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捨てられた王子たちと冷たい夏  作者: ふたぎ おっと
第1章 遥かな銀河の彼方から
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9.何一つ解決しないままに

9.何一つ解決しないままに



「7月7日……ね……」


 午後、実験が終わって外に出たところで、そうぽつりと零す。

 突然の呟きに、夏海がきょとんとした顔をこちらに向けてくる。


「7月7日? いきなりどうしたの?」

「へ? あぁ、定期演奏会までもう2週間ちょいかと思って」

「そうだよ。日に日に近づいてきてるんだよ」


 そう、およそ2週間後に迫る7月7日は、私と夏海が所属している大学オーケストラの定期演奏会の日だ。その日に向けて、ただ今オケでは練習過渡期に入っている。


 つまり、7月7日は私にとってはとても大事な一日。

 なのだが……。


「それにしても、すごかったなあの子。端から見るとまるで召使いのようだったぞ」

「ホントホント。まさかフリード君に婚約者がいるとは思わなかったけれど、すごく献身的だったね!」


 一緒に実験棟から出てきた恭介が、しみじみと今日の実験の光景を思い出しながらそう言う。

 夏海も同様に笑う。


 私は一つため息を吐いた。



 今朝、一方的にフリードの世話役に立候補したシャルロッテだけれども、その場でハインさんからこちらの世界用のワンピースを受け取ると、早速とばかりに彼女は学校にまで付いてきて、さっきの実験にも当然のような顔をして現れたのだ。


 もちろんフリードはそれを鬱陶しがって彼女を何度も冷たく突き放していたけど、あんまりにもシャルロッテがしつこかったことと、フリードのためにノートを取ったり実験の手伝いをしたりと動き回っていたため、次第にめんどくさくなったようで、彼女のやりたいようにやらせていた。

 まぁ、それを見ていた男子たちにゲラゲラからかわれて、フリードとしては少しも落ち着かなかっただろうけど、まさかドレスと花に戯れていたであろう少女が、実験器具やら薬品やらを扱えるとは思わなくて正直驚きものだった。



「でも、あれじゃあ梅、なかなかフリード君と仲直りできないんじゃないの?」


 夏海がこちらに顔を向けて尋ねてくる。

 私はもう一つため息を吐いた。


「まったくなんだよね。あの子、私をフリードに近づけまいとしているし」

「うわー……ある意味親衛隊のような感じだな」


 せっかく今朝、フリードに仲直りの話を持ちかけたというのに、シャルロッテの乱入によって話がうやむやになってしまった。その後も私が話しかけようとするとシャルロッテがことごとく邪魔してきて、話すら出来ない状態。

 それが今日だけならいいのだが、7月7日までの間ずっとうちに居座ることになるんだから、きっとこれからも邪魔され続けるだろう。



 7月7日、か。



 万が一、それまでにフリードの魔法が解けてしまい、フリードがおとぎの国へ帰るなんてことになってしまったらどうしよう。


 少なくとも私はオケの大事な演奏会があるし、フリードを見送ることが出来ない。そもそもフリードがいなくなるのは寂しいから本当は帰って欲しくない。

 だけど、それを決めるのもフリード自身だ。


 最悪フリードとお別れすることになったとしても、このわだかまりだけは解消しておきたいんだけれどな。



「はぁ……せっかく恭介に相談に乗ってもらったのに、タイミングすら掴めないなんて……」


 盛大にため息を吐いてそう言えば、恭介がじとっとした目でこちらを見下ろしてきた。


「本当だよな。それでこのまま梅乃の悩みが解消されなかったら、夕べの俺が救われねぇ」

「……ぅ」

「あーさっき言ってた『星見ながら酒盛りしよう』って誘われたのに梅が寝ちゃったってヤツ? 恭介憐れだよね」

「まったくだ」


 うぅ。何も言えない。


 夕べ、私は「星を見ながら酒盛りしよう」なんて恭介を呼び出して、カリムのこととかフリードのこととか色々相談乗ってもらったにもかかわらず、途中で寝てしまったのだ。そして朝気がついたら自分の家。

 その上、フリードとの仲直りもままらなないし、カリムとのわだかまりも完全に消えたわけじゃないから、本当に恭介には申し訳ないことだらけだ。


 ……まぁ、カリムに関しては私が納得いかないだけだけど。



「まぁ、そのうちきっと話せるチャンス来るって」


 恭介がぽんっと私の肩を叩いて言ってくれる。

 なんだかんだ言ってこうやって最後には励ましてくれるから、恭介は本当にいいヤツ過ぎて頭が上がらない。


 だからこそ、早くこのもやもやをどうにかしないとと思うのだけど。



「――さて、あたしと梅はこれからオケの練習だね。恭介もこれから部活でしょ?」


 ちょうど農学部棟からサークル会館の方への道に差し掛かったとき、夏海がそう切り出した。夏海の言うとおり、これから本番に向けて猛練習しなくてはいけないのだ。


「あぁそうなんだけど──梅乃」

「ん?」

「その……お前、えっと……」


 いきなりこちらに顔を向けてきたと思ったら、恭介は眉間にしわを寄せてなんだかかなり言いにくそうに何かを言わんとしている。

 そういえば夕べもこんな感じじゃなかったかなぁとぼんやり思い浮かべながら、恭介の言葉を待った。


 すると。



「――っ!?」



 何の前触れもなく急に夏海がその場にしゃがみ込んだ。


「夏海? どうしたの?」

「なんか急だな。頭痛いのか?」


 それまで私の隣で元気そうだったのに、今は膝に顔を埋め頭を抱えて悶えている。なんだかとても苦しげだ。


「う、ううん……何でもない、梅雨だからちょっとした偏頭痛……」


 夏海は重たげな顔を上げると、無理矢理笑顔を作り、ひらひら手を振ってそう言った。

 だけど顔も真っ青で、見るからに大丈夫そうじゃない。


「お前、夏風邪でも引いたんじゃねーの? 今日はもう帰れば?」

「やめてよ、あたしバカじゃないんだから平気へーき……」


 夏海は若干よろけながらも私の腕を掴んで何とか立ち上がると、少しおどけてそんなことを言う。

 なんかいつぞやも同じことがあった気がするけど、今の夏海はただの強がりにしか見えない。


「ねぇ夏海、今日はまっすぐ帰った方がいいんじゃ――」



「――あ、やっぱり梅乃だ」



 突然、どこからか私を呼ぶ声がした。

 耳に馴染みのある柔らかい低音ボイス。

 今の一言で、私は未だ解決も何もされていないもう一つの悩みを思い出した。


 私は恐る恐る声のした方を見る。


 ふんわりと前髪を左側に流したツーブロックの髪型、整った鼻梁にくるみ型の瞳。一見優しそうに見える砂糖顔は、私の身体を震え上がらせる。

 忘れるわけがない。



 そう、今目の前に現れたこの人こそ私の元彼、すばるさんなのだ。



 身体が、指先が急速に冷えていく。


「何しに来たんすか、昴さん」


 私が上手く声を出せずにいると、恭介が一歩前に出て昴さんに尋ねる。

 直接の先輩なのにどことなく棘の混じった言いようだ。

 だけどそれを気にする余裕が私にはなくなっていた。


「今週末は仕事が休みだから部活に顔出しに来るって夕べ言ったじゃん。ま、夕べは土日に行くって言ったけど」


 昴さんは肩をすくめると、小さくくすりと笑って答えた。

 恭介がバツの悪そうな顔をするのが見える。


 ――夕べ?


 恭介は夕べ昴さんに会っていたのだろうか? 

 いつ、どこで?

 もしかして恭介、今日昴さんが学校に来ること知っていたの?


「そう、明日のこと、お兄さんからメール行ってると思うけど、ちょうどいいところにいたし、直接確認しようと思って声かけたんだ。だけど、取り込み中だった?」


 昴さんは一歩私の方へ近づくと、夏海の方へ視線を配ってそう言ってきた。すかさず夏海が「大丈夫」と小声で言って私から腕を放して一歩後ろに下がった。

 だけど正直大丈夫じゃないのは私の方だ。急に支えがなくなって、心許なくなる。


「明日? お兄ちゃんからメール……?」


 まさかと思って鞄を漁って携帯電話を確認すれば、昴さんの言うとおり、桐夜お兄ちゃんからのメールが入っていた。



 ──夕べ言ってた星合君との食事、急なんだけど明日とかどう?



 そうなのだ。もともと昴さんとは会う予定だったのだ。

 だから会う心構えはしておくべきだった。

 だけどいつになるか分からないその日を、勝手にずっと先だと思いこんでしまっていた。


 昴さんが更に一歩また一歩と、私との距離と詰めてくる。


「まぁ、そんなことは口実で、本当は少しこれから梅乃と話したいんだけど、どう?」

「どうって言われても……」


 昴さんとの距離が縮むごとに、身体の震えが大きくなる。

 身体が、頭が、付き合っていたときのことを思い出させる。


 後ろから「梅?」とあんまり顔色のよくない夏海が私を伺ってくる。

 隣には、こちらを怪訝な顔で見る恭介。


 夏海はともかく、剣道部の直接の先輩である昴さんとの間にあったことを、恭介に知られるのはよくない。

 よくないとは分かっているのに、身体が言うことを聞かない。


「――っ!!」

「ちょっ昴さん!!」


 するといつの間にか目の前に来ていた昴さんが、突然私の腕を引っ張り耳元に口を近づけてきた。



「昔のこと、謝りたいんだ」



 そう囁くようにふぅと耳に息を吹きかけられれば、私の身体は更に震え上がった。 

 思わず私は視線をさまよわせる。



 するとその視線の先で、農学部棟から出てきたばかりのフリードと目が合った。



 だけどフリードはすぐに私から視線を逸らすばかりで、こちらを見ようともしなかった。

 一緒にいたシャルロットがこちらを嘲笑うのが見えた。



 どうしよう、どうすればいい?

 かつて付き合っていたこの人がとても――コワイ。 




「悪いけど、彼女はこれから俺との用事があるんだ。諦めてもらえるかな?」




 そんな声とともに、突然別の手が私の腕を引っ張ってきた。

 えっと思った瞬間、いつの間にか昴さんの腕から解放されていて、代わりに誰かが颯爽と私の腕を引いてサークル会館の方へ大股で進んでいる。


「そっか、残念。じゃあまた明日、楽しみにしているよ」


 後ろから昴さんの声が聞こえてきて、私の肩がビクンと揺れた。

 それを察したのか、私の腕を掴む手に力が入り、痛みが走る。


 一体何なんだと思って前を見れば、ようやくそこで私の腕を引いているのがハンスだと気がついた。


「ちょっとハンス! 放してよっ」

「いいから黙ってくれる? 君は俺の奴隷でしょ?」

「はぁ!? ハンスには関係ない――」

「あるよ」


 ハンスが短く低い声で答える。



「あんまりにも色んな男に浮つきすぎ。見ていていらいらする」



 だったらほっといてよ!

 そもそも浮ついてもいないし!


 だけどそれを言うよりも先に、「それに」とハンスが続ける。



「それに、あまりにも梅ちゃんが怯えているようだったから助けてあげたんだけど?」



 ハンスはこちらに少しだけ顔を見せると、ふっと笑って言った。

 それはいつも見せるような口元だけの笑みで、若草色の瞳はまったくと言っていいほど笑っていなかった。どこか見下している感もあり、若干イラッとする。


 でも、ハンスの言うとおり、私は昴さんとの再会に怯えていたし、どうすればいいか立ちつくしていた。なのでハンスに助けてもらったことには違いない。



「別に頼んでいないけど……ありがとう」



 だから今だけはハンスに小声でお礼を言う。

 ハンスは「やけに素直で不気味だね」と返すだけだったけれど。






 このとき、私は昴さんから逃れられて安心しきってしまっていたけれど、私はすっかり忘れてしまっていた。



 あの場に残した夏海がハンスを好きなことを。

 そしてその夏海が、私たちが去った後で倒れてしまったことも、私は気がつかなかった。






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