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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
20/61

18.フリードの気持ちは

第三者視点です

18.フリードの気持ちは



 6月29日、土曜日。

 こちらの世界にやってきて早くも1週間が過ぎてしまった。

 しかしフリードリヒとの仲はいっこうに進展しない。


 シャルロッテはだんだん焦り始めていた。


「はぁ、一体何がいけないのでしょう?」


 悩める乙女よろしく、シャルロッテは呟く。


「一つ残らず申し上げましょうか?」

「……遠慮いたしますわ」


 河童公園の西口前に佇む『CAFÉ Frosch in Liebe』。

 ちらほらと客が出入りする中、シャルロッテの呟きに店主であるハインリヒが受け答えする。この男がとてもいい笑顔を浮かべるのはろくでもないときだということは、この短い期間で既に理解している。


「わたくしが帰らなくてはいけない七月七日はもう来週の明日。だというのにフリードリヒ様ったら、帰る心構えがまったく出来ていませんわ」

「常にカエルになる心構えはお持ちですけれどね」

「今週は大学もありましたので日中は問題ありませんでしたけれど、帰宅して日が暮れた途端どこかへお隠れになってしまいますし、今朝だって起きたらお隣からお姿を消してしまっていましたわ」

「それはロッティ様がお眠り中にフリード殿下をベッドから落としているからでは?」

「……ハインリヒ、いちいちわたくしの言葉に割り込むのはやめていただけませんこと?」


 シャルロッテははぁとため息を吐く。

 このフリードリヒの側近であるハインリヒの相手構わずな毒舌に、シャルロッテは些か苛立たしく感じるが、彼が言うことも最もなので反論も出来ない。


 そう、一応なりともシャルロッテは現状を正しく理解していた。

 自分の行動がフリードリヒを籠絡するにはほど遠いことも、フリードリヒがおとぎの国へ帰りたいとは微塵も思っていないことも。

 しかし、おとぎの国の自分のお城へ帰るためには、フリードリヒにかかっているカエルの魔法を解くというハインリヒの課題をクリアして、フリードリヒを一緒に連れて行かねばならない。


 だからどうにかして自分がフリードリヒにとって不可欠な存在であるということを理解してもらわないといけないのだが、フリードリヒが姿を消していてはそれすら出来ない。


「そもそもロッティ様はフリード殿下のことをどう思われているのですか?」


 コーヒー豆をひきながら、ハインリヒが尋ねる。


「もちろんとても知的でお美しい素敵な方だと思いますわ」

「カエルの姿になっても、ですか?」

「それは……」


 言葉に詰まってシャルロッテは再びため息を吐く。

 確かにフリードリヒの姿が人間の時とカエルの時とで自分の態度が違うのは自覚している。しかし元来苦手なものナンバーワンなのだ。こればかりは仕方がない。


「これでも一応、克服しようと努力をしていますのよ」

「では、そのお気持ちがフリード殿下に伝わっていないのではありませんか?」

「ハインリヒ、お前は本当に難しいことを仰いますのね」


 それはつまり、「今のやり方では到底伝わらない」と遠回しに言っているのだ。

 しかしシャルロッテにしてみれば、どうやったら気持ちを行動にして伝えられるのかが分からない。

 というのもシャルロッテはこれまでまともに恋をしたことがないのだ。幾多の男性からアプローチを受けることはあっても、自分からしたことなど皆無で、どうすればいいのかさっぱりだ。



「でしたら、どうすれば気持ちを伝えられるか、他の王子たちにお聞きになってはいかがですか?」



 折角同じ屋根の下に他の王子が4人もいらっしゃるのですから、とハインリヒは涼しい顔で提案する。

 ハインリヒ自身はこの状況が面白くなればそれでいいとしか思っていなかったのだが、一応は蝶よ花よと育てられたお姫様、シャルロッテは「それですわ!」と手を叩き、お代も払わずに店を出ていった。



 そして早速実行に移す。



「一体どうすればフリードリヒ様にわたくしの気持ちをお伝えできるのでしょう?」


 その日の昼過ぎ、シャルロッテはボウルの中の卵を泡立てながら尋ねる。


「シャ……シャルロッテ、無理して手伝わなくても良いんだよ?」

「何か仰いまして?」

「ひええええ……! ごめん、ごめんなさい、僕なんかのために手伝わしてしまってごめんなさいぃぃ!」


 早速シャルロッテはキッチンでお菓子作りをしているクリスティアンに突撃した。親切にもメレンゲを立てようとしているのに、クリスティアンはどこか心許ない顔でこちらを見てきた。


「そ……そうだね、シャルロッテがフリード君のことをとても好きなことは伝わるけれど、何でもかんでもフリード君のするべきことを代わりにするのはよくないんじゃないかな?」

「どうしてですの? フリードリヒ様はお怪我をなさっていますのよ?」

「うん、だけどそれでは逆に、フリード君が何にも出来ないって暗に言っているようなものだからね。たまには黙ってフリード君を見守るっていうことも、大事だと思うよ」


 よく分かるような分からないような、いまいち腑に落ちない内容にシャルロッテは首を傾げる。その様子が怒っているように見えたのか、クリスティアンはハッとすると、見る見るうちに眉尻を下げる。


「あああ、ごめん、ごめんね? 僕がこんなに偉そうに言えることでもないのに」


 気がついたらクリスティアンの自虐がどん底に行きかけていたので、シャルロッテは見なかったフリをしてキッチンを後にした。



「一体どうすればフリードリヒ様にわたくしの気持ちをお伝えできるのでしょう?」


 夕方、シャルロッテはリビングに備えられている電話の受話器に向かって尋ねる。


『おい、シャルロッテ。俺は今、仕事中だぞ』

「大したターレルにもならないのだから構わないでしょう?」

『お前な……』


 電話の相手はテオデリック。空との一件があった後も、引き続きコールセンターでアルバイトをしているのだが、そのバイト中にシャルロッテからのどうでもいい相談電話かがかかってきた。しかも位落ちしたためか、テオデリックの扱いは他の王子よりも一段と粗雑だった。


『とりあえずお前はいちいち言葉も行動も多すぎるんじゃないのか?』

「それはつまり、どういうことですの?」

『本当に互いを想い合っていれば、そんなものなくても相手の言いたいことが分かるものなんだ』


 などと、以前はそれすらも分からず王位を剥奪されることになったくせに、テオデリックは偉そうに言う。


「でもフリードリヒ様に好きになっていただくには、言葉も行動も不可欠ではありませんの?」

『そりゃあ今のお前では――はい、チーフ! いえ、サボっているわけではなく……ガチャっ』


 途中で上司に見つかったのか、言い訳をしながら一方的に電話を切られてしまった。

 シャルロッテははぁとため息を吐きながら、目の前のテーブルに置かれたリンゴを一口囓る。


 するとリビングの入り口の方で物音が鳴る。


「お……お前! 仮にも同じグリム地方出身のくせに、そんなもの食ってんなよ!!」


 見ればカールハインツが、リビングの扉に張り付いたまま悲痛な声を上げた。その理由はシャルロッテの手元にある真っ赤な憎っきリンゴなのだが、そんな事情をまったく知らないシャルロッテは、ちょうどいいところにカールハインツが来たと、リンゴを持ったまま近づく。


「うっわああああ! 近づくな! こっち来んな!」

「ねぇ、カールハインツ様。一体どうすればフリードリヒ様にわたくしの気持ちをお伝えできるのでしょう?」

「そんなもん、ただ真正面から好きって言えばいいだけのことだろー!? だから俺に近づかないでくれええ!!」


 言うが早いか、カールハインツは猛スピードで自室へ駆け上がっていく。別に大して怖いものもないのに情けない、とシャルロッテは引き続きリンゴを囓りながら思う。

 そしてうーん、と首を傾げる。


 クリスティアンの言うことはともかく、テオデリックとカールハインツの言うことは真逆だ。一体どうすればいいのだろうか?



 結局その日はこれといった回答が得られず、翌朝に持ち越すことにした。



「一体どうすればフリードリヒ様にわたくしの気持ちをお伝えできるのでしょう?」

「シャルロッテ、それは無理だよ。だって相手は人間ですらないのだから」


 翌朝、出かける直前のハンスに問いかけるが、シャルロッテと同じくもともとカエル姿のフリードリヒを気持ち悪く思っていたため、非常に冷酷すぎる回答が返ってきた。


「でも、そんなカエル相手でも、一睡もせずに待っていたシャルロッテは献身的で良いと思うけどね。誰かさんと違って」


 と、いらぬ一言を言いつつハンスはシャルロッテの下まぶたを親指で揉む。そう、ハンスの言うとおり、夕べフリードリヒが帰る気配は全くなく、その帰りを今か今かとシャルロッテは待ち続けていたのだ。



「そんなシャルロッテに朗報だよ。フリード、河童公園で見つかったみたいだ」



 それを聞いた途端、シャルロッテはまっすぐに河童公園に向かった。

 色んな意見を聞いたけれど、まずは昨日一度も帰って来なかったフリードリヒの安否が大事だ。自分の気持ちはその後で構わない。


 そう思って河童公園に入ったとき、シャルロッテは絶望的な気持ちになった。



 あの女が、あの粗野で野蛮な梅乃が、池沿いのベンチに座るフリードリヒの前に立っていたのだ。



 彼女は少し遠慮がちにバスケットのようなものをフリードリヒに差し出し、フリードリヒは憮然とした表情で渋々それを受け取る。相変わらず二人は何かを言い合いしていたけれど、それはどこか遠目に見ると、フリードリヒがただ拗ねているだけに見えなくもない。

 しばらく経って、梅乃はフリードリヒの元を立ち去るが、残されたフリードリヒはその後ろ姿をずっと見送っている。


 シャルロッテの中に、沸々と苦い気持ちが生まれるのが分かる。


「フリードリヒ様!」


 思わず大きな声で呼びかければ、フリードリヒは肩を揺らしてこちらを振り向いた。

 その表情は、嫌な物を見たかのようでもあったが、シャルロッテは構わずフリードリヒの元へ近づいた。


「フリードリヒ様、いけませんわ。早くお怪我を治して来週にはおとぎの国へ帰らないといけないというのに、まる一日いなくなるだなんて。ささ、今日はゆっくりお休みにならないと――っ」


 そう言ってフリードリヒの身体を立たせようとすれば、勢いよくフリードリヒがシャルロッテの腕を振り払った。その勢いが思いの外強く、寝不足のシャルロッテはその場で転んでしまったが、フリードリヒは構わず自力で立ち上がる。


「悪いけどシャルロッテ。帰るのは君だけだ。僕は帰るつもりなんか一切ない」


 それだけ言い残すと、フリードリヒは松葉杖をついてその場を去っていってしまう。

 転んだままのシャルロッテは、信じられない気持ちでその背中を見送る。



 沸々とどす黒い気持ちが心の中に広がる。



 婚約者が倒れているというのに、どうして平気な顔をして去っていくのだろうか。

 婚約者がここにいるというのに、どうしてそんな切ない視線を別の女に向けるのだろうか。


 そうだ、すべてはあの女がいるからだ。

 あの女がいなければ、フリードリヒだって一緒に帰る気になるものを。



「――そこの可哀想なお嬢さん。とても辛そうなお顔をしているね。そんなきみにとっておきの話があるんだけれど――」



 真っ黒な気持ちに支配されたシャルロッテに、もはや迷う気持ちはなかった。







途中出てきたターレルとは、19世紀初頭くらいまで使われていたドイツ通貨だそうです。

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