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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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16.いずれは帰る

16.いずれは帰る



 さっきのは一体何だったんだろうか、マンションの下で一人、呆然と立ちつくす。



「ぅっゎぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」



 突然、そんな叫び声が上がる。

 どこからか分からないその声は、だんだん私に近づいてきて――。



「きゃっぎゃあああああああああああ!!!!」



 何かが! 何かがいきなり上から降ってきた!

 それもぬめっとしてそれなりに重量のあるものが!!

 落下してきた衝動に頭がじんじんして首にも痛みが走ったけれど、それ以上に――!!


「まっ……待って待って! 僕だから!!」


 完全にパニック状態で頭を振り回していたら、聞き覚えのある声がする。

 ん?っと思って掴んで見てみれば、それは金緑色のリンゴ大の物体だった。


「え、フリード? え、一体何してんのあんた。あの距離でスカイダイビング?」

「んなわけないでしょ! ハインに落とされたんだよ!」


 言われて私は真上を見る。

 下から3つめのベランダ、つまりうちのベランダのそこから、よく知るピンクベージュブラウンの髪が風になびいているのが見えた。ハインさんはとてもいい笑顔でこちらに手を一振りすると、何事もなかったかのように部屋へ戻っていった。


「あの人、何してんの……? っていうかあんたたち、人の部屋で何してたのよ」


 普通のワンルームマンションの私のお家は、アサドの魔法によってどこにあるのか謎の洋館にリンクされているけれども、私の部屋は従来通り実際のここの窓に繋がっている。

 まぁ要するに、フリードが落ちてきたのは私の部屋からと言うことになるのだが。


「べ……っ別に、何もしてないって! ただ僕は隠れていただけで……」

「はあ? 隠れていたあ? 一体何に――」

「フリードリヒ様ぁ、フリードリヒ様どちらにいらっしゃるのー?」


 上から甲高い声が響き渡る。

 ただでさえよく通る声で今は夜だというのに、シャルロッテは全く気にすることなくベランダで叫ぶ。ひとしきり叫ぶとフリードの不在を認めたのか、部屋の中へ消えていった。


「相変わらずすごい好かれてるね、フリード」

「迷惑も甚だしいんだけどね」


 確かに、家でも外でもシャルロッテの行動は鬱陶しい以外の何者でもない。

 願わくば、予定通り七月七日におとぎの国に帰ってくれるとありがたいけれど、そうなったらやっぱりフリードも一緒に帰るのだろうか。


「……さっきの」

「ん?」

「さっきの、昔の恋人?」


 唐突にフリードが尋ねてきた。

 何でそんなことフリードが知っているのかと、思わず目を瞠ってしまう。

 フリードはふんっと私から目を逸らして続ける。


「上で隠れてたら見えただけだよ。別に僕は、あんたがどうしようが興味ないし」

「はぁ」


 相変わらず憮然とした態度でそう言いきるので、そこで会話がストップする。興味ないならどうしてそんな話題振ったのか非常に謎だ。

 だけど数十秒間をおいてから、フリードは再び尋ねてきた。


「で? あの人とまた付き合うの?」

「……興味ないんじゃなかったの?」

「いいでしょ別に。ほら答えなよ」


 何故かやたらとフリードは強引に聞いてくる。そもそも未だにちゃんと仲直りできてないし、フリードだっていつもすれ違い様に睨み付けてくるのに、本当によく分からない。


「そういうフリードはどうなのよ」

「は? ちょっと聞いてるのはこっちなんだけど」

「興味ないんでしょ? ほら、毎日毎日あんな熱烈なアプローチ受けて、シャルロッテの愛に目覚めてもいいんじゃないの?」

「……あんなのに目覚められるヤツがいるなら見てみたいんだけど」


 確かに、それは大いに同感だ。


「でも、カエルの魔法が解けるチャンスなんでしょ? 帰ったらシャルロッテのお父さんにも優遇されるだろうし、悪くないんじゃないの?」


 シャルロッテの行動はどうかと思うけど、ハインさんも賛成するくらいだし、彼女の目論見はそう悪いものじゃない。

 まぁ難有りなのは確かだけれど。


 と思って言ったら、フリードがどこにあるのか分からない眉間にしわを寄せて、こちらを睨み上げている。


「あんたは、帰って欲しいの?」

「えっそれは――」

「見つけましたわー!!」


 シュンッという音と共に何かが突然視界に入ってきて、私の手の中にいたフリードが瞬く間にいなくなった。

 見れば、いつの間にかマンション下に来ていたシャルロッテが、手に持つ布にフリードを巻き付けていた。


「もうフリードリヒ様ったら、まだお怪我が治っていないのですから、こんな野蛮人と一緒にいてはいけませんわ」

「……ならその怪我人を乱暴に扱わないでほしいんだけど……」

「ですってよ、そこの野蛮なあなた! ただでさえ野蛮で粗野なのですから、フリードリヒ様に乱暴しないでくださるかしら」


 いや、それあんただから!

 などという突っ込みをしたいところは山々だったのだけれど、シャルロッテは我々の話を聞くことなく、にっこり笑顔をフリードに向ける。


「さあさ、お部屋に戻りましょ。今日はまたお粥を作りましたから」

「いや、ちょっと待って、それだけは……!!」


 悲痛な叫び声を上げて、フリードが連れ去られていった。あの悪臭漂うお粥に突っ込まれるとか悲劇でしかない。私は消えゆくフリードに向かって合掌した。


 それにしても、さっきの質問。シャルロッテの乱入で答えられなかったけれど、正直私はフリードにこのままこっちの世界にいて欲しい。

 喧嘩したりセクハラされたりへたれなヤツがいたり、みんなそれぞれくせ者揃いだけれど、なんだかんだ言って今の生活は楽しい。みんなずっとこのままこっちの世界にいられるわけじゃないのは分かるけれど、出来れば楽しい生活が続いてくれればと思う。


 それはフリードも例外じゃないのだが。



「なかなかお前ら、青春してんな」



 何の気配もなく、割と近い距離でいきなり声をかけられた。

 見ればいつの間に現れたのやら、マンションのゴミステーションの上で、カリムがニヤニヤ顔を浮かべていた。

 含みのあるその笑みに、思わず睨み付けてしまう。


「あんた、今のどこから見てたの? 悪趣味」

「仕方ねえだろ、屋上で酒飲んでたら聞こえてきたんだよ。俺は耳が良いからな」

「屋上で聞こえるって本当に地獄耳……って屋上?」


 うちのマンションは10階建てで一応屋上があることにはあるが、普通は出入り禁止になっている。正直気になってはいたところなのだけれど。


「お前も酒飲むか?」


 カリムはニッと笑うと、私の返事も聞かずに地面から風を巻き上げた。

 あまりの突風に身を縮めるがそれも一瞬、本当にあっという間に屋上に着いた。


「何飲むか? っつっても、日本酒かウィスキーしかねえけどな」

「何その組み合わせ、全然アラブっぽくないね」

「まぁな」


 日本酒をもらって適当にその場に座り込む。


 屋上自体はかなり想像通りだけれど、流石に10階建てというところか、その高さは足が震えてしまうほどだ。でも同時に、普段私が生活している地域全体が見渡せて、なんだか不思議な気分だった。


 夜空もここからじゃかなり近く見えて、星も掴めそうだ。


「しっかし、お前もなかなか隅に置けねえな。あんな好青年にキスされるなんてさ」


 唐突にカリムが話し出した。

 ダイレクトな内容にドキリとするが、見ればカリムは何ともない風にニヤニヤしている。

 さっきのを見られていたのは予想していたけれど、寄りにも寄ってお前がそれでニヤつくのかと、なんだかイラッとしてしまう。


「別にあんなの、どっかの誰かさんに無断で痕付けられたのと同じだよ」

「何だよお前、それまだ引きずってんのか? むしろ俺よりアサドの方がひどいだろ」

「うるさいな、どっちも大して変わらないよ」


 確かにアサドのがひどいのは認めるけれど、かと言って2週間前のことを私だけが気になっている、みたいな言い方をされるのはモヤモヤする。

 私はその微妙な空気を払拭するかのように、一気に日本酒を煽った。


「はぁ、これでも結構困ってるんだから。用意できそうにないものお強請りして諦めてもらおうと思ってたのに、こうしてまんまと用意されちゃうから」

「何だよそれ、その気がないなら直接断ればいいのに――って、お前、それ……」


 それまで軽い調子で酒を飲んでいたカリムだが、ふと私の膝元を見て眉をひそめた。

 そこにはさっき昴さんから受け取った“焼いても燃えない服”を置いていたのだが、カリムは何も言わずにその服を手に取った。


「形は違うけどこの毛皮とこの袖の部分……いや、まさかな」


 襟の部分から裾までじっくりそれを観察しながら、カリムは何やらぶつぶつと呟く。

 それまでと打って変わって妙に真剣な雰囲気に、私は首を傾げるばかりだ。


「カッカリム? 一体これがどうしたの?」

「え、あぁいや……何でもない。気にするな」

「何でもないって……」


 明らかに不自然に今のを誤魔化すが、やっぱり何かが頭の中で引っかかるのだろう。カリムは首を捻りながら、それを私の膝の上に戻した。


「……まぁ、要するにそいつはお前のことそれくらい本気ってことなんじゃないのか?」


 カリムは更に誤魔化すように、話題を元に戻す。


「うーん、だから困ってるんだよね、どう断ればいいのかで。それにこんな高級たかそうなの普通に用意できるとか、逆に胡散臭くない?」

「まぁ……胡散臭くないと言えば嘘になるが、まぁ、男が女に物贈るってことはそういうことなんじゃねえの?」


 未だに疑問が残るのか、カリムは首を傾げながらそう言う。本人はきっとあんまり考えずに言ったのだろうけれど、正直カリムがそう言ったのは意外だった。


「ふーん? カリムもそういうことあるの?」

「そういうことって?」

「物を贈ってまで誰かを口説きたいとかそういうの。っていうかカリムのそういう話って聞いたことないや」

「まぁ、話したこともないしな。そういう相手もいないし」

「そうなの? 恋人とか、作らないの?」


 酒の勢いか、話題的にか。

 私はあんまり考えずに尋ねた。



「俺か? 俺はそういうの作らない主義なんだ」



 カリムは何の気なしに、軽い調子で答えた。


「え? 何で?」

「何でって、俺はいずれ帰らないといけないからな」


 いきなり現実を突きつけられた気がした。

 いや、確かにフリードの件で誰かしらいずれは帰ることは認識していたけれど、こんなに決定事項のように言われるとは思っていなかった。


「でっでもそれって結構先の話でしょ? テオだってクリスだってこっちで恋人……っていうかそういうの作ってるんだし、別にカリムも作ったらいいんじゃないの?」


 カリムが恋人を作らないとかどうでもいいことだ。私がとやかく言うことじゃない。

 なのに気がついたら何故かそんなことをカリムに薦めている自分がいる。


 だけどカリムは少し考える素振りを見せると、更に首を振った。


「いや、あいつらは別にこっちの世界に残ってもいいから問題ないんだ。それはあいつらが決めることだから。だけど俺とアサドはおとぎの国の役人だ。いずれは戻るっていうのにそんな面倒なの作らねえよ」


 カリムは非常に軽い調子でそう言う。

 いつもなら私も一緒に笑い飛ばしていただろうけれど、何故かそういう気になれなかった。


 確かに恋愛がめんどくさいのはよく分かる。

 昴さんのことで思い知ったから。


 少なくともカリムが帰らなくてはいけないのは分かる。

 もともとそういう話だったから。


 だけどどうしてだろう?

 どうして心に穴が空いた気がするのだろう?


 そのすべてを日本酒で誤魔化すことにした。






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