『ああ、いい友達だったよ』
「――――で、結局とんでもない仕事にしちゃったな」
「ほんとだよ。俺っち、こんなの受ける気なかったぜ・・・」
がっくりとうなだれる東雲の肩にそっと手をのせる。
事務室から徒歩5分程の距離にある部屋、〈談話室〉。自販機に売店。ソファなど、様々な娯楽設備が備え付けられているホテルで言うところのフロントのような場所だ。さっきの事務室とは打って変わって温かい光で部屋がいっぱいだ。見渡すと、そろいの制服に身を包んだ一般兵があちらこちらで思い思いの時間を過ごしているようだ。
そんな中で、戦闘員は俺と東雲の二人だけ。正直言うとかなり浮いている。――――当たり前か。だって普通の事務員のような格好をした一般兵のなかで、俺たちだけ真っ黒のボディースーツを着てますもん。それは浮きますわ。
ここに戦闘員がいるのが珍しいのか、ちらちらと奇異の視線が向けられているのをひしひしと感じる。俺はその視線から逃れるようにソファの横のラックから取り出した新聞の記事に没頭していた。が、微塵も興味のない脱税疑惑のかかった悪徳国会議員の話なんぞ全く頭に入るわけもなく、ただただ情報が頭を上滑りするだけだ。
一方の東雲は周囲の視線に臆することもなく、ガラス張りのテーブルに突っ伏している。これだけ独特な髪の色だと日頃から目立って仕方がないからなのだろうか、全く動じた様子が見えない。相変わらずブツブツと愚痴を呟いている。
「あいつらがあんなこと言うからだよ。あんなふうに言われたら受けるしかないじゃないかよ・・・」
「おい、貴様文月ちゃんのことをディスってんのか?」
「お前は今後本当にそのキャラでいいんだな!? 主人公がそれでいいんだな!?」
「――――その程度の言葉で、俺の心は揺るがない」
「カッケエエエエエ!」
回想。
流石にいつまでも人混みの多い掲示板前にいる訳にいかないので、俺たちは場所を変えることにした。事務室内の椅子に着席。
「助かった。やはりどうしても人ゴミは苦手だからな」
心底ほっとした様子で溜息をつく仮説。彼は自分が大柄であることを自覚しているのだろう。先から随分居心地が悪そうにしていたのが目で見て分かった。
・・・本当に彼は大柄だ。事実、今も椅子ひとつでは体が入りきらなかったため、椅子を強引に二つつなげてその上に座っている。それでも横幅は椅子からあふれ、背もたれは悲鳴をあげ、足の部分からはギシギシとした不穏な音が響く。
この人に本気で殴られたら車くらいだったら吹き飛びそうだよなと、物騒なことを考えてみる。
そして、椅子が足りなくなったため、文月はやむを得ず俺の膝の上に。まだ幼い女の子特有の柔らかさが膝からじんわりと全身に広がっていくようで大変癒されていく。――――ただ、これは何も知らない人が見たらロリっていうか完全にショタだからなぁ・・・・・・。
俺の膝が気に入ったのか嬉しそうに足をバタバタさせながら文月は質問を投げかける。
「ねーねー。東雲おにーさんと葉剛おにーさんは何の任務を受けるの?」
「うーん、今考え中。なんか目ぼしいものがなかったからな・・・」
「何を言ってるんだ東雲。一般兵ならともかく俺たちは戦闘員なんだぞ。任務なんてそれ
こそ星の数ほど――――までは無いが、それでも選択肢だけなら多い方だろう」
「戦闘員と一般兵って受けれる任務が違うのか?」
「ああ。どうしても腕力が必要な仕事は戦闘員限定だからな。――――けれど、戦闘員は一般
兵に比べて数が少ないし、組織の為というよりはそれぞれがいろんな事情で戦闘員をやってるから非協力的な連中が多いんだ。だから、余りがちのそういう系の任務は大抵受理をさぼった戦闘員に適当に割り振られることが多い」
仮説の説明を聞いてピンと来た。
東雲の奴、その手の任務が割り振られることを嫌って、早めに適当な任務を受けようとしてやがったな。
俺がジト目で東雲を見つめると口笛を吹きながら技とらしく視線をそらした。どうやら図星のようだ。
「・・・・・・東雲のサボリ癖は戦闘員の間では有名な話だ。そしてそれを見かけたら、――――移呂井に連絡することに決まっている」
瞬時に俺の脳裏に、眼鏡越しにあやしく微笑むドSで女王の教育係のあのお方の姿が浮かぶ。東雲の顔色も一瞬で変わる。
「・・・・・・仮説、俺たち友達だよな」
「ああ、いい友達だったよ」
「何故に過去系! 頼む今も友達でいてくれ!」
「だったら、自分が何をしたらいいのかわかるかなぁ?」
今にも泣きだしそうな目で仮説の膝にしがみつきながら訴える東雲をにやにやと笑いながら見下ろす仮設。
その様子を何が何だかわからないとでも言うように首をかしげながら見つめる文月。おれは彼女の頭を静かになでながら、このショーの傍観者を決め込んだ。
「分かった! 今すぐ町内の祭りの準備の手伝いにいってくる! それともあれか、罷屋博士の新兵器の実験台になればいいのか!?」
「・・・・・・そういえば、今日の一番の目玉任務は【強盗】だったな」
「ごっ!? おい、まじかよ。そんな悪党みたいなことを俺たちにやれというのか!」
[みたいな]っていうか、悪の組織以外の何物でもないだろう。
心の中で突っ込みながら東雲の先ほどの言葉を反芻していると、気づいた。
「おいこら、東雲。何テメェ俺までちゃっかり数に入れてんだよ! 俺はそんな物騒な任務を一発目には持ってきたくないからな!」
「よし、こうしよう! 今度昼飯奢るから! 今回は羽賀也だけで勘弁してやってくれ!」
「人のこと無視しながら、のうのうと仲間を売ってんじゃねえぞ!」
「二人とも落ち着け。お前たちが大人しくあの任務を受けてくれたらそれでいいんだ」
「ほら見ろ! お前が余計なこというから俺まで巻き込まれた!」
傍観者のはずが、強引に舞台に引きずりあげられた気分だ。
着の身着のまま。なんてこったい。
俺の言葉を聞いて文月が膝から俺を見上げる。
「じゃあ、じゃあ。ボクがついてってあげようか? 三人寄れば何とやらだよ!」
「夜道、お前をそんな危ないところい連れて行くわけないだろう。ああいう体を張る仕事はこういうお兄ちゃんたちの仕事だからね」
「その『こういうお兄ちゃん』がお前の仲間だってことを忘れんなよ!」
・・・ていうか、さっきから薄々気づいていたのだが、文月ちゃんも戦闘員だったんだ・・・。子どもに心配される俺らって一体何なんだろう。
ああ、仮説に関しては言わなくてもいいよな。あいつは如何にも戦闘員だ。
「・・・仕方がない。移呂井に連絡するか」
「ッ!?」
「そういえば、アイツ。罷屋の爺さんに頼んで愛用の鞭を改良したって言ってたな。何でも、対象にぶつけたら電気が流れるとか何とか」
「それって死んじゃうんじゃないのか!?」
「さあ。ビルの電気系統位なら全滅できるって聞いたが・・・。人体実験はまだしてないそうだ。そういえばお前、さっき博士の武器の実験台になるって言ってたよな? だったらちょうどいいじゃないか」
そういうと、仮説はポケットから携帯電話を取り出すと静かに番号を押す。
既に、コールボタン一発で女王様は降臨する。
完全に詰みだ。
それでも東雲は何とか現状を打開できないか、みっともなくも必死で頭を働せる。目玉がぎょろぎょろと動き回るが、やがて静かに目を閉じ。
「ちっくしょおおおおおおおおお!」
一声叫ぶと掲示板の方へと走り出した。
その後ろ姿を満足そうに眺める仮説。分かったぞ・・・、コイツもこの任務が嫌だったんだ。だからランダムで割り振られることを避けるために東雲を、結果的に俺もだが、この二人をスケープゴートにしたわけだ。
完全にパワーキャラかと思ったが・・・、頭も働くのか・・・。
仮説実行、恐ろしい子・・・!
今回は情景描写に気を配ってみました。
最近の更新は会話続きだったので・・・。
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