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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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20.深まる溝

20.深まる溝



 フリードに水をかけられて今朝は思わず泣いてしまったけれど、よくよく考えてみれば、どうしてフリードにあんな態度を取られなくちゃ行けないのか分からない。


 確かに未だにフリードとちゃんと仲直りできていないけど、流石にこれはひどすぎるんじゃないのか?

 今朝だけじゃない。

 その後も汚いものを見るかのような目を向けてくるし、あからさまな嫌味をぶつけてきたりもした。学校ですれ違い様に廊下で足を踏んでも謝りもしないし、本当にただの嫌なヤツだ。


 あまりにひどい扱いぷりに、悲しさを通り越して、無性にイライラが募ってくる。



「――くらさん、佐倉さん!」

「ぅはい!」



 呼ばれてハッとする。

 気が付いたらそこはサークル会館2階の大練習室。

 オーケストラの形に並んで座っている団員たちが、不思議そうにチェロトップの席に座る私を見つめている。

 その中でも一番強い視線を感じてオケの中央を見れば、指揮を奮う先生が苦笑気味にこちらに指揮棒を向けていた。


「佐倉さん、一人で走りすぎ。みんなを置いていかないように」

「ぅ、はい。すみません」


 ほどなくして合奏が再開する。


 そうだった。オケの定期演奏会までもうあと一週間もない。

 だから集中して練習しないといけないのに、思わず注意散漫になっていた。

 ダメダメ。

 きっとあんなフリードは今日限定だ。

 そう思うことにして練習中はフリードのことを頭から追い出した。




 だけどフリードの様子はその後も変わることはなかった。




 あんなに毛嫌いしていたはずのシャルロッテとは嬉しそうにいちゃいちゃ、今はケンカ中でも割と上手くやってきたはずの私には嫌味と侮蔑の連発。

 あのツンデレで意地っ張りなフリードはどこに行ったのかと思うくらいに爽やかな笑顔を浮かべては、私を見ると嫌そうな顔。

 本当に別人だ。


 同時に、カエル姿のフリードを見なくなった。

 フリードが豹変した日から、フリードは夜もずっと人間のままだった。


 アサドやハインさん曰く、やはりフリードの豹変にはシャルロッテが何かしたに違いないらしいのだが、もしかするとシャルロッテはフリードのカエルの魔法を解いたのかもしれない。シャルロッテがフリードをおとぎの国へ連れて帰る最低条件がそれだったはずだ。

 でも、それにしてはフリードの性格は変わりすぎで、結局何をしたのかまでは分からないままだ。


 いずれにしても、いつまでもひどい扱いを受け続けるのは、本当に辛すぎる。

 だから早く元のフリードに戻って欲しいと切に願う。




 だけど、悪いことは連続して起こるものだ。

 私はまだ油断してしまっていたらしい。




「梅、元気出しなよ。あんたは全然悪くないんだし」


 その週の水曜日。

 学科の実験が終わり、大学の裏手にあるサークル会館を目指して歩いていると、夏海がぽんと背中を叩いて励ましてくれる。

 実験中に私の邪魔してきたシャルロッテを注意していただけなのに、理不尽にも私がフリードに怒られたのだ。それで凹んでいたのが顔に出ていたようだ。


「はぁ、でもさぁ……」

「気にするだけ無駄だって。どうせフリード君、週末には帰国しちゃうんだし」


 夏海の言うとおり、フリードがおとぎの国へ帰ることはもう覆らないらしく、学科の友達にも既に知らされていた。その日はもう5日後に迫っているのに、フリードが豹変した原因も解決策も見つからないままだ。

 もし本当に帰るならせめて見送りくらいはしたいけれど、現実問題出来るのかどうか。

 気持ちは焦るばかりだ。


「もういなくなるヤツのことなんか忘れて、元気出しな。もう本番も近いんだし」


 夏海の言葉に苛立ちの色が伺える。どうやらさっきのフリードの態度には、夏海も不愉快に思ったらしい。正直その清々しい様子に、若干心が救われる。


「そう言えば夏海とこんなやりとり、前もした気がする。立場が逆だったけど」

「あーそういえばしたっけ?」


 最近の夏海といえば、急に頭痛を訴えたり、ひどいときには立てないくらい具合が悪かったはずだ。それが先週末くらいからピンピンしている。


「最近は具合大丈夫なの?」

「うーん、まぁ頭痛はここんところしてないけれど」


 言いかけて夏海は何とも言えなさそうな表情になる。何かを迷っているかのような様子だ。

 夏海は少し逡巡してから私に顔を向けてきた。


「梅さ、笑わないで聞いてくれる?」

「え? うん」

「あたしさぁ、最近変な夢見てあんまり寝付けないんだよね」

「夢?」


 夏海は言葉を選びなら、続ける。


「うん。サメに追いかけられたり、沢山いるピラニアに全身を囓られたり、死にかけるような夢。波に呑まれて溺れるのも見たことある。毎日とまではいかないけど、結構な頻度で見るんだよね」

「それって……」


 どこかで聞いたことがあるような話だ。それも3ヶ月前。

 私は、ハンスと出会ったときのことを思い出す。


 もともと「人魚姫」の王子だったハンスは、命の恩人と勘違いしたお姫様と結婚し、それが故に本当の命の恩人である人魚姫を死なせてしまった。ハンス自身はそんな事実は知らず、結婚した奥さんと幸せを満喫していたらしいが、しばらくしてハンスの奥さんや家臣、下働きは海洋生物に襲いかかられる夢を見るようになったらしいのだ。

 元来人魚の存在を否定するハンスは、彼らが精神病を患ったと言い張っていたけれど、それはハンスの所行に怒りを感じた姉人魚たちの仕業とも考えられる。


 そのことに今の夏海の話はかなり共通するところがないか?


「それって、いつから?」

「いつかな。最初に見たのは結構前だったような気がするけど……」

「結構前って、いつ? 4月より後、前?」

「後だね」


 うーん、これはやっぱりどこか怪しくないか?

 確かに夏海は元からスキューバが好きだし、そういう夢を見ることがあっても納得しそうだけど、結構な頻度で見るならあまりに不自然だ。


「ねぇ、もしかして、ハンスと一緒にいるときに頭痛がひどくなったりする?」


 ハンスに片思いしている夏海だ。聞くところによると、一緒に出かけたりもしていたみたいだし、原因に心当たりがあるなら早く手を打たねば。

 私はそう思って更に質問を重ねた。


 だけどそれは良くなかった。



「何でここでハンスさんが出てくるの?」



 夏海は吐き捨てるように言ってきた。

 見れば、口元は笑っているのに、目が笑っていない。


 でもそれはほんの一瞬で、夏海は顔を逸らしてため息を吐いた。


「ごめん、何でもない。今のは忘れて」

「え、でも夏海」

「いいから気にしない――ッ」


 急に夏海がこめかみを押さえてその場に立ち止まった。

 それはここ最近は治まっていたはずの――。


「また頭痛くなってきたの!?」


 夏海の身体を支えつつ顔を覗けば、夏海は苦しそうに顔をしかめて頷いた。

 私の腕を掴む手が震えている。

 視線を下げれば足も震えていて、立っているのもしんどそうだ。

 ここからならキャンパス中央の池のベンチが一番近いだろうか?


「夏海、もし歩けたらベンチのところまで移動しよう?」


 私がそう言えば、夏海は頷いて一歩ずつ足を出す。

 それを支えながら、私は周りを見渡す。

 もし夏海の頭痛にハンスが関わっているのなら、近くにいるはずだからだ。



「――梅乃」



 だけどその予想に反して、別の声が聞こえてきた。

 後ろから走ってきたのは、昴さんだった。


「良かった。梅乃を探していたんだよ――って、取り込み中か?」


 カッターシャツ姿で走ってきた昴さんは、夏の暑さを見せずに爽やかに微笑みながら、首を傾げた。そのとき、腕の中の夏海が身体を固くするのが伝わってきた。


 なんて間の悪いときに。

 私は夏海を支えながらまっすぐに昴さんを見る。


「そうです。今取り込み中なので、後にしてくれませんか?」

「でも梅乃に渡したい物があるんだ」

「そんなこと言われたって……」


 見れば昴さんは右手にいつもの如く、紙袋を掲げている。

 その袋の中は今までの通りだったら、きっと“宝石が沢山付いた観葉植物”だろうか?

 いずれにしたって私はやり直すつもりなんかないし、今この状況で渡されても困る。



 そう言おうとしたとき、私と昴さんの間に赤い何かが飛んできた。

 すかさず昴さんは飛び退く。


 飛んできたのは……え?

 アメリカザリガニ?



「見れば分かるだろう? 取り込み中なんだ、さっさと帰りな」



 かなりぶっきらぼうに聞こえてきたそれは、池の方から歩いてきたハンスのものだった。

 ハンスは若草色の瞳を細めて、昴さんを睨み付けている。

 昴さんはどこか悔しそうにハンスを睨み返すと、私の足下に落ちているザリガニに視線を移し、更に一歩後ずさる。


「梅乃、悪かった。今日のところは帰る。また来るよ」


 少しばつが悪そうに口元に笑みを浮かべてそれだけ言うと、昴さんはくるりと踵を返して去っていった。今し方、紙袋を渡そうとしていたというのに、ハンスの登場であっさりと去っていくとか、正直謎だ。

 いや、去っていってくれて助かったけれども。


「っていうか何でザリガニ……?」


 私は足下でカニばさみを持ち上げる真っ赤なアメリカザリガニを見る。

 昴さんを帰してくれたのにはありがたいけれど、これ、投げられてきたよね?


 私は首を傾げながらハンスを見る。


「何でって、池にいたからだよ」


 当然でしょとでも言いたげな顔をしてハンスは答えた。

 この冷徹最低男、いたいけな生物まで乱暴に扱いやがって。


「それより梅ちゃん、未だにあの男付きまとわせていたの? やめておけって前にも言ったよね?」


 ハンスは面白くなさそうにこちらに近寄る。

 そこで私は夏海の頭痛の原因要素を思い出す。


「来るな! このザリガニからこっち側には来ちゃダメ!」

「なにそれ。せっかく助けてあげたのにそういうこと言うの?」

「うるさい、いいからこっち来ないでよ!」


 明らかに苛立ちを露わにするハンスをそのまま放って、私は夏海を連れてその場を離れる。

 ハンスが池にいるんじゃ池のベンチには行けない。

 どこか探さないと。



 するとハンスの姿が見えなくなったとき、夏海が無言で私を押しやった。



「夏海……? どうし――」

「どうしてハンスさんが梅と昴さんのことを気にかけるんだろうね?」

「え?」


 どこか感情的でどこか抑えた声で。

 どうして夏海がそんなことを聞くのか分からなかった。


「そんなの……奴隷の私が好き勝手動くのが気に入らないだけ――」

「――本当にそう思うの?」


 夏海は苦しげに頭を抑えつつも、まっすぐに私と向き合う。

 眉間に皺を寄せて、口元を引き締めて、まっすぐに私を睨み付ける。

 夏海のそんな顔に、私は言葉をなくした。


 しばらくしてから夏海はふっと笑った。



「ごめん、ちょっと今は一人にさせて」



 そう言うと夏海はくるりと背中を向けて、頼りない足取りで去っていった。



 未だに頭が痛むはずの夏海をあのままに出来ない。

 追いかけなくちゃ。



 だけど私はその場に縫いつけられたかのように、動けなかった。





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