13.デートの尾行
梅乃視点に戻ります
13.デートの尾行
「梅乃、今日暇だろ?」
「は? 何いきなり」
今朝、何の前触れもなくカールが言ってきた。
ちょうどシャルロッテが引き起こしたキッチンの残骸を片付けている最中で、そのあまりのひどさと、すっかり意気消沈してしまったクリスを引き戻すのに必死で、カールの失礼な発言に咄嗟に反応できなかった。
「どうせ何も予定ないよな? だったら今日はちょっと俺に付き合ってよ」
「はあ?」
特に詳しいことは言わないくせに、カールはやけにしつこく誘ってくる。真っ先に暇扱いされたことにはなんだか腑に落ちないところがあるけれど、確かに今日は特に予定もないので、仕方なくカールの誘いに乗ることにした。
――が、どうしてこうなった。
『悪い、森山。待たせた』
『あ、柳さん、こんにちは。大丈夫ですよ、今来たところですから』
『そっか。じゃあ行こうか』
そんな挨拶を交わして映画館の方へ向かっていく若い男女。
その様子を、カールが訝しげに眺める。
「うーん……なんか甘いような甘くないような、なんだあの微妙な雰囲気」
「……カール君、これは一体どういう状況かな?」
「ん? 見ての通りだけど? 森山由希と柳さんのデートをびこ……見守ってるんだよ」
いや、それただの尾行だから!!
どうやら先日、カールが由希と柳さんに映画のペアチケットをあげたらしく、今日は二人のデートの日らしい。そういえば昨日、そんなことで由希が嬉しそうにしていた気がするけど、片思い中の柳さんと一緒に映画なんて、そりゃ当然か。
で、二人がちゃんといい雰囲気になれるかどうかを尾行して見守るために、暇そうな私を付き合わせたみたい。
……まったく、なんだか私、最近誰かの尾行ばっかりしているような気がするんだけど。
「っていうか、何で二人の会話がここで聞こえてるの?」
私とカールの片耳にはコードなしのイアホンのような物がそれぞれ入っているのだが、そこから何故か先ほどの二人の声が聞こえてきた。これってもしかしてと思うが、カールは当然のような顔をこちらに向けてきた。
「さっきの服にアサドからもらった盗聴器を付けてきたからな!」
「あ……あんたたち……」
回答が案の定過ぎて開いた口がふさがらない。
先ほど、由希が待ち合わせに行く前に、今日のために用意したという服装に由希を着替えさせたのだ。当然、カールのことをよく思っていない由希はかなり文句たれたれだったけれど、そうか、そういう理由があったのか。
やけに用意周到なわけだ。
「あ、二人移動するぞ! 梅乃、追うぞ」
「あーはいはい」
私たちの30メートル先を、由希と柳さんが並んで歩いている。大学構内ならすぐに気づかれるような距離感だけれど、今日は日曜日で割と人がいるので、案外紛れて込めている。
『それにしても、なんか森山、今日は雰囲気違うな』
『え、そ……そうですか?』
『うん。こういうののが案外似合うんじゃないの?』
「よし、俺の見立てはバッチリだな!」
柳さんの反応に、隣でカールがガッツポーズをする。
今由希が着ているブルーのワンピースは、カールが盗聴器を仕込んで用意したものなのだけれど、確かにいつもよりも大人可愛い雰囲気を与えられて、こういう日にはいいかもしれない。
予想通り、柳さんには好印象のようだ。
『そ、そうですかね? 今日急いで着てきたのであんまり自信なかったんですけど』
『そうか? 俺はいいと思うけど……あ、人多いからはぐれるなよ』
柳さんはさらりと由希を褒めた上に、それとなく由希の背中に手を回す。未だ先輩と後輩の関係でしかない二人は、当然手をつないだりなんてことにはならないだろうし、柳さんはあくまで「先輩として」って雰囲気だろうけれど、後ろから眺める限りどことなくいい感じになっている。
「うーん……あれで天然なんだよなぁ。罪な男だな」
カールがしみじみと言う。
確かに、この会話だけ聞いていればなんか柳さんが慣れているように聞こえるけど、本人は至って普通に言っているに違いない。そんなことは由希自身も分かっているだろうけど、好きな人にこんなこと言われたらドキドキしないわけがないよね。
そうこうしているうちに二人が映画館へ入っていってしまったのだが、あんまり広くはない館内に私たちまで行くと絶対尾行していることがばれてしまうので、近くのカフェで待機しながら、二人の会話を盗聴する。
『それにしても、後輩と映画とか新鮮だな』
ドリンクを買って座席に座ったらしい柳さんが、ふとそう呟く。
『そうなんですか? 割と柳さんって色んな人と遊びに行ってるんだと思ってました』
『んーまぁ、男共はそこそこあるけどな。大抵は同期とよく遊ぶからな』
『……曜子さん、とかですか?』
由希の声が1トーン下がる。
柳さんは私たちの一個上だけれど、その学年の中でもオーボエの長谷川曜子さんは柳さんと一番仲がいい。曜子さんもとてもいい先輩なのだけれど、意中の人に近い彼女に由希が嫉妬してしまうのは無理もない話だ。
『そうだな、後腐れないからな。あ、そろそろ始まるぞ』
なんだか微妙な雰囲気になりかけたところで、始まりのブザーが鳴った。
「うーん……何でこういうときに他の女の名前出すかな」
カールがため息を吐く。
確かにこれが恋人同士だったらNGな話題選びだ。だけど由希は由希で柳さんの気持ちを探るのに必死だし、柳さんはそんな由希にこれっぽっちも気がついていないから、仕方がないといえば仕方がないのだろうけれど。
「っていうかカールは何でそんなにもあの二人をくっつけたいの?」
いつかカールが由希に粗相をしたときに、そのお詫びで二人の恋のキューピッドを引き受ける的な会話をした覚えがあるけれど、かといってそこまで必死なるのもどうなのだろうか。
「ん? そりゃああんな待っているような恋じゃ、いつまで経っても実らないだろ。だから俺が一肌脱いでるんだよ」
「いや、まぁそこにカールがもどかしく感じるのも分かるけれど、別に二人ともそこまでするほどの仲じゃないじゃん。そこが不思議だなって」
するとそれまで携帯を操作していたカールは、ふとこちらに顔を上げてきた。
「うーん……確かに、最初はなんか腹立つからやってやろうと思っただけだけど、何でだろうな、なんかあの人に貸し作っておかないと、俺の気が済まないんだよな」
「あんたって……」
その動機は果たして一体いかがなものか。
とは言え、たとえカールの計らいでも、由希と柳さんがくっついたらそれはいいことだ。上手くいくかどうかは怪しいけれど。
「そういう梅乃こそ、最近どうなんだよ」
「え? 私?」
「うん。だって首に痕付けたりしてんじゃん。」
「ちが……っ」
すると急に私の話にすり替えられて、思わずどぎまぎしてしまった。
首の痕の話も忘れかけていたのに、何でこう思い出させてくるかな。
「別に……あんなのエロ魔神どもの気まぐれであって、そういうことじゃないし」
「エロ魔神どもね。梅乃はカリムとアサド、どっちがいいんだ?」
「どっちって……」
言われて頭の中にニヤニヤ顔を浮かべた赤い魔神と、頼もしげな顔を浮かべている青い魔神が思い浮かび、非常に何とも言えない気持ちになる。
「別に、アサドなんて私をからかって楽しんでるだけでしょ」
「ふーん? カリムは?」
「カリムは……」
ふと、一昨日のことを思い出す。
もう10日前にもなるあの薬事件をなかったことにしようと言った、一昨日の朝のカリム。気にしたら負けだとは思いつつ、未だに気にしてしまっている。
だけど、あれは一時の間違いであって、何もなかったのだ。
「……あの人たちにそんな気持ちにならないでしょ」
「梅乃も案外鈍いんだなー。じゃあ外で気になるヤツがいるとか?」
「――ぶふっ」
どうしてこう、タイムリーなことを突っ込んでくるかな。
確かに昨日、昴さんに会ったけど、別にもう好きでも何でもないし、出来れば関わりたくない。ただ、「ヨリを戻したい」なんて言われたら、若干この後どうするのかが気になるだけで、それだけだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいから、私はフリードとのわだかまりを解消したいよ」
しみじみとそういえば、カールは察したように「あぁ」と言う。
「それは俺も思うけど、でもシャルロッテがくっついて梅乃が付け入る隙がないからなー。ま、頑張れとしか俺は言えねーよ」
「ん、ありがと」
そんな話をしているうちに、イアホンの向こうからエンドロール的な音楽が流れ出す。それと同時に由希の啜り泣く声が聞こえてくる。
何のタイトルを見たのかは私は知らないけれど、どうやら感動ものだったらしい。
「よし梅乃、あの人にあそこのおどけたサンチョに来るよう言ったから俺らも移動しよう」
「さっきから携帯いじってたのはそれなのね。はいはい」
二人をくっつけようとする割にはやけに消極的だと思ったら、メールで指示していたみたい。
そんなこんなで私たちはカフェを出て、映画館近くのおどけたサンチョに向かった。
『しっかし、森山はカールとは何もないのか?』
私たちがおどけたサンチョに入ってしばらくしてから、カールの指示通り、由希と柳さんもやって来た。
ちょうど、映画の話で一通り盛り上がったところで、柳さんが由希にそんな質問をした。由希の好きな人が目の前の自分だとは知らずに素でこういうことを聞くところは、なかなか罪作りだと思う。
『もう、あたしはあの人とは何もないんですってば。出来れば関わりたくもないし』
『そんなこと言ってやるなよ。今回だって映画のチケットくれたり親切なヤツじゃん。勉強だって真面目だし』
柳さんはやたらとカールのことを持ち上げる。噂の本人は神妙な顔をして片耳に集中する。
すると由希のため息が聞こえてきた。
『柳さんの前ではそうかもしれないですけど、あたしの前じゃあいつ、高校出たてのくせに偉そうなことばかり言って、あたしの弱みを握って楽しんでるだけなんです』
『そうかあ?』
『そうなんです! 絶対あれは顔だけですってば。それよりさっきのあのシーンで……』
それとなく由希は映画の話題に戻した。
思いの外、由希がカールのことをぼろくそに言っていたが、この会話をリアルタイムでしかも噂の本人と聞いてしまっていて大丈夫なのだろうか。
「なんか、むかつく」
かなり固い口調で、カールはぼそっと呟いた。
ちらりとカールの顔を見れば、案の定面白く無さそうな顔をしていた。
由希と柳さんは食事を食べながら、映画の話で再び盛り上がっている。
今朝待ち合わせの段階ではかなり固かった由希の表情も、とても自然になっている。私もカールも映画の内容はよく分からないけれど、二人の様子を見る限りでは良作のようで、二人ともとても楽しそうに会話していた。
するとふと、カールが片耳からイアホンを引っこ抜いた。
「……カール?」
「……」
カールは席を立つでもなく、何か注文するわけでもなく、ただただ頬杖をついて由希たちの席の方を眺めているだけだった。
「俺……何でこんなことしてるんだろうな……」
ちょうどさっきその話題で話したばかりなのに、カールはしみじみとした様子でそう呟いた。
その視線の先には、由希がとても嬉しそうな笑顔を、まっすぐに柳さんに向けていた。
尾行ばっかり主人公笑




