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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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17.夜空の違和感

17.夜空の違和感



 どうしてもやもやが広がるんだろう――。



「なんだ、話し声が聞こえると思ったら、梅乃ちゃんも来てたんだ」


 何となくひとりでに気まずくなっていたら、アサドの声がした。

 見れば、アサドは宙に浮いていつもの愉快顔で私とカリムを見下ろしていた。


「あれ? アサドも飲みに来たの?」

「うーん、それもいいけどカリム、沼男からの呼び出しだよ」

「何だそれ、急だな。俺だけか?」

「うん、カリムに来て欲しいんだって。何でも早急に伝えなくちゃいけないことがあるらしくって」

「お前、言い方気色悪いぞ」


 「カリムに」の部分をやたらと強調して、おまけにニヤニヤ意味ありげに言うから、もしかして沼男さんはそっちなのかと、無駄に想像力をかき立てさせる。それに呆れ口調で突っ込みつつも、カリムはパンと膝を叩いて立ち上がる。


「まぁ、用があるならしゃーねえ。ちょっと行ってくるわ」


 それだけ言い残すと、カリムは瞬く間に姿を消した。

 終始あっさりとした様子で、私ばかりモヤモヤしている感じだ。


「梅乃ちゃんも、もう11時半だよ。明日も学校でしょ? そろそろ寝たら?」


 入れ替わるようにカリムがいたところにアサドが降り立ち、床に置いてあった酒瓶を魔法で浮かし上げながらそう言う。

 だけど考え事をしていたせいか、私は「うーん、そうだね」と結構適当な相づちを打ってしまった。


「なーんか戻る気ゼロって感じの返事だね……えいっ」

「ちょっちょっひょ、いひゃいいひゃい……っあひゃっやめっやめっ」


 心ここにあらずで返事したのが悪かったのか、アサドは非常に良い笑顔で私のほっぺを左右にいっぱい引っ張る。それだけならまだ良かったのだが、アサドはどこから伸びたのか分からない触手で私の脇とかうなじをくすぐってきた。


 って、触手――!?


「あっはは、いい反応! 梅乃ちゃんは飽きないねぇ」


 私の反応に満足がいったのか、アサドは一通り私をくすぐり倒すと、謎の触手を引っ込める。

 いや、本当に触手って!!


「もう、本当にからかうのはやめてよね」

「えー悩めるご主人サマをこうして笑わせてあげたっていうのに」

「だからって……って、私そんな難しい顔してた?」


 言われてふとアサドを見上げれば、クスッと相変わらずの愉快顔を浮かべて私の隣に腰を下ろした。


「梅乃ちゃんって結構分かりやすいからね。例えばカエル君のことでしょ?」

「う……っまぁ、そりゃ分かるよね。未だにちゃんと仲直りも出来てないしね」


 とは言え、さっきは結構普通に会話していた気もするけれど、それもほんの少しだった。

 正直なところ、シャルロッテなしにじっくりフリードと話し合いたいけれど、先週からの様子を見ていると、シャルロッテがそれをさせてくれなさそうだ。


「何だかんだで七月七日ってもう来週末なんだよね。フリードどうするんだろう」

「ま、魔法でも起きない限り、カエル君は帰らないと思うけれどね」


 まぁ確かに、シャルロッテがあれじゃ普通は帰る気起こさないよね。


「でも、いずれはみんな、おとぎの国に帰るんだよね。そう思うとなんだかしんみりしちゃって」


 おとぎメンバーが来てそろそろ3ヶ月、まだまだ一学期が終わっていないから大学に通うクリスやテオたちが帰るのは考えられないけれど、誰かしら唐突に帰る話が浮上してもおかしくない。そんなの今回のフリードの件で分かっていたはずなのに、フリードもみんなも、きっとまだおとぎの国には帰らない、なんて理由もなく思ってた。


 少なくとも大学に通ってない魔神たちは確実に――。


「それは、カリムのことを言ってるの?」

「え?」


 突然神妙な物言いになったと思ってアサドを見てみれば、言葉と同様、何とも言えない表情で虚空を見つめていた。

だけどそれはほんの一瞬で、アサドはすぐに口角を持ち上げこちらを向いた。


「さっきの会話聞こえちゃったんだ。だからそんなセンチメンタルな気分になってるのかなって。同じことボクが言ったら、梅乃ちゃんはそんな顔してくれるのか気になってね」


 いつものようにからかいを言葉に乗せる。だけど、いつもと違って愉快そうな雰囲気は感じられなくて、こちらに見せた金色の瞳も、どことなく寂しげに細められている。

 アサドにしては珍しい表情だなと思いつつも、私はいつもの調子で返した。


「まぁ普段から冗談ぽいし、アサドが言ってたら十中八九真に受けなかっただろうね」

「えーそれボク信用されてないってこと? ひどいなあ」

「安心してよ、これがハンス相手だったら真に受けても寂しく思わないだろうし」

「あははっ残酷だねー」


 なんとなくしんみりしていた空気を二人で笑い飛ばす。いつもはセクハラばっかで迷惑すぎるアサドだけれど、こういうときは心が晴れるからいてくれると助かる。

 思えば今の賑やかな生活も、アサドがいなかったら始まらなかったんだよね。だからアサドにも長くこっちの世界にいてほしいなんて思ってしまう。


 そこでふと、一つの疑問が浮かび上がった。


「アサドたちはおとぎの国に帰ったらどうするの? また誰かの世話係みたいなのするの?」

「うーん、そうだね。本当にお役所仕事みたいなときもあるし、新しいご主人サマのもとで働くこともあるよ」

「新しいご主人、か。なんかそう言われるとリアルだね。あ、でも、アサドみたいに万能な魔神、普通に誰もが求める力だろうし、放っておかないよね」

「普段からランプも指輪も放りっぱなしのくせに、そんなこと言うんだね」


 なんかやんわりと怒られた気がする。

 だって現代日本で普通の大学生してたら、使う場面なんてほとんどないんだもん。日常的に使わなかったらそんなの忘れるに決まってる。


「でも実際、私みたいに宝の持ち腐れ状態になる人じゃなくて、ちゃんとアサドたちの力使いこなせるような人がご主人になった方がいいんじゃないの?」


 カリムは物を浮かしたり人を飛ばしたり、アサドは薬作ったり空間を繋げたり謎の触手とか、二人の魔神は本当に色んな魔法を見せてくれる。だけど、それらはきっと彼らの持ってる力のほんの一部で、おそらく私の想像を超えるような莫大な魔法を秘めているに違いない。

 何せ彼らは「アラジンと魔法のランプ」に登場する魔神で、特にアサドに至っては、アラブの城一個分を遥か遠いところへ移動させたこともあるくらいだ。


 そんな力を持て余すなんて結構もったいないのではと、純粋に思う。



「ボクは、梅乃ちゃんがご主人サマで良かったって思ってるよ」



 だけど私の予想に反して、思いの外真剣な声で、アサドが答えた。

 反射的にアサドを見る。


「ボクたち魔神は、ご主人サマを選べないからね。例えそれが偶然だったとしても、ボクは今が一番幸せだよ」


 星明かりに照らされるアサドの金色の瞳が、まっすぐにこちらに向けられる。

 どうしてだろう、いつもはおちょくってばかりのアサドなのに、いつもみたいに口元は愉快そうに持ち上げられているのに、その顔がやけに真剣に見えて、こっちが気恥ずかしくなる。



「あっほっほら! 流れ星!」

「うわっやっぱりひどい。折角ボクがイイこと言ってるのに」

「うるさいな、だって見えたんだもん!」


 なんだか変なムードになりかけていて無性に居たたまれなくなったので、タイミング良く視界の端に映った流れ星で話題を逸らす。脳内必死だ。


 あーあ、とでも言うように、アサドは後ろに手を付いて夜空を見上げる。


「流れ星、ね。そういえば、流れ星が消えるまでに3回願い事を唱えるとそれが叶うって、日本では言われてるみたいだね」

「日本ではって、他では違うの?」

「うん、日本独特の伝説らしいよ。まぁでも、そんなことしなくても梅乃ちゃんはいつでもすぐに願いを叶えられるわけだけどね」


 ……う。

 必死に話を逸らそうとしてるのにいちいち話を戻そうとするなんて、相変わらずタチの悪いヤツだ。



「あれ? こっちの世界ってもしかして、夏の大三角ってないの?」



 するとふと、アサドが夜空を見ながら言う。


「え? そんなわけないでしょ? 曇って見えないだけじゃないの?」

「うーん? そうでもないよ?」


 言われて私も夜空を見上げるが、確かに夜空は晴れていて雲一つない。梅雨も終盤というところか。更に10階の高さだからか深夜だから、人工的な光に遮られずに星がよく見える。

 だけど確かに夏の大三角は、見えない。


 夏の大三角と言えば、わし座のアルタイルとこと座のベガ、そしてはくちょう座のデネブで構成される、夏の夜空の主役みたいなやつだ。まず天頂近くで青白く輝くベガを見つけて、左下にアルタイル、やや左上にデネブといった感じで見つけるといいって、昔理科で習った気がする。


 だけどどれだけ探しても、最初に見つけやすいはずのベガが見つからない。


「うーん? 季節的な問題?」

「あ、でも梅乃ちゃん。あそこの白いのはアルタイルだよね?」


 やや南東寄りの場所をアサドが指差す。確かにそこにはわし座のアルタイルが、白い光を放って夜空にかかっていた。


「やっぱり他の二つは時期的に見れないのかな? でももうすぐ七夕だし、ベガは見えてもいいと思うんだけど」


 特に天文に詳しくもないくせに、私は頭を捻りながらそう言う。

 すると今の言葉に引っかかったのか、アサドが目を丸くして尋ねてくる。


「七夕?」

「あれ、アサド知らない? 七月七日に天の川に橋が架かって彦星と織姫が出会える話」

「いや知ってるけど、それと夏の大三角とどう関係があるの?」

「あぁ、その話にちなんで、なのかな? その彦星に当たるのがアルタイルで、織姫に当たるのがベガなんだよ」


 というのも、私が元から知っていたわけじゃなくて、全部天文好きなお兄ちゃんからの受け売りなんだけれどね。ついでに言うと、わし座はギリシア神話のゼウスと一緒にいた鷲だとか言うのもある。


「なるほど、織姫と彦星……。どうりで片方しか見れないわけだ」


 今の話のどこに納得したのか、アサドは愉快そうに笑みを深めた。


「仮にボクがおとぎの国に帰っても、七夕みたく梅乃ちゃんに会いに行ければいいのにね」


 いつもの調子に戻ってアサドが横から私の頬をつんつんする。

 その言葉にさっきのアサドの発言がフラッシュバックするけれど、私はそれを誤魔化すようにアサドをあしらった。


「そうなったら私はあそこのさそりみたく、撃退するからね」


 そう言って私は勢いよく立ち上がって南の方を指差した。

 するとそこで、再び夜空の星に違和感を覚える。


「あれ? あのさそり座、なんだかやけに自己主張してない?」

「そう? あんなもんじゃないの?」

「うーん、どうなんだろう?」


 アサドに尋ねるも、あんまり気にしてない風にアサドは答えた。

 正直私も詳しいわけじゃないからよく分からない。


 だけど、夏の大三角もそうだが、無数の星があるにも関わらず、どの星もいまいち輝きに欠けているのに対し、南の空の低い場所に位置するさそり座の星はすべて、他のどの星よりも光り輝いていた。


 もともとそういうものなのかもしれないけれど、なんだろう。


 さそり座の象徴たる赤い星のアンタレスが、やけに大きな光で神々しく夜空に輝いていて、逆に不気味ささえ覚えるほどだった。






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