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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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11.不可能な条件

11.不可能な条件



 お店の人に席まで案内されれば、先にそこの座敷に座っていた昴さんが顔を上げる。

 昴さんはこちらを見てふっと不敵な笑みを浮かべた。


「えらく不満げな様子で」

「…………」


 私はそれとなく視線を逸らし、昴さんの向かいの席に机から極力距離を取って、座った。

 その様子を見て、昴さんは肩をすくめる。


「仕方ないだろ、お父さんがぎっくり腰になったんじゃあ、桐夜さんもそちらに行くしかない」


 私のお父さんを「お父さん」呼ばわりしないでいただきたい。そんな気持ちを込めて昴さんを半ば睨むが、それと同時にもう一つ心の中で思うことがあった。



 お兄ちゃんのバカヤロー!



 二つ隣の駅前にある居酒屋に夜7時集合、とお兄ちゃんがメールを送ってきたのはちょうど私がオケの強化練を終えて学校を出るときだった。

 しかし、私が目的地の駅のホームに着いたとき、お兄ちゃんからドタキャンの電話が入った。


 理由は、お父さんのぎっくり腰。


 当然今日の飲み会がなくなるのではと、一瞬でも期待してしまった。だってお兄ちゃんが幹事だったし、お兄ちゃんが実家に帰るのなら、私は楠葉の面倒を見なくてはいけない。

 しかしお兄ちゃんと来たら、「もう予約時間まで15分切ってるしキャンセルきかねーよ」とか、「せっかく都合合わせてくれた星合君に申し訳ないだろ?」などと言って、私に飲み会に行けと命じてきた。しかも私が「気兼ねなく飲める」ように、楠葉の面倒をクリスに頼んだとか。


 気兼ねありまくりだろ!!

 っていうか正直、相手が昴さんじゃなくても、わざわざ飲み会を優先させるような状況じゃないはずなのに。

 それに、今日の席はお兄ちゃんが頼みの綱だったのに……!


 さすがに一対一は色んな意味で辛いのでお店の方にキャンセルを入れようともした。

 けれど、既に昴さんがお店に着いてしまっていて、しかも食事もいくつか頼んでしまっている状態。


 もはやどうすることもできず、ここに来てしまった。



「……そういえば、梅乃と付き合い始めたのも、去年の今頃だったよな」



 特に会話をするでもなく早く帰りたいオーラを放っていたら、昴さんが徐に話し始めた。


「最初は積極的なんだか消極的なんだかよく分からない垢抜けない子ってイメージだったけど、付き合ってみれば一本気のある子だなって思ったし、あのときは何もかも上手くいっていなくてイライラしてたから、梅乃と付き合ってそれが和らいだのは確かだった」


 昴さんと初めて会ったのは一年半前、私が大学一年の時の冬のことだった。取っていた授業のティーチングアシスタントだった昴さんは、当時の私には優しいお兄さんって感じだった。端正な顔立ちも相まって、恋に落ちるのには時間はかからなかった。

 しかし、当時四年生ですぐに卒業してしまう昴さんとの間に授業以外の接点はなく、聞けば恭介の先輩だと言うことだったので、恭介に紹介してもらってプライベートな仲に漕ぎつけた。


 男の人にアプローチっていうのがいまいち分からなかったし、昴さんはかなりモテて何もかも上手くいっているようなイメージだったから、最初はかなり尻込みしていた。

 だけど、話してみれば昴さんは結構不器用で弱い人だったようで、その相談とか愚痴とかを聞いているうちに、付き合うようになった。


 それが去年の今頃。


 でもそれはきっと、私じゃなくても同じことだったのだ。


「……そんなことを今更私に話してどうしたいんですか?」


 思わずトーンが低くなるのは仕方がないと思う。

それだけのことがあったのだから。


 昴さんはテーブルに付いていた肘を引いて姿勢を正し、まっすぐに私に向き直る。



「梅乃ともう一度やり直したい」



 思ってもみなかった言葉に、私は逸らしていた視線を昴さんの方へ戻す。

 昴さんはとても真剣な眼差しで私を見ていた。


「……それは、追いかけていたひとにフられたからですか?」


 さっきよりも低いトーンで返せば、昴さんはふっと瞳を和らげた。


「梅乃ならそう返すと思った。違うよ、梅乃じゃないとダメなんだ。別れてからそのことに気がついた」

「だからそれは私が昴さんにとって都合がいいからでしょ? そんなの探せば他に沢山いる」

「違う! 梅乃ほど俺を理解して導いてくれる人はいないし、俺にとって大事な存在だと思っている。浅はかな俺はそれに気がつかなかったんだ」


 昴さんは眉根を寄せて、申し訳なさそうな真剣そうな、とにかく切実な表情をしている。その瞳には熱っぽい色が含まれていて、相手を絶対に裏切ることがないような真剣さを孕んでいる。


 それは、付き合っていたときに私が何度も騙された表情かおだ。


 付き合っていたとき、昴さんは何度も浮気をしていた。

 東京の石油会社に勤めている彼と私は、付き合い始めから若干遠距離のような恋愛をしていたし、昴さんも長期の海外出張が結構な頻度であったから、どちらかの浮気話なんてよくある話なのかもしれない。

 もっとも最初の数ヶ月はそんなこともなかったけれど、付き合い始めて4ヶ月経ったくらいから会社周りの人とか出張先の人などの存在がちらつくようになった。


 それは私が身体を許す勇気がなかったのとかも原因なのかもしれないけれど、疑惑が浮上するたびに昴さんは今のように切実な顔をして謝ってきた。「梅乃じゃないとダメ」なんて言われると私も悪い気がしなくて、いつも仕方なしに許していた。


 だけど、それは最後まで守られるわけでもなく、昴さんは他に好きな人が出来たと言って、あっさり私に別れ話を切り出してきたのだ。



「……理由が漠然としすぎて、私じゃないといけない部分が分からないです。仮に昴さんの言うことが本当だとして、私が昴さんとやり直そうという気になると思いますか?」


 私は昴さんの瞳を睨むようにまっすぐに見据える。昴さんは何のことを言っているのかすぐに分かったようで、先ほどよりも眉根を寄せて申し訳なさそうな表情を強くした。


「確かに、俺は梅乃にさんざんひどいことをした。自分の感情を押しつけて、梅乃のことを理解しようとしなかった。そのことは、深く反省している」

「いくら口で言ったって」

「分かっている! だからそれを証明したいと思う。せめてそれを証明する機会を与えてほしい」


 昴さんは先ほどと同じように、とても切実に懇願してくる。

 少なくとも本気のようだ。



「……七月七日」



 昴さんは私を見つめたまま、続ける。


「え?」

「俺がこっちにいられるのは七月七日までなんだ。出来ればそれまでに梅乃の返事が欲しい」


 昴さんはテーブルに投げ出した手を握りしめて、頭を下げた。


 困った。

 出来れば私はこの人と関係を断ち切りたい。

 だけど、果たしてこの状況で私の気持ちを受け入れてくれるだろうか? 少なくとも、お兄ちゃんと既に繋がってしまっているから、そこから私の連絡先を入手する可能性だってある。

 おそらくその七月七日までは引き下がらないだろう。


 っていうか七月七日って。

 なんだか最近、ピンポイントでこの日にちを聞いている気がするけれど、気のせいだろうか?

 どっちにしたってその日はオケの演奏会で会う時間なんかない。

 そもそも今後会いたくないというのに。


 そこで一つ、私の頭に妙案が浮かぶ。

 私は震えそうになる声を奮い立たせ、ふんっと顎をしゃくった。


「私は昴さんとやり直すつもりは毛頭ありませんけど、本当にそう願っているのなら、その誠意をモノで示して欲しいところですね」

「モノ?」


 昴さんは顔を上げて首を傾げる。


「言葉で言い募るのは簡単、そんなのにはもううんざりなんです。でも昴さんの気持ちが本気なら、これから私が要求するモノくらい、その七月七日までに用意できますよね?」


 私は挑むように昴さんを見据える。

 最初は目の前の人にびくびくしていたのに、自分でも驚くほどだんだん肝が据わってきた。

 こういう場は強気で乗り切るに限る。


「なるほど。何を用意すればいい?」


 昴さんは変わらぬ表情で私に尋ねる。

 私は一つ息を呑んでからそれに答えた。


「いくつかあるんですが、例えば焼いても燃えない服とか、宝石が沢山付いた観葉植物とか、磨けば磨くほど光り輝く植木鉢とか、ですね」


 言いながら、内心馬鹿げたことを言っているなと思う。

 だって要求したモノが、おとぎ話に出てくるような普通じゃあり得ないモノばかりだからだ。

 だけど、それでいいのだ。

 ヨリを戻したいと思っている相手がとんでもないことを言い出すキチガイなら、昴さんもどん引きするだろう。

 仮にどん引きしなかったとしても、こんな不可能な条件を飲んでまでヨリを戻そうとも思わないだろう。


「……梅乃は、本当にそれが欲しいのか?」


 昴さんは口元に手を当て、考えるそぶりを見せる。どことなく私を観察しているかのような目つきだ。

 そりゃあさっきの発言は胡散臭さ100パーセントだから、疑われるのも無理はない。


「……もちろんです」

「じゃあ今言ったのをちゃんと用意できれば、やり直してくれるんだな?」

「やり直すんじゃなくて、考えてあげなくもないと言うことです。もちろん、ちゃんと用意できれば、の話ですが」


 予想外にも昴さんはどん引きも気落ちした様子もなく、やけに食いついてくる。

 でも、ここでその条件を飲んだところで不可能なことには変わりない。



 さぁ、早いところ潔く諦めてくれ!



「分かった。じゃあ手始めに3日以内にその磨けば磨くほど光り輝く植木鉢というものを用意しよう」



 しかし、返ってきた答えは、私の期待に反することだった。


「え……」

「それで満足出来なさそうだったら、他のも用意する。梅乃、今言った言葉に二言はないよな?」


 えっと……どういうこと?

 こんなめちゃくちゃな条件に対して、昴さんは至極真面目な表情をしている。まさか、私が要求したモノを本当に用意するとでもいうのだろうか。



「あくまでちゃんと本物を用意できたら、の話ですよ?」



 怯むな私!

 まさかそんなものを用意できわけがないし、用意できたとしても全部ニセ物だ。


 だって私自身がイメージできていないんだから。



「あぁ、だからちゃんと本物を用意して、梅乃に俺の誠意を見せるよ」



 だけど昴さんは、ゆっくりとゆっくりと口角を上げた。



 まるで、この不可能なことを簡単に実現できそうな、そんな余裕そうな表情だった。






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