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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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0.プロローグ

お待たせしました!


本作から読んでも分かるように書きますが、前作が気になる方はページ下のバナーからお願いします。

0.プロローグ



 雨が降っている。

 夕刻から降り出したそれは更に勢いを増し、窓を強く打ち付けている。

 そんな雨の音を聞きながら、カウンター席に座る赤髪の男が新聞紙をめくった。


「ふぅん、“織姫誘拐事件”ね……」


 少し笑いながらそう漏らすと、カウンターの内側でシェイカーを振っている店主もふっと笑った。


「なかなか酔狂なことでございますね。彼女をさらったところで何にもならないでしょうに」

「本当だよね」


 赤髪の男と店主が面白そうにそう話していると、赤髪の男と同じくカウンター席に座る全身緑色の男が店の入り口の方を見た。


「それにしても遅いっすなぁ。予定の時間より1時間も遅れていやすぞ」

「さぁ、もうそろそろいらっしゃると思いますが……あ、ちょうどいらっしゃったようですよ」


そう言いながら店主も入り口の方を見たちょうどそのとき、店の扉が勢いよく開かれた。

 そこに立っていた人物を見て、赤髪の男がニヤニヤ顔で言う。

 

「さすがは色男。今夜はかなり楽しんできたみたいだね」


 それもそのはず、今来た濃紺の髪の男は、顔や首や服の至る所に口紅の跡を付けていたのだから――。





 ここは『CAFE Frosch in Liebe』。

 日本のとある街にある河童公園の西口前に佇むカフェである。

 そしてその中に集まるのは、濃紺頭のアラブ人のカリムに赤髪のアラブのアサド、店長のハインリヒに全身緑色の沼男の4人。


 実はこの4人、この世界の住人ではない。

 この世界とは別に存在するメルフェンとファンタジーの世界「おとぎの国」から来たおとぎ話の登場人物なのである。


 「アラジンと魔法のランプ」に登場するサファイアの指輪の魔神カリムとランプの魔神のアサドがおとぎの国からこちらの世界に来たのは、かれこれ2ヶ月半前。

 おとぎの国の役人である二人は、おとぎの国でヒロインにフられてしまった5人の王子たちの現代日本留学の監視をするため一緒にやってきたのだ。元々は「カエルの王様」に登場するハインも、彼らと一緒にこのとき付いてきたのである。

 一方、河童公園に住む河童の沼男は、以前よりずっと現代日本に住み着いていた。



「それにしても、どうしてきゃばくら、なんかに行ってやしたんで?」


 雨に濡れてやってきたカリムが身体を拭いて落ち着いたところで沼男が尋ねる。

 本来このような場に来れない沼男だが、今夜のこの店が貸し切り状態になっているため、気兼ねなく振る舞えていた。


「情報収集だよ。この前のことで気になることがあってな」


 沼男の視線の先で、カリムは窓際の席に座りタバコを吹かす。

 その返答にアサドは笑みを深めるが、“この前の”現場を知らないハインと沼男は首を傾げた。



 先週、魔神二人とハインが世話になっている女子大生・梅乃が、友人の非行の真相を突き止めようとして歓楽街まで押し掛けていった。そこで煌びやかなスーツの男とチンピラ達に襲われかけたところを魔神二人によって助けられた。その後、卑猥な薬によって梅乃がおとぎメンバー達に迫るという騒動はあったものの、梅乃自身に大きな怪我もなく、そのときの騒動も徐々に収拾しかけてきてはいる。

 しかし、後から事情を聞けば解せない問題がそこには残っていた。



「例えば、どうしてあのとき梅乃は指輪を外すよう言われたのか……とかな」


 カリムがタバコを灰皿に押しつけながらそう言う。

 今まで梅乃の前でタバコを吸ったことのないカリムだが、実は結構な喫煙者である。


「それのどこが問題なんでぃ?」


 カリムの今の発言でもまだよく分かっていない沼男が、更に尋ねる。

 それに対し、カリムは顎に手をついて難しげな表情を見せた。


「あいつの話によればサファイアの指輪は奇抜で目立つから外せと言われたらしい。しかし、これから水商売させようって相手に言うことか? 少なくともさっき回ってきたところはそういうこと気にしてなさそうだった」


 つらつらと自分の疑問と調べたことを言えば、ハインが何かぴんと来たように眉を動かす。



「それはつまり、我々の存在を知っていた、ということですか?」



 ハインがそう言えば、カリムは何とも言えなさそうに二本目のタバコに火を付け、アサドはふっと笑みを深めた。

 彼ら自身、現代世界に暮らす人たちと外見では変わらないが、そうは言っても本当はおとぎの国の住人。そんなことは一般人が知ることではないのだ。

ハインの言葉に沼男も緑色の眉間にしわを寄せて難しそうな顔を見せる。


「しかし、先日事件の起こった隣町一帯を牛耳っているのは……」

「うん、そうだよ。沼男の言うとおり、“彼”と関係のあるヤクザだよ」

「その経由で知っている可能性は十分にあり得るな」


 沼男は更に難しい顔をした。

 仮に自分たちの存在を知られていたからと言ってよからぬことが起こるわけでもないだろうが、何か不吉な胸騒ぎを感じていた。


「それにしても、そんなことを調べるためにわざわざ女買いに行くとか、さすがは薬に侵された相手を襲う男はやることが違うなぁ」


 それまでの重い空気を払拭するかのように突然アサドがふっと笑うと、カウンターに頬杖を付いて言った。言葉の端々に棘があるのはわざとだろう。言われたカリムはむっと眉間にしわを寄せる。


「そういうお前だって噛み痕残してただろうが。大体、俺は命令だったんだ。お前のはただのお前の欲だろ?」

「ふぅん、ご主人の命令なら何でも言うこと聞くなんて、とっても従順な魔神なんだねぇ。それにしては、猛獣がか弱い女の子に襲っているようだったけれど」

「はぁ、あのなぁ……」


 魔神二人の言い合いが始まった。

 先週以来、アサドがことあるごとに棘のある言葉をカリムに投げては、こうして口論を繰り返していた。





「しかし、最近おかしな事がよく起こるものですね。先日の件といい“織姫誘拐事件”といい」


 魔神二人が言い争いをしている横で、ハインはカウンターテーブルでアサドが読んでいた新聞紙を自分の方へ寄せた。

その新聞は“おとぎの国新聞”。おとぎの国で起こっていることを知るために、どういうルートからかハインが毎日受け取っている。


「そういえば去年も今時期に“かぐや姫盗難事件”ってのがあったっすよな」

「あぁ、ありましたね。色々ものが盗まれたとかで、未だに盗難品も犯人も見つかっていないだとか」


 沼男は残念そうに窓の外を見る。


「このままだと今年は十五夜どころか七夕も祝えねぇっそうすね……」


 その視線の先で降り続ける雨は、さっきよりは勢いは弱まっているものの、いっこうに止みそうになかった。






続きは2時間後に更新します

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