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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
14/61

12.カエル作戦(フリードリヒ)

だいぶお待たせしました。

フリードリヒ視点です。

12.カエル作戦



 窓から入ってきた光に、うっすらと目を覚ます。


 朝か。


 寝ながら窮屈に感じていた身体が、楽になっている。

 夜間はカエル姿になってしまう僕だけれど、この時期の日本は日の出時間が長いため、人間でいられる時間も長くなる。

 足を怪我している今の僕にはとてもありがたい日周運動だ。



 なのに、どうして足を骨折しているはずの僕は床で寝ているんだ?



 僕は上体を起こしてベッドの上を見遣る。

 本来僕が寝るはずのそこにはシャルロッテが広々と横たわっていた。


「おやおや、今日も投げ出されたのですか? お労しいですね」


 僕の部屋には他の奴らと違って側近用の続き間があるのだが、そこからハインが涼しげにこちらの部屋に入ってきた。まだ5時半と早朝にもかかわらず身なりをきちんと整えたヤツは、まるで他人事のように言ってのける。


 ベッド上のシャルロッテにもこの空気を読まない側近にも、僕はため息を吐く他なかった。







「朝早くから主従揃ってどうしたのかと思いきや、これはまた突飛なお願いが飛んできたねぇ」

「もとはと言えばハインのせいなんだけどね」

「はぁ、わたくしの責任ですか? それもこれも、フリードの不甲斐なさが全てだというのに」


 うるさい、そんなこと僕だって分かっているんだよ。



 つい先ほど自室の床で目を覚ました僕は、身支度を整えると、ハインと一緒にアサドの部屋を訪ねた。

 というのも、今日一日カエル姿にしてもらうためだ。



「つい先月には一時的にカエルの魔法を抑える薬が欲しいって言ってきたのに、カエル君もなかなかワガママを言うよね」

「我が主ながら本当に情けない」

「うるさいな、じゃないとこの身が保たないんだよ」



 事の発端は一昨日のこと。

 かつてずっとカエル姿だった僕を、中途半端でも人間に戻してくれたシャルロッテ姫が現れたばかりの時に放ったハインの余計な一言からだった。


「本当にフリード殿下を思うのであれば、食事からお掃除、お洗濯など、フリード殿下の身の回りのお世話を滞りなく遂行していただきたく思います」


 今度こそ僕のカエルの魔法を解いて、7月7日に無事におとぎの国帰りたいシャルロッテは、当然ハインの言うとおり僕の周りの世話をするようになった。



 それも、鬱陶しいくらいに。



「ほらフリードリヒ殿下、お口を開けて、はいあーん」

「……シャルロッテ、僕は自分で食べたいんだけど」

「いいえ、これはフリードリヒ様の妻となるわたくしの務めですの。はい、あーん」


 というやりとりは昨日の朝のこと。

 本来ハインの席であるはずの僕の隣に座り、朝食のサラダを無理矢理食べさせてきたのだ。

 それも、他のメンツがいる前で。



「フリードリヒ様、ご安心なさってくださいませ。昨日の課題も週明け提出の課題も全て、このわたくしが仕上げましたの」

「え……何で勝手に……」


 とは昨日の昼過ぎのこと。

 僕が自力でやろうとしていたはずの課題レポートは、いつの間にかシャルロッテの手によって仕上げられていた。

 だがしかし、全てドイツ語でまったく使えないものばかり。



「フリードリヒ様、ディナーでございますわ。なんと、わたくしの手作りですの!」

「……」


 とは、昨日の夕方のこと。

 本当は全てクリスが作るはずだった僕の夕食は、料理に不慣れなはずのシャルロッテお手製の、しかも僕がまだ人間の姿でいるくらい明るい時間帯に出された。

 その味の凄まじさと言ったら言葉に言い表せないくらいで、正直気持ち悪すぎて日没前にカエル姿になってしまったほどだ。



 そして今日で3日目。



 一昨日はそれなりに実験に役立ってくれていたからまだマシだったものの、うちに帰ってからのシャルロッテの行動が、いちいち鬱陶しくてたまらない。

 こんなのがあと2週間続くなんて、気が遠くなりそうだ。



「それで? ロッティの予防線を張るために、わざわざカエル姿になりたいと?」

「はぁ、これでは彼女が一体何のために来たのか分かりませんね」


 いちいちハインが嫌みったらしいが、この際全て無視無視。

 だってシャルロッテ相手にはカエル姿が一番効果的なことは、既に昨日一昨日と証明されているからだ。


 一昨日来たばかりの時は、「もうカエル姿のフリードリヒ様でも大丈夫」などと大口叩いていたシャルロッテだが、その夜にカエルの魔法が発動したとき、案の定彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。

 それでも「妻たるもの同じベッドで」などと強引に同じベッドに入ってきたのだが、結局のところ、今朝のように起きたら僕はベッドの下に蹴落とされていたのだ。

 その他も、人間の時とカエル姿の時とで若干態度に差があり、やはりまだカエル姿の僕には抵抗があるらしいのだ。



「早いところカエル姿も受け入れられないと自覚して僕の部屋から出て行って欲しいものだね。じゃないと毎日床で寝ることになる」

「何カエル君、そんなことで拗ねてるの? おとぎの国にいたときは草むらで寝ていたっていうのに贅沢だなぁ」

「うるさいな。僕は半分変温動物なんだ。ちゃんと夜は暖かい環境で寝たいんだよ」

「――なら、以前のように梅乃お嬢様のお部屋で寝ればいいではありませんか」


 相変わらず愉快顔のアサドのからかいに反論していると、ハインがぼそりと割り込んできた。

 思わずヤツを睨み付ける。


「……何でここであの女が出るのさ。別にどうでもいいでしょ?」

「まったく、早く仲直りすればいいではありませんか。梅乃お嬢様ならロッティと違ってこんなダメガエルにもきちんと布団を敷いてくれますよ?」


 やれやれといった調子で肩を竦めながらハインが言う。

 正直触れられて欲しくないことなのに、ヤツはダイレクトに触れてくる。

 そんなもやもやを抑えつつ、僕はふんと鼻を鳴らした。


「カエル君もカエル君で意地っ張りだよねぇ」

「うるさいな、いいからさっさと魔法を掛けてよ」

「はいはい」


 なんとなく微妙な空気になる前に、アサドにカエル姿に変えてもらう。

 これで今日一日はシャルロッテを凌げるはずだ。

 そう思って僕は一息ついた。





 と、思ったのも束の間だった。



「まぁ、人間でいられないくらい具合が悪いだなんて、お部屋でお休みにならなくてはいけませんわね」


 カエル姿になって朝食の席に行けば、起きてきていたシャルロッテが血相を変えて僕をつまみ上げ、気がついたら僕は部屋のベッドに押し込まれていた。その力加減と言ったら、ケガしたカエル相手に明らかに強すぎて逆に痛くなるほどなのだが。


「シャ……シャルロッテ、僕は別に休まなくても大丈夫なんだけど。というかほっといてくれたら助かるんだけど」

「いいえ、わたくしがいなくては、フリードリヒ様は無理をされてしまいますから。ささ、ゆっくりお休みなさいまし」

「ふぐ……っ」


 極めつけにシャルロッテは僕の頭に枕を押さえつけてきて、窒息しそうになりかける。


「安心なさってくださいね、フリードリヒ様。わたくしがとっておきのおかゆを用意してきますわ。戻ってくるまでゆっくりお眠りになって下さいね」


 まったく頼んでもいないのに、シャルロッテはこちらにいい笑顔を向けて部屋から出て行っていった。


 っていうか、あれ? どうしてこうなった?


 確かにシャルロッテは僕のカエル姿には抵抗があるはずだし、やっぱり人間の時に比べて僕の扱いがぞんざいだ。

 だと言うのに、「あくまで」僕の世話をしようというのか。

 折角これでシャルロッテから解放されると思っていたのに、まさか今日一日これが続くのか?



 なんて厄介なんだ……!



「あらあらお気の毒に」


 さっきまでダイニングルームにいたはずのハインが、いつの間にか部屋の戸口で僕をあざ笑っている。その瞬間、無性にハインを殴り飛ばしたくなったが、そうする前にハインは「ではわたくしはカフェに」と去っていってしまった。


 果たしてこの状況をどうしたものか。

 っていうかさっきシャルロッテは「おかゆ」って言わなかったか?

 その先の展開が悲劇でしかない。



 当然の如く、僕は自分の部屋からこっそり抜け出し、リビングに向かった。



「わあああ、シャルロッテ、火の使い方はそうじゃなくて、ってわああああああっ」

「おいっ朝から何火事起こそうとしてんだ!」

「うわっくっせー! こんなとこいれねーよ!」


 階段を下りる途中で、キッチンの方からクリスの悲壮な声とカリムとカールの荒だった声が聞こえてくる。同時にキッチン内から食器やら何やらが割れる音が響いて、その惨事が容易に思い浮かぶ。しかもそれで出来上がったものを僕が食べさせられるのだから、想像しただけで頭が痛くなる。


「一体何事……?」


 階上から寝起きの戸惑った声が降ってきた。その声からそこにいるのが誰かなんてすぐに分かったけれど、反射的に僕はそちらを振り返ってしまった。


 案の定、そこにいたのはあの女だった。


 そいつは階段の中程にいる僕に気がつくと、相変わらず気まずそうに何とも言えない表情を向けてきた。


「あれ? フリード、どうしてカエル姿……」

「うわ、下が騒々しいと思ったら何この臭い。最悪だね」


 女は僕に何かを尋ねかけたけれど、途中で不快そうに部屋から出てきたハンスの言葉で掻き消された。

 ハンスはすぐにあの女と僕に気がつくけど、もともと僕がその場にいなかったかのような仕草であいつに擦り寄った。


「おはよう、梅ちゃん。結局昨日はどうだったの?」


 いつもならあいつの顔を見ただけで口元だけの微笑みを浮かべるハンスだが、今は何故かそれすらもなく、まったく無遠慮にあいつに尋ねる。そんな様子に違和感を覚えるのは気のせいじゃないだろう。


 対するあの女は、ハンスに腕を掴まれそうになるのをするりとかわし、いつも通りキッとヤツを睨み付けた。


「だからあんたには関係ないでしょ? ほっといてくれない?」

「昔の恋人なんでしょ? また会うの?」

「会わないし。っていうか何でそのことを知って――」


 階段を下りながらハンスを振り切るあいつは、ふと階下を眺めてその場で固まった。

 その視線を辿って階下を見れば、そこには朝っぱらから疲れた様子のカリムがキッチンから出てきたところだった。カリムはこちらの様子にはまったく気づかず、そのままリビングへと消えていく。


 ただそれだけのことだったのだが、ちらりと視線を戻せば、あいつはまたもや気まずげな顔をしていた。


 っていうかこの状況は一体何なんだ?

 どうしてハンスは「昨日」とか「昔の恋人」とか、やけに踏み込んだことを知っているんだ?

 どうしてあいつはそんな顔でカリムを見ていたんだ?



 なんだか無性にイライラが募ってくる。



「まあ! フリードリヒ様! ベッドでお休みになってと言ったではありませんの」



 すると突然、階下から甲高い声が上がってきた。

 その瞬間、僕はしまったと思った。すっかり油断していた。


 下を見れば鍋を両手で持ったシャルロッテが、頬を膨らませて僕を見上げていた。ズンズンと彼女は僕に近づいてくる。


「――うわっくさ!」

「この臭いの原因はこれだったのか……」


 シャルロッテが階段を上がるとともに、鍋の中のものの臭いが階段ホールに立ちこめる。それがひどい臭いで、それまで言い合いをしていたあの女とハンスがその場で鼻をつまんで顔をしかめた。


 当然二人よりもかなり身体の小さい僕にはその臭いは殺人的、否、殺蛙的なのだが。


「そ、そうだシャルロッテ。僕はもう朝食を済ませたんだ。だからそれは――」

「ダメですわ。だってフリードリヒ様は怪我人の上に病人なんですから。ささ、お部屋に戻ってお召し上がり下さいな」

「えっ――ってそれはうわああああああああっ」


 例の如く、シャルロッテは僕をつまみ上げると、そのまま僕を鍋の中に突っ込んだ。


「ちょっシャルロッテ、それはフリードが死んじゃう!」

「何ですの、野蛮なひとの言うことなんて聞かなくてよ」

「いやいや、そうじゃなくって……っ」


 シャルロッテの暴走を止めようとあの女が説得するが、この暴走姫サマに何を言っても無駄だろう。

 そんなことを悪臭漂うおかゆの中でぼんやりと思いつつ、さっきまでのイライラはどこに行ったのやら、僕はゆっくりと意識を手放していった。



 あぁ、誰か本当にこのお姫サマをどうにかして。






フリード、南無。

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