


 そのとき、フリードの異変に気が付いた。

 治っていたはずの足を引きずって、とてもふらふらしている。

 眉間にしわを寄せて私を睨み付けているけど、エメラルド色の瞳は私を罵倒してきたときのような色をしていない。


 まさか、元に戻った……!?


「あんた、ランプ持ってきてないの!? 指輪は!?」

「ランプ? 指輪? 持ってきてると思うけど……」


 私は自分の鞄の中をあさる。

 しかし、指輪はすぐに見つかったが、指輪よりも場所を取るはずのランプが探しても出てこない。

 もしかして朝慌てて出てきたときに忘れたのかもしれない。


「あっりえない! あんたバカでしょ、何で忘れたんだよ……っ」

「そんなこと言われたって……っ」

「いい、あんた今すぐここから逃げろ! じゃないとあいつが来る……!!」


 フリードは盛大にため息を吐くと、勢いよく私の腕を掴んで楽屋から引っ張り出す。


「待ってよ、意味が分からない! だってこれから本番なんだよ!? それにあいつって――っ!?」


 その瞬間、腕を引っ張る力に誘われて、前に盛大によろけた。

 それを受け止めるのは誰かの手。

 しかし、それは明らかにフリードのものじゃなかった。


 だって視界の端でフリードはカエル姿になっていたから。



「本当に使えないカエルだ。いらないことを言おうとして」



 聞こえてきたのは、よく知る声。


「あぁ本当は会わずに消えるつもりだったんだが、予定が変わったんだ。だから――」

「――――ぅぐっ!?」

「大人しく付いて来い」


 耳元で囁く恐ろしいくらいに甘い声とともに、鳩尾に強い衝撃が走った。



「梅ちゃん!?」



 そのとき5分前のベルが聞こえてきた。

 同時に私を呼ぶ声も。



 だけど霞む視界が最後に捉えたのは、とてもいい笑顔を浮かべた昴さんだった。






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