『鈴菜ちゃん言うな』
「ど、どういうことだってばよ?」
いやいや、あれだけの攻撃をくぐってここまで来たんですよ、無傷って。どんだけ運良すぎなんだ。
混乱した頭を押さえていると、鼓膜が破れんばかりの怒声が響き渡った。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁあにやっとんじゃぁぁぁぁぁぁぁあ!」
寸前、最大級の衝突が起こるその寸前。2人は動きを止めた。周囲に広がるがれきの山の中、東雲と移呂井はびりびりとにらみ合う。
未だに臨戦態勢を解かない2人に、再び怒声が飛ぶ。
「武器をおろせぇ、武器を! いつまでくだらないことで揉めてるんだぁ!?」
颯爽と登場したのは我らが総統こと興蔵鈴菜だ。朝礼の時に来ていた総統服は脱いでおり、きっちりとした黒いスーツでばっちり決めている。ひときわ目に輝くのは目に痛いほど赤いハイヒールか。
「・・・総統が出てきたんならもう安心だ。――じゃあな、新入り戦闘員、頼りにしてるぜ」
それだけ言うと、一般兵のおっさんは手を振りながら立ち去った。その背中に頭を下げると再び物陰から様子を見る。
「大体よぅ、テメぇら。組織内での私闘は決められた場所でって前に決めただろうが、私闘はよお? それをよりにもよって談話室でおっぱじめやがって・・・。何考えてんだよ」
「そうだそうだ! 大体俺と葉剛が一緒に居るときに急に攻撃してきたのは惑伊の方だぜ。これは完全に俺の正当防衛だろう?」
東雲の正論に苦々しげに唇をかむ移呂井。どうやらそのことは自覚しているらしい。大方怒りに任せて攻撃したが仕留め損ない、引っ込みがつかなくなってしまったのだろう。
「おい、移呂井。なんとか言えよ、なんとか。このまんまじゃ、お前がただの頭のおかしい暴力女ってことで片づけちまうぞ? 総統の権限なめんなよコラ」
「わ、私はコイツがまた始末書を書かずにうろうろしていたからその折檻に来ただけです!」
彼女の言葉に、今度は東雲の挙動が不審になる。ああ・・・、確かに移呂井のやり方は滅茶苦茶だったけど、大本の原因は東雲にあるわけね・・・。
その言葉を聞くや否やぎろりと東雲を睨みつける総統。
「おい、テメぇ・・・。まだ提出してなかったのか、提出?」
「い、いや明日には出そうかなぁ~なんて」
徐々に空気が冷え込んでくるのが、ここに居る俺にもわかる。当事者なのだからなおさらなのだろう、空気の変化を感じた東雲が十字架をしまい――どうやら小型化してイヤリングにしているようだ。確かに、アイツは十字架のイヤリングを着けていた――出口へ向けて後退する。
しかし、そんな甘い考えは既に看破されていた。
再び風が吹いたかと思うと、東雲の体は移呂井の鞭でぐるぐる巻きに拘束されていた。
なすすべない彼に、腕を鳴らしながら歩み寄る総統。
俺は奴の運命を察すると、静かに両手を合わせて――――合掌。
「まあ、今回の件はお互いに反省すべき点があったから、お互い特別に片づけだけで許してやるが・・・、テメェはきちんと落とし前つけやがれぇ!」
「ああああああああああああああああああああ!」
ズタボロになった談話室の中、東雲の断末魔は、基地中に響き渡ったという。
「さてと、移呂井。お前はちゃんと談話室の片づけやっとけよ。今回の仕置きは東雲だけだが、最初に手ぇ出したのはお前なんだから」
「はいはい。鈴菜ちゃんの言うことは絶対ですよ」
「鈴菜ちゃん言うな」
そういえばこの二人、大学のルームメイトか何かだって言ってたっけ。道理で仲がいいわけだ。ただまあ・・・、この二人だけは絶対に先輩にしたくないだろうな。性格がきつすぎますもの。
「んじゃ、あとは。おーい、出てこーい羽賀也ぁー!」
「あ、はい。ここです」
総統に呼ばれて慌てて飛び出す。
ここまでの状況で、俺が語り部でもして無かったら確実に東雲が主役だろうって空気。何んとか払拭せねば。
「お前って確かちゃんと任務受けてたよな任務。で、東雲も同じ任務だよな」
「そうですね」
「ちょっとデータチップ貸してみ」
突然出てきた聞きなれない単語に首をひねる。
その様子を見て、困ったように頭をかく総統。
「ああ・・・、コイツにまだ説明してなかったけ?」
「すみません。教育係としての私の責任です」
「んー。じゃあ、今回の罰則代わりっっちゃあなんだが。コイツにそこらへんの説明してやってくれよ説明。今回はそれで勘弁してやっから」
「・・・そういうことならば喜んでお受けしましょう」
きりっとした顔で俺に向き直る移呂井さん。その眼に宿るは使命の炎ってところだろうか。そもそもこうした説明が彼女の仕事なのだろうが。
一つ咳払い、それが合図であるかのように総統が踵を返す。あとは頑張れよ、とだけ言うと手を振りながら廃墟同然と化した談話室を抜けて出口へと颯爽と消えていった。
「じゃあ説明するわね・・・・。といっても、何から言えばいいのかしら」
「まずはデータチップ・・・、でしたっけ。それについては教えてください」
「まあそれを教える約束で私はここに居るわけだしね」
「あとは、【固有武器】についても少し」
「・・・バカ鈴菜。ほんっとに何にも説明してないじゃない・・・」
「すみません」
「別にあなたが悪いんじゃないわ。どちらかといえば私の責任」
疲れたように首を振る移呂井。
冷静に考えたら俺、何にも説明受けてないよな・・・。
読むように言われたマニュアルだってさらっと目を通しただけだし。
「まずはデータチップ。これは任務を受理した時にもらえるんだけどね」
そういうと東雲の亡骸(死んではいないけど)をひっくり返すと軽くまさぐる。
あっ、と、東雲が僅かにあえぎ声を漏らす。
踏みつけた。
その瞬間に移呂井の足が東雲の顔面に叩きつけるように降ろされた。
人の顔を、遠慮なく踏みやがった。
沈黙した東雲を冷たく見降ろし、まさぐりを続行。やがて目当ての物を見つけたのか、東雲を部屋の隅に蹴りやる。
文字通り踏んだり蹴ったりだ。
「これがデータチップ。どんな任務を受けてもデザインは一緒だから。他の誰かのものと
間違えないようにしなさいね」
「見た目だけだったらSDカード・・・みたいですね」
「人によってはバトルチップって言うわ」
「否定はしません」
「私はジゴクホッケーが凄く好きだったわね」
「史上最悪とも言えるプログラムアドバンスじゃないですか!」
「ロマンだけ言うのならダブルヒーローよね」
「俺はドリームソードがお気に入りでした」
「あれってエリアスチールでも使わない限りそうそう当たらないんじゃなかったけ?」
「フォルダにはエリアスチールもスチールゼリーもフル積みでしたよ」
「あら、嫌らしい戦いをするのね」
「そうでもしないとクイックマンには勝てないっすよ」
「2の頃からそんなフォルダだったの!」
だって本当に勝てなかったんだもん。
何となくフォレストボム+プリズムは使いたくなかったんだよな。
チート臭いって言うかチートそのものだったからね。
「・・・ひょっとして、任務の受理をしたのは東雲?」
「はい、そうです」
「じゃあアイツはその時に説明すべきだったのね・・・。まあいいわ。電光掲示板は見た?」
記憶をさかのぼる。
ああ、仮説や文月ちゃんと会った時のあれか。
コックリとうなずく。
「あそこに出てる任務を窓口に伝えるの。で、詳しい詳細がインストールされたこのチップを受け取れる」
「・・・それだけですか」
「それだけよ」
「窓口で説明とかしてもらえるんじゃないですか?」
「してもらえないわね」
「でも任務の詳細とかは」
「そういうのは全部掲示板に表記されてるからね。質問したら答えてくれるけれど」
「データチップの中って見れるんですか?」
「うーん、名前で勘違いされやすいんだけど。これって閲覧じゃなくて読み取り専用なのよ」
指でくるくるとチップを弄ぶ移呂井。
長々と説明させて申し訳ない。
周りでは一般兵たちが自主的に片づけを始めていた。
「このチップは、エレベーターで読みこませると、その任務の待機場所まで案内してくれるのよ」
「移動キーみたいですね」
「ハリポタ、映画化は失敗だったと思うわ」
「アズカバンの改変は上手だったと思いますよ」
「とにかく。窓口での手続きってのは、これを受け取って、集合場所までの案内を手に入れるのと同義なのよ。だから途中で誰かのとごっちゃにしちゃって、全然違う任務の集合場所まで連れて行かれても、自己責任だからね」
「今までにそんな事例があったんですか?」
「昔、非戦闘員の子とむっくん・・・、いや、武士っていう戦闘員がぶつかった拍子にデータチップを取り違えちゃったのよ」
「もののふ・・・さん?」
「現役戦闘員で最強の人なんだけどね。その人、普通の戦闘員のみんなと違って、率先して厳しい任務を選ぶ傾向にあるの」
「まさか、そのまま行っちゃったんですか?」
「もうね、ぼっこぼこよ」
「うわぁ・・・」
「あの子も、よく生きて帰ってこれたと思うわ」
「・・・武士さんは何の任務をしていらしたんですか?」
「着ぐるみに入って風船配ってたわ」
「バイトじゃないっすか!」
これが悪の組織のする仕事なのだろうか。
いや、五体満足で帰ってこられないような任務も恐ろしいが。
「まあ、チップに関してはこんなもんね。要するに、任務を受けるためのチケットみたいなもんだと思いなさい」
「了解です」
「次は固有武器について説明したいんだけど・・・、どうやら場所を変えた方がよさそうね」
ここにきてようやく自分の周りを気にする素振りを見せる移呂井。
因みに俺はさっきから、こっちをちらちら見ながら文句ひとつ言わず片付けを実行する一般兵の皆さまに顔向けができなくなっていた。
とりあえず、いちいち床に突っ伏して微動だにしない東雲を踏むのはやめてあげて。
彼女はそんな東雲にさっと一瞥をくれると、腕にはめた時計を眺める。
「集合までには時間があるから・・・、口で言うより体で覚えたほうがいか」
まるで独り言のようにそれだけ言うと、東雲の首根っこを掴んで持ち上げると、そのまま粗大ゴミでも扱うかのように引きずりながら出口へと向かう。
置いていかれてどうしていいのかわからない俺を見て、不自然な程に優しい笑みを浮かべて俺に向けて手を伸ばす。
「ほら、早く来なさいな。女性の誘いは断らないのがマナーよ」
「いや・・・、でも何されるかわからないですし」
そんなの決まってるじゃない、と彼女は嬉しそうに言う。
ただちょっと――――。一回真剣に殺し合ってみようってだけよ。
まさかの一カ月更新空き。
本当にすみません。
ちょっと油断していました。
まさかリアルがこんなに忙しいなんて・・・!
部活も引退しましたので、更新を再会しました。
不定期+亀更新ですが、最後まで応援よろしくお願いします。