今後の対策
「……さっきは悪かったわね。立ち話もなんだから、ほら炬燵にでもあたってあたって。あと魔理沙はお茶持ってきて。」
「じゃあ、お邪魔します…」
「そんなに緊張すんなよー。私もコイツも、そんなに怖い種類の人間じゃないぜ?あと霊夢は欲しけりゃそこに置いてあるから自分で取って来な。」
「ちぇっ「おい舌打ちしたか今?」気のせいよ…よっこらしょっと。」
仕方ないので、立ち上がってお茶を持ってくる。最近、めっきり冷えて来たからね…魔理沙の淹れてくれた熱いお茶が心身に染み渡るわ。でも、ちょっと濃すぎやしないだろうか?
……おっと、逸れかけた思考を正して、魔理沙にお説教の準備。
「そういうもんじゃないでしょ…普通は他人の家に上がり込むっていう時点で緊張して然るべきなの。周りをあんたの基準で考える癖、いい加減治したら?」
「悪かったな常識はずれで!」
と、丁度言い合いがエスカレートし始めたタイミングで、男の子が割り込んで来た。
「あの…何か訊きたい事があるとか言ってませんでしたっけ?」
「あぁ、そうそう。」
忘れてたわ。
しかし訊きたい事ねぇ…正直、ありすぎてどれから尋ねたものやら。
「……じゃ、あんたの名前は?」
まずは無難なところから始めよう。こういうありきたりな手段を積む事で、この子の心もほぐせれば一石二鳥だしね。
「名前、ですか。…諫早 唯衣と言います。」
「イサハヤユイ、ね。いい名前じゃない。」
「なーんか女の子みたいな名前だな。そりゃ確かにそんな顔にもなっちまう訳だぜ「チョップ!」ぐぉぅ!?」
全く、空気の読めない子だこと…
こっちから近付こうとしてるっていうのに、わざわざそういう事言うかしら、普通?
「いってーなー…そういうのは帽子被ってる時にしてくれよ、バカになっちまうだろ?」
「一周回って賢くなれそうね、あんたなら。……悪かったわ、この子こういう子だから勘弁してやって?」
割と本気で謝罪の意思を込め、頭を下げた。……この馬鹿には、もう少しオブラートに包んだものの言い方を教え込む必要がありそうね。
「いえ、良いんです。昔から言われ続けて来たので、今やこの名前と顔も僕のアイデンティティの一つになってますし。」
と言い、始めての笑顔を見せる唯衣。どうやら、魔理沙のデリカシーの無い物言いが珍しくプラスに働いたみたい……運が良かったわね魔理沙、お説教はまた今度にしておいてあげるわ。
しかし、まぁ……
「あんた、笑うと結構可愛いじゃないの。」
「!?」
私が何の気も無くかけた一言で、唯衣の顔が笑顔のままボン!と蒸気を吹き出して真っ赤に染まった。
「え!?ちょ、どうしたの急に!」
「今のは霊夢が悪いと思うぜ…」
「えぇ!どの辺が!?」
とりあえず水をかけたら直るかと思って、井戸へ向かおうとしたところで思いとどまった。どうやら、私も人のことは言えないらしい。
と、ここまで行動してやっと気付く。……成る程、そりゃあ確かに赤くもなる。
「いやぁ、ごめんね唯衣…他意はなかったのよ。」
「い、いえ…わかってはいるんですけど、突然言われたのでびっくりして…」
……まぁ、そりゃあそうでしょうね。そもそも男の子に対して可愛いって、褒め言葉として成り立ってるのかすら怪しいし。
「あと、一つ僕からも質問宜しいでしょうか?パニックになってて聞けなかったんですけど。」
「何でもどうぞ、この博麗神社の巫女たる私に!」
「うわこいつ今更自己アピール始めやがったよ…」
うるさいわよ魔理沙。自己紹介の機会が無かったんですもの、仕方ないじゃない。
そして、魔理沙に向かって思念を送っている(届いているかは自分でもわからない)私を他所に、唯衣が衝撃的な言葉を放った。
「あのー、ここ、天国か何かなんですか?」
「「………はぁ?」」
え…?今、何て言ったの?この子。
「ごめん、一つ訊くけど…あなた、妖怪に攫われて空から落とされたんじゃあ……?幻想郷の、人間の郷に住んでるのよ…ね?」
「妖怪?幻想郷?……何ですか、それ…」
「何って、ここの事だぜ。この世界。八雲紫を始めとする古参の妖怪、神々によって作られた幻の地…妖怪達の楽園にして新天地、幻想郷だ。」
「幻想、郷………」
呆然と呟く唯衣。その顔はとても、嘘をついている様には見えなかった。……私は思わず身を乗り出して彼に詰め寄る。
「ねぇ、あんた、どうやってここに来たの?……というか、ここに来る前のあんたに一体何があったの?」
唯衣に事情を訊こうと、彼の目をじっと見つめる私の肩を魔理沙がそっと引っ張り、
「おい霊夢、程々にしとけ。唯衣のら顔見てみろ、顔。」
「何よ、私は今唯衣に訊いてるの!顔なんて嫌って程見てるわよ!」
静かな声で窘めようとする親友を勢いよく振り返り、私は声を荒げる。自分でも、何故こんなに焦っているのかわからなかった。
そんな私を見た魔理沙は処置無し、とばかりに首を振って、小さく唯衣を指差す。
「あー…言い方が悪かったな。唯衣の表情、見てみろよ。」
…………え?
「………えっと……」
目を向けた先には、ある程度落ち着いたものの、先程まで相当怯えていたであろう表情を浮かべた一人の男の子がいた。
「「…………(無言の視線)」」
「あー……ごめんね、少し自分を見失ってたみたい。」
「いえ…ところで、僕何か変な事でも言いました?」
「いやぁ、そういうわけじゃ無いんだけどな?しかし、お前みたいなのは特殊だからなぁ…正直、お前を元の世界に戻すことができる奴なんて、私の知る限り一人くらいしかいなむぐぅ。」
勢いに乗って余計な事まで喋り始める魔理沙の口を、私は急いで塞いだ。
ここで魔理沙に喋ってもらったところで、こちらには全く利が無い。少々黙ってもらっていた方が良いだろう。
「ちょっと、魔理沙。まだ重要な事聞き出せて無いんだから、あんまりぺらぺら喋らないで。」
「了解。」
全く、危ない子だこと……
「ふーん、困っているようね。……その件、私ならどうにかできない事も無いけど?」
唐突に、隣から声がかかった。
「んー?なんだ、紫か………ってうわぁ!?…」
「流石に反応が遅すぎじゃないかしら…」
私の横にいつの間にか現れていたのは、お馴染みのスキマ妖怪、八雲紫である。
「いきなり出てこないでよ、びっくりしちゃったじゃないの!」
「いつものことでしょう?何を驚いているのよ。」
「悪かったわねビビりでぇ!!」
自分の身体の横に、いきなりずるっとスキマが空くのは結構なホラーだ。
全く、心臓に悪い……
「っていうか、何今更登場してんのよ。…今忙しいの、用があるなら聞くけ…ど。あれ、紫さん?」
「何かしら?」
「この子の処遇とか、もう決めてあるの?」
「その子がどこかの『境界』を経由してやって来たのならね。私の力を使って、全てを元に戻してあげるわ。」
…………確かに、紫の能力を使えば、それができるのだろう。しかし、この面倒くさがりを絵に描いたような妖怪が、こんなにも積極的に…?
「なーんか胡散臭い……」
「霊夢、私も怒る時には怒るわよ?」
「お生憎さま。私はまだ残酷に美しくこの大地から消えたく無いから。……でもねぇ。」
うぅむ……少し不安ではあるが、なんだかんだでやる時はやる奴である。任せてみるのも、悪い選択では無いかもしれない。
「……任せる?何を言っているの?」
「………ハイ?」
ちょっと待て、今『どうにでもする』って言っていたのはどこの誰だ。
あと勝手に私の心を読むな。
「私はこの子のいた環境を算出、究明するだけよ。帰してあげるのは、結界の緩みを見逃した貴女の責任。」
……まぁ、本気で駄目そうなら力くらいは貸してあげるから、精々頑張りなさいな。
という一言だけを残し、私の横のスキマはすっ…と閉じた。
「相変わらず、何考えてるのかわからない奴だぜ……」
「私はもう慣れたけど…確かに、魔理沙に紫は鬼門よね。でも、あんたみたいに遠慮なく感情ぶつけてくるタイプは、向こうは嫌いじゃ無いと思うけど?」
「それでも、やっぱ私はあいつ苦手だ……」
まぁ、そういうものかも知れない。感情なんて所詮は一方通行だと言う人もいる程であるし。
「あのー…」
唯衣が、おずおずと尋ねてくる。
「どうしたの、唯衣?」
「今のは…一体?何か、空気に穴みたいなのが空いて、中から人が…」
「あー、確かに初めて見たら戸惑うわね、あれは。」
マトモな人間が見たら、まず自分の脳を疑うだろう。
「あいつが八雲紫。この幻想郷を作った大妖怪達の一人だよ。下手に怒らせたら、お前程度一瞬で消されるから気をつけた方が良いぜ?」
「マジですか……」
「ほら魔理沙、あんまり怯えさせないの。…大丈夫よ、あいつが本気でキレた所なんて私も見た事ないから。」
そもそも、あいつ自身キレて我を忘れるのって嫌いだろうし。…そういうの一番嫌がるタイプでしょうよ、ああいうの。
……っていうか。
「ねぇ唯衣、さっきから気になってたんだけど。」
「何でしょう?」
「別に、敬語じゃなくて良いのよ?」
「え……?」
「確かに私は一度、あんたの命を救ってる。けど、言っちゃえばあれが私だったのはただの偶然だし。多分あのまま私が放っておいても、別の妖怪が助けてたでしょうよ。……そんなに遠慮しなくても良いのに。」
「あー……確かにそうかもですけど。でもやっぱり慣れてないと言うか……」
慣れてない?
唯衣くらいの年頃なら、友達とつるんで遊び回ったりとかするでしょうに。……あ、もしかしてこの子…
「あんた、同年代の友達にまで敬語使ってるタイプでしょ。」
「えぇ、大体そんな感じです。昔からの友達とかとは普通に話せるんですけど……やっぱり付き合い浅いと色々気が引けちゃって。」
「ふーん………」
面倒なタイプね……こういう面は、少し魔理沙を見習って欲しいものだわ。…………よし。
「よし決めた。唯衣、どうせあんたは原因がわかるまで幻想郷で暮らすんだから、その間私達とは敬語禁止!名前も霊夢、魔理沙って呼ぶこと。異論は無いわね?というか認めないわよ。」
一気にまくし立てる。案の定気圧された唯衣は、
「は、はい……」
「うん、でしょうが。」
「うん…わかったよ。」
「よし。」
ようやくそれっぽくなったわね…と言い、私は笑顔で彼に向き直った。
……って、
「どうしたのよ唯衣?ぼーっとしちゃって。」
唯衣は、何やら私の方を見ている。……何で赤くなってんの。
「い、いや…何でも無い。」
慌てて目を逸らした。…何よ、言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。
訝しげに唯衣の顔をじっ…と見つめていても、彼はますます顔を赤くして縮こまるばかり。……全く、埒が明かないわ。
「霊夢、そこまでにしてやれ。な?…あんまり見つめちゃ、唯衣の心にまで穴が空いちまうぜ。」
「……下らないジョークね、魔理沙。」
どうせ『穴が空く程見つめる』っていう表現にかけたんでしょうけど、大して面白くもないわ。……大体、何で心に穴が空くのよ。
とその瞬間、私の横にさっき見たばかりのスキマが。……もう驚かないわよ。
「甘酸っぱい時間を邪魔して悪いわね。再び登場の紫さんよ。」
「…………何しに来たの、あと今のは隠居が喜ぶ様なキャッキャウフフしてる場面じゃなかったわよ。」
「すげえ、キャッキャウフフって死語だぜほとんど…」
魔理沙は黙ってなさい。
「で、何の用?再び登場のいんきy…ひきこm……紫さん。」
ピキッ、と額に青筋が浮く音がした。誰のものかは言うまでもない。
「……喧嘩なら買わないわよ。」
「ごめんね、今何でか知らないけどイライラしてるのよ。で、用件は?」
「イライラ、か。面白いこともあったものね…いや、何でもないわ。ちょっと言い忘れてしまった事があって戻って来たの。霊夢…貴女、まだ結界の緩み、塞いでは駄目よ。」
「はぁ?何いってんのよ、さっさと塞がなきゃ今度こそ妖怪が来るかもしれないんでしょ?………あ、そうか。」
可哀想な子を見る様な紫の視線を受けて、今ようやく気付いた。……成る程、確かに塞ぐ訳にはいかないだろう。
「唯衣の帰り道が無くなったら大変だものね。」
「そういう事よ。じゃあ今度こそ私は戻るから、何かわかったら報告しに来るわ。」
「はいはーい。じゃあね、お早い成果を待ってるわよー。」
そして、私は右と目の前にいる小心者共をきっ、と鋭く睨み付ける。
「……何で紫との会話は私任せなのよ……まぁ良いわ、唯衣、ちょっと付いて来なさい。」
「何?」
「来たばっかりでしょ?私達の誇るべき幻想郷……案内してあげるわよ。」
私がそう言って立ち上がると、唯衣も同じように身を起こし、まるで子供のように目を輝かせた。……こういう時は可愛いのよね。
何だか彼と目を合わせていられなくなり、明後日の方を向く。既に箒を携えた魔理沙の、からかう様な笑い声が少し気に入らないけど……自然と熱くなる頬を誤魔化す様に声を張り上げて、私は言う。
「さーて、じゃあ何処から案内してあげましょうか!」
隠しようが無いほど赤くなった頬が自然と緩み、笑みを形作った。